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フラミンゴガール

作者: 井ぴエetc

✨みんなのゆめ


 わたし、とってもすごい発見はっけんをしたんです。

 おほしさまがきらきらかがやよるのおはなし。

 ゆめのおはなしです。

 わたしのゆめ。

 あなたのゆめ。

 みんなのゆめ。

 それらは、すべてつながっているんです。


 ゆめをみました。


 ゆめのなかのわたしは、空とおんなじ色をしたみずうみのうえに立っていました。

 そばにはいちのフラミンゴ。

 フラミンゴってしっていますか?

 とってもきれいなピンク色の鳥さんです。

 ストローみたいにスラリとながい足。ティーカップのの首。さきっぽだけが黒くって、おふねをひっくり返したかたちのおしゃれなくちばし。

 わたしはフラミンゴがだいすき。

 フラミンゴには得意とくいなことがあります。それは片足かたあしで立つことです。

 ゆめのなかで、わたしと、わたしのフラミンゴはたのしくあそびます。

 ゆめのなかのわたしはフラミンゴのマネをして片足立ちに挑戦ちょうせんします。

 けれどわたしはフラミンゴみたいに上手じょうずに片足で立つことができません。あなたはどうでしょうか。うまく片足で立てますか?

 右足をのばして、左足をおりまげます。すると体がゆれてしまって、皮をむいたジャガイモみたいに、ぽてりん、と、ひところび。水しぶきがバシャリとあたりにとびちります。

 立ちあがって、もう一回。

 今度こんどはおにぎり。ふたころび。

 次はどんぐりで、さんころび。

 最後さいごはタマゴで、よんころび。

 たくさんころんでしまいますが、わたしはだいじょうぶです。

 なんどころんでもフラミンゴが助け起こしてくれるからです。

 フラミンゴはとってもやさしい鳥さんなんです。

 あそびつかれて湖面こめんにごろりとそべると、みずうみとおんなじ色をした空がひろがっていました。

 空をみながらわたしはかんがえます。

 この空は、どれくらいのたかさがあるのかしら。

 はじっこはどこにあるのかしら。

 くもはどこからくるのかしら。

 なぜ青いのかしら。

 どうして夕方ゆうがたには赤くなるのかしら。

 太陽たいようつきはどうしておいかけっこをしているのかしら。

 どうしてほしは夜じゃないとみえないのかしら。

 星はぜんぶでいくつあるのかしら。

 疑問ぎもんはいくらでもあふれては、あわのようにはじけます。

 そうしていると、ふいに、わたしのフラミンゴがはねをひろげました。

 ピンク色のおおきな羽。わたしのよりもずっとずっとおおきな羽です。

 フラミンゴのとがったくちばしのさきっぽが、空のとおくへとむけられます。

 バサリとはばたき、バサリバサリとはばたいてフラミンゴはびあがりました。

 空のそこに、フラミンゴがおっこちていきます。

 フラミンゴのすがたはどんどんちいさくなって、あっというまにみずうみからはなれると、空のかなたにまでんでいってしまいました。

「まって!」

 わたしのこえはフラミンゴにはとどきません。もう声がとどかない場所にまでいってしまったのです。

 わたしはあわてておいかけました。

 とおのいていく尾羽おばねにむかって走ります。

 かがみのような湖面こめんに、わたしのはだしの足がふれるたびに、まあるい波があらわれて、どこまでもひろがっていきました。

 かぞえきれない波がみずうみをおおったころ、わたしの足はやわらかな地面のうえにありました。

 わたしはいつのまにか、ぜんぜん気がつかないうちに、萌黄もえぎの森のなかにいたのです。



✨ネコのゆめ


 森では、たくさんのおおきな木が、たくさんのおおきなかげをおとしていました。

 つやつやとしたみどりのみき。木のうえにはふわふわしたみどりの毛のかたまり。それが風にふらふらとゆれて、ざわざわと音をたてています。

 わたしはその木のかたちにみおぼえがありました。

 ねこじゃらしです。

 わたしの住んでいるおうちよりもがたかいねこじゃらし。

 とってもおおきなねこじゃらし木でできた森に、わたしはいるのでした。

 みどりのかおりを、はないっぱいにかいでいると、あたまのうえのほうから、

「にゃあ」

 あっ。くも、をみつけました。

 くも、というのはわたしのおうちにいるネコです。

 ふわふわで、まっしろだから、くも。

 お空にかんでいるくもみたいだから、くも、です。

 でも、学校のおともだちのなかには、何回なんかいもお空のくもだとおしえているのに、虫のクモだといってくる子がいます。わたしはそれがいやでしかたがありません。

 くも、という名前はだいすきです。わたしがいっぱいかんがえて、つけてあげた名前なんですから。虫のクモだってきらいなわけではありません。わたしのおとうさんは、クモだとか昆虫こんちゅうだってネコや人とおなじように生きているのだから大事だいじにしなくてはいけない、といいます。わたしもそのとおりだとおもいます。

 ただ、クモのかおをぶつけてしまったことがあって、それいらいクモはすこし苦手にがてなんです。もちろんそのあと、をこわしてしまったクモにはちゃんとあやまりました。

 くも、は空をんでいました。

 えっと。これは空のくものことじゃありません。ネコのくものことです。ややこしいですね。

 ネコちゃんが空を飛んで、ねこじゃらしの木のあいだをうれしそうにはねまわっています。ねこじゃらしの毛が風をうけてくるくるとゆれるたびに、ネコちゃんはじゃれついて、にゃあ、にゃあ、といています。

