松島みやぎが俺のあらゆる感情を弄んでくる(2)
だとしたら甘いな、それは。流石に俺を舐めすぎだ。
「……今の話、完全に嘘だな?」
俺は完全に見た目が子供の名探偵になった気分で、松島に詰め寄った。
「どうしてそう思うんですか?」
「動機として弱いんだよ、今の話は」
「そうですか?」
松島はすっとぼけたような表情をしているがバレバレだ。ネタはすでに上がっているんだ。
「わかるんだよ、これまでの人間関係から。そんな些細なことくらいで人は人を好きにはならない。俺が誰からも好かれてこなかったことがその最たる証拠だ。
お前はあのとき本当は、ただ俺の奇怪な行動を面白がっていただけなんだろ?」
悲しき自虐がふんだんに込められた俺の指摘を受け、松島はイタズラが見つかった小学生のように可愛く舌を出した。
「バレましたか」
まあ言うまでもなく小学生なんかの何十倍もコイツは可愛いがな。松島のファンクラブとかあったら会員になっちゃおうかな。
「お前が俺を助けたのは、お前が俺を好きだとかそんな理由じゃなくて、太秦を裏切るためだったんだろ?」
「やっぱりちゃんとわかっていたじゃないですか。わかってたなら最初からそう言えばいいのに」
松島は、彼氏の女友達にヤキモチを焼く付き合いたての彼女みたいに、可愛らしく頬をふくらませる。
そんな反則技をこんな一生徒に対しても惜しみなく切り出せるところが松島が人気者たる所以であり、そんな松島の仕草を見て反則技呼ばわりしてしまうところが俺が異性に害虫呼ばわりされている所以だろうか━━言っててなんか悲しくなってくる。
「できればお前の口から吐かせたかったんだがな……てか否定はしないんだな?」
「事実ですから。それによっしー君はきっと全部お見通しなんでしょう?」
俺は松島にうなずいたあと、自分が推理したことを静かに語り始めた。
これは別に必要に迫られてやっているだけなのであって、わかってるアピールをして松島の気を引こうとしてるなんて魂胆では断じてない。断じて……。
「まだいまいち生徒同士のまとまりに欠けるこのクラスで、なぜお前と太秦が━━男女かああも簡単に連携してクラスの主導権を握りえたのか。
それはもしかしたら二人が高校入学前からすでに知り合いだったからじゃないかって思ったんだ。
そしてたぶん太秦はお前に好意を寄せていて、太秦の方から連携を持ちかけた。
お前はそれをクラスで人気者になるためのきっかけに利用したが、太秦が寄せる好意にはほとほとうんざりしていた。
だからお前は太秦が見てる前でアイツが敵視してる俺を助けたんだ。太秦に嫌いになってもらうためにな」
松島は腕を組んで『ふむふむなるほど』といった感じで俺の話を聞いていたが、俺が話し終えると、ゆっくり口を開いた。
「その通りです!よく分かりましたね。
━━でもあなたを助けたせいで私、皆にたくさん責められちゃったんですよ?ちゃんと責任取ってくださいね?」
鼻と鼻が触れてしまうくらいの至近距離に顔を近づけられ、閻魔様でさえ思わず頬を緩めてしまいそうな甘えたような口調で囁かれる。
加えて責任取ってという全ての男を振り向かせざる得ないような言葉の響き。
━━これらの言動の全てが俺の心を惑わせるには十分なくらい魔力を放っていたが、十数年後に晴れて魔法使いになる予定の勇敢な俺は、決してそれらには屈しなかった。
「自業自得だろ。それにお前はきっと俺を助けたことを多少責められたくらいじゃ、自分の地位が動じないっていう確信があったはずだ」
じゃないと用心深い松島は、あんなリスキーなこと絶対にやらないだろうからな。
「素晴らしい洞察力ですね。まったくエスパーか何かですか、あなたは?」
エスパーだったら俺と結婚してくれるんですか?なら今すぐ俺の人生設計変えて、占い師の資格とか取って必死にエスパー詐称しますが。
「……で、そこまで見抜いた上であなたは一体私に何を要求してくるのですか?」
「え?」
俺がとぼけても、松島は全てお見通しのようだった。
「ただ私に推理を長々と披露しに来たわけじゃないですよね?」
━━やっぱコイツ、ただ者じゃないな。
絶賛孤立中の俺に手を差し伸べたり、こうやってわざと会話の場を設けて俺の出方を伺ってきたり。
だとしたら松島は俺の意見がどんなものか、聞きたがっているはずだ。だったら話は早い。
そう思い、俺は松島に、単刀直入に自分の要求を述べた。
「次の時間、委員会役員決めがある。そのときに、太秦がクラス委員に立候補するのを阻止してほしい。ついでに、お前も立候補しないでほしい」
「あらあら。これまた随分と急な要求ですね……」
包容力のありそうな松島も、俺の攻めた要求には流石にかなり戸惑っているようだった。だが、
「ああ、自分勝手なことを言ってるのは重々承知しているんだが……無理そうか?」
俺がそのように言葉を重ねて頼み込むと、しぶしぶといった感じではあったが、ちゃんと納得してくれたようだった。
「……いいえ、わかりました。あなたの見事な洞察力に免じて、太秦君には頼んでおきましょう。もうあまり休み時間は残されていませんけど、なんとか掛け合ってみます。ですが太秦くん以外の子たちにまで立候補するなとは流石に言えませんよ」
「ああ、それはわかってるって」
俺は胸を張ってそう答えた。
そう。このとき、松島が計画通り要求を飲んでくれたことで、俺は内心すっかり有頂天になっていたのだ。
━━だから続いて松島の口から告げられた一言は衝撃的すぎて、俺は自分の耳を疑わずにはいられなかった。
松島は『ついでに言っておかなければいけないことがある』といったさりげない感じでこう切り出した。
「あと、私が立候補しないでくれっていう話なんですけど……」
松島はそこで一旦間をおくと、俺の方を見てニヤッと笑い、
「それは無理です!」
元気よく、いけしゃあしゃあとそう言いやがったのだった。
━━なんだと!自分の立候補をやめるのも込みでオッケーしてくれたんじゃないのかよ!てか松島も立候補する気あるのかよ!
