フラミンゴガール
✨みんなのゆめ
わたし、とってもすごい発見をしたんです。
お星さまがきらきら輝く夜のおはなし。
ゆめのおはなしです。
わたしのゆめ。
あなたのゆめ。
みんなのゆめ。
それらは、すべてつながっているんです。
ゆめをみました。
ゆめのなかのわたしは、空とおんなじ色をした湖のうえに立っていました。
そばにはいち羽のフラミンゴ。
フラミンゴってしっていますか?
とってもきれいなピンク色の鳥さんです。
ストローみたいにスラリとながい足。ティーカップの取っ手の首。さきっぽだけが黒くって、お船をひっくり返したかたちのおしゃれなくちばし。
わたしはフラミンゴがだいすき。
フラミンゴには得意なことがあります。それは片足で立つことです。
ゆめのなかで、わたしと、わたしのフラミンゴはたのしくあそびます。
ゆめのなかのわたしはフラミンゴのマネをして片足立ちに挑戦します。
けれどわたしはフラミンゴみたいに上手に片足で立つことができません。あなたはどうでしょうか。うまく片足で立てますか?
右足をのばして、左足をおりまげます。すると体がゆれてしまって、皮をむいたジャガイモみたいに、ぽてりん、と、ひと転び。水しぶきがバシャリとあたりにとびちります。
立ちあがって、もう一回。
今度はおにぎり。ふた転び。
次はどんぐりで、さん転び。
最後はタマゴで、よん転び。
たくさん転んでしまいますが、わたしはだいじょうぶです。
なんど転んでもフラミンゴが助け起こしてくれるからです。
フラミンゴはとってもやさしい鳥さんなんです。
あそびつかれて湖面にごろりと寝そべると、湖とおんなじ色をした空がひろがっていました。
空をみながらわたしはかんがえます。
この空は、どれくらいのたかさがあるのかしら。
はじっこはどこにあるのかしら。
雲はどこからくるのかしら。
なぜ青いのかしら。
どうして夕方には赤くなるのかしら。
太陽と月はどうしておいかけっこをしているのかしら。
どうして星は夜じゃないとみえないのかしら。
星はぜんぶでいくつあるのかしら。
疑問はいくらでもあふれては、あわのようにはじけます。
そうしていると、ふいに、わたしのフラミンゴが羽をひろげました。
ピンク色のおおきな羽。わたしの背よりもずっとずっとおおきな羽です。
フラミンゴのとがったくちばしのさきっぽが、空の遠くへとむけられます。
バサリとはばたき、バサリバサリとはばたいてフラミンゴは飛びあがりました。
空の底に、フラミンゴがおっこちていきます。
フラミンゴのすがたはどんどんちいさくなって、あっというまに湖からはなれると、空のかなたにまで飛んでいってしまいました。
「まって!」
わたしの声はフラミンゴにはとどきません。もう声がとどかない場所にまでいってしまったのです。
わたしはあわてておいかけました。
遠のいていく尾羽にむかって走ります。
鏡のような湖面に、わたしのはだしの足がふれるたびに、まあるい波があらわれて、どこまでもひろがっていきました。
かぞえきれない波が湖をおおったころ、わたしの足はやわらかな地面のうえにありました。
わたしはいつのまにか、ぜんぜん気がつかないうちに、萌黄の森のなかにいたのです。
✨ネコのゆめ
森では、たくさんのおおきな木が、たくさんのおおきな影をおとしていました。
つやつやとしたみどりの幹。木のうえにはふわふわしたみどりの毛のかたまり。それが風にふらふらとゆれて、ざわざわと音をたてています。
わたしはその木のかたちにみおぼえがありました。
ねこじゃらしです。
わたしの住んでいるおうちよりも背がたかいねこじゃらし。
とってもおおきなねこじゃらし木でできた森に、わたしはいるのでした。
みどりのかおりを、はないっぱいにかいでいると、あたまのうえのほうから、
「にゃあ」
あっ。くも、をみつけました。
くも、というのはわたしのおうちにいるネコです。
ふわふわで、まっしろだから、くも。
お空に浮かんでいる雲みたいだから、くも、です。
でも、学校のおともだちのなかには、何回もお空の雲だと教えているのに、虫のクモだといってくる子がいます。わたしはそれがいやでしかたがありません。
くも、という名前はだいすきです。わたしがいっぱいかんがえて、つけてあげた名前なんですから。虫のクモだってきらいなわけではありません。わたしのおとうさんは、クモだとか昆虫だってネコや人とおなじように生きているのだから大事にしなくてはいけない、といいます。わたしもそのとおりだとおもいます。
ただ、クモの巣に顔をぶつけてしまったことがあって、それいらいクモはすこし苦手なんです。もちろんそのあと、巣をこわしてしまったクモにはちゃんとあやまりました。
くも、は空を飛んでいました。
えっと。これは空の雲のことじゃありません。ネコのくものことです。ややこしいですね。
ネコちゃんが空を飛んで、ねこじゃらしの木のあいだをうれしそうにはねまわっています。ねこじゃらしの毛が風をうけてくるくるとゆれるたびに、ネコちゃんはじゃれついて、にゃあ、にゃあ、と鳴いています。
わたしは草のうえにすわって、しばらくそれをながめていたのですが、すると、とつぜん、電気のスイッチを入れたように、ここがいったいどこなのか気がついたのでした。
ここはネコちゃんの、くものゆめのなかなんです。
くもはねこじゃらしがだいすき。わたしがお庭でねこじゃらしを摘んでくると、いっしょうけんめいに腕をふって、ねこじゃらしがぼろぼろになるまであそびたがります。
フラミンゴがだいすきなわたしのゆめにフラミンゴがいるのとおなじで、ねこじゃらしがだいすきなくものゆめだから、こんなにおおきくて、たくさんのねこじゃらしがあるにちがいありません。
「くも」
名前を呼ぶと、くもは木のうえで「ははは」と、わらいました。
わたしも「ははは」と、わらいかえします。
「わたしのフラミンゴがどこにいるかしらない?」
