その女性(ひと)との出会い
夜______
あるいは、光照らす太陽が休む時。
あるいは、「屑共が動く時」を指す。
路地裏のゴミ箱には、猫が餌を探しに集ってくる。
にゃあという鳴き声に起こされた私は、ゴミ箱から姿を現した。
「ここどこ?」
今まで自分が何をしていたのか、正直自分の名前すらも思い出せない。ゴミの臭いのせいか、頭痛も酷く、体調は良くなかった。
暗闇の中、自分の体を見渡すと、セーラー服を着ており、ポケットにはスマホと電話番号が書かれた一片の紙切れが入っていた。
左手は切り傷が数カ所あり、自身で故意に切りつけたものでは無かった。
状況がよく分からないまま、路地裏の奥へ進んでみた。
少し進むと、先程とは違う悪臭が鼻を刺した。スマホのライトを照らしてみると。そこには、数人のヤンキーの様な男性の死体が転がっていた。
「ひっ!」
血に塗れた人や凶器。そこら中には、身体のパーツが散らかっている。剣道部が持つ様な刀袋や、金属バット等学生が手にする様な物があった。
「早く逃げないと...。」
振り返ると後ろには、死体の中に居た男性に似た様な服装の人が数人立っていた。
「お前ここに居たのか。」
その中のメンバーの1人がそう言った。
「すみません、人が...死んでます...。」
怯えながら、後ろを指さして言った。
「とぼけんじゃねえ!!」
怒声を上げて私の目の3cm前で隠し持っていたバットをフルスイングしてきた。
突然私に向けて怒り出す男。訳も分からず、怯える足を何とか動かしてさらに奥の道へ走った。
「待ちやがれ!!!」
走る度に痛む頭を抑えながら、迷路の様な路地裏を逃げ進んだ。
警察に連絡した所で今すぐどうにかなる問題ではない。かといって人が居る道を進んでもどうにもならない。
ふとさっき手にした紙の存在を思い出した。書かれていた電話番号を逃げながら打ち、発信ボタンを押した。
何か意味があるのかもしれない。そんな淡い期待を抱いていたが現実は残酷で、電話は繋がらなかった。
逃げている途中で先回りしていた男が、横から私の足を引っ掛けてきて転倒してしまう。
「ようやく捕まえたぞクソ野郎。」
汚い言葉を吐きながら、多種多様な凶器を持った男たちが私に迫ってきた。
「私が何をしたというのですか!?」
「てめぇが殺したんだろ俺のダチを!」
狂乱状態の男が、私の頭を目掛けて鉈の様な物を振りかぶった。
怒った男に何を言っても無駄であり、私は今から殺されるのだ。そう思った。
「ーーーご指名ありがとね。」
突然上空から聞こえた女性の声に視線を送ると、月明かりに反射した眼鏡を掛けた女性が上から降りてきた。
着地と同時に金の音が一瞬だけ聞こえて、時間差で凶器を持った男の手が落ちた。
「うわああぁぁぁぁあああ!!!!!!」
反応が遅れて男の血と悲鳴が出てきた。
何が起こったか分からず、私とその男達は呆然としていた。
「お嬢ちゃん、また会ったね。」
立ち上がった女性は、コート姿でタバコを吸いながら私の方を見た。
「あなたは...?」
質問をすると、女性は手を叩きながら笑った。
「あははっ、私の事を忘れたのかいお嬢ちゃん?」
仲間の落ちた手を見た男たちは、さらに怒りを露わにした。
「ふざけるなっ!!!」
一斉に謎の女性の方を標的にし、襲いかかった。
「おいおい君達そんな物騒な物持つなよ。」
彼らの攻撃を全て避け、女性は私に話し掛ける。
「ねぇお嬢ちゃん。コイツら切っても良いかい?」
何も出来ずに傍観する私は無意識に頷いた。
「承知したよ。」
