橋立あまのが俺の作戦の遂行を応援してくる
「俺と一緒にクラス委員になってほしいんだ!」
俺の言葉を聞いた橋立は、驚いたように目を丸くした。
それから何を勘違いしたのか、
「何それ?新手のプロポーズ?だったら問答無用でお断りよ?」
慌てて甲高い声でそうまくし立てた。
━━なんで告ってもないのにフラレにゃならんのだ、俺は。世の冤罪もきっと、こんな理不尽な誤解の積み重ねで生じてるんだろうな。
「……真剣に話してるつもりなんだが」
俺は橋立のそんな自意識過剰で斜め上すぎる解釈に呆れながらそう言った。
俺の言葉を聞いた橋立は、今度は信じられない、といった顔つきになって、
「だとしたらとんだ無謀な案ね」
俺の案を一蹴しやがった。
「だいたいあたしはともかく、今の人気が地に落ちたあんたがクラス委員に立候補したって選ばれるわけないじゃない?バカなの?」
「それは対抗馬がいた場合だろ?俺以外のヤツが誰も立候補しなけりゃ自動で俺が当選する」
「でもあんた以外が立候補する可能性だって十分あるでしょ?例えば太秦くんとか、松島さんとか、めちゃくちゃ立候補しそうじゃない?
委員になれるのは男女一人ずつなのよ?あんたもあたしもあの二人に大差で負けて終わりでしょうね。そうなったらあたしたちが人気者になるのはそれこそもう絶望的なんじゃない?」
橋立は最後の文の中で、絶望的、という部分をとりわけ強調した。
「そうだ。だからこれは賭けなんだ」
「じゃあ二人が立候補しなかったら立候補して、そうじゃなかったら人気者になることを諦めて立候補をやめるわけ?」
橋立はどうやら俺の賭けという言葉の意味を履き違えているようだった。
「いや、違う。俺は別に彼らが立候補しないことに賭けてるわけじゃない」
「どういうことよ?」
「このまま何もしなかったら、クラスの代表格である松島と太秦が立候補してくるのは、ほぼ確実だと俺は踏んでいる。だからそれは今からいう方法で未然に防ごうと思ってるんだ。
問題は、あいつら以外に立候補してくるヤツがいたときだ。まあ俺は六十パーセントくらいの確信をもって、そんなヤツがいないことに賭けてるんだがな」
俺がそう言い切ると橋立は、再び目を大きく見開いた。さっきからどんだけ驚くんだよコイツは。
「えっ、松島さんたちの立候補を未然に防ぐなんて……そんなこと可能なの?」
「ああ」
俺は自信たっぷりに頷いてみせた。
「さっき俺が強引な方法があるって言ったときのこと覚えてるか?」
「ええ……」
「あのとき俺は、次の休み時間に太秦らの周囲の人間関係を探って、それをもとにあいつらを揺すって立候補を辞退させるつもりだったんだ。だけどそんなことする必要がなくなった。
幸運なことに、さっき松島が俺に手を差し伸べてきてくれたからな。クラス中に敵対視されているこの俺にだ」
松島のあの行動は俺にとって、かなり不可解なものに映った。
「そんなことしたって松島には何の得もないはずだ。嫌われ者にも優しくするいいヤツだって好感を持たれるより、自分たちに背を向けた裏切り者だと恨まれる可能性のほうが断然高いんだからな。
だから、下手すりゃ自分のクラス委員の座を危うくするかもしれない」
そんなリスキーなことを橋立が引き受けた理由━━。俺はそのことについて、今はある程度見当がついていた。
「そんな危険を冒してまで、なぜわざわざ彼女は無条件で俺を助ける必要があったのか。
松島自身にそもそもクラス委員に立候補する気がないか、彼女が尋常じゃない自己犠牲精神を持ち合わせているかで、何の見返りも求めずに困ってる人を助けちゃうような聖人君子だったなんていう可能性を除外すれば、考えられることは二つある」
俺はそう言って、橋立に向かって指を二本立てた。
色々と言いたいこともあるかもしれないが、橋立はここまで何も口を挟まず、黙って俺の話を聞いてくれている。
話し手としてはこんなにありがたいことはない。
「一つは松島が俺の人気を取り戻したがっていることだ。まあ、俺はルックスも性格もダメダメだし、松島とも初対面同然だからそれはないだろうけどな。
そしてもう一つは、松島が太秦に嫌われたがっているということだ」
ここでようやく橋立が口を開き、俺に疑問を投げかけた。
「なんで急に太秦くんの名前が出てくるのよ?」
「なんでって、俺はアイツと思いっきり敵対したから今クラス内で孤立してるんだぞ?だから太秦の野郎が他のヤツらよりはるかに俺を敵視しているのは、アイツが俺に向けてくる視線からしても間違いない。
松島がその俺をあんな手のかかることまでして助けたのは、太秦を明確に敵に回す気があるからだとしか考えられないんだよ。
だからまあ松島の行為が俺への純粋な善意によるものにせよ打算的なものにせよ、どちみちアイツは俺の立候補に味方してくれるはずだ」
ここまで聞いた橋立は、俺の言いたいことを汲み取って、先回りして確認してきた。
「……松島さんを何らかの方法で買収して、太秦くんに立候補をやめるよう説得してもらうつもりなの?」
