表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

松島みやぎが俺のあらゆる感情を弄んでくる(1)

 橋立は低く重みのある声で、こう訴えかけた。


「……そんなの絶対に嫌、たとえなれる可能性がほとんどなくたって、あたしもクラス委員に手を挙げたい」


 その様子はなんだかいつになく必死で、まるで珍しいおもちゃを手に入れたがるわがままな子供のようだった。


「……それ本気でそう言ってるのか?何の策もなく松島と真正面からやり合うことになってもいいっていうのかよ?」


 俺が橋立の気迫に圧倒されながらも、確認のつもりでそう聞くと、橋立は強くうなずいた。


 そして落ち着いた口調で、ゆっくりと自身のことについて話し始めた。


「実はあたしね。昔から何の趣味も取り柄もない、地味な子だって言われてきたの。自分でも実際そうだと思ってる。━━こんな見た目だからなんか意外でしょ?だけど派手なのは見た目だけで、中身は全然個性がない。


 きっと周りの人間だって、そんな自分らしい魅力が何一つないあたしと関わっても何の得もないって思うんでしょうね。


 結局互いを利用し合うことを目的とした合理的な人間関係の中で、ただひたすら人から愛されることだけを求め続けたあたしが、本当の意味で誰かに受け入れられることはなかったわ。


 そうしてうわべだけの人間関係を築いてたヤツらは、誰一人としてあたしを一番に思ってくれてなかったから、他の友達ができたらあっさりあたしを切り捨てた。


 もっと心から信頼できる友達がほしい。そのためにも、他人から愛される自分だけの魅力を作りたい。


 そんなふうに思って、あたしも何度も自分を変えようとしたわ。でもことごとく失敗に終わった。

 そうやって失敗するたびにどんどん臆病になっていって、なす術もほとんどなくなっていって、次第に諦めることのほうが増えていったの。

 

 高校生になる頃には、これから先も、誰からも愛されないまま寂しく一生を終えていくのかな、なんて自嘲気味に将来を悲観してた」


 そこで橋立は言葉を区切って、俺のほうを見た。そして、俺の手を強く握ってこう言った。


「ガタラブの再現は、そんなあたしに舞い降りた、最初で最後のチャンスなの!

 だから、それを実現させるために、あたしにできることなら何だってやらせてほしいの!」

 

 橋立の人気者への執念の正体。それは誰かに自分を認めて、愛してもらうことだったんだ━━。


「……松島とお前がやりあっても、勝ち目はないかもしれないぞ?」

「そんなのわかってるよ。あたし……絶対勝てない相手と戦って、ボロ負けして、自分の人生に諦めをつけたいだけなのかもしれない。だけど、それでも、立候補させてほしい。あたしの最後の意地を賭けて」


 そんな橋立の強い意志のこもった言葉を前にしたら、俺はもう橋立を後押ししてやることしかできなかった。


「松島を説得できなくても、どうしてもやるつもりなんだな……わかった。盛大に砕け散るつもりで、やれるだけやってみろ。クラスのヤツらがどうするかは知らないが、俺は全力でお前を応援してやる」

「……ありがとう」


 そのとき、タイミングよくチャイムが鳴って授業が終わった。


「さあ、いよいよ俺たちが人気者になれるかどうかがかかった一大勝負の幕開けだ」

「あたしも応援してあげるから、頑張りなさいよね!」

「あれだけ俺を敵視していたお前が、俺の味方についてくれて、ほんと感無量だよ」


 バトル漫画で敵役が味方についたときもこんな気持ちになるのだろうか。


「か、勘違いしないでよね?別に誰もあんたの味方になったわけじゃないのよ?一から他の方法を探るのは難しいだろうから、今はあんたの方法にすがるしかないと思って仕方なく一時的に協力してあげてるだけよ」

「なんだかんだ言って俺を鼓舞してくれて、ほんとはいいヤツなんじゃないか、お前?」


 そう言って橋立のほうを見ると、彼女は言葉とは裏腹に意地の悪い笑みを浮かべていた。


「でもあんたが松島さんの説得に失敗して計画破綻でむせび泣く姿もそれはそれで見てみたいわね」


 やはりコイツは聖母というより継母寄りの人間なのだった。


 ━━俺はしばらく注意深く松島の周囲の人間関係を観察してみたが、やはり思ったような収穫は得られず、俺は早々に切り上げて松島に声をかける決意をした。


 と言っても、松島は常に多くの人間に囲まれていて、なかなか話しかけづらい雰囲気を醸し出している。どうやって彼女に話しかけりゃいいんだろうな。陰キャコミュ症の俺には皆目見当がつかない。


 だがあまり悠長にしてたらあっという間に休み時間が終わっちまう。松島に話しかけられなかったらそもそもこんな計画成功するわけないのに。どうする……。


 予期せぬトラブルを前になす術もなく、ただ焦りだけが募り、むなしく時間が過ぎていく━━そんなふうに思われたとき、ふと松島が席を立つのが見えた。


「すみません、ちょっと用事思い出したから席外しますね」


 彼女は取り巻きたちにそう断りを入れて、一人で教室を出ていった。

 松島についていこうとした取り巻きたちは、しばらくの間彼女に拒否されたことを残念がっていたようだったが、すぐにまた会話を再開しだした。


 松島が不自然なタイミングで一人になるという、またしても訪れた都合の良すぎる展開に違和感を覚えつつ、俺は松島を見失わないように慌てて後を追いかけた。


 松島が向かった先はトイレだった。別にトイレだったら取り巻きたちと一緒に行ってもよかったはずなのに、なんで彼らを振り切ってわざわざたった一人で行く必要があったんだ?