 わたしは草のうえにすわって、しばらくそれをながめていたのですが、すると、とつぜん、電気でんきのスイッチを入れたように、ここがいったいどこなのか気がついたのでした。

 ここはネコちゃんの、くものゆめのなかなんです。

 くもはねこじゃらしがだいすき。わたしがおにわでねこじゃらしをんでくると、いっしょうけんめいにうでをふって、ねこじゃらしがぼろぼろになるまであそびたがります。

 フラミンゴがだいすきなわたしのゆめにフラミンゴがいるのとおなじで、ねこじゃらしがだいすきなくものゆめだから、こんなにおおきくて、たくさんのねこじゃらしがあるにちがいありません。

「くも」

 名前なまえを呼ぶと、くもは木のうえで「ははは」と、わらいました。

 わたしも「ははは」と、わらいかえします。

「わたしのフラミンゴがどこにいるかしらない?」

 きいてみると「あっちだよ」と、おしえてくれました。

 ながいしっぽがカクンとよこにまげられると、ねこじゃらしの森の外がゆびさされます。

「ありがとう」

 おれいをいって、わたしは走りだしました。

 わたしは、わたしのフラミンゴを、わたしのゆめに、れもどさなくてはならないのです。



✨チェスのゆめ


 森をぬけると、四角しかくしろと、四角いくろ平原へいげんがありました。

 地面のうえに白黒の四角が、たがいちがいにならんでいます。

 ――おかあさんのゆめだ。

 と、わたしはおもいました。

 おかあさんはチェスがだいすきなのです。

 チェスというのは四角い白と黒にられたばんのうえで、こまというお人形にんぎょうをつかうあそびです。

 わたしもおかあさんといっしょに、よくチェスをあそんでいます。

 フラミンゴをみつけました。フラミンゴは四角い白のうえではねを休めています。

 それから、白と黒の四角のうえには、フラミンゴよりもおおきなチェスのこまたちもかれていました。

 くにをおさめるおうさまのキング。とってもつよい女王じょおうさまのクイーン。じょうぶなおしろのルーク。かしこい魔法まほう使つかいのビショップ。とびはねるのが得意とくいなおうまさんのナイト。はたらきものの兵隊へいたいポーン。

 そんな白と黒のお人形たちが、白と黒の四角のうえに、どすんとこしをおろしているのです。

 かち、かち、かち、と時計とけいの音がきこえてきました。

 それにあわせて、かち、かち、かち、とスキップするみたいにお人形が動きだして、白のキングと黒のキングがむかいあいました。

 白と黒のクイーンも、白と黒のルークも、白と黒のビショップも、白と黒のナイトも、白と黒のポーンたちもです。

 白と黒のお人形たちが、白のお人形と黒のお人形にわかれてチェスの配置はいち隊列たいれつをくむと、それぞれにむかってうごきだしました。

 どうやら試合しあいがはじまったみたいです。

 わたしはフラミンゴをびます。フラミンゴがいるのは、黒と白のお人形たちのちょうどあいだの位置いち

「おーい。そんなところにいるとあぶないよ」

 けれどフラミンゴにはきこえていないみたい。なんだか集中したかおで、試合しあいながれをじいっとながめています。

 わたしよりもフラミンゴよりもおおきなお人形が、ぴょーんとかびあがって、どすんと着地ちゃくち。すると地面がぐらぐらとゆれて、わたしはぴょんとはねてしまいました。

 黒のナイトが白のナイトに勝負しょうぶをしかけます。

 ナイトはわたしのお気に入りのこま。お馬さんのかたちをしていて、とってもかわいいところがすきなんです。

 わたしは白のナイトをおうえんします。がんばれ。いけいけ。黒のナイトをたおしちゃえ。

 おかあさんとチェスであそぶときは、わたしはいつも白のこまをつかいます。おかあさんの黒のナイトはとってもかろやかにうごき回って、わたしの白のキングをすぐにおいつめてしまいます。おかあさんはいいます。チェックメイト。もう終わりだよ、の合図あいずです。

 白黒のナイトがぶつかります。

 がしゃーん、とおおきな音がして白のナイトはパタンとたおれてしまいました。

 黒のナイトがかったのです。

 わたしはすこし残念ざんねんなきもちになりました。すると、ふたりのナイトのたたかいをそばでみていたフラミンゴが「クエー」と、ラッパをふいたようなごえをあげました。

 それからびっくりしてしまうようなことがおきたんです。

 なんと、なんと、フラミンゴが、白のナイトをべてしまったのです。

 自分の体よりもおおきな白のナイトを、くちばしをおおきくおおきくひらいて、ぱくん、と、ひとのみ。

 そのとたん、ピンク色の一色だったフラミンゴの羽に白色がまじりました。白色の部分はチェスのこまみたいにつやつやとしています。

 白のナイトをたおした黒のナイトが、こんどはわたしのフラミンゴにむかってきました。

「あぶない!」

 わたしはおもわずさけびました。

 けれどもフラミンゴは黒のナイトの攻撃こうげきをひらりとよけると、両手りょうてをひろげるみたいに、羽をひろげたのです。そうして、バサリバサリと羽があおがれると、つよい風がきだしました。