「ああ、そうするつもりだ」
俺がうなずくと、橋立は腕を組んで俺にジト目を向けながら
「それはあまり推奨できない方法ね。やり方が汚いわ」
俺を軽蔑するようにそう吐き捨てた。
━━まるで俺自身が汚物であるかのような言い方に感じるのは、流石に被害妄想であってほしいのだが……。
「……だから最初から強引な方法って言ってたんだよ」
俺は橋立から目を逸らし、言い訳するように小さくそう毒づいた。
橋立も、今この場で俺の作戦を非難するのは流石に不毛だと感じたのか、あからさまなため息を漏らしたあと、
「まあいいわ。やり方の是非は置いといて、その方法でいけば、あなたはおそらくクラス委員に選ばれるでしょうね。もちろん太秦くん以外に立候補者がいなかったらの話だけど」
そんなふうに話をまとめた。
「でもあたしはどうなるの?あたしが松島さんを抑えて当選することなんてできるの?」
「いや、それは松島が立候補せず不戦勝ってことにならない限りは、現時点じゃかなり厳しいだろうな」
そして俺は続けて自分の考えを述べた。
「だから俺も最初は一人で立候補しようと思っていたんだ。俺一人でも形の上でクラスの主導権を握れる存在になれれば、ガタラブの再現を想起させるような企画をクラスで提案することができるんじゃないかって思っててな。
そういうのもあって、最初は作戦にお前を巻き込むつもりはなかったんだが、やっぱ二人でクラス委員になれるんだったらそのほうが確実にガタラブの再現をやりやすくなるのは間違いないからな。
だからお前がせっかく乗り気になってくれた今、俺のしようとしていることをお前に打ち明けて、クラス委員になることを提案してみようと思ったわけだ」
「……別にあんたの心情の推移なんか文系にとってのケプラーの法則くらいどうでもいいわよ」
「そうかい」
たしかにさっきの話は蛇足だったかもしれないな。
三十歳で魔法使いになれる俺にとってのセ◯クステクニックくらいどうでもいい。
「それより肝心なのはどうやってあたしが当選するかでしょ?それを早く教えなさいよ」
「ああ、そのことなんだが」
俺はここで一瞬間をあけて、橋立のほうを見た。
━━どうやら俺は自分が思いついた案を人に話す前に、勿体ぶって一呼吸おいてしまうことが多いようだな。
これまでほとんど人とまともに会話をしてこなかったから、自分にそんな癖があるなんて知らなかった。
「俺は、俺以外にクラス委員に立候補しそうなヤツを見極めるために、さっきから休み時間の度に交わされる会話に耳を傾けて、クラスメイトたち一人一人の性格やその序列なんかを探るようにしていたんだ。
まあその弊害もあって、俺はジロジロ見ていたクラスのヤツらからかなり痛々しい視線を向けられ続けたんだけどな。
俺は次の休み時間も最初、あえて席から立たずにもう一度同じようにしてみようと思う。ただし今度は目標を、松島の弱みを探ることに絞ってな。
まあでもそんな短時間で松島の弱みがわかるなんてのは希望的観測にすぎないし、もし仮にわかったとしてもそれで松島をどこまで揺すれるのかは未知数だ。
しばらく松島の様子を見て、彼女に弱点が見つかりそうにないと判断できたら速攻で俺が松島に直接コンタクトをとりにいく」
「ふうん、なるほどね。結局すべてはあんたと松島さんのコンタクトの結果次第みたいね」
松島は俺が言わんとしていることをなんだかんだ的確に理解してくれている。
俺たちは実は意外と気が合うんじゃないだろうか━━こんなこと直接言ったら意識がなくなるまでぶん殴られそうだが。
「まあそうだな……松島が自分の立候補を取り下げてくれるかまではまだわからない。まあだが可能性はゼロじゃない。だから、やれるだけやってみるつもりだ」
「松島さんを説得できる自信はあるのかしら?」
「……それは松島の行動をどう捉えるかにもよるだろうが、少なくともアイツは、そんなに自分で委員長に立候補したいとは思っていないんじゃないか?
でなきゃ衆人環視のあの状況で俺を助けたりはしないはずだ。そんなことしても委員長当選にとっては百害あって一利ないからな」
「だから松島さんに立候補以外のもっと有利な条件をのませることができたら、彼女の立候補は取り下げられる……そう言いたいのね?」
もう完璧に俺の思考をトレースしてやがる。コイツは俺のクローンか何かなのか?
━━俺が小説家にでもなった暁には是非コイツにゴーストライターを任せるとしよう。
「ああ、そういうことだ。まあその結果万が一松島の説得が失敗に終わってしまったら、そのときは仕方がないから当初の計画通り、俺だけでもクラス委員になる。そうなればお前はもう手を挙げる必要はない」
俺は、計画成功のためだからといって橋立にあまり無理はしてほしくない、という意味でそう伝えたつもりだった。
だが橋立にとってクラス委員への立候補は、俺が考えているよりはるかに特別な意味を持っていたらしい。