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3/3

逃走

「埜乃華先輩!!ホムンクルスが逃亡って本当なんですか!?」


「………あれだけの音と騒ぎが聞こえてなかったの……?私は今から処理班と一緒に彼女を追うから。後の事はお願い」



研究所内の自室へと駆けた後、早急に支度を整えて部屋を出る。すると左方から、明らかに眠そうな眼を擦りつつ、ふらふらとした足取りで、私の後輩である女子研究員、東雲しののめ八雲やくもがこちらへと走って来た。


テンプレートなアイマスクを額まで上げて、白衣も完全に着崩れている。……よくあの状況下で寝れていたと逆に感心してしまう。大方、他の研究員が数人がかりで叩き起こしてやっと産声を上げたのだろう。



「し、処理班だけで鎮圧出来るんですか!?………そもそも、軍ですら対応できないのでは……」


「軍なんて動かない。………それに、私が彼女の近くにいれば止められる」


「だ………駄目ですよ!!そんな事絶対にさせません!!」


「誰の私情も関係ない。…………じゃあ、行くから」


「待っ………先輩!!!」



腕を掴まれそうになるが、振り払って出口へと走る。


遠くなる距離と反比例して彼女の声が肥大する。


やがて私は処理班の一部隊と合流し、そのまま車両へと乗り研究所を離れた。



◇◆◇



「うおおおぉぉぉおおちょっと待ってくれ!!!止まってぇぇええええ!!!」



慣れ親しんだ街並み。俺は今現在、その風景を体感時速凡そ250キロほどのスピードで奔走していた。



「さっきの体勢、完全にお姫様だっこで一生あのまま居たかったけど、やっぱり私が哉太を抱えて走った方が速いもんね!!だから逃げ切ったらまたアレやってね!!」


「無理無理無理!!逃げ切る頃には内臓が潰れて死んでるわ!!!た……頼むから人間基準で走ってくれ!!!」



その声を聴いた瞬間、彼女は突然ハッとした表情と声を浮かべ……横抱きに持った俺を一瞥し急激なストップをかける。


悍ましい程の慣性をそのままに急停止したため五臓六腑が一瞬右半身の方へと叩きつけられたが、何とか嗚咽と突発的な号泣だけで済んだ。



「ごっ……ごめん!!テンション上がっちゃって……つい1/144くらいのスピードで走っちゃった……」


「プラモ比率かよ!!あれ以上の速度が有り得たの!!?内臓潰れるどころかペーストになるわ!!!」


「ごめんなさい哉太………。ど、どのくらいのスピードなら大丈夫……?」


「少なく見積もっても1000倍は希釈してくれ………それで多分人類最速くらいになるから………」


「わ、分かった!!」



直後、恐らく指定通りの速度で彼女は走り出す。


あれ……?この速度でも……人類の大半より速いのか……?


………俺もう、今後一生オリンピックとか楽しめないんだろうな………。



「ねぇ、哉太」


「え!?………何?」


「哉太は、ホムンクルスについてどう思う?」


「………どうしたんだよ、急に……」



路上を成人男性が成人女性にお姫様抱っこされながら、世界記録レベルの速度で駆け抜けているという前代未聞のシュールさの中で突如そんな真面目な問いを出され、思わず戸惑う。



「いきなり世界に現れた不可解な私達を、哉太はどう思ってる?」


「…………何とも思ってない」


「えっ……?」


「世で言う、産業や軍事に革命をもたらす超人類とか大それたものとは捉えてない。ましてや人類の脅威とも。ただ、生まれ方が独特で人間よりすげえ何でもできるすげえ奴らとしか考えてない」


「………でも実際、私は哉太以外の人間は躊躇なく殺せるよ」


「それは単に倫理観の問題だ。………こうして対話が出来る以上、いくらでも是正できる。確かに初めはビビったが………ホムンクルスかどうかは関係ない。それに俺は今みたいに……お前達と会話して、仲良くなりたいから死ぬ気であの研究所に入るための勉強してきたんだ」



