第1話 プロローグかな
「なんだ。赤嶺、また気分が悪いのか?」
偉そうに言うのは、剃っても濃い髭あとで黒ぶちメガネの汗臭そうなクラス担任の田淵先生だ。
ま、実際生徒より先生の方が偉いのだが、本当はどちらかというと怖いと言った方が正しいかもしれない。
柔道三段という噂の腕の太さと大胸筋は、見た目通りのパワーと破壊力を持っているらしい。
あだ名は『熊殺し』……という。
先生の言葉に小さくうなずき保健室に向かう。担任の田淵が仕方がないなという顔で見逃してくれた。
俺が朝、出席を取られた後、保健室に行くのは毎日のことだ。......あの事件が起きてから。
あれは2か月ほど前、俺たちが3年に進級して間もない5月のことだ。
俺の通う区立石神中学校では学校給食というものが存在し、毎月15日、給食費をクラスの役員(会計)が集めることになっていた。そして、その集められた給食費がまるまる消えるという事件が起きたのだ。
その事件を受け、それまで生徒に任されていた集金作業が銀行振り込みに変更された。そして当然犯人捜しのようなことが、校内で行われたわけだが、犯人は見つからなかったし、金も見つからなかった。
だが、犯人として疑われた人間はいた。それがこの俺、赤嶺天心だった。
もちろん、俺は無実だ。本当に無実だ。だが、俺が疑われるには理由がないわけではない。
……過去に盗みをしたことがあるとか?
バカ言うな。俺は、そんなことしたことはないし、これでも正しい行いに努めてきたつもりだ。
では、なぜ俺が疑われるのかって?
それは、俺の父親が『泥棒』で刑務所に入っているからだよ。引いたかい?
事件が起きた途端、クラス全員が『犯人はお前だろう』的な視線を向けてきたのは、俺の人望のなさ故か?
まあ、俺は以前から煙たがられる存在だったしな。
……要はハブられてたってこと。
親父が、務所に入った小学校のころから『泥棒! 泥棒!』っていじめられたり、何度か殴り合いをしたり、変なものを見るような眼で距離をとられてきたのさ。
担任の田淵(50歳前後、男性)は、事件後、俺を犯人扱いして取り調べ、犯人と言い切れない(当たり前だ)ことが分かると気まずくなったのか、幾分避け気味の対応をしてくる。
俺が教室に居辛いのは分かっているようで、保健室に逃げることに、強くは注意をしてこないし、早退しても黙って見逃してくれている。
これは言っておく。
大事なことだからもう一度言っておく。
俺は、過去に盗みをしたことなんてないし、清く正しく生きてきた。
俺は、静かに教室を出る。
向かうのは保健室だ。
あの事件からというもの、俺は教室にいられなくなった。
早引きすることもあるし、保健室で時間をつぶすこともある。
保健室の松本先生(25歳前後、女性)も、俺に気を使ってか何も言わないし、職員室に逃げることもある。
……そんなに俺が嫌なのかね?
……というわけで、俺は今日も保健室に向かった。
保健室には松本先生がいたので、俺はベッドを借りて眠らせてもらう。
松本先生は、少しすると逃げるように職員室へ行ってしまった。
……うーん。
これ、早引きしちゃうか?
運が良ければ、帰ったのがばれずに出席扱いになるかもな。
早退が多すぎても出席日数不足で落第になることがあるらしい。
毎日早引きになったら落第するのは確実だろう。
でも、……一日中保健室で過ごすのも辛いものがある。
あれから2か月。
この生活に慣れてきた俺は、チャンスがある度、学校を抜け出すようになっていた。
途中で見つかったら早引きすると言い訳をするだけだ。
俺は、あたりを気にしながら、人目を避けて学校を抜け出す。
クラスのみんなや担任の田淵は保健室にいると思い込み、松本先生は教室に戻っていると思うだろう。
学校から抜け出し、隣接の石神公園に潜り込む。
ここはかなり大きな公園で、たぶんその敷地は、石神中学校の敷地の20倍以上あると思う。
中央に大きな池があり、池の周りと公園のかなりの部分が林になっている。
そして、その池だけでも学校の敷地より大きく、貸しボートなども浮いていて、カップルなんかもたまにいる。
天気のいい時はこの公園で昼寝をするのも気持ちがいいのだ。
俺はさっそく公園のベンチに横になり昼寝を始めた。
とにかく暇だし金もない。
家に帰れば、かーちゃんに見つかるし、かといって学校にはいたくない。
二時間ほど昼寝をしたが、時間を持て余した。
いつものことだが、今から家に帰っても不振に思われるだけ。どこかで時間をつぶさなくてはならない。
「さーて、どうしようかなー」
自然につぶやきが漏れた。
7月だから仕方ないのだが、最近日差しがけっこう暑い。
涼めるところに移動しよう。
公園に隣接して図書館があるが、この時間に学生が行ったら怪しまれる。
まだ授業時間だからね。
近くにある涼める場所の候補は、ショッピングモールやパチンコ屋、ゲーセン。
いろいろあるが一番いいのは電機量販店のマッサージチェアーだ。
俺は、大きく伸びをした後、駅近の某大手電機量販店のマッサージチェアーを目指した。
「あいてるかなー」
けっこう歩く。
某大手電機量販店についてマッサージチェアーに座る。
背もたれに体を預けスイッチオン。
タダで使えるマッサージチェア。
最高だが、店員に覚えられないように、ずっと使い続けるわけにはいかない。
限度は大事だ。
目をつぶって恍惚の表情。寝たふり寝たふり。
そうすれば、けっこう1時間ぐらいは余裕だ。
……限度は大事だよ。
おっと、本当に寝てしまったようだ。誰かに肩をゆすられている。
「そろそろ代わらんかい!」
「……ん?」
「そろそろ代われと言うておる」
目を開けたら頑固そうなジジイが俺を覗き込んでいた。
「あ、すみません。今代わります」
むくりと起き上がり、肩のところをほぐすように回す。
ちょっと寝すぎて肩が凝った。
マッサージチェアで肩がこるとはこれ如何に。
「ガハハハッ! マッサージチェアから起きたのに、肩こっとるんかい? 変な奴じゃな!」
「余計なお世話だ」……とは、口には出さず。
「だいぶ、待たせちゃいました? 俺、マジ気持ちよくて、寝ちゃったみたいです。この機械、お薦めですよ」
店員さんにも配慮した一言。
少し離れたところで睨んでるの知ってるんだよねー。
「ほお、そうかいのう?」
頑固そうなジジイが嬉しそうに笑った。
「どうぞ、どうぞ」
そう言いながら、俺はジジイにマッサージチェアを譲る。
頑固そうなジジイは、椅子に身を沈めた。
「どこを、どうすればよいのじゃ?」
俺はスイッチを押してやる。マッサージチェアが動き出し、ジジイが恍惚の表情に変わる。
「じゃあ、おじいさん。俺はこれで」
俺は会釈して、その場を離れた。