俺は完全に予想外のことが起きてパニックに陥っていたが、松島はそんな俺のことなんてお構いなしに、
「さあ、そろそろチャイムが鳴りますよ。教室に戻りましょう」
一方的にそう言うと、すたすたと教室のほうへ歩きだした。
「ちょっと待ってくれよ。何で無理なんだよ?」
慌てて追いかけながら松島の背中に言葉を投げかけるものの、彼女はもはや俺の方へ振り向こうともせず、進む足をいっそう早めながら、さらに俺を突き放すかのような冷たい物言いをした。
「もうすぐ教室に着きます。私とよっしー君が親しげに会話しているところをクラスの誰かに見られでもしたら大ごとになってしまいますから、もうこれから先はくれぐれも私に話しかけてこないでくださいね」
口調こそいつも通りなのだが、松島の言葉には百年の恋も一瞬で冷めてしまうかのような魔性の刺々しさがあった。
「……さらっとひどいこと言うな、お前」
俺は小さくボソッと毒づいたが、松島の耳には全く届いていないようで、松島は平然と教室の扉を開けて中に入っていく。
━━でもこのあと、松島は一体どうやって太秦に話しかけるつもりなんだ?
そう疑問に思って、扉の側で立ち止まって松島の様子を伺っていると、彼女が太秦の席の側を通りかかった。そのとき、太秦に何やら耳打ちするのが見えた。
松島の言葉を聞いてみるみる青ざめていく太秦。
『いったいどんな脅しをかければあんな一瞬で人を脅えさせることができるんだ?』などと色々ツッコミ満載な不思議な光景だったが、まあ太秦がこれで立候補を辞めくれるならそんなことはどうでもいいか。
「もう、みやぎん遅ーい」
「ごめんごめん」
松島がオーバーに手を振りながらグループに合流しようとする。その前に、一度俺のほうを振り返った。
ニッコリと笑いかけながらも、俺についてくるなと翻訳できるような殺意のこもった視線を送ってきている(こういうのを読み取るのは昔から長けている)。
だから俺は松島に立候補の取り下げをしてもらうのはもう諦めて、大人しく自分の席に戻ることにした。
「悪い、橋立。太秦の件はちゃんと掛け合ってもらえることになったんだが、松島自身に立候補を取り下げてもらうことは無理だって言われてしまった。
だから橋立、悪いがお前は松島と委員選で正面から張り合わなくちゃいけなくなっちまった。
最悪の展開だがまあ幸い俺はクラス委員に選ばれることができそうだから、そうなったら俺もお前を全面的に推していこうと……っておい、橋立??」
橋立の様子がなんだかおかしかった。
━━さっきから焦点が一切俺と合っていないのだ。
なんだか魂が抜けてしまったように、ぐったりとした様子で、ぼんやりと虚空を見つめている。
単に疲れているだけなのだとしたらこの様子は明らかに異常だ。
だって先ほどまで、少なくとも俺に気まぐれに話しかけてくるくらいには元気があったのだから。
ただ疲労が溜まっただけで、こんな短時間でここまで変わり果ててしまうなんておかしすぎる。
「大丈夫か?しっかりしろ!どっか具合でも悪いのか?」
俺が揺すっても話しかけても、橋立は何一つ返事をしない。俺に目を合わせようとさえしてくれない。
━━よく耳を澄ませると、聞こえるか聞こえないかくらいのかすれた小さな声で、ボソボソとお経のように何かを呟いている。
まるで何かに取り憑かれたかのように、何度も同じ言葉を繰り返し口にしているみたいだった。
「ダメだ……もう無理だ……」
━━そう言っているように聞こえた。
「何わけのわかんないこと言ってんだよ!どうしちまったんだよ、おい!俺のいない間に一体何があったっていうんだよ?頼むからちゃんと説明してくれよ、なあって!」
俺はわけがわからずに必死に橋立にたたみかけるが、橋立は青ざめた表情で、狂ったようにひたすらお経を唱え続けているだけだった。
━━俺はそんなふうに精神が崩壊した橋立を前に、ただただ困惑するばかりで、どうすることもできなかった。
そのまま、時間だけが俺たちを置いて無慈悲に過ぎていき、とうとう決戦開始のチャイムが鳴ってしまった。