きつねうどんは表メニュー
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
「今日は、きつねうどんとクリームソーダをお願いします」
「おや、入ってきたなり、もうご注文ですか。
ありがとうございます」
相変わらず綺麗な中年細マッチョのマスターが笑う。
「この辺りでの仕事が終わったので、しばらく来られないんです。
今日は、ご挨拶もしないと」
「おや。それは寂しくなりますね。
……クリームソーダはうどんの後に出しますか?」
「はい、デザートでお願いします」
「畏まりました」
どの席に座ろうかキョロキョロしていると、奥の席にいるご老人が手招きする。
「次はどのへんに行くのかね?」
「秋も深まってきましたので、南の方に」
「そうか。気をつけてな」
「ありがとうございます」
ご老人の近くのテーブルに陣取ると、すぐに熱々のきつねうどんが運ばれてきた。
「いただきます!」
甘いお揚げが最高だ。
真夏の暑さに耐えかねて飛び込んだ喫茶店。
クリームソーダやパンプディングといった、喫茶店っぽいお洒落なフードはなぜか裏メニュー。
表メニューは何を隠そう、きつねうどんに代表されるお揚げの料理。
稲荷寿司もあれば、きつね丼もある。
薄揚げの中に詰め物をして炊いたのは中身が日替わりで、いろんな種類がある。
見た目喫茶店だが、中身はお揚げ料理屋なのである。
「この、美味しいお揚げとも、しばらくお別れです」
おつゆを残さず飲み干し、しみじみとする。
「そんなに美味いかね?」
ご老人に訊ねられた。
「ええ、全国いろいろ回ってますけど、これほどの味には、なかなか会えません」
「ほほう。
そこまで言っていただいたら、ただでは帰せませんな。
マスター、あれを」
「はい」
マスターが持って来てくれたのは、一枚の御札。
「こ、この御札はもしや……」
「任意の扉に貼って、その扉を開けると、この店につながる御札じゃ」
「やはり、貴方様は古代の稲荷神に仕えし大狐様……」
「そんな時もあったかのう」
ご老人はフォッフォと笑う。
きつねうどんを食べ終えて、クリームソーダを楽しんでいると、マスターが折箱を持って来た。
「お土産に、稲荷寿司を持って行ってください」
「あ、ありがとうございます!」
ああ、もう、仕事で時間が無く、マスターを一言も口説けなかったことが非常に残念だ。
「この店は二十四時間営業ですからね。来たい時にいつでも来てください」
バチっと決められたウィンク。
綺麗な細マッチョ中年イケメンのウィンクは心臓に悪すぎる。
「……その時は、口説いてもいいですか!?」
「お揚げに合う、酒を用意しておきますよ」
大人だ。大人の余裕だ。でも、口説いちゃ駄目って言わなかったよね?
お礼を言って挨拶を済ませ、店を出る。
吹き抜けるのは、かなり涼しくなった秋の風。
わたしは、現代日本の稲荷神様に仕える女狐だ。
各地を回って、小さなお社から大きな神社まで、視察をするのが仕事。
例の喫茶店を経営しているのも、狐の面々。
実は、通りに面してはいても、あの店を見つけられるのは狐か、その関係者。
店に入れても、大狐様とマスターから嫌われるような輩は追い出されてしまう。
というわけで、表メニューがお揚げ料理で、裏メニューがお洒落喫茶風なのだ。
あの店の前を通ったのは偶然だったけど、運が良かった。
美味しいお揚げと、素敵なマスター、そして大狐様と知り合えた。
超伝説級の御札と稲荷寿司という最強アイテムを抱き締めていたら、向かい風にも負ける気がしない。
わたしは次の土地を目指して、歩き始めたのだった。