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時流に乗れないお神様

作者: 畦道一歩

 ここは由緒ある神社。

「チャリーン!」

「サッカーがうまくなりますように。パチパチ」

 幼稚園児が手を合わせます。

「可愛いの~。ちっちゃなお手で、50円玉を、ありがとう。練習の成果を出せるよう応援してあげよう。ファイト!」

「チャリーン! チャリーン!」

「日本でトップクラスの大学へ合格できますように。パーンパーン」

 学生服姿の若者が手を合わせます。

「500円玉を2枚。何とも心地よい響きじゃ~。受験生だな。よし、分かった。頑張りなさい。後方から応援するぞ」

「スッー。チャリーン!」

「今年こそ、格好いい恋人ができますように。パーンパーン」

 若い女性が手を合わせます。

「うん。1000円札と500円玉、すまんのう~。いつ聴いてもいい音色じゃ~。心が温まる~。ふっふっふっ。恋人募集かァ。よしよし、任せておきなさい。イケメンに巡り会えるよう全面的に応援してあげるよ。大丈夫だ!」

「チャリン」

「家族が健康に過ごせますように。パーンパーン」

 老婆が手を合わせます。

「ああ、いつものお婆ちゃん、昨年は1000円札を2枚いただきましたが、今年は5円玉1個ですか~。ご縁がありますように、の5円ですね。分かりましたァ。ご家族の健康を後方からしっかりと応援させていただきます」

「ここまでで、合計2555円。う~ん、少ないの~。おォ、お次は?」

「留年しないで、進級できて、就職も一流の大企業から内定をもらえて、さらに美人の彼女を見つけることができますように。パチンパチンパチンパチン」

 大学生が手を合わせます。

「就活予定の学生だな。お賽銭は無しかい? へッ。いくら余計に柏手を打たれても、無銭じゃ~、こっちも商売にならんわい。聞き入れたくないねぇ。ふん」

「入社3年目、給料が高くて、暇な会社へ転職できますように。一生のお願いです。神様!」

 若いサラリーマンが手を合わせます。

「お賽銭も無ければ、二礼二拍手一礼も無し。要求するばかり。このところ、こういう自分本位な若者が増えてきた。嘆かわしい」


「お神様。今年の初詣客数は昨年と比べて1・8倍増えました」

 宮司は(うやうや)しく伝えます。

「うん」

 お神様はニッコと笑みを返します。

「が、お賽銭収入はガタ減りです」

 宮司は険しい顔をして収入簿に目を落とします。

「ガタ減り?」

 お神様は思わず声を洩らします。

「はい、階段を一気に3段、落ちたような減り方です」

 宮司はさっと収入簿をお神様の顔の前にかざした。

 が、お神様は見ようともせずに、問い返します。

「参拝者数は増えているのに?」

 宮司は困惑した顔を下げてしんみりと言った。

「先日、スーパーへ行く途中で遭遇した大学生らしき若者が、こんなことを話していました。実は、この神社に5000円のお賽銭を納めて、大学への合格祈願をしたのだが、受けた5つの大学にすべて落ちて、二浪をしたと。連れの若者はこの神社の神ちゃんは1円の値打ちもない、と豪語しておりました。それを聞いて、私は情けないやら寂しいやら、いたたまれない思いをいたしました。はい」

 これを聞き、お神様は不愉快な思いをされるかと思いきや、「それは、ご本人に実力がなかったまでのこと。いくら私に(がん)をかけても、ご本人が努力をされないことには……この私も受験生全員の願いを聞き入れられるほどの神通力は持ち合わせていない。それに私は学問成就が専門ではない」と開き直られた。

(たま)らず、宮司はまた収入簿をかざし、別の噂を話した。

「これも先日、小耳にはさんだことですが……」と言いにくそうに言葉を切り、何かを思い切って振り払うかのように「この神社にて厄払いを受けた次の日に夫が交通事故に遭って、生きるか死ぬかの大怪我をした、とぼやいている中年の女性がいるそうです。それに結婚成就を祈願してもいっこうに恋人ができない、結婚仲介会社の会員になり婚活をしてもいい成果がない、と不平不満を溢す男女が多いそうです」

 こう聞かされてもお神様はどこ吹く風。

「私は後方から応援する、と言ったまでで、実現してやる、と確約した覚えはない」

宮司はまた収入簿をお神様の顔にこすり付けるようかざした。

 が、お神様は顔を背け金額を見ることなく言った。

「庶民の懐は豊かなはず。世の中、人手不足が原因で倒産する企業が多発するほど、景気は良いそうではないか。総理大臣の肝入れで最低賃金も上がっていると聞くが」 

 宮司はすぐに─何を世間知らずな、とは口にせず─返した。

「いえ、消費税率が10%に引き上げられて、庶民は財布の紐を締めています。その前に厚労省の試算によりますと、自力で2000万円を準備しないと年金だけでは生きていけないそうです。そのため一番、信心深いお年寄りたちからのお賽銭額が減っていますので」

