第十話 快投
「次からはスイングも避ける。
せやから気にすんな。
剣ちゃんは思いっきり投げてくれたらええ」
真希の言葉を信じ、剣もマウンドへと戻る。
試合再開。
剣の第三球。
青い光の煙が立ち昇る。
揺らめくそれは、剣の超野球少女の力の証。
これから、魔球を投げようという証。
「真希さん。
私、投げるよ。
今投げられる精一杯の球『ディープショット』を」
言ってから。
剣は投球に入る。
胸に含むような深いテイクバックの後、放球。
変わらぬ剣流アンダースロー。
そこから放たれる魔球に宿る蒼光が軌跡を追う。
白球は唸りを上げ、轟々と砂煙を立ち上げ、地面を這うかのような低い軌道を進む。
打者の眼前で強烈に変化。
立ち上り、膝元低め一杯へ決まる。
飛沫のように光が弾け、散乱する。
打者も必死にスイングするが、まるで狙いも定まらず虚しく空振り。
結局白球は、ばぁん、と叩きつけるような音を立てながら、ミットに収まる。
空振り三振。ワンアウト。
「――よっしゃあ! 剣ちゃん、最高やでホンマ!」
言いつつ返球。
真希は喜び、打ち震えた。
この球だ。
この、おぞましくすらある魔球を受けたかった。
並みの超野球少女では及ばないレベルの魔球。
鬼や悪魔でも宿っているのではないか、というぐらい。
とにかく、この魔球には剣の鬼気迫る感情が宿っていた。
ミットの中が熱く感じられる。
重く、熱く、速く。
そしてえげつない。
打者を何が何でも抑えてやろう、という執念が宿っている。
真希は嬉しかった。
剣はやはり、野球を愛している。
正確には、野球で勝つことを溺愛している。
今の魔球は超野球少女だからと言って投げられる球でもない。
それを安々と成し遂げてしまうことが、何よりもの証拠だ。
自身もまた、野球を愛する者として。
骨肉の一片も残さず全てを捧げられる人間として。
剣の情熱を理解出来た。
そして、その情熱に心が震えた。
人生で初めての仲間かもしれない。
共にグラウンドで燃え、戦う人間が欲しかった。
例え生まれつき才能に恵まれた超野球少女とはいえ、真希ほど人生を野球に懸ける者はやはり多くない。
心根が似通っているかともなるとさらに少ない。
だが、真希は出会えた。
確信した。
剣と自分は同じような情熱を抱え、野球に全てを捧げられる数少ない仲間であると。
世界中を探して見つかるとも限らないような同胞だと、ただ一球の魔球を受けることで理解した。
続く打者がバッターボックスに入る。
また真希をバットで殴るつもりなのだろう。
投手である剣よりも先に、真希の方へ視線をやる。
先程の打者はディープショットと称された魔球の威力に腰が引け、まるで真希を殴る余裕も無かった。
だが、あの魔球は一回に一球が限度。
次は積極的に殴ってくるだろう。
真希は覚悟し、避ける算段を始める。
剣が足を上げる。
同時に――青い光。
蒼炎が立ち上り、再びの魔球が放たれる。
二連続でディープショット。
打者はまるでスイングする余裕すら無く。
無情にも、白球は真希のミットへ吸い込まれていく。
まずはワンストライク。
(一回に一球……まあ、多くても二球とは言っとったけど、大丈夫かいな)
不安に思いながら、剣へと返球する真希。
そして、続く投球。
足が上がると、三度。
蒼炎が立ち上がり、場を包む。
真希は気づいた。
剣は無理にでも魔球を投げ続けるつもりだ。
しかも、今までで最も、グラウンドに蒼が溢れ荒ぶっている。
放球。
魔球ディープショット。
三球連続での魔球に驚きながらも、真希は落とさずしっかり捕球。
すぐさまタイムを宣言し、マウンドへと駆け寄っていく。
「剣ちゃん! こんな放って大丈夫なんかいな!」
「大丈夫だよ。
真希さんと比べたら、どうってことない。
バットで殴られるわけでもないんだから、これぐらいはやるよ」
「せやけど、一試合で何球投げれんねん。
十球とかそんなもんやないか?」
「勝つまでなら百球でも二百球でも投げるよ。
あんな奴らには絶対に負けたくないから。
真希さんを殴らせたりしない。
あいつらが真希さんを殴るのが目的なんだったら、そんなこと絶対にやらせない。
それが私の勝利条件だよ」
さあ、戻って。
剣は笑顔で真希を促した。
真希も仕方なくキャッチャーボックスへ戻る。
何を言っても剣は魔球を投げ続けるだろう、と考えた。
真希自身、何を言われても試合を辞めないと言い張ったのだ。
剣のディープショット連投を制止させられるはずがない。
その後、剣はディープショットのみを連投し、続く二者も三球三振で抑えスリーアウトチェンジ。
攻守が入れ替わる。




