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橋立あまのが超人気ラブコメの再現を強制してくる

「いや俺たちは別に……」

「恋人同士よ。よくわかったわね」


 ちょっと待てーーーーー!!!何を言ってるんだコイツは。


 自分の言っていることの意味がわかっているのか?ついちゃまずいタイプの大嘘だぞそれ。


 てか何のためにさっき目線を交わして協定を結んだんだ?あれをなかったことにするなよ。


 それともわかりあえたと思ったのは俺だけで、ほんとはお互い全く意味が通じ合っていなかったのか?


 ━━こんなふうに俺が忙しなく脳内ツッコミをいれているうちに、クラスメイトたちは


「え、嘘でしょ!?マジでほんとに恋人なの?そんなことってあるんだ。ヤバいますます興奮してきた。今日ビッグニュースが多すぎてもう限界なんだけど」

「ガチですげぇなお前ら。もし本当ならギネス級の伝説的カップルじゃねーか」

「付き合ったきっかけはやっぱりあのアニメなの?それともその前から付き合っていたの?だったらマジで神ってる」


 などと先ほどよりさらにはしゃいでいる様子だった。

 まるで遠足に来た小学生たちのようだ。


 ここまで来たら『今日知り合ったばかりなんです』なんてバカ正直に言って橋立の嘘を否定できるはずもなく、俺は適当に話を合わせておくしかなかった。


 結局このあとも休み時間の度に俺らは記者会見のように次々と質問攻めに遭い、陰キャの俺にしては珍しくクラスメイトの注目を浴び続けたせいで、俺の疲労は五日連続の夜勤直後のように極限状態に達していた。


 だからというのもあり、俺は、ホームルームが終わると同時に駆け寄ろうとしてきたマスコミのようなクラスメイトを間一髪で避け、逃げるように教室を出た。


 そんな廊下に出た俺を走って追ってこようとするハイエナのような猛者までは流石にいないようだった━━ただ一人、橋立を除いては。


「ちょっと待って!」


 橋立はどうしても用事があるらしく、現行犯を捕らえる万引きGメンのように必死に俺を呼び止めた。


 俺は踊り場のあたりで足を止めて振り返る。


「どうしたの?」


 俺が問いかけると、橋立は深刻そうな面持ちで言った。


「ちょっと話があるんだけど、今日私と一緒に帰ってくれない?」


 うん、と答えかけて俺は、今朝別れ際彼女に『学校では話しかけないで』と言われていたことを思い出した。


「俺たちはもう関わらないんじゃなかったの?」

「それは今朝までの話。あたしたちがガタラブのキャラによく似てるってクラスメイトたちに言われて事情が変わったのは、あんたもわかってるでしょ?」


 とぼけても無駄だったか。

 まあもし仮に明日以降も俺たちが恋人同士だっていう設定が続いたら、二人が学校で関わらないというわけにはいかなくなるからな。


「まあ一緒に帰るのはいいがな。そうした方がなんだか恋人っぽいし」


 俺は冗談めかしてそう言ったつもりだったが、


「確かに一緒に帰るのはそういった演出に十分なりえるわね……」


 橋立は俺たちが恋人を演じるということを、やけに真剣に考えているようだった。


 ━━沈黙が一瞬あったあと、俺たちは歩幅を合わせるようにゆっくりと歩き出した。

 その間、橋立は自身の考えを一方的によどみなく語り続けた。


「今日ガタラブそっくりの恋人同士って設定であれだけクラスメイトたちの注目を集めたのは、あたしたちが華々しい高校デビューを飾るための一世一代の大チャンスだといえるわ。

 だから、あたしだって本当はあんたみたいな陰キャ野郎と恋人役なんて死んでもやりたくないけれど、ここは死ぬ気で我慢してやるしかないの。

 そしてやるからには一ミリも失敗は許されない。

 だからこの設定をうまく活かして、これからどうやって二人でクラスの人気者になっていくか、今日はその打ち合わせがしたいのよ!」


 俺を置いてどんどん勝手に話を進めていく橋立に、入試の朝突如襲ってくる猛烈な腹痛並の不安を覚えた俺は、このまま手遅れになる前に口を挟んだ。


「話に水を差すようで悪いが、その恋人同士っていう設定、俺はまだ受け入れていないんだが?