きいてみると「あっちだよ」と、おしえてくれました。
ながいしっぽがカクンと横にまげられると、ねこじゃらしの森の外がゆびさされます。
「ありがとう」
お礼をいって、わたしは走りだしました。
わたしは、わたしのフラミンゴを、わたしのゆめに、連れもどさなくてはならないのです。
✨チェスのゆめ
森をぬけると、四角い白と、四角い黒の平原がありました。
地面のうえに白黒の四角が、たがいちがいにならんでいます。
――おかあさんのゆめだ。
と、わたしはおもいました。
おかあさんはチェスがだいすきなのです。
チェスというのは四角い白と黒に塗られた盤のうえで、駒というお人形をつかうあそびです。
わたしもおかあさんといっしょに、よくチェスをあそんでいます。
フラミンゴをみつけました。フラミンゴは四角い白のうえで羽を休めています。
それから、白と黒の四角のうえには、フラミンゴよりもおおきなチェスの駒たちも置かれていました。
国をおさめる王さまのキング。とってもつよい女王さまのクイーン。じょうぶなお城のルーク。かしこい魔法使いのビショップ。とびはねるのが得意なお馬さんのナイト。働きものの兵隊ポーン。
そんな白と黒のお人形たちが、白と黒の四角のうえに、どすんと腰をおろしているのです。
かち、かち、かち、と時計の音がきこえてきました。
それにあわせて、かち、かち、かち、とスキップするみたいにお人形が動きだして、白のキングと黒のキングがむかいあいました。
白と黒のクイーンも、白と黒のルークも、白と黒のビショップも、白と黒のナイトも、白と黒のポーンたちもです。
白と黒のお人形たちが、白のお人形と黒のお人形にわかれてチェスの配置で隊列をくむと、それぞれにむかって動きだしました。
どうやら試合がはじまったみたいです。
わたしはフラミンゴを呼びます。フラミンゴがいるのは、黒と白のお人形たちのちょうどあいだの位置。
「おーい。そんなところにいるとあぶないよ」
けれどフラミンゴにはきこえていないみたい。なんだか集中した顔で、試合の流れをじいっとながめています。
わたしよりもフラミンゴよりもおおきなお人形が、ぴょーんと浮かびあがって、どすんと着地。すると地面がぐらぐらとゆれて、わたしはぴょんとはねてしまいました。
黒のナイトが白のナイトに勝負をしかけます。
ナイトはわたしのお気に入りの駒。お馬さんのかたちをしていて、とってもかわいいところがすきなんです。
わたしは白のナイトをおうえんします。がんばれ。いけいけ。黒のナイトをたおしちゃえ。
おかあさんとチェスであそぶときは、わたしはいつも白の駒をつかいます。おかあさんの黒のナイトはとってもかろやかに動き回って、わたしの白のキングをすぐにおいつめてしまいます。おかあさんはいいます。チェックメイト。もう終わりだよ、の合図です。
白黒のナイトがぶつかります。
がしゃーん、とおおきな音がして白のナイトはパタンとたおれてしまいました。
黒のナイトがかったのです。
わたしはすこし残念なきもちになりました。すると、ふたりのナイトの戦いをそばでみていたフラミンゴが「クエー」と、ラッパをふいたような鳴き声をあげました。
それからびっくりしてしまうようなことがおきたんです。
なんと、なんと、フラミンゴが、白のナイトを食べてしまったのです。
自分の体よりもおおきな白のナイトを、くちばしをおおきくおおきくひらいて、ぱくん、と、ひとのみ。
そのとたん、ピンク色の一色だったフラミンゴの羽に白色がまじりました。白色の部分はチェスの駒みたいにつやつやとしています。
白のナイトをたおした黒のナイトが、こんどはわたしのフラミンゴにむかってきました。
「あぶない!」
わたしはおもわずさけびました。
けれどもフラミンゴは黒のナイトの攻撃をひらりとよけると、両手をひろげるみたいに、羽をひろげたのです。そうして、バサリバサリと羽があおがれると、つよい風が吹きだしました。
すると、風に目をまわした黒のナイトのお馬さんは、コテンと横にたおれてしまったのです。
「まあ。すごい。黒のナイトにかったの?」
わたしはフラミンゴにかけよると、手をのばして羽にふれました。かたい感触。チェスの駒はとってもかたいのですが、いまのわたしのフラミンゴは、それとおなじぐらいのかたさのように感じました。
しばらく羽をなでまわしてほめてあげましたが、よろこびの熱が冷めてくると、わたしはフラミンゴが心配になってきました。羽が洗濯したような白色に変わったのは、チェスの駒を食べたからでしょうか。白のナイトを食べたので白のナイトみたいになってしまったのかもしれません。そういえばフラミンゴの顔つきも、お馬さんに似てきているような気がしました。
「チェスの駒は食べものじゃないよ。おなかをこわしちゃうから、もう食べないようにね」
注意すると、フラミンゴはやさしいひとみをぱちくりさせて、わたしをじいっとみかえしました。羽をひろげたり、とじたり。元気だよ、といっているようです。
わたしはそんなしぐさをながめながら、ゆめのフラミンゴだから、おなかをこわしたりはしないのかもしれないとおもいました。でも、だからといって、ゆめのわたしはチェスの駒を食べてみようなんておもいません。のどにつまってしまったらあぶないでしょうから。
どすん。どすん。
あたりに目をむけると、まだチェスの試合はつづいていました。
黒のクイーンがとびあがって、わたしたちがいるところへとやってきます。
「きゃあ」
わたしはとってもこわくって、その場でしゃがみこんでしまいました。
そんなわたしを守るように、フラミンゴがまた羽をひろげると、風をおこして黒のクイーンも、黒のナイトみたいにたおしてしまったのです。
そのままフラミンゴは盤面を飛んでいくと、黒のキングにチェックメイトを決めてしまいました。
「すごい」
わたしはとてもうれしくなりました。わたしのフラミンゴが黒のキングにかったのです。