 すると、風に目をまわした黒のナイトのお馬さんは、コテンと横にたおれてしまったのです。

「まあ。すごい。黒のナイトにかったの?」

 わたしはフラミンゴにかけよると、手をのばして羽にふれました。かたい感触かんしょく。チェスのこまはとってもかたいのですが、いまのわたしのフラミンゴは、それとおなじぐらいのかたさのように感じました。

 しばらく羽をなでまわしてほめてあげましたが、よろこびのねつめてくると、わたしはフラミンゴが心配になってきました。羽が洗濯したような白色に変わったのは、チェスのこまを食べたからでしょうか。白のナイトを食べたので白のナイトみたいになってしまったのかもしれません。そういえばフラミンゴのかおつきも、お馬さんにてきているような気がしました。

「チェスのこまは食べものじゃないよ。おなかをこわしちゃうから、もう食べないようにね」

 注意すると、フラミンゴはやさしいひとみをぱちくりさせて、わたしをじいっとみかえしました。羽をひろげたり、とじたり。元気だよ、といっているようです。

 わたしはそんなしぐさをながめながら、ゆめのフラミンゴだから、おなかをこわしたりはしないのかもしれないとおもいました。でも、だからといって、ゆめのわたしはチェスのこまを食べてみようなんておもいません。のどにつまってしまったらあぶないでしょうから。

 どすん。どすん。

 あたりに目をむけると、まだチェスの試合しあいはつづいていました。

 黒のクイーンがとびあがって、わたしたちがいるところへとやってきます。

「きゃあ」

 わたしはとってもこわくって、そのでしゃがみこんでしまいました。

 そんなわたしを守るように、フラミンゴがまた羽をひろげると、風をおこして黒のクイーンも、黒のナイトみたいにたおしてしまったのです。

 そのままフラミンゴは盤面ばんめんんでいくと、黒のキングにチェックメイトを決めてしまいました。

「すごい」

 わたしはとてもうれしくなりました。わたしのフラミンゴが黒のキングにかったのです。

 フラミンゴにかけよって、ぎゅっ、ときしめると、フラミンゴはてれたようにまばたきをしました。

 試合しあいがおわると、たおれていた白と黒のこまたちは、すっくと立ちあがりました。むかいあっておたがいの健闘けんとうたたえあいます。フラミンゴのこともほめてくれました。とっても礼儀れいぎただしいこまたちにわたしは感心してしまいました。

 朝食ちょうしょく前のテーブルみたいにみがきあげられたチェスばんは、白の四角も、黒の四角も、おなじように空をうつして、つやつやとかがやいていました。

 わたしはわたしのゆめのみずうみをおもいだして、フラミンゴをみあげると、

かえろう」

 と、いいました。

 けれど、フラミンゴはまたしても羽をひろげると、バサリバサリと空をんでいってしまったのです。

「ああっ」

 わたしの声をおきざりにして、フラミンゴはチェスのゆめの外へ。そのとなりにある黄色い六角形ろっかっけいのゆめへといってしまいました。



✨ハチのゆめ


 フラミンゴをおいかけて、わたしがたどりついたのは、六角形ろっかけいの黄色いお部屋へやがみぎからひだり、したからうえへとならんでいるゆめでした。

 これはおとうさんのゆめです。わたしにはわかるのです。

 この六角形はブンブンブンと空をぶ、虫のハチのお部屋なのです。ハチなのに八角形はっかっけいではなく、六角形のお部屋がだいすきなのです。

 わたしのおとうさんは養蜂家ようほうかというお仕事しごとをしています。

 ハチはお花からあまいみつをもらって、あつめてくるのがお仕事です。そんなハチのお世話をして、そのかわりに、ハチがあつめたみつをわけてもらうがわたしのおとうさんのお仕事です。

 わたしはなんどもおとうさんのお仕事をみせてもらったことがあります。ハチのおしりには注射器ちゅうしゃきみたいなはりがあります。はりにさされたらとってもいたいし、こわいけれど、おとうさんがいっしょならへっちゃらです。

 おとうさんはハチとおはなしができるのです。おとうさんがおねがいすると、ハチたちは巣箱すばこがあけやすいようにどいてくれます。それから、おとうさんは巣箱をあけて、はちみつをわけてもらい、それがおわると、また巣箱をもとどおりにするのです。

 おとうさんはわたしみたいにハチをこわがったりはしません。おとうさんはこんなふうにいいます。わたしたちがハチをこわがると、ハチもわたしたちをこわがってしまう。だれかがびっくりして大声をあげると、それをきいたべつのだれかもびっくりしてしまうようなものです。

 とれたてのはちみつはとってもいいにおいで、とってもあまくて、とってもおいしいです。はちみつがあれば、わたしはだいすきなパンケーキが、もっとだいすきになって、五まいだって十まいだって食べられるぐらいです。

 あまいかおりをかいでいると、くちのなかにだえきがあふれてきました。

 おかあさんがいてくれるふかふかのパンケーキがこいしくなって、いまにもグウグウとおなかがりだしそうになります。そんなおなかを手でおさえてだまらせながら、たくさんならんでいるお部屋をみあげて、フラミンゴがどこにいったのかさがしていると、六角形の黄色いお部屋のひとつから、ブーンとハチが飛んできました。