 ほら、さっきもお前が恋人同士だって一人で勝手に嘘ついただけだし。

 そもそも俺は恋人同士だって嘘を突き通してまで人気者になることを望んではいないし、ましてやそのために全く性格が合わないお前と手を組むつもりもないんだが」

「あんたに拒否権なんかないわよ!

 だって今朝あんたの傘を持ってきてあげたあたしに、あんな無神経なことを言って傷つけたんだから」


 確かにそう言われると反論の余地はないな。やはり嘘でも恋人同士を演じ続けるしかないのか。


「そうだな。あれは俺もかなり悪いことをしたと思ってる。━━わかった、手を組むよ。で、俺たちは具体的に何をするんだ?」

「それを今から決めるんじゃない!」


 そう怒鳴られて、あ、そうだった、と俺は自分の適当な発言を恥じた。


「んじゃまずはお前の考えを教えてくれ。何か問題があったら随時指摘していくから」


 俺としては、ガガーリンの地球は青かったくらい当たり前のことを言ったつもりだったが、これが思いのほか批判を受けた。


「どうしてそう受動的なわけ?二人で話し合って決めるって言ってるでしょ?あたしに全部丸投げするとかあり得ないんだけど」

「受動的も何も、話し合いってのはお互いが意見を出し合ってそれを批評し合うもんだろ?まずどっちかが意見を出さなきゃ何も始まらない」


 確かにね、と納得してくれると思ったが、またもや俺の予想は外れ、橋立は今度は俺の説明不足を言及してきた。


「そういうことならちゃんと分かりやすく説明しなさいよ!あんたが自分の意見を全く言わないつもりなのかって思ったじゃない!」


 ここは地に落ちた好感度を少しでも回復させるために、素直に謝っとくか。


「悪い、少し言葉足らずだったな。俺の意見を言わずに逃げるつもりはないから安心しろ。まずお前がどう思ってるのか、話してみ」

「……わかったわ。あたしは、クラスメイトたちの注目を集め続けるために、ラブラブカップルとして大げさなくらいの演出をしていくのが大事だと思うの」

「例えば?」


 俺の問いに対して橋立は、下手すりゃ生まれたての赤ん坊でも何を言ってるかわかるんじゃないかってくらい丁寧に説明してくれた。


「おそろいのものを身につけるとか、四六時中行動をともにするとか、二人だけしか知らない秘密を作るとか、とにかくそんなラブラブカップルあるあるをネットで調べて実践しまくるのよ。

 そしてあたしたちがカップルだっていう印象を徹底的に周囲に叩き込む」


 俺は腕を組んでうんうんと頷き賛同の意をわかりやすいくらい明示した。


 そして橋立が話し終えると、


「なるほどな。確かになかなかいい案だと思うぞ」


 と彼女の案を精一杯褒め称えた……つもりだったのだが、


「ちょっと上から目線すぎない!?」

「そ、そうか?」


 見事に不興を買ってしまった。


 こんなふうに人を見下したような態度が原因で友達を失い孤立してしまうのか、それとももともと友達がいないのが原因でコミュ力を失い、いつもこんな態度になってしまうのか、どっちなんだろうか。よく分からない。


 ただ、陰キャとしての俺の悲しき性なのだろう。

 このように他人に対して大げさな反応を示そうとすると、どれもこれも裏目に出てしまうらしかった。


 そのことを俺は今再び身をもって証明したわけなのだが、それはもしかしたら俺の称賛が常に本心から来るものではないからかもしれない━━実はこの時点で一応俺は、もっと有効的といえる案を思いついていた。