フラミンゴにかけよって、ぎゅっ、と抱きしめると、フラミンゴはてれたようにまばたきをしました。
試合がおわると、たおれていた白と黒の駒たちは、すっくと立ちあがりました。むかいあっておたがいの健闘を称えあいます。フラミンゴのこともほめてくれました。とっても礼儀ただしい駒たちにわたしは感心してしまいました。
朝食前のテーブルみたいにみがきあげられたチェス盤は、白の四角も、黒の四角も、おなじように空をうつして、つやつやと輝いていました。
わたしはわたしのゆめの湖をおもいだして、フラミンゴをみあげると、
「帰ろう」
と、いいました。
けれど、フラミンゴはまたしても羽をひろげると、バサリバサリと空を飛んでいってしまったのです。
「ああっ」
わたしの声をおきざりにして、フラミンゴはチェスのゆめの外へ。そのとなりにある黄色い六角形のゆめへといってしまいました。
✨ハチのゆめ
フラミンゴをおいかけて、わたしがたどりついたのは、六角形の黄色いお部屋がみぎからひだり、したからうえへとならんでいるゆめでした。
これはおとうさんのゆめです。わたしにはわかるのです。
この六角形はブンブンブンと空を飛ぶ、虫のハチのお部屋なのです。ハチなのに八角形ではなく、六角形のお部屋がだいすきなのです。
わたしのおとうさんは養蜂家というお仕事をしています。
ハチはお花からあまいみつをもらって、あつめてくるのがお仕事です。そんなハチのお世話をして、そのかわりに、ハチがあつめたみつをわけてもらうがわたしのおとうさんのお仕事です。
わたしはなんどもおとうさんのお仕事をみせてもらったことがあります。ハチのおしりには注射器みたいな針があります。針にさされたらとってもいたいし、こわいけれど、おとうさんがいっしょならへっちゃらです。
おとうさんはハチとおはなしができるのです。おとうさんがおねがいすると、ハチたちは巣箱があけやすいようにどいてくれます。それから、おとうさんは巣箱をあけて、はちみつをわけてもらい、それがおわると、また巣箱をもとどおりにするのです。
おとうさんはわたしみたいにハチをこわがったりはしません。おとうさんはこんなふうにいいます。わたしたちがハチをこわがると、ハチもわたしたちをこわがってしまう。だれかがびっくりして大声をあげると、それをきいたべつのだれかもびっくりしてしまうようなものです。
とれたてのはちみつはとってもいいにおいで、とってもあまくて、とってもおいしいです。はちみつがあれば、わたしはだいすきなパンケーキが、もっとだいすきになって、五まいだって十まいだって食べられるぐらいです。
あまいかおりをかいでいると、くちのなかにだえきがあふれてきました。
おかあさんが焼いてくれるふかふかのパンケーキが恋しくなって、いまにもグウグウとおなかが鳴りだしそうになります。そんなおなかを手でおさえてだまらせながら、たくさんならんでいるお部屋をみあげて、フラミンゴがどこにいったのかさがしていると、六角形の黄色いお部屋のひとつから、ブーンとハチが飛んできました。
黒と黄色のしましま模様。おしりの先には槍みたいな針。わたしの背よりもおおきなハチ。
ノコギリみたいなおくちがガチガチガチとならされて、
「わあっ」
逃げだしそうになったわたしに、
「ようこそいらっしゃい」
ハチがはなしかけてきました。
そっか、これはおとうさんのゆめなんだ。だったら、ゆめにいるのはおとうさんのおともだちのハチたちです。おはなしができてもおかしくはありません。
わたしはにっこりとわらってみました。すると、ハチもにっこりとわらいかえしてくれました。
そうすると、わたしはきゅうにハチのことがこわくなくなりました。
「わたし、フラミンゴをさがしているんです」
「フラミンゴなら女王蜂さまに謁見しているところだよ」
とげとげしたハチの手が、ハチのお部屋のずっとずっとうえを指さしました。
「よかったら連れていってあげようか?」
「いいの?」
「もちろん」
ハチはわたしの手をとりました。
そうしてブブンとハチのおうちのなかを飛んでいきます。
縦に積まれ、横にならべられた六角形のお部屋のなかでハチたちがくらしているのがみえます。あっちこっちではちみつの川が流れて、それがとろとろと滝になってしたたりおちていました。
がまんできなくなったわたしのおなかがグウと鳴ります。はずかしくなったわたしがうつむいて、視線を足のさきからストンとおとすと、地面はすごくとおくにありました。
「えーん。えーん」
ちかくのお部屋から、ハチのあかちゃんの泣き声がきこえてきました。
おおきな声がとなりの部屋や、となりのとなりの部屋にまでひびいています。
「どうしたのかな」
たずねると、わたしを運んでくれている案内バチはこまり顔で、
「あの子は泣き虫なんだ。いまはおとうさんがちょっと出かけていて、ひとりぼっちになってしまったから泣いているのさ」
それをきいたわたしはかわいそうになって、
「じゃあ。あの子のおとうさんが帰ってくるまでわたしがあそんであげる」
と、いいました。
ハチのあかちゃんは、おとなのハチとはぜんぜんちがうすがたをしています。翅はまだ生えてなくって、黒と黄色ではなくて、まっしろなイモムシの体をしています。
わたしはハチのあかちゃんをあやして、こもりうたを歌ってあげました。するとハチのあかちゃんはうつらうつらとしはじめて、やがてぐうぐうと眠りました。
ゆめのなかでみるゆめは、どんなゆめなんだろうとわたしがおもっていると、ハチのこどものおとうさんが帰ってきました。
「ただいま」
と、いうおとうさんに、わたしが「しっ」と指をくちびるにあてます。
ハチのおとうさんはわが子がぐっすり眠っているのをみて、
「ありがとう」
と、ささやくと、わたしにとってもおいしいはちみつをわけてくれました。
