第18話 今日も
食事を終えて、ビルを出ると辺りはもう真っ暗だった。
夏とはいえ、七時になれば辺りは暗い。
石神公園前で止まるバスに乗り、公園で降りると家には帰らずパチンコ屋に向かった。
今日も男が来ているからだ。
道造さん、今日も出してるかな?
道造さんは、パチンコが上手い。
過去二回、少ないけど俺の知る限り、二度とも打ち止めにしてから帰っている。
パチンコ屋に入ると、独特の音と光が一気に押し寄せてくる。
玉の弾ける音、電子音、液晶の派手な演出。
昼間のダンジョンとは別種の戦場だ。
俺はすぐに、道造さんを見つけた。
昨日と同じ台に座り、背中を少し丸めて画面を睨んでいる。
「こんばんわ……」
「おう! 天心。今来たのか?」
「はい。今、探索者ビルから帰ってきました」
「今日もダンジョンか。怪我はなさそうじゃのう」
「はい。スライムは、ほとんど攻撃してきませんからね。俺は今まで攻撃されたことないっす。でも、もしかしたら、奥の方のやつは、攻撃してくるかもしれないっすけどね」
奥の方にレベル3とかいたら、もしかしたら攻撃してくるかもしれないか?
……まずないだろうな。
そんなことを考えながら返事をする。
そしてパチンコ台を見ながら聞き返す。
「今日は、どうですか? 出そうですか?」
「分からぬのう。……運次第じゃ」
道造さんの言葉に、いつもの自信が感じられない。
この台ハズレかな?
道造さんがパチンコ台を真剣に見つめる。
札を突っ込んで玉に換える。どんどん玉が飲まれる。
まるで底の見えない沼に小石を投げ込んでいるようだ。
「回るには回るんじゃが、いまいち揃いが悪いんじゃー」
「じゃあ、思い切って台を変えてみたらどうですか?」
「うーむ。……ここまで突っ込むと、出るまでやめられんものよ」
その気持ちは、少し分かる。
確かに、台を移動して、次の人がすぐに出したら、ショックが大きい。
でも、こない台はこないものだ。
昨日きたからと言って、今日くるとは限らない。
「昨日きた台って、今日もくるもんですか?」
「うむ。出る台は、そうそう変わらんもんなんじゃが、たまーに変わるんじゃよなー」
「そうなんですかー」
答えになっているようで、なっていないじゃん。
結局、運と勘の世界かな?
その後も道造さんは札を入れ続けた。
ルーレットは廻るがリーチがなかなか揃わない。
「上手くないのう!」
道造さんが、珍しく吐き捨てるように言った。
「…………」
俺は、何も言えなかった。
もう一度、台を変えたらなんて出しゃばり過ぎだもん。
責任取れないし。
「駄目じゃな。台を変えよう」
そう言って、ついに立ち上がる道造さん。
俺も慌てて腰を浮かせる。
三台隣の台に移動し、道造さんが腰を下ろす。
俺もその隣に座る。
さっきまで打っていた台はすぐ埋まって、どこから来たのか分からないにーちゃんが打ち出した。
「この台はどうかのう?」
「どうでしょうねえ?」
その直後、リーチがそろって画面が一気に騒がしくなり、音が跳ねる。
だが、フィーバーにはとどかない。
……一回で揃うわけはないよな。
「そう簡単に揃うもんじゃないからのう」
またリーチがかかる。
この台リーチが良く揃うな。
少し期待させる動きだ。
なんだか、台が玉を出したがっているような気がする。
「きそうじゃないですか?」
「うむ。分からんが……きそうな気もするのう」
目を細めて画面を見つめながら打ち続ける道造さん。
俺は、元いた台が気になって見てみると、さっき座ったにーちゃんに代わって、変なおっさんが打っていた。
にーちゃんは、早々諦めていたらしい。
道造さんの台は、よく回っていた。
移動して、良かったんじゃないか?
回っても、回っても揃わないなんて台もあるかもしれないけど。
多分、そんなレアケースじゃないよなあ。
ハズレ。ハズレ。ハズレ。
そろわず。そろわず。そろわず。
いやな予感が当たりそうで、イライラする。
「よし!」
突然道造さんが拳を握った。
くるのか?
分かるのか?
そういえばこの前も道造さんは、くるのが事前に分かっていた。
動きになにか、当たりを知らせる特徴があるのかもしれない。
……俺には分からないけど。
道造さんの言った通り、7が揃ってフィーバー開始。
やっぱり、分かるんだ。
今度は際限なく玉が出始めた。
大箱が知らないうちにセットされていた。
ほんとに忍者がいるのかな。
ジャラジャラと球を大箱に落としながら、道造さんが俺を見る。
「天心! 今日は止まっていくのか?」
「いいですか?」
「もちろんじゃ。今日も男が来とるんじゃろう? そういう時は、遠慮せず泊まりに来い。その方が、わしも楽しいでのう」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がふっと軽くなる。
台の横には、大箱が一つ、山盛りに積まれている。
玉はあふれそうになりながら、二つ目の大箱へと移されていった。
「毎日泊ってるようで、すみません」
「はは、よいよい。また雑魚寝ですまないがのう」
「いえ、いえ、すごーくありがたいです」
決して社交辞令じゃないよ。
夜の公園で一人になるより、どれだけ救われるか。
「ところで、今日は、稼げたのか?」
玉の音に負けないよう、少し声を張る。
「はい。今日は球技大会で、半日だったので、いつもよりたくさんスライムを狩れました。五十匹で三万円。この調子で武器や防具を買う資金を貯めたいです」
道造さんが、感心したように目を細める。
「ほー。武器や防具は充実していた方が、安全じゃからのう。それは早く整えた方が良いじゃろうが、スライムは、本当に攻撃してこんのかい?」
「今のところは大丈夫です。ただ今日、少し奥に行ったら、スライムが少し強くなってたみたいなので、もっと奥に行くと攻撃してくるスライムが出てくるかもしれないです。分からないけど」
「うむ。慎重に進むのじゃぞ」
道造さんは、玉を打ち出しながら、短く頷いた。
「はい。分かってます」
「話は変わるが、今日は球技大会だったのか?」
「はい。サッカーでした」
「出たのか?」
「全員参加ですから」
出ないという選択肢はない。
「少しはボールに触ったか?」
……キーパーだからねえ。
触らないのは、こっちが一方的に強いときだけだね。
「キーパーでしたから」
「それじゃあ、いっぱい触ったんじゃの。楽しかったか?」
いや。全然楽しかねーし。
点取られたら、クラス全員につるし上げられそうな気がして、すげープレッシャーだったわ。
「楽しいというより、プレッシャーでしたね」
重い責任を詰め込んだ、見えないリュックを背負わされてる感じっての?
「確かに、最後の護りじゃからのう。で、勝ったのか?」
「まあ、何とか」
「点をとられなかったんじゃな?」
「0-0で、PK戦で2-1です」
「PK戦では、だいぶ緊張したじゃろう」
「はい。もう二度とやりたくないです」
「ははははは! でも勝てたのじゃから、良かったではないか」
道造さんの笑い声が、パチンコ玉の乾いた音に混じって弾ける。
「まあ、そうですね。でも負けてたら、いじめられてたと思います」
やれやれだぜ。
マジで勝てて良かった。
「そうか。きついのう」
道造さんの声が、全部受け止めるように、ほんの少し低くなった。




