第25話 徹夜明け
俺は、そーッと空いているテーブルについた。
入り口に近く、あの三人から少し距離のある席だ。
別に、あの三人が嫌いだというわけではないが、寝ているのを起こしてしまうのも悪い気がした。
俺も特に話をしたい訳ではないし、第二階層に行けない今の俺には、彼らも用はないだろう。
起きたら、向こうから話しかけてくるかもしれないが、今はこちらから近づく必要はない。
話しかけられたら応じる。
それで良い。
それより、俺は眠いのだ。
さっきは金を手にして一瞬だけ目が冴えたが、その反動のように、重たい眠気が一気に押し寄せてきている。
テーブルに突っ伏し、腕を枕に目を閉じる。
冷たい天板の感触が、逆に心地いい。
意識は、すぐに闇に沈んだ。
――ドンッ。
突然の衝撃で、俺は跳ねるように目を開けた。
「朝だぜ! 起きろよ」
「学校に遅れるぜ」
視界が揺れ、焦点が合うまで一拍遅れる。
目の前には、三つの影。
梶谷猛、田畑康太、金城守の3人組が、俺を囲んでいた。
蹴って俺を起したのかな?
別にどこも痛かねーけど。
「おはようございます……」
目を擦りながら挨拶する。頭はまだ半分寝ていた。
いったい今は何時だろう?
「おめー、学校に行くんじゃねーのか?」
田畑康太が顔を寄せてくる。
距離、近いんですけど……。
アップでメンチきるのは怖いからやめて欲しい。
「行きますよ。……今、何時でしょう?」
「8時過ぎだぜ」
やべ! 一気に目が覚めた。
「急いだほうが良いですね。起こしてくれて、ありがとうございます」
その言葉に3人が笑いをこらえながら顔を見合わせた。
蹴られて感謝する中学生。
そりゃ、面白いわな。
「急ぎますんで、すんません」
「おう。気をつけろよ。――ところでよ、おめー、第二階層には入ったのか?」
急ぐって言ってるのに話を振るなよ、田畑康太……と思ったが、口には出さずに答える。
「行ってませんよ。十四歳なんで、まだ第二階層に降りる許可が下りないんです。十四歳のうちは、第一階層だけですね」
「なんだって? 十五歳になるまでは第一階層だけなのかよ!」
「はい。そうなんですよー」
「おめー、何月生まれだ?」
「えっと! 九月です」
「何日だ?」
「一日」
「じゃあ、九月一日まで第二階層に行けないわけか?」
「……たぶん」
ていうか、確実にそう。
「そっかー」
両腕を組んで、眉根を寄せる田畑康太。
梶谷猛と金城守も浮かない顔だ。
三人じゃ厳しいって言ってたっけ。
まじで、俺をパーティに加えるつもりだったのかな?
「分かった。まあ、頑張れや!」
「ありがとうございます。では、俺、急ぎますんで」
三人に頭を下げてレストランを後にする。
池袋西探索者ビルを出てバス停でバスに乗り、石神公園前で降り、石神中学校へ向かって歩いた。
周りには、登校途中の生徒がたくさん歩いている。
何とか、遅刻はしないで済みそうだ。
安心したとたんに笑いが漏れた。
くはははは……。
なぜ、遅刻をこれほど避けようとするのだろう。
毎日、学校を抜け出しているのに、今更遅刻がそんなに嫌なのか?
不自然すぎる。
俺ってばかなんじゃね?
合理的じゃない。
休んでしまっても、問題ないじゃん。
朝から、ダンジョンに潜ってても何にも変わらないじゃん。
ぎりぎり出席日数が一日足りなかったというケースになる可能性がないとは言わないが、その辺はこれから早引きを減らせば、いくらでも調整できるはず。
苦笑を噛み殺し、自分を嫌悪しながら教室に入った。
周りの視線がさしてくる。
悪かったよ。
出席を取ったらすぐに出ていくって。
俺は席に着くと身を縮こめて突っ伏した。
本当に教室というところは、いたたまれない。
昨日保健室の松本先生が、俺に勉強を教えてくれるって言ったな。
教科書を保健室にもっていこうかな?
赤点再テストは避けたいし、教室で授業を受けるよりいくらかマシだ。
教科書は、後ろのロッカーにすべて入っているけど、全教科を持っていくのは重すぎるし、がさばる。二、三冊にしよう。
俺は、くいっと頭を上げると立ち上がった。
そして後ろの自分のロッカーに行き、教科書を三冊、上から無造作に掴んで席に戻る。
――保健室に逃げる準備は整った。
担任の田淵が入ってきたのを見て、視線を送る。
田淵は俺の視線に気が付いて、小さく頷いた。
今日も保健室に行っていいらしい。
いつものように出席確認が終わり、俺は教室を出て保健室へ向かった。
白いカーテン越しに朝の光が差し込む保健室には、松本先生が待っていた。
昨日から、松本先生は俺を避けずに、逆に俺にかかわろうとしていないか?
人が変わったのか?
勉強を教えてくれるって、今までだったらありえないことだ。
どういう心境の変化か分からないが、球技大会でキーパーやったのが影響しているのだろう。
プロを目指したらどうか、とか言ってたし。
――バカじゃないの?
そんな簡単にプロになれるわけないじゃん。
……他人事だから言えるんだわ。
もっとも、俺が進学しないと教えたら、理解したみたいだけど、……今度は勉強教えるってよ……ありがてーわ。
そんなことしても、俺、探索者になっちゃったし、もう高校にはいかんのよね。
「松本先生、おはようございます」
「おはよう。赤嶺君」
椅子に座った松本先生が、穏やかな笑顔を向けてくる。
窓から差し込む朝の光が白衣を照らし、まるで後光がさしているみたいだ。
年上の大人の女性っていう感じ?
羽織っている白衣が優しさと賢さを余計に強く感じさせる。
松本先生は、俺の顔色を一瞬だけじっと見た。
眉がほんのわずかに寄り、視線が目元から口元へと移る。
「すみません。いきなりですけど、少し眠っていいですか?」
俺はベッドに視線を向けて、遠慮がちに許可を求める。
眠いのは本当だ。
まだ、睡眠時間が足りてない。
昼くらいまで寝ていたい。
「あら、本当に調子が悪いの? 勉強、教えようと思ってたんだけど」
優しい笑顔は変わらない。
「起きたら、お願いします。教科書持ってきたんで……」
俺がそう言うと、松本先生は一瞬だけ目を細めた。
「あら、やる気はあるみたいね。じゃあ、起きたらみてあげるね」
「ありがとうございます」
赤点を取りたくないので、教えてもらえること自体はありがたい。
俺は、そそくさとベッドに潜り込んで頭まで布団をかぶった。
松本先生はベッドのそばまで来て、そっと覗き込み、俺の呼吸が落ち着き、目を閉じているのを確かめると、右手で自分の髪を静かに梳き直した。
そして、俺を起こさないよう足音を忍ばせ、彼女は保健室を出て行った。