一言だけ言い、何かを手に取る。コートで見えなかった獲物は、木製の鞘で包まれた白銀色の日本刀。
深くタバコの煙を吸い込み、ゆっくり息を吐いた。
「さあさあ、掛かってらっしゃいな。」
「行くぞお前ら!」
リーダー格の男が再び指揮を取り、攻撃に掛かる。
ナイフを持った男が先陣を切って振り回した。
「おらああぁぁぁ!」
降り注ぐナイフ捌きを女性は華麗に躱して、腕と頭頂部ごと切り裂いた。
続けて仲間の持っていた金属バットや鉄パイプを持った男が数人立て続けに向かった。
「君たち、人を殺す気があるのかい?」
呆れる様に煙を吐くと、数人まとめて刀で身体を上下に別けた。
一気に形勢逆転された男達は残り5人となり、そのうち2人は逃げてしまった。
「おやおや、とんだ腰抜けが逃げちゃったねぇ。逃げなかった君達は自分を褒め称えると良いよ。」
刀を納めて男達に向けて拍手を送った。
「舐めやがって!」
1人の男がそう言うと、急に掌から火の玉を出現させた。
「ビンゴ。やはりスキル持ちが居たか...。」
「死にやがれ!!!」
火の玉を女性にめがけて投げた。
「ダメだよ少年。そういうのは最初に出さないと。って私も人の事言えないがね。」
先程まで吸っていたタバコを捨てて、新しいタバコを取り出した。そしてそのまま飛んできた火の玉に先端を近づけてから躱わした。
「丁度火が欲しかった所だ。ありがとね。」
そう言うと彼女は、煙を吸い込んで吐いた。すると、白鞘の刀が黒と金色の日本刀に変わっていった。
「一閃スキル 『峰』」
彼女は、しゃがみ込んで構えを取った。
「関係ねえ!もう一回やってしまえ!!!」
男はもう一度火の玉を彼女に投げつける。
気付くと既に男の背後に彼女は立っており、納刀の素振りを見せた。
「じゃあね、屑共。」
そう言い彼女は日本刀を最後まで仕舞う。納刀の音と同時に、3人の男は一瞬で肉塊へと変化した。あまりにも早すぎて、血は飛び散る暇もなく下に一気に落ちた。
「お嬢ちゃん、大丈夫だったかい?」
闘いを終えた彼女は、さっき吸っていたタバコを捨てて新しいタバコを吸い始めた。先程まで黒と金色になっていた刀は、元の白鞘に戻っていた。
「はい、ありがとうございました!」
「ところで、本当に私を覚えていないのかい?」
私に彼女の様な知り合いは居ない。いや、居なかった気がする。
「ならばもう一度自己紹介といこうか。」
彼女は私の前に立ち、メイドのお辞儀の様なポーズで自己紹介を始めた。
「私の名前は風道 切奈だ。叢雲なんて名前で呼ばれてるけど〜、君には切奈ちゃんって呼んで欲しいな。」
「お姉さんは何者なの?」
「お姉さんか、嬉しいねぇ。私はダーティードッグパニッシャーの社長とやらをやっているんだ。名前は長いからDDPで大丈夫だよ。」
どうやらDDPと言う会社?組織?で社長をしているらしいが、聞いた事はない。
「君と会った時はスカウトをしようと思ったんだが、どうやら夕方の君には断られてね。」
殺人グループの仲間に何故か入れられる寸前だった様で、その時渡されたのが先程電話を掛けた紙だった。
「まぁせっかくだから体験入社みたいにインターンシップと行こうか。」
そう言った切奈さんは、私の口に吸っていたタバコを咥えさせ、刀を後ろに軽く投げた。
「猶予は10秒。___君ならどう切り抜ける?」
切奈さんは少し身をずらし、塞がっていた背後の視界を見せると、そこには先程逃げた2人の男が銃を構えて立っていた。
「さぁ、見せてくれ。君の本来の性を。」
ドクン。