とろりとしたそのはちみつをぺろりとなめると、くちのなかがお花のかおりでいっぱいになって、とろけるあまさに、すごくすごくしあわせな気分になりました。
「とってもおいしい。ありがとう」
「どういたしまして」
わたしはなんだか、わたしのおとうさんのことがいままでよりも、よくわかったような気がしました。おとうさんもきっとこうしてハチとおはなしをして、はちみつをわけてもらっているのです。
ハチの親子とわかれたわたしは、ふたたび案内バチに連れられて、女王蜂さまのところへとむかいます。みちながら、案内バチは女王蜂さまのことを、わたしにおはなししてくれました。
女王蜂さまというのはこのハチの巣を支配するとてもえらい方なのだそうです。失礼のないように、礼儀ただしくしないといけないと、案内バチはなんどもわたしにいいました。
ハチの巣の一番奥に女王蜂さまのお部屋がありました。六角形の立派なお部屋に立派なハチがすわっています。女王蜂さまです。その目のまえでは、ピンク色と白色をしたわたしのフラミンゴが、得意の片足立ちを披露していました。
ピーンと首をのばして、足の先から、くちばしの先までが一直線の棒のようになります。
女王蜂さまはパチパチパチと拍手をすると、とてもおよろこびになって、ごほうびとしてフラミンゴにとっておきのはちみつをくださいました。
つぼのかたちをしたおわんになみなみとそそがれたはちみつを、家来のハチがはこんでくると、フラミンゴはおかれたつぼにうやうやしくおじぎをしました。チェスの駒たちがしていたようなおじぎです。わたしは、わたしのフラミンゴがきちんと礼儀ただしくお礼をできているのにホッとひとあんしんします。
フラミンゴはおわんにくちばしをつっこんで、ゴクゴクとのどをならして、はちみつをのみほします。
すると、なんとなんとです。フラミンゴの羽に黒と黄色があらわれたではありませんか。ハチの色です。はちみつをのんだから、わたしのフラミンゴにハチの色がまざったのです。
ピンクと白と黒と黄色がまざった羽はちょっぴりヘンテコで、わたしはくすりとわらってしまいましたが、フラミンゴは胸をはって、なんだかほこらしげ。わたしはわらうのをやめて、女王蜂さまみたいにパチパチパチと拍手をしてあげました。
拍手のパチパチという音をきくたびに、フラミンゴはますます胸をはりました。パチパチパチパチと手をたたくと、胸をはりすぎて、ふんぞりかえってしまったぐらいです。
それからわたしは女王蜂さまと、わたしを運んでくれた案内バチに礼儀ただしくお礼をいって、フラミンゴと帰ることにしました。
フラミンゴの背中にのると、四色がまざった羽がひろげられて、ハチの巣の外に飛んでいきます。わたしは女王蜂さまと、ハチたちのすがたがみえなくなるまで、ずっとずっと手をふりました。
流れ星のようにフラミンゴが空をわたります。
空のうえからは、ひろいひろいゆめの世界がみえました。
いろんな人のゆめがそこにはありました。
ふわふわしたゆめ。とげとげしたゆめ。ぎざぎざだったり、ぬるぬるだったり、ばらばらになっているゆめもあります。
あのゆめはどんなゆめなのかしら。あっちのゆめも、こっちのゆめも気になってきます。
するとフラミンゴはむきをかえて、まだみぬゆめの世界にむけてバサリバサリとはばたきました。
わたしのゆめ。わたしの湖から遠ざかっていきます。ネコのくものゆめや、おかあさん、おとうさんのゆめから、ぐんぐんとはなれていきます。
「ちょっとぐらい。より道しても、いいよね」
わたしがフラミンゴの首につかまりながら風のそよぎにささやくと、フラミンゴはおおきくおおきくうなずきました。
✨わたのゆめ
かいだことのない、すっぱかったり、苦かったり、あまく、からい風が、びゅんびゅんと顔にぶつかってきました。わたしは呼吸をするたびに、自分の体が、別人のものに入れかわっていくような気分になりました。
空はとってもたかくって、ゆめはとってもひろくって、数えきれないぐらいにたくさんありました。
しばらく飛んでいたわたしとフラミンゴは、あまいかおりにさそわれて、ふわふわのゆめにおりてみました。
雲のようなわたあめでできたゆめです。
わたあめの地面からわたあめの木がはえて、わたあめの実をみのらせています。
わたしはわたあめの実をひとつもぎとると、ひとくちかじって食べてみました。ふわりと舌にわたあめがとけると、しあわせがくちいっぱいにひろがりました。
フラミンゴもわたあめの実にくちばしをのばします。それから、ひとくち食べて「クエー」とおおきく鳴いたとおもったら、目をらんらんと輝かせて、わたしのフラミンゴときたら、手あたりしだいにわたあめを食べはじめてしまったのです。
わたあめを食べるごとに、フラミンゴの体はわたの色にそまって、ふわふわにかわっていきます。
「あまいものを食べすぎたら、虫歯になってしまうのよ。虫歯はとってもいたいのよ」
わたしがおかあさんにいわれている注意をくちにすると、フラミンゴはくちばしをパカッとあけて、わたしにくちのなかをみせました。そこに歯はありません。そういえば鳥さんには歯がないのでした。なら、だいじょうぶなのかもしれません。
まわりをみまわすと、フラミンゴのくちばしでついばまれたわたあめの野原にはモグラがあけたような穴がたくさんあいてしまっていました。ここもだれかのゆめのはずです。こんなにちらかしてしまっては、おこられてしまうのではないかとおもったわたしは、
「もう、べつのところにいきましょう」
と、フラミンゴの首を抱きかかえました。
そのときです。
地面からとつぜん三角形がつきでると、わたしたちのところへと、すべるようにちかづいてきました。
カッターナイフのさきっぽみたいです。わたあめの大地をきりさきながら、ひらべったい三角形がゆらゆらと泳いできます。
地面に切れ目がひろがって、切れ目のなかから、ぎらぎらと光るひとみがあらわれました。
サメです。わたでできたサメです。三角形のひらべったいものは、サメのヒレだったのです。
