一話 光の目覚め
憎しみが彼女を焼き、復讐が彼女を突き動かす。灰に堕ちた世界で、彼女は立ち上がる。それは救いか、破滅か。光が闇を照らすのか、闇が光を飲み込むのか。その答えは、まだ誰も知らない。
灰色の空が大地を覆い、風は死の匂いを運んでくる。ルシアは小さな木の家の中で、母が焼いたパンの香りに目を細めていた。背中の薄い痕跡――天使の末裔の証――は、家族以外知らない秘密だった。母が子守唄のようにつぶやくおとぎ話。それが全てだと思っていた。
「ルシア、薪を取ってきてくれる?」
母の柔らかな声に、ルシアは笑顔で頷く。外に出ると、弟のエリンが駆け寄ってくる。
「姉ちゃん、今日一緒に川に行くよね?」
「もちろん。魚でも釣ろうか。」
穏やかな日常が、永遠に続くはずだった。
その時、空が裂けたような轟音が響いた。
「何!?」
ルシアが振り返ると、集落の端から黒い影が迫る。角を生やし、赤い目が光る悪魔族の群れだ。叫び声が上がり、炎が家々を飲み込む。
「エリン、母さんのところへ!」
ルシアは弟の手を引いて走ったが、間に合わなかった。
家の扉が砕け散り、黒い鎧を纏った巨漢が現れる。悪魔族の将軍ゼラーク。赤い瞳がぎらつき、口元に歪んだ笑みが浮かんでいた。
「天使の臭い……嗅ぎつけたぞ。」
その声は低く、感情が欠けたように冷たい。ゼラークは母を一瞥し、まるで虫でも潰すように首を掴み上げる。
「やめて!」
ルシアの叫びが響くが、ゼラークは笑った。楽しそうに、ゆっくりと母の首を締め上げ、骨が砕ける音を立てて床に投げ捨てる。血が広がり、エリンが泣き叫ぶ。
「うるさいガキだ。」
ゼラークは無表情で刃を振り下ろし、エリンの小さな体を貫く。血飛沫がルシアの顔にかかり、彼女の視界が赤く染まる。
「次はお前だ。」
ゼラークがルシアに近づくが、その瞬間、彼の背後で記憶が蘇る。
――魔王の玉座。暗闇に浮かぶ骨の王冠を被った影。
「天使の末裔が生きているだと? 殺せ、ゼラーク。そいつの血を俺に捧げろ。」
魔王の命令が耳に響き、ゼラークは目を細めて笑った。「面白い玩具だ」とつぶやいたあの瞬間が。
――
「やめて……やめて……!」
ルシアの叫びが空気を震わせ、背中の痕跡が熱を帯びる。光が溢れ出し、彼女自身も制御できない力が解き放たれる。
「ほう?」
ゼラークが目を細めるが遅かった。眩い光が集落を包み、悪魔族の兵士たちが灰となって散る。ゼラークは光の中で平然と立ち、薄く笑ったまま闇に消える。
「天使の末裔か……魔王が喜ぶな。」
光が収まった時、ルシアは膝をついていた。目の前には母と弟の亡骸。集落は焼け落ち、生き残った数人が呆然と彼女を見つめる。
「ルシア……あれは、なんだったんだ?」
年老いた男が震える声で尋ねる。ルシアは答えなかった。涙が頬を伝い、握り潰した拳から血が滴る。
「あいつらを……殺す。」
彼女の声は小さく、憎しみに震えていた。
その夜、生き残った人々が集まった。
「ルシア、あの光……お前は我々の希望だ。」
村長の言葉に、皆が頷く。しかし、ルシアは気づかなかった。村長の目が、彼女を見つめるたびに野心で輝いていることを。