私の中にある『何か』をタバコのせいなのか引き出された感覚が全身に伝った。
宙に浮いた刀を手にして20m程離れた男2人に迫る様に近づく。
「撃て、撃てぇぇぇ!!」
男達は掛け声と同時に、数発発砲をした。
体が先に反応する様に銃弾を躱わす。避けた先には一発だけはっきりとこちらに飛んでくるのが分かった。
抜刀。渡された刀を繰り出して縦に断ち切る。切った銃弾は、室外機とビルの壁に着弾した。
「何なんだよこのバケモノは!!!!!」
近距離戦に切り替えようとポケットに手を差し出した男達。だが、もう遅い。
一度抜いた刀は、標的の首を目掛けて一刀両断した。切り捨てた死体を横目に血を祓い、白鞘に刀を納めた。
戦闘が終わると切奈さんが咥えていたタバコを取って再び吸い始めた。
「いやぁ流石だね、お嬢ちゃん。」
はっと辺りを見回すと、先程銃を構えていた男達は、首から上が離れていた。
「君にはやはり才能があると信じてたのさ。」
「この人達は...?」
「何言ってるの。お嬢ちゃんが丁寧に掃除してくれたじゃないか。」
よく分からないうちに、私がどうやら男達の首を落としたらしい。
「スキル無しの物をあげたつもりだったのに、ここまでやれるなら上出来だね。」
刀を切奈さんに返して、現場を後にした。
路地裏を抜けて、近くにある切奈さんの事務所へ行く事にした。
「ところで...」
「どうしたの、お嬢ちゃん?」
「さっきから言ってる『スキル』って何ですか?」
火の玉を放ったり、タバコを吸うと刀が変わるスキルと言うものに疑問を抱いた。
「スキルはね、たま〜に一般人に紛れて凄い能力を持ってる人がいるんだよ。生まれつきだったり急に持ったりね。それがスキル。」
要はスキルとやらで普通ではあり得ない事が起こるようだ。普通の人間には火の玉は撃てないし、刀も変わらない。そんなスキルを持った人が悪用をした時に切奈さんは、対象を殺すらしい。
「お姉さんはヒーローなんですね!」
「いやぁ...ははっ、照れるじゃないか。」
恥ずかしそうに後頭部をさすった。
「ただ、警察公認じゃないからバレたら逆に殺されちゃうんだよねぇ。」
プライベートで人を切るとんでもない人だった。とはいえ、罪を犯す者に鉄槌を下すだけで悪い人では無かった。
「着いたよお嬢ちゃん。ここが私のオフィスだ。」
一見古びた喫茶店の様な見た目に、ガラスが完全に黒に覆われた変な建物に着いた。
「お邪魔します。」
中は意外と...なんて事はなく、天井に謎の葉っぱが沢山吊るされていた。
「これなんですか?」
「タバコ」
明らかに密造するためのタバコの葉っぱが綺麗に並んでいた。
「これって大丈夫なんですか?」
「警察には内緒ね。」
切奈さんは人差し指を口の前に持っていき、シーッと音を立てた。
「悪い人なので警察に連絡します。」
そう言うと切奈さんは泣き喚いて駄々をこねた。
「そういえばタバコずっと吸ってますよね?」
会った時から剣を渡した時を除きタバコを吸い続ける切奈さんに質問をしてみた。
「私はタバコがないと生きていけないんだよ。」
「そんなにタバコが好きなんですか?」
「そうなんだけど、本当の意味で生きていけないんだ。スキルの弊害さ。」
タバコを吸いながら話を続けた。
「スキルは特定の能力が身につく代わりにデメリットがある。私の場合は10秒吸わないと死んでしまうらしい。」
強靭的な強さの代わりに何かを代償にしなければいけないというデメリットが付いてくる。切奈さんはそう説明した。