わたのサメのくちのなかには、とがった牙がぞろりとならんでいて、ゆめの空にうかぶゆめの太陽の光をうけとりながら、かしゃん、かしゃん、と、うち鳴らされました。
サメはわたしたちが勝手にこのゆめのわたあめを食べたから、おこっているにちがいありません。
わたしは、わたのサメの牙のあまりのおそろしさに、かなしばりにあったようにうごけなくなってしまいました。
フラミンゴに助けをもとめます。けれど、わたしのフラミンゴは、わたあめにむちゅうなあまり、サメのことにはまるで気がついていなかったんです。
もう、フラミンゴったら。わたしもわたあめの実を食べたけれど、それは一個だけ。あなたが食べたのはとってもたくさん。きっとわたのサメはあなたにおこっているのよ。
そんなふうにおもっていると、サメはわたしのほうへとまっすぐにやってきました。
牙がぎらぎらとせまります。ハチの針よりも、ずっとずっとおそろしい、するどい三角形の牙。
食べられちゃう、というそのとき、わたしの目の前に、ふわりとわたあめがまいおりました。わたあめのおんなのこ、わたあめちゃんがやってきたのです。
水色のわたあめの体に、ぱっちりおめめ。くちはにっこりわらっていて、わたあめのふわふわの指先が、サメの鼻先をそっとさわると、たったそれだけのことで、サメはすっかりおとなしくなりました。おくちをとじたわたのサメは、わたしと、わたあめのおんなのこを三角形の目で交互にみあげます。
それからくるりとむきを変えると、わたのサメは地面にできた切れ目のなかにザブンザブンと泳いで帰っていきました。
「わたざめはわるい子じゃないの」
わたあめちゃんがいいます。
いつのまにかフラミンゴはわたしのとなりにやってきて、興味津々といった態度でわたあめちゃんにくちばしをむけました。わたしはフラミンゴがわたあめちゃんを食べてしまうのではないかと気が気ではなくて、首に抱きついておさえつけながら、
「わたしのフラミンゴが、このゆめにあるわたあめをいっぱい食べちゃったから、あのわたのサメはおこっていたのかも。それに、わたしも一個だけ、わたあめの実を食べてしまったの」
「ここにあるわたは、すべてわたざめのものだから。一個でも勝手に食べてはいけないのよ」
やんわりとしかられてしまったわたしが「ごめんなさい」とあやまると、わたしのフラミンゴももうしわけなさそうに頭をさげました。
「あやまれるのはえらいことよ。それとおなじぐらい、ゆるすこともえらいことなの。わたざめはえらい子だから、きっとあなたをゆるしてくれる。つぎからはちゃんとおねがいすれば、わけてくれるからね」
わたしはすごく反省しました。フラミンゴも反省したらしく、ながい首をうなだれて「キュキュキュ」と、お皿をみがいたみたいに鳴きました。
わたあめちゃんは、わたしたちにあらためてむきなおって、
「よいゆめを」
と、いってほほえみました。
「こんばんは」
「ゆめのなかでは”よいゆめを”というのがあいさつなのよ」
「そうなんだ。よいゆめを」
わたしがいうと、わたあめちゃんは「よくできました」と、ほめてくれました。
わたあめちゃんはわたしのフラミンゴを「すてきなフラミンゴね」といってやさしい手つきでなでてくれました。
ピンク色に、白、黒、黄色がまざった羽のフラミンゴは、もしかしたら変かもしれないとおもっていたので、すてきだといってもらえて、わたしはとてもうれしくなりました。
「あなたたちは、まいごちゃんかしら」
「わたしはまいごじゃありません」
ちゃんと帰り道だってわかっているもの。と、おもったけれど、いざおもいだそうとすると、あたまのなかにある地図は、ぬれたようににじんでいました。
「すこし、いっしょにおさんぽをしましょうか」
わたしがくちをくちばしみたいにとがらせていると、わたあめちゃんは、泡立てたせっけんみたいな水色の手を差しだしました。にぎるとしゃぼん玉がはじけて、お花のにおいが、わっ、とひろがりました。
ぷかり。わたあめちゃんはわたしをつれて、気球みたいにゆめの空にうかびあがります。ぷかりぷかり、と、ゆめの世界をただよいはじめると、わたしのフラミンゴも羽をひろげてついてきました。
✨怪獣のゆめ
そこから先は大冒険でした。
はじめてみるもの、きくもの、さわるもの、かぐにおいに、いろいろな味たちがわたしをまっていたのです。
あるところにはネズミの大群でうめつくされているゆめがありました。チューチューチューの大合唱に、わたしたちも加わってたのしくいっしょにうたいました。
うめぼしのゆめもありました。わたしはうめぼしがとっても苦手なので、すぐにべつのゆめへと逃げてしまいました。
運動場のゆめもありました。たくさんの足が白線をたどって走っていました。わたしは鉄棒がすきなのでグルグルグルグルと回りました。わたあめちゃんはブランコをブランブランとこいで、水色のからだを空にかさねてあそんでいました。
カスタードクリームの海でおおわれたゆめもありました。そのゆめの持ちぬしのたいやきくんにおねがいすると、たいやきくんはふたつのコップで一杯ずつのクリームをすくって、わたしとわたあめちゃんにプレゼントしてくれました。
それからわたしたちはカスタードクリームの海のほとりにならんですわり、いただきますをしたのですが、コップをかたむけるまえに、フラミンゴがよこから首をのばしてきて、わたしのコップごとクリームをひとくちでのみこんでしまったのです。
クリームをよこどりされて、のめなかったわたしはがっくりとうなだれました。
わたしのフラミンゴはとってもくいしんぼうで、これまでのゆめの旅のなかで、いろんなものを食べていました。フラミンゴはなにかを食べるたびに、食べたものの色に変わるので、いまは虹よりもたくさんの色がまざりあった、ふしぎなふしぎな色になっています。