「苦しいときのみ神頼みをしおって……」また一拍おいて「う~ん……現実には勝てんかァ」と、お神様は唸りました。

「それに……実は……」宮司は言い淀み、深刻な声で続けた。「世間ではスマートホンを使ったキャッシュレス決済が普及しています。政府も2027年までに普及率を4割に引き上げようと躍起になっています」

「ほう~、最近、よく耳にするキャッシュレス決済。それとお賽銭と、どう関係するの?」

 お神様は訊き返します。

 それには答えず、宮司は、

「ご存知ですか? 現金を持ち歩く若者は減っているそうです。若者たちの中には生まれてこのかた現金を見たことがない、持ったこともない者もいます。電車、地下鉄やバスに乗車するための切符の意味が分からない。分かっていても券売機での買い方を知らないそうです。政府はコインの発行を停止し、紙幣の発行元である造幣局を廃止することを検討しているそうです」

 と、偉ぶった声で知識を開陳します。

「なるほどォ。世の中は、私が知らないところで進化していると。この神社も収入を増やすための対策を練らねば─お賽銭との関係は理解できぬまま─いかんかな?」

 と、お神様は眉間の皺を増やします。

 その言葉に勇気づけられ、宮司はお賽銭を増やす妙案を提案しようと、「で、対策を提案したいのですが」その目はピカッと光った。

「お賽銭を増やす対策?」

「はい」

「それは何?」

 お神様は宮司の顔をグッと睨みます。

「この際、当神社もキャッシュレス決済でのお賽銭制を導入してはいかがでしょうか」

 と答える宮司を、お神様はまた睨み返します。すぐには理解できなかったようです。

 それを察して宮司は言葉を付け加えます。

「新聞によると、すでに導入している同業者もいるそうです。ライバルのお寺さんでも導入しているところが増えています」

「何? お寺が導入している?」お神様は深刻な顔をされ、「キャッシュレス決済でのお賽銭?」と、数秒おいて「間に入る決済業者に支払う手数料の負担もしなきゃならない」

 お神様は─不満げな表情をしつつも─ようやくキャッシュレス決済とお賽銭とが結びついた。が腕を組み、目を閉じて顔を下げたまま、しばし黙考します。

 20秒ほど過ぎた後、お神様はまるで子供が面白いいたずらを思いついたという表情をされて、話した。

「キャッシュレス決済に変更するとお賽銭が増えるのであれば、けっこうなことではあるがお返しをしなきゃならない」

「えッ?」という不可解な顔をして、宮司は問います。「お返しですか?」

「そう、ポイント還元がいいと思うが」お神様はいじわるそうにニッと口元を歪めた。

「お賽銭の額に応じてポイントを付与するということですか?」

「そう。WAONと同じ方式だ」

「では、200円のお賽銭ごとに1ポイントを付与するということですね」

「そう。ポイントの有効期限も設けよう」

 お神様の声は明るかった。

「1年間とかですか?」

「そう。必ず、次年度も初詣に来てくれる。いいアイディアだろ」

 お神様は高笑いしたい気分をぐっと()えた。

「なるほどォ、リピーターを増やす方策。いいかもしれませんね」

 宮司は顎に手を当て、目尻を下げた。

 その顔を見て、お神様はあえて真剣な顔を作り続けた。

「もう一つ、いいアイディアがある」

「えッ? まだ、あります?」

金を稼ぐことにおいて、いいアイディアが浮かぶのも当然のこと。このお神様は七福神の中の恵比寿天(えびすてん)であったから。

 お神様はまたニッコと笑みを浮かべ言った。

「お賽銭を『ふるさと納税』として納めていただく。そうすれば、納めた方は所得税と住民税の控除という恩恵を受けられる」

 宮司は目を見張り、「なるほどォ~。自治体とタイアップしての『ふるさと納税』。これはいい」と言ったものの、制度の内容を問うた。

 お神様は楽しそうな声で説明を始めた。

「寄付金うち、2000円を超える部分については、所得税と住民税の控除を受けられるのだよ」

「具体的な金額では、どうなりますか?」

 宮司はしっかり理解しようと訊いた。

大雑把(おおざっぱ)な説明をするぞ。仲介サイト事業者に頼めば、そこでは手数料もとられるが、それはないものとして、たとえば50000円を納付したとしよう。すると所得税と住民税が48000円減額される」

