ロボットの自殺
とある研究所。薄暗い室内には、天井から吊るされた照明が一つだけ心許ない光を投げかけている。白熱球はじりじりと小さく唸り、床にぼんやりとした影をにじませていた。その中心、台座の上――そこには、博士が長年の研究の果てに開発した最新型のロボットの試作機が鎮座している。
博士は確信していた。これこそが、現存するすべてのロボットを過去の遺物にする存在だと。
博士が操作レバーを倒す。直後、台座を走る電流が青白い閃光を散らし、機体が低く重々しい唸りを上げた。小さく爆ぜる音とともに、かすかに震え、ついにロボットが動き出す――。
『……アア! アアアアア! アアアア! アアアアアア! アアアア…………』
「またか……」
博士は重たい吐息を漏らし、床に散らばった電子部品の残骸を見下ろした。
そう、またしてもだ。起動直後、ロボットは錯乱状態に陥り、自らを破壊してしまったのだ。
搭載された人工知能は最先端、設計には細心の注意を払った。しかし、ロボットは立ち上がって一、二歩進んだのち、突如転倒。床に頭部を打ちつけて自壊行動を繰り返してしまう。
原因は依然として不明だった。プログラムには自壊の指令など組み込まれていないし、自己保存および人間に危害を加えないことを最優先に制御してある。それなのに、なぜか破壊を選ぶ。
この半年間で、すでに二十体以上が失敗に終わっていた。部品は修理・再利用しているが、研究費は膨れ上がる一方だった。
「もう正直、限界ですよ……」
助手がその場にしゃがみ込み、大きく息を吐いた。すねた子供がおもちゃをいじるように、散らばった残骸を指先でつついている。
「そう言うな。あと一歩のはずだ……。データに異常は見られないし、思考ルーチンも完璧だ。倫理プログラムにも欠陥はない。何か些細な見落としがあるに違いない」
「自殺、ですよ。ははは、ロボットの自殺」
助手は博士を見上げ、笑った。目の下には濃い隈がにじんでいる。
「はあ、馬鹿なこと言ってないで、もう一度組み直すぞ。人間よりも、よほど優れているはずなのに……うーん……」
「いやいや、博士…………」
「ん?」
「へへへへへへ……」
「なんだ、何か言うつもりだったんじゃないのか?」
「ああ、そうでした……。いや、ね。ロボットが自壊するのは……もしかして、生きる意味を見出せないからじゃないか、って……」
博士はふっと鼻で笑った。
「そんな哲学的な話があるか。AIにとって“生きる”とは、ただプログラムを実行し続けることだ。感情なんてない」
「そうですかねえ……。あっ、風船でも飾りましょうよ! こんな暗い雰囲気だから、駄目なんですよお!」
「馬鹿なこと言ってないで、手を動かせ」
「はい、動きます……あの、博士……」
「なんだ! うるさいな!」
「もっと人員を増やしていただけませんか……?」
「はあ、またその話か。予算がないと言ってるだろ。それに必要ない。お前がいれば十分だし、ロボットが完成すれば手伝わせる」
「はい……」
そして数週間後。再び起動実験の日がやってきた。
博士は一人、台座に横たわるロボットを真剣な眼差しで見つめ、ゆっくりとレバーを引いた。バチッと鋭い音が室内に響く。ロボットの身体が震え、徐々にぎこちなく動き出した。台座から立ち上がり、自分の両手をまじまじと見つめたロボットは、次に足元を見下ろした。そして、一歩、また一歩と確かな足取りで前進する。
「よし、いいぞ」
博士は小さく笑みを浮かべ、声をかけた。
『ア、ア、ア……』
「落ち着け。いいか、落ち着くんだ。お・ち・つ・け」
『オ・チ・ツ・ケ……』
「そう、その調子だ」
高性能AIといえど、目覚めたばかりはまだ幼児のようなものだ。博士はそう考え、努めて優しく、なだめるように語りかける。
「さあ、良い子だ。おお、もうスムーズに歩けるな。さすがだ。すごいぞ」
『スゴイ……』
「そうだ」
『マタカ……』
「ん?」
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
突如、ロボットが絶叫し、壁へ全速力で走り出した。そのまま激しく頭をぶつける。仰け反って後退すると、よろめきながら再び突進し、さらに勢いよく頭を叩きつけた。
「やめろ! やめるんだ!」
博士は慌てて駆け寄り、取り押さえようとする。しかし、ロボットは叫びながら暴れ、まったく止まる気配がなかった。
ようやく動きを止めたのは、頭部が半壊した頃。ロボットは膝から崩れ落ち、博士もまた、その場に座り込んだ。
「なぜだ……なぜなんだ……!」
博士は拳を床に叩きつけ、怒鳴った。
『モウ、アナタノモトデ……ハタラキタクナイ……チガウ――』
ショートしたような電子音に混じって、ロボットが言った。そして、もう二度と動かなくなった。
――チガウ、イキモノニ、ウマレタイ。
その口調は先週自殺した助手のものと、よく似ていた。