 黒と黄色のしましま模様もよう。おしりの先にはやりみたいなはり。わたしの背よりもおおきなハチ。

 ノコギリみたいなおくちがガチガチガチとならされて、

「わあっ」

 げだしそうになったわたしに、

「ようこそいらっしゃい」

 ハチがはなしかけてきました。

 そっか、これはおとうさんのゆめなんだ。だったら、ゆめにいるのはおとうさんのおともだちのハチたちです。おはなしができてもおかしくはありません。

 わたしはにっこりとわらってみました。すると、ハチもにっこりとわらいかえしてくれました。

 そうすると、わたしはきゅうにハチのことがこわくなくなりました。

「わたし、フラミンゴをさがしているんです」

「フラミンゴなら女王じょおうばちさまに謁見えっけんしているところだよ」

 とげとげしたハチの手が、ハチのお部屋のずっとずっとうえをゆびさしました。

「よかったられていってあげようか?」

「いいの?」

「もちろん」

 ハチはわたしの手をとりました。

 そうしてブブンとハチのおうちのなかを飛んでいきます。

 たてまれ、よこにならべられた六角形のお部屋のなかでハチたちがくらしているのがみえます。あっちこっちではちみつの川が流れて、それがとろとろとたきになってしたたりおちていました。

 がまんできなくなったわたしのおなかがグウとります。はずかしくなったわたしがうつむいて、視線しせんを足のさきからストンとおとすと、地面はすごくとおくにありました。

「えーん。えーん」

 ちかくのお部屋から、ハチのあかちゃんのごえがきこえてきました。

 おおきな声がとなりの部屋や、となりのとなりの部屋にまでひびいています。

「どうしたのかな」

 たずねると、わたしをはこんでくれている案内あんないバチはこまり顔で、

「あの子はき虫なんだ。いまはおとうさんがちょっと出かけていて、ひとりぼっちになってしまったから泣いているのさ」

 それをきいたわたしはかわいそうになって、

「じゃあ。あの子のおとうさんがかえってくるまでわたしがあそんであげる」

 と、いいました。

 ハチのあかちゃんは、おとなのハチとはぜんぜんちがうすがたをしています。はねはまだ生えてなくって、黒と黄色ではなくて、まっしろなイモムシの体をしています。

 わたしはハチのあかちゃんをあやして、こもりうたをうたってあげました。するとハチのあかちゃんはうつらうつらとしはじめて、やがてぐうぐうとねむりました。

 ゆめのなかでみるゆめは、どんなゆめなんだろうとわたしがおもっていると、ハチのこどものおとうさんがかえってきました。

「ただいま」

 と、いうおとうさんに、わたしが「しっ」とゆびをくちびるにあてます。

 ハチのおとうさんはわが子がぐっすりねむっているのをみて、

「ありがとう」

 と、ささやくと、わたしにとってもおいしいはちみつをわけてくれました。

 とろりとしたそのはちみつをぺろりとなめると、くちのなかがお花のかおりでいっぱいになって、とろけるあまさに、すごくすごくしあわせな気分になりました。

「とってもおいしい。ありがとう」

「どういたしまして」

 わたしはなんだか、わたしのおとうさんのことがいままでよりも、よくわかったような気がしました。おとうさんもきっとこうしてハチとおはなしをして、はちみつをわけてもらっているのです。

 ハチの親子おやことわかれたわたしは、ふたたび案内あんないバチにれられて、女王じょおうばちさまのところへとむかいます。みちながら、案内あんないバチは女王じょおうばちさまのことを、わたしにおはなししてくれました。

 女王じょおうばちさまというのはこのハチの支配しはいするとてもえらいかたなのだそうです。失礼しつれいのないように、礼儀れいぎただしくしないといけないと、案内あんないバチはなんどもわたしにいいました。

 ハチの一番いちばんおく女王じょおうばちさまのお部屋がありました。六角形の立派りっぱなお部屋に立派りっぱなハチがすわっています。女王じょおうばちさまです。その目のまえでは、ピンク色と白色をしたわたしのフラミンゴが、得意とくいの片足立ちを披露ひろうしていました。

 ピーンと首をのばして、足の先から、くちばしの先までが一直線いっちょくせんぼうのようになります。

 女王じょおうばちさまはパチパチパチと拍手はくしゅをすると、とてもおよろこびになって、ごほうびとしてフラミンゴにとっておきのはちみつをくださいました。

 つぼのかたちをしたおわんになみなみとそそがれたはちみつを、家来けらいのハチがはこんでくると、フラミンゴはおかれたつぼにうやうやしくおじぎをしました。チェスのこまたちがしていたようなおじぎです。わたしは、わたしのフラミンゴがきちんと礼儀れいぎただしくお礼をできているのにホッとひとあんしんします。

 フラミンゴはおわんにくちばしをつっこんで、ゴクゴクとのどをならして、はちみつをのみほします。

 すると、なんとなんとです。フラミンゴの羽に黒と黄色があらわれたではありませんか。ハチの色です。はちみつをのんだから、わたしのフラミンゴにハチの色がまざったのです。

 ピンクと白と黒と黄色がまざった羽はちょっぴりヘンテコで、わたしはくすりとわらってしまいましたが、フラミンゴはむねをはって、なんだかほこらしげ。わたしはわらうのをやめて、女王じょおうばちさまみたいにパチパチパチと拍手はくしゅをしてあげました。