「はい。50000円-2000円=48000円です」

「さらに寄付額の30%以内での返礼品を受け取ることができる。この場合だと、最大15000円相当の返礼品がもらえる。返礼品は物でなくてもポイントでもいい」

「返礼品?」

 宮司はどこか不安げな声で口をはさんだ。

「各自治体は事前に特産品などを指定しているのだ。北海道だと毛ガニやウニ、松坂だと松坂牛の肉」

「なるほどォ」

「で、50000円の寄付をすると最大で48000円+15000円=63000円のリターンがあるってことだ」

「納税した金額以上のリターンになるわけですね」

「そう。寄付は自治体の財源にもなるし、これを機会に特産品をコマーシャルできる。だからこの制度は寄付する側と受ける側の双方にとってウイン・ウインのメリットがある」

 お神様の声は明るく弾んでいた。

ところが、宮司はそんなお神様の考えを打ち砕くことを口にした。

「この神社には寄付をしていただけるほどの知名度も〝売り〟もありません」

「……」

 お神様は答えに窮された。

 宮司はお神様をさらにへこませることを問うた。

「もし、寄付をしていただいたとして……返礼品はいかがいたしますか? この神社にはお返しできる物は無いです」

 それにかまわずお神様はへっちゃらな顔で、でも真剣な声で「ポイントでお返しする手もあるが……、私のブロマイドでよければ、いくらでもお返しできる」と、明らかにちゃかすよう答えた。

 この答えにはさすがに宮司も呆れて、「それではァ~─いくら何でも寄付は集まらない─」と言葉を濁した。

 お神様はしたり顔でそっぽを向き、宮司は落胆し首を垂れ、黙ってしまった。ぎこちない沈黙の重たい空気が降ってきた。

 しびれを切らした宮司が─これまでの話は無かったものとして─改めて問いかけます。

「さて、キャッスレス決済でのお賽銭。いかがなさいますか? ご決断を、願います」

「うん。うう~ん」神様も─冗談はおいておいて─苦渋の顔をされ、「世の中の流れに沿ったいいアイディアではあると思うが……いくつか超えなければならないハードルがある」眉間に新たな皺を寄せます。

「どのような?」

 宮司は─ぜひ、知りたい─懇願する目で訊き返します。

「現金主義という伝統的な慣例を破るわけだから、まずは神社本庁、本山および神社協会からクレームが来そうだ」

「はあ」

 神社本庁、本山および神社協会、いずれも上納組織からクレームが来るという言葉に宮司は目の前に大きなエベレストの急峻が立ちはだかったようで、ため息を洩らした。

がそれでも、「先ほども話しましたように許可を得て、導入している同業者もいますが」と答えてみた。

「それは一つの実証実験を許可したまでのこと。やすやすと一般化はできないし、させてくれないだろう」

 お神様は厳しい顔をされたままもっと強固で高いハードルがあると続けた。

「次に、スマートホンによる決済であれば、決済業者の手元に、誰がどこの神社でいくらのお賽銭を寄付したのかという情報が残ってしまう。これが第三者に洩れれば、憲法が保障する信教の自由を侵害することになりうる。個人情報の保護にも反する。下手をすると訴訟沙汰だ」

「なるほどォ。ネット社会の根源的な難題ですね」

 宮司は憲法、訴訟という言葉に少し怖気(おじけ)づいた。

 お神様はさらに続けた。

「もっとやっかいなことは、お賽銭収入は宗教活動の一環として、これまで課税されていない」

「はい」

 宮司は─坊主ならぬ、お神様丸儲け─このことなら知っていると相槌を打った。

「しかし、決済業者に手数料を払うとなると、税務署からお賽銭は収益事業とみなされかねない。国の財政も逼迫しているから取れるところから絞り取るだろう」

「必ず課税されると」

 宮司は自ら答えていた。

 その顔を凝視され、お神様は額の皺を新たに数本増やし、もっと真剣な声で言った。

「それ以外に、私個人にとっても深刻すぎる問題がある」

「お神様ご自身への問題? さて何でしょうか?」

 宮司には想像の域をはるかに越えていた。

「私はお賽銭の落ちる音で目が覚めるのだよ」

 お神様は顔をパッと輝かせ明るい声で答えた。

 この答えに、数秒間をとってから宮司はまた問うた。

「なるほどォ。普段、参拝客はほとんどおらず、眠っていらっしゃる時間が長いですから。ガランガランという鈴の音ではだめですか? けっこう騒がしい音ですが。参拝者がお神様を呼び寄せるために打つ2回の拍手の音も大きいですよね」

「だめだ、だめだ、だめだー! どちらも子守唄のように聞き慣れてしまっている。やはり、コインの落ちるチャリーンという音と紙幣がスッーと落ちるあの音に勝るものはない。なので、スマートホンを使われては、お目覚めレスになりかねない」

 お神様にしては珍しく声を荒げられた。

「お賽銭の落ちる音を目覚まし時計の代用になさっていると?」

「うん。それにボケ防止にもなるのだ」

 お神様の声は力強かった。

「は~、ボケ防止?」

 宮司は予想外の角度からきた意味と意図の分からない言葉にポカンと口を開けた。

「お賽銭が投げ込まれるたびに、その金額を暗算で合計しているのだよ」

「電卓じゃなく、暗算ですかァ?」

 宮司は呆れたという声音で訊いた。

「そう。これが脳ミソを活性化させるのだ。だからスマートホンで納付されては、暗算能力レスになってしまう。まだ、ボケたくはない」

 お神様は心底、困るという顔をされた。(了)


参考文献。

『朝日新聞』(2019)「おさい銭のキャッシュレス化 あり?なし?」9月3日。







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