第4話 探索者?
俺は、道造さんの家に泊めてもらうことにした。
強く勧められたし、『さみしいから』という言葉がぐっと来たからだ。
俺もさみしかったのかもしれない。
夜の公園は、静かすぎて……実際、さみしい。
道造さんは、知らない爺さんだが、今日かなりの時間一緒にいたし、おごってもらったし、人相は悪いが人は良さそうだ。
泊めてもらってもいいだろう。
簡単に信じてしまうなんて、俺もちょろい人間だな。
道造さんの家は、俺のアパートと学校の途中にあるアパートだった。
はっきり言って俺の家より綺麗なアパートだ。
俺が夜よく寝る家近の小さな公園は、道造さんの家と駅の間にあるから、パチンコ帰りに俺が寝てるのを見かけていたのかもしれない。
とにかく道造さんは、俺が公園のベンチで夜を明かしていたのを知っていたのは確かだ。
そんな俺を憐れんで、声をかけてくれたのかもしれない。
きっと優しい人なんだと思う。
…………顔はこわいけど。
ガチャ!
鍵を回す金属音が静かな夜に響く。
「ここじゃ。入れ」
道造さんが部屋の中に俺を招く。
小さな玄関から中に入ると1DKの小さな部屋。
三畳くらいの小さなDKと、奥にもう一部屋。
机とパソコンが目に入る。
意外ときれいに掃除がされているが、ゴミ箱に山になったコンビニ弁当の容器が、道造さんの生活感をうかがわせた。
「道造さんの部屋って思ったよりきれいなんすね」
「まあ、今日は片付いてるほうかのう」
「お年寄りの一人暮らしだから、ゴミ部屋かなと思ってました」
「掃除くらい、ちゃんとしとるわい。失礼な」
確かにずけずけ言いすぎたかな?
「すみません。一晩お世話になります」
「布団はないけど、雑魚寝でよいよな?」
「はい。外でも布団はなかったので、十分です」
「悪いが、わしはこれから飯にさせてもらうぞい」
道造さんは、テレビをつけてエアコンをかけると、コンビニ袋から弁当を取り出し食べ始めた。
俺もコーラとスナックを食べ始める。
テレビは、プロ野球がかかっている。
白いユニフォームが画面の光に反射し、部屋の壁にぼんやり影を作る。
しばらく黙ったままそれを眺めていると、道造さんが話しかけてきた。
「おめー、石神中学校だろ? 何年だ?」
「…………3年です」
「3年じゃあ、受験じゃのう」
テレビの歓声とは裏腹に、部屋は静かだった。
俺はスナックを一つ口へ放り込み、炭酸で無理やり流し込む。
「まあ、そうですけど。……俺は高校に行く気がないんで、手に職かな…………なんて」
俺の家は母子家庭みたいなものだし、かーちゃんは生活保護なので、俺は中学を卒業したら働こうと思っている。
自分で言いながら、胸の奥が少しだけ重くなった。
「……就職のあてはあるんかい? 働くと言っても、今時高卒は必須じゃろう?」
「あてはないです」
「うーむ」
……唸らないでよ。
なんだか心配になってきたじゃん。
「やばいっすかねー」
「…………そうじゃなあ」
道造は、胸で両腕を組み眉根を寄せて口をへの字に曲げる。マジか!
しばらく沈黙が落ち、弁当をつつく箸の音だけが響く。
そして、道造さんはぽつりとつぶやいた。
「中卒で、なんの縁故もなかったら、ハンターか探索者くらいしかないかの。……個人事業主扱いじゃし、成り手もおらんから歓迎されるじゃろう」
「ハンターって熊や鹿をとるあれですよね。探索者って何ですか?」
俺は思わず体を乗り出していた。
「五年くらい前、突然世界中に『ダンジョン』という、得体のしれないもんが発生してのう――」
五年前に突然この世に現れた「ダンジョン」。
誰も出現した仕組みを知らず、誰も理由を知らない不気味な存在。
「探索者は、その『ダンジョン』を探索するのが仕事じゃ」
道造さんの声はいつになく低い。
テレビの音が遠くなったように感じた。
道造さんは、箸を止めてゆっくり説明を続ける。
「ハンターは、山林の熊や鹿を獲るのが仕事じゃが、ライフル一式そろえるには金がかかるし弾代もかかる。それに、銃を撃つ技術も必要じゃし、危険な割に最近はたいした金にならん。その点、『ダンジョン』の浅層なら剣が有れば戦える。最初は石を投げたり竹槍が有れば大丈夫なところもあるそうじゃ。剣や棍棒、竹槍を振るくらいなら、おめーにもできるじゃろう」
道造さんは、俺の腕を一瞬だけちらりと見た。
「危険で成り手が少ないから、今なら年齢制限もない。成り時じゃな。そのうち年齢制限くらいはできると思うからのう」
「探索者って儲かるんですかね?」
胸がそわそわと落ち着かない。
「儲かるくらいなら、人気の職業になっとるじゃろう。奥に潜れるほど強ければ儲かるじゃろうが、普通は浅いところまでしか行けないから、儲からんわな」
やっぱりな。
……淡々とした口調なのに、妙に現実味があった。
自分が浅いところを歩いている姿が、ぼんやり想像できてしまう。
「プロスポーツ選手とか、ユーチューバーみたいなもんですかね?」
「トップの者が大金を稼ぐっちゅうところは一緒じゃが、仕事が危険っちゅうところは、だいぶ違うのう」
テレビの中でホームランの歓声が上がる。
球場の明るいライトが映されるのに、部屋の中は薄暗く感じた。
道造さんはその音を気にも留めず、弁当をひと口だけ無造作にかじった。
「ユーチューバーは、大概のものが金にならんことを鑑みれば、探索者のほうが多少はマシな稼ぎになるかもしれんな」
――多少マシ。
たったその一言が、やけにリアルだ。
でも、ユーチューバだって何億も稼いでいる人はいる。
……探索者のほうが多少はマシなんだったら、夢を見てもよくないか。
「まあ……夢を見るのは構わんがの」
そう言って、道造さんは箸を置き、ぐっと背もたれに体を預けた。
「問題は、現実がその夢をぶち壊してくることじゃ。探索者はな、浅層でも死ぬ時は死ぬ。しかも探索者一本で生活するのは大変じゃ。日雇いのアルバイトを探した方が手取りは良いやもしれん」
日雇いのアルバイトに、将来の希望はあるのだろうか?
探索者は、経験を積めば少しずつでも技能は上がるのではないだろうか?
そうすれば、稼ぎもだんだん上がるはず。
深く潜れば潜るほど、高価なものが取れると聞く。
……日雇いのアルバイトより、探索者のほうが夢があるよな。
今なら成るのに年齢制限がない。
……学校を抜け出して昼寝をしてるくらいなら、ダンジョンに潜ってみようかな。
道造さんはふうと息を吐き、食べ終えたコンビニ弁当箱の蓋を閉じた。
「おめー、学校……つらいんじゃろ」
「う…………」
図星すぎて、返事ができなかった。
代わりに、コーラをひと口飲んだ。炭酸が喉を刺した。




