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渡月きょうこの要求が俺たちのラブコメライフを脅かしてくる

「申し訳ないけど、ディープキスはできない」


 俺はクラスメイトたちのコールを遮って、クラス中に聞こえるようはっきりとそう答えた。


 そう、こんなところで一線を越えて、偽りの関係が洒落にならなくなってしまうわけにはいかないのだ。

 そんなんじゃ橋立と二度と本当の関係が築けなくなってしまう。


 ━━周囲の残念がる声が嫌というほど聞こえてくるが、そんなの気にしてはいけない。


 大切なのは自分たち自身の気持ちであって、決して他の誰かの期待なんかであるはずがないのだ。


「そっか、それは残念だけど、僕たちがこんな過激な無理強いをしてしまったんだから仕方がないよね。吉行君たちは何も悪くない。それよりも僕たちがもっと常識的なお願いをすべきだったんじゃないかな?」


 太秦はさりげなくそうフォローを入れて、場の雰囲気を幾ばくか和ませてくれる。きっとすごくいいヤツなんだろう。

 向こうが許してくれるならぜひ親友になりたいね。


「さあ、そろそろ朝のホームルームが始まるから、皆早く席についたほうがいいよ」


 太秦がにこやかにそう促すと、クラスメイトたちはやや物足りなさそうにしつつも、ざわつきながらぞろぞろと自分の席に戻っていく。

 太秦のクラス内影響力は入学早々にして絶大らしい。


「君たちもありがとう。めちゃくちゃ楽しませてもらったよ。ごめんね、最後あんな無茶なお願いをしてしまって。あれのことはもう気にしなくていいからね?」


 太秦は写真を撮り終えた黒板を綺麗に消しながら、そう言って俺たちを慰めてくれた。


 ━━混雑を回避するため、俺たちは全員が席に戻り終えてから、教卓を出ることにした。


 教卓の中で待っている間も渡月はしぶとく残って、先ほどの件についてしつこく聞いてきた。


「どうしてさっきはディープキスできなかったの?もしかしたら本当は二人はカップル同士じゃなかったとか?」


 不思議そうな表情をしているが、感の鋭い渡月ならもしかしたらわかっているんじゃないだろうか。


 ━━そんなふうに疑心暗鬼になりながらも、俺はそのことを悟られないようにあえて堂々と答えた。


「いや、俺たちはれっきとしたカップルだ。嘘はついちゃいない」

「ほんとに?」

「ああ、本当だ。だけど、やっぱり人前でディープキスなどという行為を求めてくる非常識な君の要望には……」


 ここで続く言葉を口にしかけて、俺は唾をごくりと飲み込んだ。


 いや、非常識なのはコイツだけじゃない。

 このクラスのヤツら全員の頭がおかしいんだ。


 だって他のヤツらだって数の暴力で便乗して、俺たちに人前でディープキスをさせようとしてきたじゃないか。

 そんな公開処刑じみたことを平然と……。


 そういえばコイツら、橋立がずぶ濡れになったのを目の当たりにしたときも、見て見ぬふりしていたようなひどい連中だったじゃないか。


 なんでこんなヤツらのために俺たちはキスだのディープキスだの、そんな冗談にもならないような理不尽なことばかりさせられなきゃならないんだ。


 なんだってコイツらのために今まで俺たちは、そんな理不尽なことにやる気を出してたんだ。


 もうこんなクラスで人気者になんてならなくたっていい。


 このままこんなこと続けてたら、俺たちはコイツらの手によってどんどん汚されてしまう。


 だからそうならないためにも、早くこんなクソみたいなことを終わらせなきゃならないんだ。


 そう思い、俺は一瞬ためらったが、教卓を出て皆のほうを向いた。

 そして続く言葉を、声を大にして言った。


「……いや、君たちの要望すべてに、今後一切応えられない」


 その直後、教室中が一斉に静まり返るのがわかった。


 先ほどとは打って変わって、まるで時間が止まってしまったかのようだ。


 かの太秦も目を丸くして、しばらく何もしゃべらずにいた。


 が、さすがはクラスの中心人物というべきか。

 やがて━━恐る恐るといった感じではあったが━━それでも先陣を切って、


「それってもしかして、僕たちがもう二度と君たちにガタラブの再現をお願いできないってこと?」


 そう聞いてきた。


「ああ、もしかしなくてもそうだ」


 俺がそう答えた瞬間、他のクラスメイトたちが一斉に「えーっ」と残念がる声をあげた。

 そしてそんな彼らは遠慮なく、続々と不満をもらしていく。


「なんだよ、もうやらないのかよ。つまんねえ。もうちょっと俺たちを楽しませろよ」

「ガタラブの再現とかいって散々俺たちを引っ掻き回しやがって、挙句の果てにもうやりませんってか。人を舐めるのも大概にしろよ」

「せっかくクラス皆で仲良くなるための共通の話題ができたと思ったのに。もうちょい空気読んでくれないかな」


 どうやらクラスメイトたちには猛烈に反感を買ってしまったらしい。

 まあ彼らの期待を大きく裏切ってしまったのだから、当然の結果といえるだろう。


 とまあそんなわけで場の空気はかつてないほど悪化していき、一時はもう収拾がつかないかのようにも思われた。


 が、そんな最悪な空気を空気清浄機もとい太秦は、


「皆やめようよ。そんなことを言うのは」

   