クリームをのんだフラミンゴの羽にクリーム色がまざりました。かおりもほんのりとクリームのにおいになっています。
おちこんでいるわたしに、わたあめちゃんが自分のコップをさしだしました。
「はんぶんこしましょう」
「いいの? はんぶんになっちゃうよ」
「ひとりでのむよりも、ふたりでのんだほうがおいしいもの」
そういって「さあどうぞ」と、わたしにコップをわたします。
「ありがとう!」
わたしたちは、ふたりでクリームをじゅんばんにのんで、「おいしい」「おいしい」と声をあげると、ニコニコとしてわらいあいました。
コップはんぶんのクリームでしたが、わたしはふたりぶんのおいしさが味わえたようなすてきな気分になりました。
すっかりまんぞくしたわたしたちは、たいやきくんにお礼をいって、べつのゆめへと飛んでいきます。
ひろいゆめの世界にはたのしいことばかりがつめこまれているように、わたしは感じていました。
あっちも、こっちも、どっちのゆめにもいってみたくなります。
そうして、次におとずれたゆめは、とてもこわいゆめでした。
そのゆめのことをわたしはわすれることができません。
そこには怪獣がすんでいました。
怪獣はセミの抜け殻のようなかたちをしていて、どろどろとぬめりのある肌に、いくつもの目玉がついていました。
いたいぐらいに冷たい風がヒューヒューと吹きぬけているのに、せま苦しい穴のなかにいるようなゆめでした。まっくらで、みぎをみても、ひだりをみても、夜よりも暗い闇だけが存在しています。
怪獣に出会ってしまったわたしたちがびっくりして、つやつやと光るからだをみあげていると、怪獣は冷蔵庫よりもおおきなくちをあけて、どすん、どすん、と、わたしたちをふみつけようとしてきました。
わたしとわたあめちゃんは手をつないで逃げます。フラミンゴはわたしたちをおいて、どこかに飛んでいってしまいました。
霧のような空気がからだじゅうにまとわりつきます。
ナイフの風が、つないでいた手をひきさきました。
わたあめちゃんが転びます。
飴色をした怪獣がブルドーザーみたいに土ぼこりをまきあげながら、地面をおおきくゆらします。
節のある虫のような怪獣の手がわたあめちゃんを捕まえました。
わたしはみていることしかできませんでした。
怪獣がわたあめちゃんの水色のからだをまるのみにしたのと同時に、まっくらな空から飛んできたフラミンゴがわたしをつかんで、怪獣のゆめの外へと連れていきました。
わたしはべつのゆめへと逃げながら、ひとみからはあついなみだが、とめどなくながれつづけました。
✨ロボットのゆめ
怪獣のゆめのとなりにあったゆめにわたしとフラミンゴはやってきました。
そのゆめは工場のようでした。カチャン、カチャン、という機械の音が、あらゆる場所からきこえてきます。
わたしは顔を両手でおおって、しばらく泣いていましたが、ふと顔をあげると、ちかくにたくさんの人影があるのに気がつきました。わたしは助けをもとめます。けれど、返事はありません。なぜならそれは人間ではなく、すべてロボットだったからです。
錆びついたロボットたちが、学校の廊下よりもながいテーブルのまえにならんで立っています。
工場の外に目をむけると、わたしたちをおいかけて、怪獣が飛んでくるのがみえました。
「どうしよう」
フラミンゴにききます。けれどフラミンゴは首をかしげるばかりで、ロボットとおなじく、なにも答えてはくれません。
怪獣は工場のなかにまで入ってくると「グエー」と、おおあくびをしました。そうして、工場のすみっこにねそべって、眠りはじめてしまったのです。
わたしは怪獣がこわくてしかたがありませんでした。だって、あの怪獣は、水色でふわふわしていて、あんなにもやさしかったわたあめちゃんを食べてしまったのですから。
はなしをきいてくれるロボットがいないか工場のなかをさがします。
「とってもこわい怪獣がそこにいるんです」
と、うったえます。
けれど、ロボットたちには耳も、くちもありませんでした。わたしの声はきこえてはおらず、しゃべりもしません。
テーブルのうえをのぞきこむと、そこにはヘビの抜け殻がありました。ヘビの抜け殻が、流しそうめんのように、流れています。
ロボットたちの手には木琴の演奏に使うような、先っぽが丸い棒がにぎられていました。その棒もロボットたちとおなじように錆びついています。ロボットが棒で抜け殻の背中をなぞると、抜け殻はシャラララとうつくしい音をひびかせて、銀色のたまごに変身しました。
そうして銀色のたまごになったヘビの抜け殻は、ロボットの足元にある箱へとしまわれていきます。
「それ、貸してください!」
わたしはロボットのひとりから棒を借りました。
怪獣はセミの抜け殻のようなすがたをしています。ヘビの抜け殻をたまごに変えられるこの棒なら、怪獣をたまごにして、おとなしくできるのではないかと、わたしはかんがえたのです。
まだ怪獣は眠っています。わたしはそろりそろりとちかづくと、怪獣をおもいっきり棒でたたきました。
ギギギ、と、かたい音。いやな音です。
変化はありません。
もういちど、ためしてみます。
えーい、と棒でたたいてみましたが、やっぱりダメ。
そうしているうちに怪獣は目を覚まして、嵐のような咆哮をとどろかせました。それから、ヘビの抜け殻が流れるテーブルをおおきな足でふみつぶして、あばれはじめてしまったのです。
ふみつぶされそうになったわたしを、フラミンゴが助けてくれました。わたしはフラミンゴにのって、工場のなかを飛んでいきます。
怪獣は工場をめちゃくちゃにしはじめました。
わたしはフラミンゴの背中から手をのばして、もういちど、怪獣を錆びた棒でたたいてみます。
ギギギギギ、と、さっきよりも、もっといやな音。
かき氷を奥歯でかんでしまったときのような音です。
怪獣はたまごに変わってはくれません。それどころか、なんど棒でたたいても、けろりとした顔をしていました。