「何かあたしの案に不満があるわけ?」


 と猫が命がけで自分の縄張りを主張するように、どんな怪物も一発で凄んでしまいそうなど迫力で睨まれた俺は、自分の案を一瞬言うべきか迷ったものの、結局重い口を開くことにした。


「不満ってわけじゃないんだ。ただお前の案はちょっとカップルを演じるってことを意識しすぎなんじゃないかって思うんだよ」

「カップルだって勘違いされたおかげで今あたしたちは注目されてんだから、それに重点を置いた対策をするのは当然なんじゃないの?」


 まあもっともな主張だな。


「勿論そうに違いないんだが」


 そんな七面倒臭い前置きをしたあと、俺は少し間をあけ、


「俺たちが本当に注目すべきことは漠然とカップルを演じきることじゃないはずだ」


 彼女の目を見て言った。

 怖いからそんな殺人鬼みたいな目すんのやめてくれない?たまには尻尾でも振って喜んでるふりしてみせてよ。


「それってどういうこと?」

「それじゃ俺たちが『ガタラブ』に似せなきゃならないという大前提が抜けているんだ」

「それは確かに……」

「仮にさっき言ったようにカップルあるあるを実践しまくったとしても、それらがガタラブの主人公たちが取る行動に似ていないと全く意味がない。全て空振りに終わってしまうんだ」


 言葉足らずで伝わらなかったらどうしようかと思ったが、橋立はなんとか理解してくれたようだ。


「あんたの言いたいことはよくわかったわ。その意見ももっともだと思う。

 でも……じゃあ具体的にどうしたらいいっていうの?

 人のアイデアを批判するくらいなんだから、それなりにちゃんとした代案があるんでしょうね?」


 俺はゆっくりと答えた。


「ああ。そのことなんだが……まずは今日中にガタラブの漫画をできるだけ読破して、ガタラブについて徹底的に理解することからはじめたらどうかと思うんだ」


 だから無理にとは言わないがよかったら今から一緒に漫画喫茶にでも行って……。


 そう続けようとしたとき、


「あ、ガタラブならあたし、ある程度理解してるから大丈夫よ?」


 俺は見事にフラレてしまった。

 まだ誘ってもいなかったのに。俺は苦肉の策で次の言葉を絞り出す。


「でもやっぱある程度じゃちょっと……」

「アニメ五周はしてるし」


 ━━普通にガチ勢だった。


 これじゃ絶対漫喫は不要だな。

 そう思い橋立を口説くのを断念して、なんとかストーカーに予備軍になるのを回避した俺は、一応最後に今後自分たちがすべきことを確認した。


「まあじゃあ俺が今日中にガタラブの内容を理解してくるから、その理解の度合いに応じて、明日以降また打ち合わせをする。俺たちがガタラブの二人にどう似せていくかについてをな。━━とまあ、そんな感じでいいか?」

「異論はないわ。なかなか的確な案だったわね」


 てか上から目線なのはお前もなのでは?


 ━━その後は本屋の前で橋立と別れるまで、俺は適当に会話をつないだ。

 その際に、ガタラブを全く見たことがない俺に対して見当違いの嫌味を山ほど言われたが、俺はそれをなんとか耐え忍んだ。たまには猫かぶれよ。


 やっぱフリならまだしも、こんなヤツと本当にお付き合いするのは、天地がひっくり返ったとしても遠慮しておきたいね。

 ま、そんなの向こうも問答無用で願い下げだろうが。


 そんなこんなでなんとか橋立を見送ったあと、本屋で店員にも聞いてお目当ての漫画をくまなく探したのだが、五時過ぎという遅い時間帯も相まってか、現在進行形で人気急上昇中であるガタラブはどうやら在庫切れで、一巻も置いてないらしかった。


 俺は落胆を隠しきれずに店を出て、そのまま帰路についた。

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