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答え合わせは棺桶の中で

作者: 二藍


卒業アルバムの最後の白紙。



すっかり気温は高くなり、桜が乱れ咲く季節になった。雨のように降り注ぐ花弁に、ふと高く開けた空を見つめる。少し濁った青い空だ。校門をくぐり、花のブローチを受けとる。なんでも『最後の』がつく最終学年。そしてこれが最後の『最後の』だ。

最後の登校。最後の高校生活。

この高校、第46代卒業生として、僕は卒業証書を受けとることができる。

「佐藤 晴樹(はるき)

「はい!」

僕の高校生活は、今日終了した。未来に足を踏み出す準備期間は、もう終わったのだ。


「皆さん、卒業おめでとうございます」

感動的な黒板アートの前、担任の高木がそう声を張った。いつもの厳格そうな雰囲気はなく、メガネ越しに見える瞳には、恐らく涙を張っている。心なしか声も震えているように感じてしまう。

「始めにいいましたね。

私たち教員の事をいくら悪く言ってもいい。いくら、恨んでくれても構わない。しかし友の事を悪くいうな、と。そんな約束を守った貴方達には、青春の証をお渡ししましょう。これで貴方達の高校生活は正真正銘、終わりです。

よく、頑張りましたね」

そういうと、教卓の下から大きな段ボールを持ち上げた。ドンッと教卓が震え、その重さを物語っている。その中から出てきたのは、一冊の大きな本だった。

卒業アルバム、三年間の思い出全てがここに詰まっている。修学旅行や合唱祭文化祭、僕らの青春全てが、ここに詰まっている。


出席番号順の列に並び、ついに僕の番が来た。

「よく、頑張りましたね」

高木は僕に向かって小さく囁くと、卒業アルバムを渡してきた。校章がデカデカと印刷された表紙だ。

「……ありがとう、ごさいます」

僕には顔を上げてそう、呟くことで精一杯だった。欲しくて堪らないものだったのに。約束を果たすためには、必要なものなのだから。

それでも高木は眉毛を下げて微笑んだ。



卒業アルバムの最後の白紙。

友達のメッセージで埋められるべき場所、僕のそれはしっかりと黒かった。正確には、一辺五センチメートルの正方形だけを除いては。それ以外は沢山のメッセージで埋め尽くされていた。頑張ろうとか、元気で! とか前向きな文章が多く綴られている。青春の最後には、ピッタリで、恥ずかしくない言葉。そこにぽっかりと白い箱が置いてあるように、綺麗になにも書いていなかった。


「よぉ、これから寂しくなるなぁ。お前は大学東京だろ?すげーじゃん、頭良いのな」

「ありがとう、そうだね。そっちこそここから出て働くんだろ?大変そうだ、応援はしとくよ」

僕は突如肩を組んできた友人にそう返した。いつも明るいムードメーカー。そんな彼は目敏く僕の白い正方形を見つけて言葉を、続けた。

「なんだよ、集まらなかったのか?それは可哀想になぁ。俺がもう一つ書いてやろうか?」

笑いながら冗談混じりに名前ペンを取り出した彼を、僕はやんわりと突き放した。


「平気さ、それに2個も同じ人から貰う方が恥ずかしいね。残念だけど」



僕は一つの墓の前に卒業アルバムを持って立っていた。ごくごく普通の墓地の、一角にあるお墓だ。始めてきたここは、不思議なことにすんなりと僕を受け入れたように思う。

手に持っていた花を添えて軽く座り込む。優しい風が髪を撫で、僕の口角を緩ませる。

「ほら、僕はもう卒業したよ」

花のブローチを見せながら、僕は言った。一人で喋るのは可笑しいだろうか? 否、ここなら許されるだろう。

僕は貰いたての卒業アルバムを広げて、語りかけるように話し出した。ゆっくりと、思い出を蘇らせるように。


ここは僕の高校生活、最初の友達の寝床だ。

人見知りの僕を気にかけて、わざわざ離れた席から話しかけてきてくれた。とんだお人好しの男だ。笑いながら、名前を名乗った彼を僕は消して忘れない。

桜が散って、緑に染まる木を眺めている時のとこだ。

「こんにちは俺、藤田っていうんだ。自己紹介したから知っているだろうけど。よろしく、佐藤君」

「え、ああ……よろしく?」

「なんでー見たいな顔しないでよ傷つくよ、俺?」

カラカラと笑い話しかけてきた藤田君は、太陽のように眩しかった。

「でもなんで」

なんで僕? そう続く前に彼は大きな声で笑う。そして平坦な声で言った。

「なんでってそりゃ、全員の卒アルにメッセージ書きたいから」

至極当たり前のようにケロリと言ってのけたことは、物凄いことだった。この学年およそ200人にメッセージを書きたいというのだから。しかし藤田という男が言うのならば、できるのであろうと思ってしまった。