どうすればいいのかわからなくなったわたしは、怪獣のおそろしいすがたを、ぼうぜんとしてながめました。
そして、わたしは気づいたのです。
虫のようにたくさんある怪獣の足の一本が、ふわふわになっていました。
水色のふわふわです。それはわたあめちゃんとおなじ色をしていました。
わたしはこの怪獣の正体がわかりました。
この怪獣はだれかのフラミンゴなのです。
わたしのフラミンゴといっしょで、このフラミンゴも、なにかを、わたあめちゃんを食べたことで、体の色を変化させたのです。
わたしはかつてない恐怖におそわれました。わたしのフラミンゴもいつか、この怪獣のようになってしまうのかもしれない。そんなふうにおもうと、逃げださずにはいられませんでした。
わたしをのせたわたしのフラミンゴは怪獣からはなれて、ロボットのゆめの工場をどこまでも飛びました。工場では、どこまでもつづくテーブルに、錆びついたロボットがどこまでもならんで、ヘビの抜け殻を棒でなでては銀のたまごに変身させる作業をくりかえしていました。
怪獣がみえなくなったところで、わたしはフラミンゴの背中からおりました。
どうしようもない不安が、わたしのこころを内側からつつきまわしていました。
わたしは安全な場所をもとめていました。
だから、ロボットの足元にある、たまごがおさめられている箱にふらふらとちかづいて、フラミンゴといっしょにそのなかに入ったのです。
わたしたちが入ったとたん、箱のふたはパタリととじて、みんなが帰ってしまったあとの教室のようなしずけさが、耳のおくにキーンとひびきわたりました。
✨たまごのゆめ
箱のなかにいるはずなのに澄みわたった空がみえました。
ここはロボットのゆめではない、べつのだれかのゆめのようです。
箱のなかにはたくさんのたまごがつめこまれていました。だから、きっとここはたまごのゆめです。
まっさらな地面から、いまにも花を咲かせそうな、名前のわからない草花がたくさん芽吹いています。
わたしはロボットから借りて、にぎったままだった錆びた棒をほうり投げると、草原にうずくまって、ひざを両手で抱えました。たまごのようにまるまっているとドキドキしている胸のふるえが全身につたわって、いまにも転んでしまいそうになります。
フラミンゴが片足立ちをしながら、わたしのあたまをこづいてきました。
わたしは顔をあげて、フラミンゴを抱きしめました。
「あなたはぜったいに、あんなふうになったりしないでね」
いろんな色がまざりあったフラミンゴの羽を、手をくしのようにしてなでます。するとそこにはザラリとしたものがありました。みると、フラミンゴの羽に、いつのまにか錆色がまざっています。どうやらわたしのしらないうちに、くいしんぼうのわたしのフラミンゴはロボットのゆめのなにかを食べてしまっていたようです。
わたしは髪をむすんでいたリボンをほどいて、いっしょうけんめいにリボンで錆をこすりました。けれど、錆は消えるどころか、えのぐをぬりひろげるみたいに、ひろがっていくばかりでした。
わたしは錆をとるのをあきらめて、リボンでフラミンゴのくちばしを、あけられないようにむすんでしまいました。これ以上なにも食べてほしくなかったのです。
けれど、フラミンゴはわたしの手をするりとくぐりぬけると、むすんだリボンをふりほどいてしまいます。
するどい音にわたしは空をみあげました。
ゆめの空が割れた音です。
たまごのゆめが割れて、そのすきまから怪獣が入ってきました。
怪獣はまっすぐにわたしのほうへと飛んできます。
わたしはあわててフラミンゴにつかまりました。
「おねがい! 逃げて!」
フラミンゴが羽をひろげます。わたしのフラミンゴ。これまでにおとずれたいろんなゆめの、いろんなものを食べて、その羽は十色にも百色にも千色にもなっていました。
フラミンゴが羽をはばたかせて、空へとまいあがりました。そうして虹をかけるように空をよこぎって飛んでいきます。
怪獣がおってきます。怪獣がおおきなくちをあけると、わあためちゃんのあまいかおりがしました。フォークの先みたいにとがった牙が、怪獣のくちのなかにはならんでいます。
わたしは逃げました。逃げつづけました。フラミンゴにのって、ドーナツになってしまいそうなぐらいになん周も空を飛びまわりました。
フラミンゴの羽からちからがぬけはじめます。わたしをのせて飛びつづけてくれたフラミンゴは、くたくたにつかれていました。
太陽と月のようにおいかけっこをしていたわたしたちと怪獣でしたが、ついにはおいつかれて、のみこまれようとしていました。
フラミンゴにしがみつきながら、首をまげてふりかえると、怪獣の鼻息がわたしの顔にふきつけられました。わたしは目をほそめながら怪獣のうしろにひろがる空をみました。
たまごの殻がわれたように、ひびわれた空。
そこにはふわふわしたものが浮かんでいました。
雲ではありません。
空にあいたすきまから、ふわふわしたものが空を泳いでやってきます。
三角形の目。三角形の牙。三角形のヒレ。
それはわたざめでした。
わたざめはとても、とても、おこっていました。
わたざめには声がありませんでしたが、わたしには、わたざめがなぜおこっているのか、よくわかりました。
フラミンゴをなくしたからです。自分のフラミンゴを怪獣に食べられてしまったからです。わたあめちゃんが、わたざめのフラミンゴだったのです。
わたしのフラミンゴは、わたしのすきなチェスのナイトや、はちみつや、わたあめや、そのほかのいろいろな”すき”を食べた、わたしのすきの結晶です。そんなフラミンゴを食べられてしまったとしたら、すきをうばわれてしまったとしたら、かなしいなんて言葉ではいいあらわせないぐらいにかなしくなって、くらい夜にひとりぼっちで、月といっしょに地平線にしずんでいくような気持ちになるにちがいないとおもいました。