まぁ、現状浪人2年目な訳だが。



「だから、お前も世界に元から居る不可解な人間達と仲良くなってみろ。………現状難しいだろうが、俺がなんとか埜乃華から研究所に直談判とかして………」


『それは無理かなぁ』



突然、後方から何かスピーカーの様な物を通して女性の声が響く。


振り向くと、見える範囲で凡そ10機程のドローンが俺達を追跡していた。



「なっ………」


『君が富和とわ哉太君かい?………その落ち着きよう、噂通りの……いや、どうでもいいか今は』


声に遅れて、小さく何かの射出音がする。……それは確かに俺を抱える彼女へと被弾したらしく、数秒の後に突如速度が落ち、そのまま路上へと倒れ込む。俺も同時に投げ出されてしまった。



「ぐっ………!な、何だよ急に……!」


「………麻酔……」


『お、ホムンクルスちゃんせいかーーーい。でもまぁ、君の体質なら十秒も経たないうちに耐性出来るだろうから、中枢性とか筋弛緩剤とかいろんな作用機序ラインナップを取り揃えてまーーーす』



声の主が言う通り、数秒後に彼女は立ち上がる……しかしすかさずドローンから針が射出され、再び動きを止められてしまった。



「お、おい埜乃華!大丈………」



思わず、埜乃華と呼んでしまった。



『ははは!これはいけないねぇ哉太君。我が研究所の誇りと、下賤なホムンクルス風情とを見間違えるなんて』


「……………そういうタイプの研究員か」



内心、煮え滾る程にムカついてしまったが、こうなってしまった以上事を荒立てる訳にはいけない。


あくまでもホムンクルスに対して特別肩入れしていない完全な第三者の被害者として、その上で身体的精神的被害が少ない事を主張し彼女の有害性を否定するしかない。……殺処分だけは避けなければ……




「だったら、喰らう前に全部の作用経路に耐性を付けさせればいい」


「お………おい!!余計な事すんな!!出来るだけ無害だって事を示せ!!」



小声で叫ぶが全く聞こえていない。……そしてまた耐性を得て、立ち上がる。


三本目の麻酔針が頚部へと刺さるが………今度は、全くと言って良い程彼女は微動だにしない。続けて打たれた麻酔にも同様に。



『なっ…………!!侵襲前から耐性を得たのか!?………くそ……っ……本当に化物だな貴様らは……!!』


「あーーー………だから、哉太以外は殺したくなるんだよね」


「おい!止まれ!!止まれって!!」


「今からでも皆………うっ………ぐ……」



………突然彼女の動きが止まる。麻酔はまだ放たれていない。にも拘わらず、むしろ麻酔よりも強力な何かによって動きを止められた様に見えた。



「ど、どうしたんだ……!?おい、埜乃華!!」



思わず駆け寄る。ドローン越しの声は呆れた様な声色に変わった。



『そこに立たれると麻酔が………いや、もう意味ないか。それに、彼女が来たしね』


「彼女………?」


何故か、ドローン達は一挙に集合し数メートル程後退した。


不可解な行動に動揺していると……今度は、スピーカー越しではない肉声が俺の耳朶に触れた。



「埜乃華は私だよ、哉太」


「えっ!?…………あ………」



振り向くと、白衣を着た女性がこちらに向かって歩いていた。………数年も会っていないが、その姿を見て瞬時に誰であるかを判別出来た。………埜乃華本人だ。



「哉太の家に立ち寄って、拉致して、高揚して、気を遣いつつも最高時速の1/144程の速度で北上する。あなたの行動は大体分かってた」


「…………徹頭徹尾完璧な推測じゃねぇか………って、お……おい埜乃華……それ……」



やがて、明瞭に姿を捉えられる程まで距離が縮む。と同時に、眼を疑った。


……彼女の右大腿部が、何故か一面血に塗れていたのだ。




「久しぶり、哉太。……元気?」


「それよりその足、どうしたんだよ!!怪我してんのか!?」


「あぁ………これ?………ちょっとね。……()()()()って所かな」



『………痛覚連動』



「は!?………何だよそれ……?」


「そう。彼女と私の痛覚を、マイクロデバイスを使って神経レベルで連動させてる。……薬物耐性とかの体内酵素単位の制御は細胞分裂で行えても、分裂性の無い神経への直接攻撃は耐性の着けようが無いからね」


「…………埜乃華は……どうなのよ……?あんただって痛みは同じでしょ!?」


「痩せ我慢は得意な方でね。なんなら左足も両腕も行けるけど。………どうする?」




埜乃華は、懐からデザインナイフの様な物を取り出す。刃先が血に染まったそれをこちらに掲げた後………飄々とした顔で微笑んだ。

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