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クラスメイトたちが超人気ラブコメの再現を強制してくる

 教室にたどり着くと、俺たちの机の周りには、当然のように昨日の話題で盛り上がっているクラスメイトたちの姿があった。


 俺が来るやいなや、その中の女子生徒が気づいて


「お、噂をすればガタラブの主人公君の登場ですよ!」


 と嬉しそうな声を上げた。そしてゆっくりと俺の方に近づきながら、


「おはようございます、よっしー君」


 と親しげに挨拶してきた。

 シカトと受け取られないように俺も控えめにうっすと答えておく。


 が、内心緊張し、声が裏返りそうになっていた。

 

 クラスメイト(しかもかなりの美少女)から挨拶されるなんて何年ぶりだろう。

 しかも俺のことをあだ名で呼んでくれるだなんて。


 嬉しすぎて感動のあまり思わず涙が出そうになる。


「さあさあ、席に座ってください」


 誘導されるままに俺は席につく。


「突然話しかけてごめんなさい。私、松島(まつしま)みやぎって言います。

 ━━さっきまで私たち、あまのんさんとよっしー君のことについて色々話していたんです。

 お二人はガタラブのカップルにとてもよく似ていらっしゃるので、せっかくでしたらガタラブの色んなシーンをお二人に再現してもらえたらいいなという話になりまして」

「再現?」


 俺が尋ねると、今度は別の眼鏡をかけた真面目そうな男子生徒が、物理用語の定義を説明するかのように仰々しく答えた。


「ガタラブの中の世界観を現実世界で忠実に表現する、という意味で捉えてくれて別に構わない」

「……まあだいたい今六波羅(ろくはら)君が言ってくれたとおりです。

 そんなわけで先ほどからガタラブの二人が作中でやっていたこととか、やりそうなこととかを皆で話し合っていたので、よろしければぜひそれらを実際に二人にやってもらいたいなあ〜なんて思いまして。

 ……どうでしょうか?こちらが一方的に随分勝手なお願いをしているわけですし、嫌でしたら全然断っていただいて構わないのですが……」


 クラス全体で決まったことっぽいし今さら断れるわけないだろ……なんて野暮なことは言わなかった。


 むしろこれは俺たちがガタラブの恋人だってアピールする絶好のチャンスだ。断る道理はない。


「やはり無理なお願いだったでしょうか……。不快に思われましたら本当に━━」

「いやいや、俺は全然やるんですけど、一応橋立さんの方にも聞いてみないと……」


 建前上はそう言ってみたものの、心中では九分九厘、橋立も同意するものだと思っていた。


 だってそうだろ。アイツだって人気者になるために恋人のフリをしたことを黙認したのだから。


 ━━だが俺の予想は大きく裏切られることになる。


「いやよ!」


 松島に同じように頼まれた橋立あまのは、教室中に響く声ではっきりとそう言い放った。


「は?今なんて?」

「たった三文字の言葉も聞き取れなかったの?あたしはいやだって言ったのよ」


 随分と冷たい口調だった。

 俺は思わず耳を疑った。嘘だろ?一体何考えてんだコイツは。


「なんで?」


 俺が理由を尋ねると、今度は橋立は急に甘ったるい口調になった。


「もうやだなぁダーリンったら鈍いんだからぁ。━━だってぇ。あたしたちのラブラブっぷりを皆に見せつけちゃうなんてぇ、なんだか気恥ずかしいじゃな〜い?

 それにそんなことしてたらぁあたしたちのプライベートの時間も減っちゃうってことでしょお〜?ダーリンはそんなの嫌じゃないの〜?」


 は?何その猫なで声。らしくないなんて通り越して薄気味悪いよ?

 変声機とか使ってしゃべったほうがまだマシだよ?


 ━━俺が動揺を隠せずにいると、


「甘えたような声で話すのも効果的だと思ってさ」


 橋立は小声でそう耳打ちしてきた。


 確かに昨日は質疑応答だけで終わったから、クラスメイトの前で二人が直接会話するのは今日が初めてだ。


 だから『俺に向かって話すときは橋立は恋人同士みたく甘えた口調になる』っていう設定を今新たに付け加えようとするのはすごくいいと思う。ガタラブでもそうだったからな。


 たださっきの冷たい口調のあとでこれをしたって全く効果は期待できないと思うんだが……。


 ━━どうやら松島たちは、そんな細かいことは気にしていないようだった。


「そこを何とかやってくれませんか!ガタラブの大ファンとしてお願いします!」


 松島さんが頭を下げ、他のクラスメイトたちも次々と頭を下げる。


「私からもお願いします!」

「俺からも!」


 そうやって頼み込まれて、渋っていた橋立は


「どうするぅ、ダーリン」


 と俺のほうを見てきた。


「まあ、いいんじゃないか?皆が俺たちにこんなに興味を持ってくれてるなんてすごくありがたいことだし、そんな皆の期待に応えられることなら可能な限りなんだってすべきだって思う。