わたしはわたざめのことがかわいそうでしょうがなくなりました。息がつまり、耳には風の音すらきこえなくなりました。それから、あんなすがたになってしまったフラミンゴ、怪獣のことも、かわいそうだとおもえてきました。
わたざめと怪獣のけんかがはじまりました。
わたの牙でかみつかれた怪獣は、かみなりが落ちたときのようなうなり声をあげました。怪獣にたいあたりされたわたざめは苦しそうに三角形のヒレをふりまわしました。
わたしはふたりのけんかをとめなければいけないとおもいました。
「どうやったらけんかをとめられるだろう?」
フラミンゴにたずねます。するとフラミンゴは草原にむかってはばたいて、くちばしのさきっぽで、わたしがほうり投げた棒を拾いあげました。
わたしがロボットから借りた錆ついた棒です。ロボットがヘビの抜け殻を銀色のたまごに変身させるのに使っていたふしぎな棒。
フラミンゴが棒をのみこんでしまいました。羽の錆色がひろがって、首がピンとのびて棒のようになります。
わたしのフラミンゴが、また変わっていってしまいます。
棒になったフラミンゴは、ロケットがうちあげられるみたいにいきおいよく空を飛びました。
そうして、怪獣の背中に着地すると、すこしまるくなったくちばしで、怪獣をくすぐりはじめたのです。
シャラララとうつくしい音がひびきました。わたしがあんなにたたいても、どうにもならなかったのに、フラミンゴのくちばしの演奏によって、セミの抜け殻みたいな怪獣は雲色をしたおおきなたまごに変わりました。
雲色のたまごが草原におちると、それはぱっかりと割れました。するとそこからなんと、フラミンゴのあかちゃんが生まれたのです。
わたしとフラミンゴ、それからわたざめは、あかちゃんのそばの草原にふわりとおりました。
わたしがあかちゃんを抱きあげようとすると、わたしのフラミンゴがくちばしをさしだして、私の手をとめました。
わたざめが、においをかぐようにあかちゃんに鼻先をちかづけます。もしかしたらあかちゃんをかんでしまうのではないかとおもいましたが、わたざめはそんなことはしませんでした。わたざめのフラミンゴだったわたあめちゃんはとってもやさしい子でした。さっきまではおこっていましたが、わたざめもふだんはやさしい子のはずなのです。だから、そんなことをするはずがありません。
わたざめは、ふわふわとしたわたの鼻先であかちゃんを持ちあげました。そしてあかちゃんを連れて、自分のゆめ、わたのゆめへと帰っていきました。
わたしはわたざめをみおくって、それからわたしのフラミンゴをながめました。わたしをみつめかえすフラミンゴのひとみには、わたしとおなじ感情がたっぷりとみたされていました。
「帰ろう」
こうして、わたしと、わたしのフラミンゴは、わたしのゆめに帰ったのです。
✨わたしのゆめ
いろんなことがありましたが、わたしは、わたしのフラミンゴといっしょに、自分のゆめに帰ることができました。
わたしはそれからも、ゆめをみるたびに湖でわたしのフラミンゴと会います。
ひと箱におさめられたクレヨンの色では足りないぐらいに、たくさんの色にそまったフラミンゴをみると、その色のひとつひとつにおもいでがよみがえります。
つるつるした白はおかあさんとのチェスのおもいで。
ゆめだけでなく、いつか本当におかあさんにかつために、わたしはチェスの勉強をしています。
黒と黄色。これはおとうさんのはちみつのおもいで。
おいしいはちみつ。わたしのだいすきなもの。あれからもっともっともはちみつがすきになりました。そして、そんなおいしいはちみつをわけてくれるハチのことも、もっとすきになりました。
ふわふわした白はわたのゆめのおもいで。
あれからしばらくして、わたしは、わたのゆめにいってみました。
そこではわたざめがフラミンゴのあかちゃんを育てていました。フラミンゴのあかちゃんは、わたのゆめのわたをいっぱい食べて、ふわふわのもこもこになっていました。いつかあのフラミンゴもわたあめちゃんになるのかもしれません。わたしのおともだちのわたあめちゃんではないけれど、おおきくなったら、あのフラミンゴとまたおともだちになりたいとおもいます。
錆はロボットのゆめのおもいで。湖の水でフラミンゴの羽をあらってみたのですが、錆をとりのぞくことはできませんでした。これをみると、わたしは焦げたたまごやきを食べたときのような気分になります。
ロボットのゆめには、借りていた棒をわたしのフラミンゴが食べてしまったことをあやまりにいきました。錆びついたロボットたちはなにもいいませんでしたが、おこってもいないようでした。
そして、わたしは、怪獣がいたゆめにもいきました。
そこにはもうなにもいませんでした。なにもありませんでした。
フラミンゴがいなくなってしまったゆめはしんでしまうのかもしれません。
わたしはこれからもずっとゆめをみたいとおもっています。
だから、わたしのフラミンゴをずっとずっと大切にしようとおもいました。
これでわたしのおはなしはおわりです。
あなたのゆめにも、あなたのフラミンゴがいます。
そのフラミンゴをどうか大切にしてあげてください。
そして、もしも、わたしと、わたしのフラミンゴと、ゆめのなかで出会うことがあったなら、きっとおともだちになってくださいね。
それでは、おやすみなさい。
よいゆめを。
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
読んで下さった皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。
評価やコメントなどをもらえれば嬉しく思います。
よろしければ是非お願いいたします。
あとがきを活動報告に投稿していますので、こちら私のマイページから2023/12/15付けのものをご確認ください。
それではまた別の作品でも出会えることを心より願っております。
2023/12/15の井ぴエetcでした。