「まぁ、一時的にデメリットも無い状態でスキルは使えない事はないんだが...」
「じゃあそっちを使えば良いのでは?」
「タールがほぼ0mgなんて美味しくないよ。」
「...。」
ヤニカスの一言。
切奈さんの事務所にあるシャワーを借りて体を洗う事にした。セーラー服を脱ぐと自身の体は、見覚えのない傷痕が多数付いていた。
「私何をしていたの...。」
記憶が元に戻らない限りは、自分が何者だったのかも分からないままだ。早急に記憶を取り戻さなければいけない。
シャワーが終わると綺麗な下着とセーラー服が用意されていた。
「お嬢ちゃん、上がったかい?」
ドア越しに切奈さんの声が聞こえた。
「はい、シャワーと着替え、ありがとうございます。」
髪を拭き終えて、先程とは違う綺麗な事務所の方に入った。
「おぉ、似合うじゃないか。サイズもぴったりだ。」
コスプレ用の包み紙を持った切奈さんが笑顔でこちらを見ていた。
「これは?」
「私が掃除の時に着ていたものだ。安心したまえ、洗濯はしっかりしておいたから。って何か言いたげな目だね。」
「お姉さんは今何歳ですか?」
「31だ。」
「うわキッ...」
「それ以上何も言わないでくれ。」
涙目にしながら辛そうな表情で肩を叩いてきた。
暫く時間が経って、タバコ片手にコーヒーを飲んでいた切奈さんが話しかけてきた。
「そういえばお嬢ちゃんの名前を聞いていなかったね。なんて言うんだい?」
「私今、名前も分からないんです。」
「となるとこれから帰る場所も分からないわけだ。どうだい?私の事務所に住まないかい?」
家も分からないのでは、このまま外に出ても何も出来ない。
「そうだねぇ...。クサナギ...違うな。ムラクモ...は私だ。」
ブツブツと何か言いながら切奈さんは悩んでいた。
「アメノ...。ハバキリ...。羽々斬... 羽々斬!」
ポンと手を叩き、タバコの先端をこちらに向ける。
「お嬢ちゃんの名前は『羽々斬』に決定だ!私のパートナーとして相応しい名前だ。」
何故かもう名前も決まって、パートナーにまで任命された。
「よろしくね、羽々斬ちゃん。」
行く宛もないなら離れる必要もない。私はここで切奈さんと記憶が戻るまで過ごす事にした。
「よろしくお願いします。お姉さん。」
「そこは切奈ちゃんって呼んでほしいなぁ。」
切奈さんと、事務所での生活が始まった。
「羽々斬ちゃん、そういえばこれ。」
あれから私の名前が決まった後、思いついたかの様に切奈さんは、長い袋を軽く投げて来た。
ガシャッとずっしりとした感覚が手に落ちてきた。
袋の正体は、刀帯。
あの時、最初に見た死体の中に刀帯があったので、恐らくそれと中身を拾って来たのだろう。
「羽々斬なんて名前だから獲物はこれがお似合いだろう。」
あたかも刀に関連した名前にしようと最初から考えていた様な用意の良さだ。
「ありがとうございます!」
「えへへ。」
袋から取り出すと、刀全体が黒く輝く綺麗な日本刀だった。手に持つと使い込まれているのか、かなり手に馴染んだ。肝心の切れ味は、刃先を軽く触るだけで指が軽く傷つく程度には鋭い物だった。
「あ、やっちゃった。」
ちろちろと流れる血に、切奈さんは驚いた。
「羽々斬ちゃん!何してるの!」
普段の落ち着いた喋り方では無い切奈さんに思わず笑ってしまった。
「何笑ってるの羽々斬ちゃん!お姉さんが舐めて治療してあげる!」
少々気持ち悪い発言に私は言った。
「ニコチンが入るから良いです。」
ふにゃふにゃの残念そうな顔の切奈さんが、救急箱を取りに行った。