 それにプライベートな時間だったら学校以外でもいっぱい取れるんだし、学校では皆との思い出を作ることの方を大切にしてもいいんじゃないかな?」


 俺が何とか無難なことを言ってみせると、橋立は一瞬迷ったような素振りを見せたあと、


「━━そうね。ダーリンの言うとおりだわ。よし、わかったわ。皆の期待にできるだけ応えるようにしましょう!」


 と元気よく言った。

 とりあえず橋立の期待する受け答えはできていたらしい。


 橋立の言葉に、頭を下げていたクラスメイトたちが借金を免除された債務者のような感じで次々と顔を上げる。


「……ということは」

「やってやるわよ、ガタラブの再現を!」


 ━━こうして俺たちは超人気ラブコメの再現という、何とも奇妙な共同作業をすることになったのである。


「じゃあまず早速黒板をご覧ください」


 松島が指し示す先の黒板の傍には、書記係と思われる一人の男子生徒が立っていた。


 こちらの様子に気付くと


「どうも、太秦右京(うずまさうきょう)です。よろしく」


 と自己紹介し、柔らかい笑顔を向けてくれる。


 次に黒板を見ると、何やらリストのようなものが箇条書きにされていた。


 そこにはキス、とか抱き合う、とかそんな普通の日常ではあまり耳にしない言葉が並べられている。

 中にはもっと過激な言葉もあった。


「これは……」


 俺がそんなパワーワードの数々に圧倒されていると、松島が丁寧に説明してくれた。


「とりあえず今からお二人に再現してもらいたい内容の候補をこちらに十個ほど挙げてみました。これからもどんどん増えていくと思いますが、とりあえずこちらは今朝話し合って決めたものです」


 なるほど。だからこんなにパワーワードが並べられていたのか。


「この中からお二人に選んでいただいて、お好きなものから可能な限り実践していただきたいと思っています」


 俺たちは今恋人同士という設定なのだ。

 だったらこんなことくらいできて当然ということになるのだろう。


 となると、ここは覚悟を決めて、クラスメイトたちの期待に沿うしかない。


 そう思い、動揺を悟られないように俺は言った。


「なるほどな。で、俺たちはいつまでにこれをする必要があるんだ?」

「期限は問いません。お二人の都合が良いときにやっていただいて構いませんよ」


 別に急かされることはないのか。ならひとまず安心だな。


 とはいえ、クラスメイトたちがいつこの話題に飽きてしまうかわからない。

 だからこれらはなるべく早急に実践する必要がありそうだな。


 何、なるべく過激性の少ないものから順にやっていけば別に問題なくできるはずだ。

 後のほうの過激なヤツは、それをやるときにまた考えることにすればいい。


 それまでに俺たちが無事人気者になれて、かつクラスメイトたちの興味が他の話題に移ってるっていう可能性も十分あるしな。


 ━━そんな俺の思惑は橋立の次の発言で大きく外れることになる。


「お好きなものからって言われても、何からやればいいのかあたしたちには決められないわ」


 嘘だろおい。まさか決定権を相手に委ねるというのか。


「まあ見たところ、NGを出さなきゃいけなそうなことはなさそうだけれど」


 え、そうなの!?むしろNGしかないのでは?


 思わず橋立のほうを見るが、彼女のほうはとくに動じている様子もなかった。


 ━━さすがだ。俺とは本気度が格段に違う。


 人気者への執念。そう。そんなものが橋立には確かにあるのだ。


 だからこんな他人同士がやるにはあまりに衝撃的なことをやれと言われたって、橋立は何の動揺も見せないのだ。


 俺が間違っていた。

 人気者になるという夢を叶えるには多少の犠牲はどうしてたって必要なのだ。俺も見習わないといけない。


 そう、たかが『フリ』をするだけなんだ、これは。なら何も気にすることはないじゃないか。


 そもそも、もともと俺は何も持っていないんだから恋人役をしたって減るもんは別に何も無いし……。


「先にやってほしいとかある?上から順番に優先順位が高いと思っていいのかしら」

「いや、別にそういうわけじゃないよ。じゃあそうだな……まずこれからやってもらおうか。僭越ながら僕の案なんだけど、一番好評だったからね」


 そう言って太秦が(もしかしたら独断と偏見で)指し示したのは、よりにもよってキスの項目だった。


『至近距離でしばらく見つめあってキスをする』


 マジかよ。

 いくらタフな橋立でも流石にこれをするのは抵抗があるんじゃ……。


 見ると橋立も、いきなりこれやるのかよ、みたいな顔になっている。

 不得意科目で抜き打ちテストをされるときの表情だ。


 さぞ先ほどの発言を全力で悔やんでいることだろう。


 だが、散々盛り上がっているクラスメイトたちが今更俺たちに拒絶の意思表示を行う隙を与えてくれるわけもなく、


「皆、これでいいかな?」

「賛成ーー!」


 俺たちがキスをやることが一瞬にして決定したのだった。

 だがNGはないと橋立が墓穴を掘った手前なんかしらの理由つけて断るわけにはいかないしな。


「じゃあ、準備ができたら、お願いできるかな?」

「ホームルームが始まる前にじゃんじゃんやっていこうぜ!」


 しかもリミットはホームルームまでのあと十分足らずらしい。


 どうする、時間がない。


 確かに普通の恋人同士がキスをするだけなら一分もかからないだろう。


 しかし俺たちは実際の恋人同士ではない。だからキスなんてだいそれた事をするには心構えが必要だ。


 それにただ単にキスをするだけでも駄目だ。ガタラブのシーンを再現したと思わせなければ興ざめしてしまう。


 どうやって再現するか入念に考える時間も必要だ。とてもじゃないが十分じゃ間に合わない。


 ━━そうこうしてるうちに刻一刻と時間はすぎてゆく。


 皆口にこそ出しはしないものの、早くしろよと催促のまなざしを向けてくる。

 誰も俺たちを待ってはくれない。


 なら、この場で考えられる最良の判断をして臨むしかない。

 そう思い、俺は覚悟を決めた。

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