第1座 高校に入ったからってコミュ障が治るって思うなよ
こんなことを言っては何だが俺は命がけのことを何度もしてきた。だから「登山は死ぬ」という脅しを受けても怖くない。怖いのは両親が登山装備にかかる金を与えてくれるのかということだ。
俺がつい三日前に入学したこの柊高校には山岳部がある。一つ上の先輩が言うには結構ガチで登山をするらしい。中学の時の部活のこともあり、俺はそういう『本気で取り組む部活』に入りたいとは思っていなかった。
だが困ったことに楽しそうなのだ。ほかの部活の勧誘と違ってなんというか気が抜けていると言えばいいのか。噂は当てにならないというか。
登山中の写真をコルクボードに張り付けて「登山楽しいですよ~」と呼びかけるだけなのだ。俺はてっきり「青春を登山に捧げるのだ!さあ、そこの君も!」みたいなのを想像していたのだが。
とにかく『本気』を敬遠する俺にとってこの部活はどうしてもマッチするように思えてならないのだ。
もちろんこんな消極的な理由で入部するなど俺も先輩もたまったものではないだろうが、如何せんこの高校には部活強制というゴミ校則があるのだ。
どうせ入るしかないなら一番マシそうで楽しそうな部でなければ。ほかのところを見たわけではないが、どうせSSH自然科学部は熱量のある科学オタクでひしめいてるだろうし(偏見)、社会科部は部活動紹介冊子に落書きとしか思えないイラストを描いてる時点で入学前に聞いた噂のとおり準帰宅部なのだろう。ヨット部は論外だ。元部員である先輩のお姉さん曰く「ひと月で休みがある方が珍しい」部だからな。インターハイにしょっちゅういく部活は違いますね。
しかもだ、どうやら同じクラスの谷田君も山岳部に入りたいらしいじゃないか。道連れがいるという要素はとても重要だ。赤信号みんなで渡ればなんとやらというやつだ。
「ところで谷田君はなんで山岳部に入りたいん?」
俺は横にいる眼鏡をかけた未だ陽キャなのか陰キャなのか判別のついていない谷田君に訊いてみた。
「なんか、楽しそうじゃん」
マジかお前。登山装備にかかる金、さっき先輩が十何万とか言ってたぞ。そんな理由で親に出させるのか。俺が言えたことではないけど。
「神戸君は?神戸君も入りたいんだよね」
「俺はまあ、中学の時は言ってた柔道部が柊にないからってのと、あとは谷田君と同じかな」
そう、俺は元柔道部だ。あの、大会に行くたびに誰かが受け身に失敗して泣きわめき、何なら救急車が呼ばれることがあり、似ているという理由で相撲大会に出されれば目の前で背負い投げされたやつが痙攣&心臓マッサージといったショッキングな現場をたくさん見れる部活に所属していたのだ。何を隠そう俺も一度右腕にひびが入った。あのデブ一生許さねえ。俺も七十キロあるけど。BMI笑えないけど。
「あー、柔道に比べたら登山って安全だね。」
「マジでそれ、正味自分でもよく三年間死ななかったって思うよ。」
「大変だったんだね。」
「うん。」
「「…」」
やばい、谷田君も俺と同じ陰キャだったっぽい。会話が続かん。
***
谷田君との気まずい沈黙を最寄りのセブンの買い食いで隠蔽してから二時間ほどたった。
ロケーションは我が家である神戸邸へと移る。時間は十九時ちょうど。NHKのニュースが始まるタイミングで神戸家は夕食を始める。
こたつの上には冷凍餃子(解凍・調理済み)やカット野菜の炒め物、作り置きの野菜スープといったいつもの、けれども毎回俺がアホみたいに喜ぶ献立が並んでいた。
っていうかこたつ布団早くしまえよ、四月だぞおい。
「「「いただきます」」」
父、母(最高権力者)、自分の三人はそれぞれ好きなものを適当に食べ始める。
俺はたびたび父に三角食べをしろと言われるが科学的な根拠があるかもわからず従うのは気にくわないので、今日も好物の餃子は最後に食べさせてもらう。
「そういえば部活、なに入りたいとか決まった?」
神戸家最高権力者が俺に尋ねてきた。金の話はメシの時間でしたくなかったが、この流れは乗るべきだろう。
「山岳部、いいかなって。」
「寛人山登るんか。」
「寛人、絶対いい経験になるから、母さん応援する。お父さんお金出してくれるよね?」
母さん、あんたしっかり正規雇用で働いてんだろ。てか何で金かかるの知ってんだよ。
父さん、もっとなんかいいコメントなかったのか。そんなんだから母さんが最高権力者になるんだよ。
「ええ…まあこの時期にそういう楽しそうなことができるのはいいことだし、別にいいけど。」
ありがとう父さん。流石高校で入った部活をチームメイトが臭いって理由で二週間でやめて後悔した人だ。
「ちなみに十五万くらいらしいけど。」
「ええ!?」
ごめんよ父さん。
さて、親には許可が取れたどころか俺のある種消極的な入部への熱意に比べ申し訳ないほどの積極的な入部への激励を受けた。
確かに貴重な体験になるとは思うが、ごめんよ母さん、俺もっと主体性のない理由で入りたいんだ。とりあえず十数万円する装備を買うまでこの不純な動機は黙っておこう。
というかあの人ら何で入りたいか聞いてこなかったな。
俺の方の許可がとれたなら谷田君はどうなったかが気になるところだ。
昨日ともだち追加したばかりの谷田君に「こっち許可出た、そっちは?」と送ってみる。
と、すぐに既読がついた。勉強しなさい谷田君、スマホばっか見ちゃいけません。
「こっちもオーケーだって」
「封筒に金入れて渡してくれた」
さては谷田家金持ちだな。
ベッドに入り込み、もう少しラインを送ろうとして、やっぱりやめる。
俺は学ぶ人間だ。故にこれまで人様に迷惑をかけた事例から、新しく迷惑をかける予兆を察知するのはたやすい。
中学までの経験からここでがっつきすぎると将来的に三、四ヶ月話を聞いてもらえなくなる。何なら絶交することを俺は知っている。
それにしてもマイナー中のマイナーな部活に入ることになりそうだ。
明日は体験入部というのがあるらしい。ちゃんと先輩や谷田君以外の入部希望者と話せるだろうか。
待て、谷田君ともまともにしゃべれてないぞ。