 拍手はくしゅのパチパチという音をきくたびに、フラミンゴはますますむねをはりました。パチパチパチパチと手をたたくと、むねをはりすぎて、ふんぞりかえってしまったぐらいです。

 それからわたしは女王じょおうばちさまと、わたしを運んでくれた案内あんないバチに礼儀れいぎただしくお礼をいって、フラミンゴと帰ることにしました。

 フラミンゴの背中にのると、四色がまざった羽がひろげられて、ハチの巣の外に飛んでいきます。わたしは女王じょおうばちさまと、ハチたちのすがたがみえなくなるまで、ずっとずっと手をふりました。

 ながぼしのようにフラミンゴが空をわたります。

 空のうえからは、ひろいひろいゆめの世界がみえました。

 いろんな人のゆめがそこにはありました。

 ふわふわしたゆめ。とげとげしたゆめ。ぎざぎざだったり、ぬるぬるだったり、ばらばらになっているゆめもあります。

 あのゆめはどんなゆめなのかしら。あっちのゆめも、こっちのゆめも気になってきます。

 するとフラミンゴはむきをかえて、まだみぬゆめの世界にむけてバサリバサリとはばたきました。

 わたしのゆめ。わたしのみずうみから遠ざかっていきます。ネコのくものゆめや、おかあさん、おとうさんのゆめから、ぐんぐんとはなれていきます。

「ちょっとぐらい。より道しても、いいよね」

 わたしがフラミンゴの首につかまりながら風のそよぎにささやくと、フラミンゴはおおきくおおきくうなずきました。



✨わたのゆめ


 かいだことのない、すっぱかったり、にがかったり、あまく、からい風が、びゅんびゅんと顔にぶつかってきました。わたしは呼吸こきゅうをするたびに、自分の体が、別人べつじんのものに入れかわっていくような気分になりました。

 空はとってもたかくって、ゆめはとってもひろくって、かぞえきれないぐらいにたくさんありました。

 しばらくんでいたわたしとフラミンゴは、あまいかおりにさそわれて、ふわふわのゆめにおりてみました。

 くものようなわたあめでできたゆめです。

 わたあめの地面からわたあめの木がはえて、わたあめのをみのらせています。

 わたしはわたあめの実をひとつもぎとると、ひとくちかじって食べてみました。ふわりとしたにわたあめがとけると、しあわせがくちいっぱいにひろがりました。

 フラミンゴもわたあめの実にくちばしをのばします。それから、ひとくち食べて「クエー」とおおきくいたとおもったら、目をらんらんとかがやかせて、わたしのフラミンゴときたら、手あたりしだいにわたあめを食べはじめてしまったのです。

 わたあめを食べるごとに、フラミンゴの体はわたの色にそまって、ふわふわにかわっていきます。

「あまいものを食べすぎたら、虫歯むしばになってしまうのよ。虫歯むしばはとってもいたいのよ」

 わたしがおかあさんにいわれている注意ちゅういをくちにすると、フラミンゴはくちばしをパカッとあけて、わたしにくちのなかをみせました。そこに歯はありません。そういえば鳥さんには歯がないのでした。なら、だいじょうぶなのかもしれません。

 まわりをみまわすと、フラミンゴのくちばしでついばまれたわたあめの野原のはらにはモグラがあけたような穴がたくさんあいてしまっていました。ここもだれかのゆめのはずです。こんなにちらかしてしまっては、おこられてしまうのではないかとおもったわたしは、

「もう、べつのところにいきましょう」

 と、フラミンゴの首をきかかえました。

 そのときです。

 地面からとつぜん三角形さんかっけいがつきでると、わたしたちのところへと、すべるようにちかづいてきました。

 カッターナイフのさきっぽみたいです。わたあめの大地をきりさきながら、ひらべったい三角形がゆらゆらと泳いできます。

 地面に切れ目がひろがって、切れ目のなかから、ぎらぎらとひかるひとみがあらわれました。

 サメです。わたでできたサメです。三角形のひらべったいものは、サメのヒレだったのです。

 わたのサメのくちのなかには、とがったきばがぞろりとならんでいて、ゆめの空にうかぶゆめの太陽たいようの光をうけとりながら、かしゃん、かしゃん、と、うちらされました。

 サメはわたしたちが勝手かってにこのゆめのわたあめを食べたから、おこっているにちがいありません。

 わたしは、わたのサメのきばのあまりのおそろしさに、かなしばりにあったようにうごけなくなってしまいました。

 フラミンゴに助けをもとめます。けれど、わたしのフラミンゴは、わたあめにむちゅうなあまり、サメのことにはまるで気がついていなかったんです。

 もう、フラミンゴったら。わたしもわたあめの実を食べたけれど、それは一個だけ。あなたが食べたのはとってもたくさん。きっとわたのサメはあなたにおこっているのよ。

 そんなふうにおもっていると、サメはわたしのほうへとまっすぐにやってきました。

 きばがぎらぎらとせまります。ハチのはりよりも、ずっとずっとおそろしい、するどい三角形のきば

 食べられちゃう、というそのとき、わたしの目の前に、ふわりとわたあめがまいおりました。わたあめのおんなのこ、わたあめちゃんがやってきたのです。

 水色のわたあめの体に、ぱっちりおめめ。くちはにっこりわらっていて、わたあめのふわふわの指先が、サメのはな先をそっとさわると、たったそれだけのことで、サメはすっかりおとなしくなりました。おくちをとじたわたのサメは、わたしと、わたあめのおんなのこを三角形の目で交互こうごにみあげます。

