第2話 変なジジイ
店の外に出ると、西の空はもう赤みがさしていた。
だいぶ長いこと眠ってしまっていたようだ。
そろそろ家に帰ってもいい時間だ。
俺は、大きく溜息をついて歩き出す。
昼を食ってないせいで、ひどく腹が空いていた。
……家に着いたら飯を食おう。
「ただいまー」
俺は、玄関から中に入ってキッチンに向かう。
電子ジャーから飯をすくい、まーるく握って味噌をつける。
味噌握りって美味いんだよね。
「天心! 今日は夜、はずしてくれるかい?」
「ああ。今日は来る日なの?」
「そうなんだよ。悪いね」
どうやら今晩は、かーちゃんの今の男が来る日のようだ。
もちろん俺のとーちゃんとは別の人。
こういう日は、俺は家にはいられない。
どこかで時間をつぶして、朝に学校に行くことになる。
まあ、大体は近所の小さい公園で一夜をあかすことが多いかな。
コンクリートの土管のような遊具の中が、お決まりの寝場所。
「分かったよ。飯食ったら出ていくよ」
俺は二個目の握り飯を作りながら答える。
……次は塩にしようかなー。
二個目の握り飯を食べ終わり、俺はそそくさと家を出た。
かーちゃんとも言葉を交わしたし、これで心配されることもないだろう。
1日くらい会わなくても、心配なんてされないかもしれないけど、これで義務は果たした感じだ。
「さーて、どこに行こうかな」
今から公園に行くのも早い気がするし、冷房の効いてるところって言ったらやっぱり、ゲーセンかパチンコ屋だ。
俺は考えた挙句、駅近のパチンコ屋で、暇をつぶすことにした。
パチンコ屋は冷房が効いているだけでなく、テレビがついているところもあるのだ。
えーと、この店この店。この店ではテレビがついてるんだよね。
チャンネルは選べないけど、それなりに面白い番組がかかっているから問題ない。
俺は、テレビがついてるパチンコ屋に入っていった。
私服に着替えてきたし、俺は背が大きい方なので中学生だとは分からないだろう。
入ってすぐ、昼間電機屋で会った頑固っぽいジジイがパチンコ台を睨んで口をへの字に曲げているのに気付く。
パチンコ台の玉が見る見るうちに減っていく。
ジジイが札を機械の横の玉替え機にいれ、パチンコ玉を補充する。
……こりゃ、だいぶ突っ込んでるのかな?
ジジイの後ろを通り抜け、テレビの近くに移動しようとすると、急にジジイが振り向いた。
「昼間のガキじゃねーか? お前、こんなところにくる年じゃ……。いや、かんけーねーか……」
「あ、……昼間はどうも」
「まあ、ここに座んな!」
ジジイは自分の横の台の椅子を指さす。
……マジかよ。
「は、はい。じゃあ、失礼して……」
俺はおずおずとジジイの隣の席に着いた。
ジジイ越しにテレビは見れるし、まあいいか。
「あのマッサージチェア、気持ち良いから買うことにした!」
耳が悪いのかジジイの声は大きいが、パチンコの音に邪魔されるので、あたりの注意をひくほどでもない。
「おめーのアドバイスのおかげだな。ありがとうよ」
「いえ。そんなことは」
俺は、恐縮して頭を掻く。
……俺、適当に言っただけなんだけど、ジジイ、あの椅子買ったのかよ。
ジジイの玉がぐんぐん減っていく。
ジジイがまた球を買う。
「おめー、ここでよく見るな。中坊だとは思わなかったぜ」
え! 今まで全然気づかなかったぜ。
まあ、今まで面識がなかったから分からんわなあ。
「ここ、冷房聞いてるし、テレビ見れるんで……」
「家に冷房ないのか?」
「いえ。ちょっと、家に客が来てるんで……」
かーちゃんの男が来てるから……なんてことは言えない。
「客の多い家なんだな……」
「…………」
……あの男、毎日のように来てるわな。
実際俺の居場所はない。
「ま、いろんな家があるからな。そんで、おめーはここで時間をつぶしてるわけだ。昼間の電器屋も……」
何かを言いかけて、ジジイがパチンコ台に視線を戻し眉根を寄せてにらみつける。
パチンコ玉がどんどん減っていく。
パチンコ台の数字がリーチして、派手な音楽とともに画面が躍る。
「いけ!」
俺は拳に力をこめて画面を見つめる。
だが、残念ながらフィーバーしなかったようだ。
「簡単に揃ったら苦労せんわい!」
ジジイは大して期待していない。
当たり前だが、リーチごときは慣れっこなのだ。
7-?-7の真ん中が7ならフィーバーなのは俺でも分かる。
「7-7-7が揃っても、確変大当たりせにゃあ、元は取れんしなあ」
……確変?