 自らのもつ人を惹きつける超能力がなせる鶴の一声によって、見事に変えた。


 そうして周囲のざわつきが完全に収まったのを確認してから、太秦は再びゆっくりとした口調で、


「……どうして君は急にそんなことを言うんだい?」


 と尋ねた。


「そんなこと聞かずともお前ならわかりそうなもんだけどな」


 俺はそんな時候の挨拶と同じくらいめんどくさい前置きをしたあと、説明を始めた。


「俺たちのような皆に周知されているカップルであっても、やっぱりキスやディープキスなんてのを公衆の面前でやるってのはめちゃくちゃ恥ずかしいことなんだよ。

 この中でもし俺たち以外にもカップルがいたら前に出てきて、さっき俺たちがやったのと同じようなことをやってみてほしいんだが」


 そこで一旦言葉を区切って、周囲をまんべんなく見渡した。

 もしこれがプレゼンだったらアイコンタクトで満点がもらえそうなくらいだ。


 ━━流石にこんなタイミングじゃ誰も名乗る者はいないか。まあいい。


「……まあ想像してみてくれるだけでもいい。自分たちがいちゃついている姿を、見せたくもないのに周囲に見られる羞恥心は尋常じゃないってことがきっとわかってもらえると思う」


 クラスメイトたちはほとんど全員俺の話に耳を傾けてくれているようだったが、その態度はあまり好意的なものだとはいえなかった。


 たしかに俺たちに同情して、悪いことをしたと思ってくれていそうな者もいるにはいるが、大半はどうでもいいといった感じで、つまらなさそうな顔をしている。


 だが俺はそんな様子を気にせずに続けた。


「とはいっても、皆を一概に責めることはできない。俺たちだってやる前は正直舐めていたからな。

 皆の前で恋人同士としていちゃつくことなんて余裕でできると思っていたし、だから言葉の意味もよく考えず、あんな軽はずみに承諾してしまったんだ。

 そのせいで皆に余計な期待を抱かせてしまったのは、本当に申しわけないことをしたと思っている。そのことは十分理解しているつもりだ。

 だが、その上で俺は言いたい」


 そこでまた俺は間を置いて、それから訴えかけるように言った。


「もう俺たちを降参させてくれないか。

 今後俺たちのことを、クラスメイトの要望にほとんどろくに応えられない、協調性のないヤツだと揶揄してくれてたってかまわない。皆で俺たちを孤立させて、日陰者だと罵ってくれたってかまわない。

 だから、他に何をしてくれてもいいから━━せめて俺たちをこの苦痛からだけは、解放してくれないか?」


 俺はそう言い切って、再び皆を見渡した。


 集中力を切らしたのか、爪をいじったりスマホを見たりして好きなことをしている生徒も多く見受けられる。

 

 だが、太秦や松島のように、俺の話をちゃんと真剣に聞いてうなずいてくれている生徒もわずかながらに存在する。


 今はそれだけでも十分心の支えになった。


 なんだか胸の奥がじわっと温かくなる。いつも朝礼で自分の話をしている校長先生の気持ちも案外こんなものかもしれない。

 よし、今度からは真面目に聞いてやろう。 


 ━━だがそんな俺の一時の感傷を邪魔するかのように、ふん、っと人を小馬鹿にしたような声が真横から聞こえてきた。


 それは橋立と反対側に立つ、渡月きょうこの声だった。


 彼女は低く凍てついた声で続ける。


「解放?笑わせないでよ。男のくせに勘違いして悲劇のヒロインぶんの超ウザいからやめてくんない?さっきから責めるとかなんとか、なにウチらが悪いみたいになってんの? 

 君たちがやってもいいって言ってきたからウチらはやったんでしょ?無理やりやらせたみたいな言い方しないでよ」


「そうは言っていない。悪いのは勿論俺たちだ。それは否定できない。だけど、その上で……」


 俺がその続きを言い終わらないうちに渡月は舌打ちし、ため息をついた。


 ああ、俺はつくづく人とコミュニケーションを図るのが下手なんだな。そして人を不快にさせるのは大の得意。


「ああ、もういい。てめえのうるさくて長ったらしいだけのクソみたいな演説聞かされて一気に冷めたわ。ガタラブの再現とかもうどうでもよくなった」


 そう言い終えると渡月は、興味をなくしたように黙って席に戻っていった。


 熱しやすく冷めやすいタイプなのかもしれない。


 その様子を静かに見守っていた太秦は、気を遣って、


「二人とも大丈夫?」


 と聞いてきた。


「……ああ、ありがとな」

「渡月さんの言っていたことは別に気にしなくていいからね」

「……すまないな、皆の期待にもう応えられなくて」


 俺たちがもうガタラブの再現をしないということは、ガタラブの話題によってクラスの中心的ポジションを獲得したであろうコイツにとっても相当痛手のはずだ。


「それは残念だけど仕方がないよ。人が嫌がっていることを無理やりさせる権利は誰にもないからね。やっぱり君たちの意思が最優先に大切にされるべきだ。僕たちの方こそ間違っていたんだ」


 やっぱり優しいな。うっかり惚れちまいそうだ。


「いや、それはお互いさまだ」

「まあ……そうかもしれないね。だから今回のことはもうチャラってことでいいんじゃないかな?」

「まあそうだな」

「そこで一つ提案があるんだけどさ。……僕たちは入学して間もないから、まだ十分取り返しがつくと思うんだ」

「……何が言いたい?」


 この時点で太秦が次に言いたいことがなんとなくわかってしまって、俺は自分の心が荒立つのを抑えられなかった。


「だから、今日までのことはもうなかったことにして、これからは皆で一から良好な関係を━━」

「なかったことになんてできるかよ!」


 俺は予想通りに放たれたあまりの綺麗事に耐えきれず、低い声でそう吐き捨てた。

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