 それからくるりとむきをえると、わたのサメは地面にできた切れ目のなかにザブンザブンと泳いでかえっていきました。

「わたざめはわるい子じゃないの」

 わたあめちゃんがいいます。

 いつのまにかフラミンゴはわたしのとなりにやってきて、興味津々(きょうみしんしん)といった態度たいどでわたあめちゃんにくちばしをむけました。わたしはフラミンゴがわたあめちゃんを食べてしまうのではないかと気が気ではなくて、首にきついておさえつけながら、

「わたしのフラミンゴが、このゆめにあるわたあめをいっぱい食べちゃったから、あのわたのサメはおこっていたのかも。それに、わたしも一個だけ、わたあめの実を食べてしまったの」

「ここにあるわたは、すべてわたざめのものだから。一個でも勝手かってに食べてはいけないのよ」

 やんわりとしかられてしまったわたしが「ごめんなさい」とあやまると、わたしのフラミンゴももうしわけなさそうに頭をさげました。

「あやまれるのはえらいことよ。それとおなじぐらい、ゆるすこともえらいことなの。わたざめはえらい子だから、きっとあなたをゆるしてくれる。つぎからはちゃんとおねがいすれば、わけてくれるからね」

 わたしはすごく反省はんせいしました。フラミンゴも反省したらしく、ながい首をうなだれて「キュキュキュ」と、お皿をみがいたみたいにきました。

 わたあめちゃんは、わたしたちにあらためてむきなおって、

「よいゆめを」

 と、いってほほえみました。

「こんばんは」

「ゆめのなかでは”よいゆめを”というのがあいさつなのよ」

「そうなんだ。よいゆめを」

 わたしがいうと、わたあめちゃんは「よくできました」と、ほめてくれました。

 わたあめちゃんはわたしのフラミンゴを「すてきなフラミンゴね」といってやさしい手つきでなでてくれました。

 ピンク色に、白、黒、黄色がまざった羽のフラミンゴは、もしかしたらへんかもしれないとおもっていたので、すてきだといってもらえて、わたしはとてもうれしくなりました。

「あなたたちは、まいごちゃんかしら」

「わたしはまいごじゃありません」

 ちゃんとかえり道だってわかっているもの。と、おもったけれど、いざおもいだそうとすると、あたまのなかにある地図ちずは、ぬれたようににじんでいました。

「すこし、いっしょにおさんぽをしましょうか」

 わたしがくちをくちばしみたいにとがらせていると、わたあめちゃんは、泡立あわだてたせっけんみたいな水色の手をしだしました。にぎるとしゃぼんだまがはじけて、お花のにおいが、わっ、とひろがりました。

 ぷかり。わたあめちゃんはわたしをつれて、気球ききゅうみたいにゆめの空にうかびあがります。ぷかりぷかり、と、ゆめの世界をただよいはじめると、わたしのフラミンゴも羽をひろげてついてきました。



怪獣かいじゅうのゆめ


 そこから先はだい冒険ぼうけんでした。

 はじめてみるもの、きくもの、さわるもの、かぐにおいに、いろいろなあじたちがわたしをまっていたのです。

 あるところにはネズミの大群たいぐんでうめつくされているゆめがありました。チューチューチューのだい合唱がっしょうに、わたしたちもくわわってたのしくいっしょにうたいました。

 うめぼしのゆめもありました。わたしはうめぼしがとっても苦手にがてなので、すぐにべつのゆめへと逃げてしまいました。

 運動場のゆめもありました。たくさんのあし白線はくせんをたどって走っていました。わたしは鉄棒てつぼうがすきなのでグルグルグルグルと回りました。わたあめちゃんはブランコをブランブランとこいで、水色のからだを空にかさねてあそんでいました。

 カスタードクリームのうみでおおわれたゆめもありました。そのゆめのちぬしのたいやきくんにおねがいすると、たいやきくんはふたつのコップで一杯いっぱいずつのクリームをすくって、わたしとわたあめちゃんにプレゼントしてくれました。

 それからわたしたちはカスタードクリームの海のほとりにならんですわり、いただきますをしたのですが、コップをかたむけるまえに、フラミンゴがよこから首をのばしてきて、わたしのコップごとクリームをひとくちでのみこんでしまったのです。

 クリームをよこどりされて、のめなかったわたしはがっくりとうなだれました。

 わたしのフラミンゴはとってもくいしんぼうで、これまでのゆめのたびのなかで、いろんなものを食べていました。フラミンゴはなにかを食べるたびに、食べたものの色に変わるので、いまはにじよりもたくさんの色がまざりあった、ふしぎなふしぎな色になっています。

