第15話 PK戦
一組の二番めのキッカーが、静かにボールの前へ進み出た。
こいつはサッカー経験者じゃない。
でも背は高いし運動神経は良さそうだ。
顔も精悍な感じだし、油断ならない。
こういう時って、見た目で相手を判断しがちだよね。
……見た目は大事。
俺はゴール前に立ち、深く息を吸った。
「……やだなー。やだなー」と思いながら構えをとる。
相手の緊張が俺にも伝わってくる。
……外せ!
心の中で、ただそれだけを念じる。
キック一閃!
「ビュン!」とボールがうなりを上げたが?
正面じゃん。
俺は一歩も動かず、胸の前で両腕を固める。
ドスッ、と鈍い衝撃。
ガッチリつかんでやったぜ。
ふー……。
二人目もしのいだぜ。
攻守交替。
今度はこっちが蹴る
……倉田君、頑張って!
倉田君が助走をつけ、蹴る。
あ、枠外。
次は三番手。
一組のキッカーもさっきの二人よりはひょろっとした印象。
お願い。
外して。
シュート態勢に入って、俺をジッと見つめてきた。
俺は、ゴール中央に立ち、両腕を思いきり広げて、威嚇のつもりで声を張り上げた。
「おおおー! さ、こーい!」
相手の肩がピクリと跳ねる。
ビビらせてやったぜ。
なんといっても、俺は連続でボールに触ってるからね。
それだけで、相手にそうとうプレッシャーがかかってるはずよ。
足が振り抜かれる。
コーナー狙いだ。
ボールは枠を大きく上に外れていく。
狙い過ぎだぜ……声を出した効果かな?
これでまだ、0-0。
……そろそろ1点取ってくれよ。
頼むぜ……花山君。
花山君がボールの前に立ちシュート態勢。
一瞬、助走を迷ったように見えたが、ボカーンと蹴り飛ばした。
素人っぽい蹴り方。
ボールはキーパーの右に飛んだ。
一組のキーパーは、蹴られると同時に右に飛んでいた。
……山勘?
見てから飛んだようには見えなかった。
ガッチりボールをつかむ。
「っしゃあ!」
キーパーが吠える。
やるじゃん!
……俺は見てから動いているが、そういうやり方もあるんだな。
でも、俺にはそんな勘は働かないし、真似をしてもできるはずない。
よく見て反応するしかないんだ。
依然、0-0。
いやがおうにも緊張がたかまる。
あと二人。
……1点取られたら致命的じゃん。
4番目のキッカーが、慎重すぎるほど慎重にボールをセットし始めた。
……ん?
よく見ると、少しずつ、ほんの数センチずつだが――
ボールをゴール寄りに置こうとしていないか?
せこいぞ!
審判員がじっと見たが、何も言わなかった。
スルーかよ!
戻せよな!
キッカーは何事もなかったかのように、後ろへ下がり、助走を開始、蹴った。
ボールは信じられないくらい大きく、枠を外れていった。
ゴールどころか、校庭の土を巻き上げて転がっていく。
……ほら見ろ。
せこいことするからだよ!
俺は、両手を腰に当てて大きく息を吐く。
フー……!
それでも四人目もしのいだぜ。
これであと一人。
五人終わって0-0だったら引き分けだろうか?
それとも、サドンデスで続けるのか?
ルール、……よく知らね。
それでも試合は続く。
こっちの四人目は、佐藤君。
太っていて、走るのは早くないが、体重が乗れば強いボールが蹴れそうだ
……お願い。
……決まって。
佐藤君が短い助走をつけて蹴り飛ばした。
同時にキーパーが左に飛んだ。
一目瞭然。
やっぱり山勘で飛んでいた。
佐藤君の蹴ったボールは、コロコロと右へ。
威力はない。
速くもない。
でも、方向は完璧だった。
左へ飛んだキーパーは、もうどうにもならない。
キーパーは左に飛んでいたので、ぜんぜん威力の無いボールでも反応することはもうできない。
ボールがそのままネットに引っかかる。
やった!