「確率変動じゃ。要はフィーバーが何度も続くってことじゃな。一回くらいじゃいくらにもならん」
「…………」
「うーん。そろそろ来そうかのう」
ん?
……そんなの分かるのか?
おれは、じっとジジイの台を見つめる。
――いつになっても、リーチしないじゃん!
「パチンコは、我慢じゃのう……」
何言ってんだ。このジジイ。
お! リーチだ。
あ、またダメか。
お、あ、ダメ。
……テレビ見よ。
「そうじゃ。おめー、ここやってくれ。俺がおまえの席でやる。二台打ちじゃ! 二台で打てば、確率二倍じゃ!」
そうなのか? なんか違う気がするが、確率とかマジ分からん。
「よーし。これで勝てるぞー!」
ほんとかね?
俺と席を交代したジジイが気合を入れる。俺は、ジジイのいた台のハンドルを握る。
「玉が切れそうになったらこれを使え」
ジジイが俺にポケットから出した千円札の束を渡す。
……七枚もあるぞ。さらに爺はポケットから出した万札の束から一枚をパチンコ台に投入。
玉が流れ、釣りの千円札九枚が出てきた。
ジジイ、隣の台でもパチンコ開始。
……それにしても金持ちだなあ。
俺はジジイのパチンコ台を見ながら自分の台の玉がなくなりそうになる前に札を入れる。
これでいいのか?
ピコピコピコピコ……。
時々ルーレットが揃いそうになるが、なかなか揃わないのね。
突然ジジイの台のルーレットがそろい画面の絵が大げさに変わった『じゃじゃん!』という効果音の文字が数秒画面上部に現れて消える。
「おー。来た来た、確変じゃ!」
ジジイがニッコリ笑いながら俺に顔を向け自分の台を指さした。
7-7-7
三つの数字がそろっている。ラッキー7が三つ揃って、フィーバーだ。
それからは大変だった。
台の下の方の受け口が開き、打ったパチンコ玉のほとんど全部が吸い込まれていく。
フィーバーすると、一定時間下方の受け口が開き続け、それが十回繰り返されるとまたルーレットが回り始める。
確変大当たりになると、そのルーレットが続けて揃うため、また十回下方の受け口が開き続けるのだ。
ルーレットが何度続けて揃うか――それによって出玉の数は大きくちがう。
三度、四度、続けば続くほどパチンコ玉は出続け、それは打ち止めになるまで続くこともあるのだ。
チン! ジャラジャラ! チン! ジャラジャラ!
ジジイの台からパチンコ玉が景気よく溢れだし、あれよあれよという間に前面の玉受けがいっぱいになる。
パチンコ屋のスタッフが、いつの間にかパチンコ玉を入れるための大きな箱をさしだしている。
近づいたのが、全然気づけなかった。
この人忍者か?
びっくりしたわ!
ジャラジャラと玉が出続け、上段の玉受けからあふれた玉が下段の玉受けにたまりだす。
下段の玉受け取っ手を横にスライドすると玉受けの底が開き、スタッフが持ってきた大箱に球が落とされる。
ジャー! ジャー!
スタッフが持ってきた大箱にパチンコ玉がどんどん貯まっていく。
大箱が半分ほど満たされたころ、ルーレットがまた回り始めた。