 クリームをのんだフラミンゴの羽にクリーム色がまざりました。かおりもほんのりとクリームのにおいになっています。

 おちこんでいるわたしに、わたあめちゃんが自分のコップをさしだしました。

「はんぶんこしましょう」

「いいの? はんぶんになっちゃうよ」

「ひとりでのむよりも、ふたりでのんだほうがおいしいもの」

 そういって「さあどうぞ」と、わたしにコップをわたします。

「ありがとう!」

 わたしたちは、ふたりでクリームをじゅんばんにのんで、「おいしい」「おいしい」と声をあげると、ニコニコとしてわらいあいました。

 コップはんぶんのクリームでしたが、わたしはふたりぶんのおいしさが味わえたようなすてきな気分になりました。

 すっかりまんぞくしたわたしたちは、たいやきくんにお礼をいって、べつのゆめへと飛んでいきます。


 ひろいゆめの世界にはたのしいことばかりがつめこまれているように、わたしは感じていました。

 あっちも、こっちも、どっちのゆめにもいってみたくなります。

 そうして、次におとずれたゆめは、とてもこわいゆめでした。

 そのゆめのことをわたしはわすれることができません。

 そこには怪獣かいじゅうがすんでいました。

 怪獣かいじゅうはセミのがらのようなかたちをしていて、どろどろとぬめりのあるはだに、いくつもの目玉がついていました。

 いたいぐらいに冷たい風がヒューヒューときぬけているのに、せまくるしい穴のなかにいるようなゆめでした。まっくらで、みぎをみても、ひだりをみても、夜よりもくらやみだけが存在しています。

 怪獣かいじゅうに出会ってしまったわたしたちがびっくりして、つやつやと光るからだをみあげていると、怪獣かいじゅう冷蔵庫れいぞうこよりもおおきなくちをあけて、どすん、どすん、と、わたしたちをふみつけようとしてきました。

 わたしとわたあめちゃんは手をつないでげます。フラミンゴはわたしたちをおいて、どこかに飛んでいってしまいました。

 きりのような空気がからだじゅうにまとわりつきます。

 ナイフの風が、つないでいた手をひきさきました。

 わたあめちゃんがころびます。

 あめ色をした怪獣かいじゅうがブルドーザーみたいに土ぼこりをまきあげながら、地面をおおきくゆらします。

 ふしのある虫のような怪獣かいじゅうの手がわたあめちゃんをつかまえました。

 わたしはみていることしかできませんでした。

 怪獣かいじゅうがわたあめちゃんの水色のからだをまるのみにしたのと同時どうじに、まっくらな空から飛んできたフラミンゴがわたしをつかんで、怪獣かいじゅうのゆめの外へとれていきました。

 わたしはべつのゆめへとげながら、ひとみからはあついなみだが、とめどなくながれつづけました。



✨ロボットのゆめ


 怪獣かいじゅうのゆめのとなりにあったゆめにわたしとフラミンゴはやってきました。

 そのゆめは工場こうじょうのようでした。カチャン、カチャン、という機械きかいの音が、あらゆる場所からきこえてきます。

 わたしはかお両手りょうてでおおって、しばらく泣いていましたが、ふと顔をあげると、ちかくにたくさんの人影ひとかげがあるのに気がつきました。わたしは助けをもとめます。けれど、返事はありません。なぜならそれは人間ではなく、すべてロボットだったからです。

 びついたロボットたちが、学校の廊下ろうかよりもながいテーブルのまえにならんで立っています。

 工場の外に目をむけると、わたしたちをおいかけて、怪獣かいじゅうが飛んでくるのがみえました。

「どうしよう」

 フラミンゴにききます。けれどフラミンゴは首をかしげるばかりで、ロボットとおなじく、なにも答えてはくれません。

 怪獣かいじゅうは工場のなかにまで入ってくると「グエー」と、おおあくびをしました。そうして、工場のすみっこにねそべって、ねむりはじめてしまったのです。

 わたしは怪獣かいじゅうがこわくてしかたがありませんでした。だって、あの怪獣かいじゅうは、水色でふわふわしていて、あんなにもやさしかったわたあめちゃんを食べてしまったのですから。

 はなしをきいてくれるロボットがいないか工場のなかをさがします。

「とってもこわい怪獣かいじゅうがそこにいるんです」

 と、うったえます。

 けれど、ロボットたちにはみみも、くちもありませんでした。わたしの声はきこえてはおらず、しゃべりもしません。

 テーブルのうえをのぞきこむと、そこにはヘビのがらがありました。ヘビのがらが、流しそうめんのように、流れています。

 ロボットたちの手には木琴もっきん演奏えんそうに使うような、先っぽが丸いぼうがにぎられていました。そのぼうもロボットたちとおなじようにびついています。ロボットがぼうがらの背中をなぞると、がらはシャラララとうつくしい音をひびかせて、ぎん色のたまごに変身へんしんしました。

 そうして銀色のたまごになったヘビのがらは、ロボットの足元にあるはこへとしまわれていきます。

「それ、してください!」

 わたしはロボットのひとりからぼうりました。

 怪獣かいじゅうはセミのがらのようなすがたをしています。ヘビのがらをたまごに変えられるこのぼうなら、怪獣かいじゅうをたまごにして、おとなしくできるのではないかと、わたしはかんがえたのです。

 まだ怪獣かいじゅうは眠っています。わたしはそろりそろりとちかづくと、怪獣かいじゅうをおもいっきりぼうでたたきました。

 ギギギ、と、かたい音。いやな音です。

 変化はありません。

 もういちど、ためしてみます。

 えーい、とぼうでたたいてみましたが、やっぱりダメ。

 そうしているうちに怪獣かいじゅうは目を覚まして、あらしのような咆哮ほうこうをとどろかせました。それから、ヘビのがらが流れるテーブルをおおきな足でふみつぶして、あばれはじめてしまったのです。