 ひょっとしたらこれは俺をおびき寄せるための罠かもしれない━━ただの自意識過剰だとわかってはいるが、それでもそんな疑念を抱かずにはいられなかった。


 ━━松島が女子トイレから出てきたところで、俺は彼女に声をかけた。


「ねえ、松島さん。話したいことがあるんだけど、ちょっといいかな?」


 自称、彼女募集中貴族の俺が人気者女子(松島)に自分から話しかけるのに要した勇気は、例えるなら登山家が真冬にエベレストを登頂するのに必要な勇気に似ていた。


 つまり、これは完全に俺のキャパを超えた自殺行為なのである。 


 そんな行為を終えたばかりの俺は当然のごとく涙目になり、口の中は渇き切り、大量の汗が全身を伝い、足はガクガク震え、息ができなくなり、かつ心臓はバクバクしているという緊張の症状フルコンプ状態だった。


 松島はそんな俺の状態を特に気にした様子もなく、


「なんでしょうか?」


 そう言って天使のような笑みを俺に向けた。神々しすぎてもう直視していられない。


 緊張したときに周囲の人をジャガイモだと思えても、松島さんだけは女神にしか見えないだろうな。


「なんであのとき、俺にノートを貸してくれたの?」


 俺は幼馴染を初めて異性として意識しだした中学生男子のように、床だけを見つめながらたどたどしい口調で松島と話した。


 だが、緊張しつつも言葉の選択は誤っちゃいない。最初からこのように切り出すつもりだった。ちゃんと計画通りだ。


「そんな不思議ですか?私がよっしー君を助けたのが」

「ああ、お前が俺を助ける意味なんてこれっぽっちもないじゃないか?」


 その言葉を聞いた松島は、無邪気に遊ぶ我が子を見る母親のように、目を細めて笑った。


「ふふっ、意味なんて別になくていいじゃないですか。私はあなたを助けたいから助けた。それで……」

「だからなんで助けたいと思ったんだって俺は聞いてんだ!誤魔化さないでくれよ」


 俺が興奮気味にそうまくし立てると、松島は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに落ち着きを取り戻して、


「なんででしょう?」


 楽しそうに、こちらを試すようにそう言った。


「……人をもて遊ぶのもいい加減にしろよ?」

「そう怖い顔をしないでくださいよ。ちゃんと答えは言いますから、まずはよっしー君に考えてみてほしいんです」

「……皆目見当がつかねえよ」


 俺が投げやりにそう吐き捨てると、松島は意外そうな顔をした。


「そうなのですか?トイレに行く私をつけてきてらしたので、てっきりよっしー君は私の行動の意味に気づいてそれを確かめようとしてくれてるのだとばかり思っていたのですが、違っていたんですね……」

「……気づいてたのかよ?」


 橋立は九九を初めて最後まで暗唱できた小学生のように自信満々にうなずいた。


「ええ、お見通しです。レディのトイレついてくるなんて行為は最低ですよ?私じゃなかったら今頃滅多刺しにされててもおかしくはないです」

「そこまでかよ?現実の超有名ラブコメの最終話みたいに!?」

「そうです」


 松島は意地悪っぽく笑ってみせた。今度はなんだか小悪魔みたいだな。


「いや、俺がお前の後をつけたのは、実はお前に相談したいことがあったからなんだ」

「相談したいこと?」


 松島は不思議そうに首をかしげる。その姿もなんだか小動物みたいで可愛らしい。


「お前が俺を助けた理由ってのが、もし俺に味方してくれてもいいってことを明確に示すためだったら……」

「そう。今のが正解です。私があなたを助けたのは、あなたの味方になりたいから……つまり、よっしー君が大好きだから、です」


 はっ!?いきなり何を言い出すんだコイツは?

 俺は目の前の女神様の口から突如放たれた告白めいた言葉に、動揺を隠しきれなかった。

 

 こんな美女から告白されるなんて一生に一度あるかないかの幸せだ。俺は明日死ぬんじゃないだろうか。


「何を赤くなっているんですか?人として、っていう意味ですよ?」

「え?どういうこと?」


 松島はますます動揺する俺を見て、楽しそうに笑った。

 手のひらの上で転がされているような気がしなくもないが、口元を抑えて控えめに笑う松島が奥ゆかしくて可愛いから許す。


「さっき太秦君や、クラスの皆をを敵に回してまで堂々と自分の主張を貫いているよっしー君を見て私、すごく素敵な人だと思ったんです。


 普通の人だったらあの場で皆に流されてしまってガタラブの再現をしてしまったり、再現する気はないって主張できても、太秦君の綺麗事には深く考えずに納得しちゃったり、それをおかしいなって気付けても、太秦君に直接綺麗事だって指摘するのは遠慮してしまったり。

 そうやって皆どこかで歯止めがかかって、結局自分を抑圧してしまう。


 だけどよっしー君は違った。よっしー君は自分の意志で考えて、その意志をちゃんと誤魔化さずに行動に示した。


 私も人に流されやすく自分が保てないタイプだから、そんなよっしー君のこと、すごく魅力的な人だと思ったんです。


 だから私はよっしー君と仲良くなれればいいなと今朝からずっと思っていました。


 そんなときに、ちょうどよっしー君が困っていそうにしてましたので、友達として微力ながらお力添えできたらと思い、助けさせていただいたという次第です」


 そう言い終えると、松島は俺に「迷惑でしたか?」と上目遣いで聞いてきた。


 ━━そうなんだ、とか言って、そんな話を俺が鵜呑みにするとでも思ったか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