「あっそ、君はお人好しだな……まぁ書かせてあげるよ」

思わず出た無愛想な返事にも彼は人好きそうに笑いながら、よろしくな。約束だからな と返してくれた。それが僕は堪らなく嬉しかった。


そこから僕は彼に着いていくうちに、周りとも馴染み始めた。友達も増え始めて、僕がクラスで浮くことがなくなった。僕の高校生活は、順風満帆だった。

彼は自分のお陰だろ、と言ったが勇気を出させてくれたのは、藤田君だ。きっと彼がいなかったら、僕はずっと一人だっただろう。僕は心の底から感謝を伝えた。すると彼は恥ずかしそうに、嬉しそうに笑いながら、眉毛を上げる。歯を見せながらニカッと笑う。その笑顔は、光そのものに思えた。



その数日後、彼は車に引かれて亡くなった。

子猫を庇って死んでしまうなんて、なんとも君らしい。けれど涙なんてでない程、唐突に訪れた別れだった。実感するなんて無理だし、実感なんてしたくない。でも嫌でも現実は残酷で、逃げることなんて許されなかった。朝学校に来てみても彼はいないし、電話だって繋がらない。そしてみんなが彼の事を、どんどん話題に出さなくなっていく。まるで思い出が、消えていくようだ。

一ヶ月経っても、僕は空を見上げることしかできなかった。無情にも綺麗に咲く桜は、青空によく映える。

そして、ぼやける視界で思ったさ。

ーーーやっぱり君はとんだお人好しだって。



「さて、お約束通りだ」

僕は彼の墓の前に卒業アルバムの最後のページを広げる。そして名前ペンも1本添えた。白い正方形の前に。

不思議なことに風は止み、音一つない空間に取り残されたような感覚に陥った。しかし、僕は動かない。彼が書き終わるまでは。


それから5分経った。当たり前だが白い正方形は、そのままだ。しかし、僕は卒業アルバムを閉じた。パタンと音を立てる、そして前を向いた。そこには勿論誰もいない。

「これで満足しないだろうけど、良いだろう?」

僕は目を閉じて、眉に力をいれて笑った。

「でも、何て書いたのか読めないから分からないなぁ。まあいいや、答え合わせは70年後によろしくね、藤田君。きっと君は天国だろうね。とんだお人好しだから、それに空の上にいてくれた方が、心強いよ!」

早口で捲し上げた僕の瞳からは、涙が溢れる。

するとブワッと風が舞い上がった。花弁を吹き上げるそれは、なんとも幻想的だ。

そして僕の涙は空に浮いた。それは優しく、穏やかに消えていく。僕は空を見つめながら思ったさ。

お人好しも程々にと。まったく君は反省をしないなと。

でもきっと彼は、ずっと笑いながら自分の事を犠牲にしてしまうだろう。それが彼の短所であり、長所だ。

それを友人として、僕は支えるべきだった。しかし、それはかなわない。なら僕に出きることは、一つだ。それは彼が出る幕もなく、僕が頑張ること。

僕は立ち上がった。次にここに来るのは、夏の盆だろうか? ここに思い出を置いていく。未来に足を踏み出す時が来たのだ。君がくれた勇気と共に。その覚悟が今は不思議とすぐにできる。実はいうと、卒業アルバムを受け取ったとき、僕は怖かった。君を忘れてしまうのではないか、と。これで最後になるかも知れないと。しかし、今は違うと分かる。最後なんてならない。死ぬまで何てかいてあるか、分からないのだから。

思い出はなくなるものではないと。

僕は空を見ながら笑った。


もしも風が偶然ならば、神はこちらの味方だ。

もしも風が偶然ではないのならば、君のおかげだろ? 

どちらでも幸福だなと僕は思った。


卒業アルバムの最後の白紙。

そこには正方形を成した空白がある。そこには気持ちが込められたメッセージが、きっと書かれている。

読んで頂きありがとうございます。

反応して頂けると活動の励みになるので気軽にしていってください。

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