ゴールだ。
佐藤君が大きな体で飛び跳ねる――地響き?
「うおおおー!」
周辺から大歓声。
喜びに跳ねる二組。
肩を落とし、うつむく一組。
佐藤君が、大きく手を広げて駆け回った。
次々とクラスメイトが佐藤君に抱きついていく。
俺は、抱き着かないよ。
嬉しいけど、嫌がられるもん。
ゴール前で、俺は一人、静かに拳を握った。
よし。
あと一人。
次をしのげば、二組の勝ちだ。
俺は静かにゴール前に移動する。
一組の最終キッカーは、サッカー経験者だ。
定位置について相手を見ると、相手はもうボールの置いてこちらをじっと睨んでいる。
……そんなに睨まないでもいいじゃんよ。
おれ、何も悪いことしてないっす。
ただ普通にキーパーやってるだけだし。
相手は一歩、二歩と後ろに下がって助走の準備、ちらりと左隅に視線をやった。
こいつ、左隅を狙うつもりか?
いや待て。
……無心、無心でボールに集中しろ。
山勘で飛んでも当たるとは限らないじゃないか。
それはさっき一組のキーパーが取れなかったことで証明されている。
ボールをよく見て集中すれば、俺はこれまで止められたじゃないか。
「左隅」という予想を、頭の中から無理やり振り払う。
…………無心、無心だ!
経験者が助走をつけて脚を振りぬく。
ビュン!
バシ!!
鋭い音とともに、ボールが蹴り出される。
そして俺は――
一瞬「左にこだわるな」という思いに引っかかった。
だが、ボールはやはり左隅へ。
俺は飛んだ。
ボールの飛ぶ方向を見失わず、全身を投げ出すように、どばーっと飛び込む。
腕を限界まで思いっきり伸ばす。
両手を開いてボールを迎えにいく。
触った。
掴め!
掌に、はっきりと回転が伝わる。
凄まじい回転。
重い。
止めきれない――!
掌が持っていかれる。
クソ―!
ボールが両手をすり抜けていく。
待て! 待ってくれ!
ここで止めれば、勝ちなんだ!
ーーだが。
無情にもボールは掌を抜けていった。
サッカーボールが、左上コーナーに突き刺さる。
確かに触った。
掴もうとせずにパンチングすればよかったのか?
いや――あの回転じゃ、わずかに軌道を変えるだけで、結局ネットを揺らしただろう。
クソ!!
一瞬。あの一瞬の迷いが、僅かな後れを引き起こしたのか?
クソ!
「うおおおおーー!!」
一組の男子たちが吠えていた。
二組の男子は沈黙している。
俺は地面に寝ころんだまま、しばらく動けなかった。
空を見上げると、やけに青かった。
だが、まだ負けたわけじゃない。
最後に委員長のシュートが残っている。
皆の視線が、一斉に平田へ集まる。
その視線の中で、平田はゆっくりと歩き出した。
俺は、「どけ!」という相手のキーパーの無言の圧を受けながら立ち上がった。
ゴールを後にしながら平田を見る。
頼むぞ……委員長。
平田は、堂々とボールを踏んで胸を張った。
その目は、真っ直ぐで、迷いがない。
プレッシャーは、相当だろうに。
審判員の笛が、やけに大きく響いた。
平田は助走をつけて大きく右脚を振りぬいた。
ドン!
ビュン! とボールが飛び出す。
相手のキーパーは、微動だにしない。
山勘で飛ぶ作戦はやめたのか?
それとも反応できなかったのか?
ボールはゴールの左隅に飛んで行く。
キーパーは反応しない。
ネットが大きく揺れた。
入った。
枠をとらえた。
「うおおおおーー!!」
二組の男子たちが、歓声を上げ、平田に駆け寄る。
抱きつき、跳ね、叫ぶ。
俺は、またその輪の中には加わらなかった。
でも――
胸の奥から、熱いものが溢れてくるのを、止められなかった。
……勝った。
そう、実感できたのは、少し後になってからだった。