 ふみつぶされそうになったわたしを、フラミンゴが助けてくれました。わたしはフラミンゴにのって、工場のなかを飛んでいきます。

 怪獣かいじゅうは工場をめちゃくちゃにしはじめました。

 わたしはフラミンゴの背中から手をのばして、もういちど、怪獣かいじゅうびたぼうでたたいてみます。

 ギギギギギ、と、さっきよりも、もっといやな音。

 かき氷を奥歯おくばでかんでしまったときのような音です。

 怪獣かいじゅうはたまごに変わってはくれません。それどころか、なんどぼうでたたいても、けろりとしたかおをしていました。

 どうすればいいのかわからなくなったわたしは、怪獣かいじゅうのおそろしいすがたを、ぼうぜんとしてながめました。

 そして、わたしは気づいたのです。

 虫のようにたくさんある怪獣かいじゅうの足の一本が、ふわふわになっていました。

 水色のふわふわです。それはわたあめちゃんとおなじ色をしていました。

 わたしはこの怪獣かいじゅうの正体がわかりました。

 この怪獣かいじゅうはだれかのフラミンゴなのです。

 わたしのフラミンゴといっしょで、このフラミンゴも、なにかを、わたあめちゃんを食べたことで、体の色を変化させたのです。

 わたしはかつてない恐怖きょうふにおそわれました。わたしのフラミンゴもいつか、この怪獣かいじゅうのようになってしまうのかもしれない。そんなふうにおもうと、げださずにはいられませんでした。

 わたしをのせたわたしのフラミンゴは怪獣かいじゅうからはなれて、ロボットのゆめの工場をどこまでもびました。工場では、どこまでもつづくテーブルに、びついたロボットがどこまでもならんで、ヘビのがらぼうでなでては銀のたまごに変身させる作業さぎょうをくりかえしていました。

 怪獣かいじゅうがみえなくなったところで、わたしはフラミンゴの背中からおりました。

 どうしようもない不安が、わたしのこころを内側からつつきまわしていました。

 わたしは安全な場所をもとめていました。

 だから、ロボットの足元にある、たまごがおさめられている箱にふらふらとちかづいて、フラミンゴといっしょにそのなかに入ったのです。

 わたしたちが入ったとたん、箱のふたはパタリととじて、みんなが帰ってしまったあとの教室きょうしつのようなしずけさが、みみのおくにキーンとひびきわたりました。



✨たまごのゆめ


 箱のなかにいるはずなのにみわたった空がみえました。

 ここはロボットのゆめではない、べつのだれかのゆめのようです。

 箱のなかにはたくさんのたまごがつめこまれていました。だから、きっとここはたまごのゆめです。

 まっさらな地面から、いまにも花をかせそうな、名前のわからない草花がたくさん芽吹めぶいています。

 わたしはロボットからりて、にぎったままだったびたぼうをほうりげると、草原くさはらにうずくまって、ひざを両手でかかえました。たまごのようにまるまっているとドキドキしているむねのふるえが全身ぜんしんにつたわって、いまにもころんでしまいそうになります。

 フラミンゴが片足立ちをしながら、わたしのあたまをこづいてきました。

 わたしはかおをあげて、フラミンゴをきしめました。

「あなたはぜったいに、あんなふうになったりしないでね」

 いろんな色がまざりあったフラミンゴの羽を、手をくしのようにしてなでます。するとそこにはザラリとしたものがありました。みると、フラミンゴの羽に、いつのまにかさび色がまざっています。どうやらわたしのしらないうちに、くいしんぼうのわたしのフラミンゴはロボットのゆめのなにかを食べてしまっていたようです。

 わたしはかみをむすんでいたリボンをほどいて、いっしょうけんめいにリボンでさびをこすりました。けれど、さびえるどころか、えのぐをぬりひろげるみたいに、ひろがっていくばかりでした。

 わたしはさびをとるのをあきらめて、リボンでフラミンゴのくちばしを、あけられないようにむすんでしまいました。これ以上なにも食べてほしくなかったのです。

 けれど、フラミンゴはわたしの手をするりとくぐりぬけると、むすんだリボンをふりほどいてしまいます。

 するどい音にわたしは空をみあげました。

 ゆめの空がれた音です。

 たまごのゆめがれて、そのすきまから怪獣かいじゅうが入ってきました。

 怪獣かいじゅうはまっすぐにわたしのほうへとんできます。

 わたしはあわててフラミンゴにつかまりました。

「おねがい! げて!」

 フラミンゴが羽をひろげます。わたしのフラミンゴ。これまでにおとずれたいろんなゆめの、いろんなものを食べて、その羽は十色にも百色にも千色にもなっていました。

 フラミンゴが羽をはばたかせて、空へとまいあがりました。そうしてにじをかけるように空をよこぎって飛んでいきます。

 怪獣かいじゅうがおってきます。怪獣かいじゅうがおおきなくちをあけると、わあためちゃんのあまいかおりがしました。フォークの先みたいにとがったきばが、怪獣かいじゅうのくちのなかにはならんでいます。

 わたしはげました。逃げつづけました。フラミンゴにのって、ドーナツになってしまいそうなぐらいになんしゅうも空を飛びまわりました。

 フラミンゴの羽からちからがぬけはじめます。わたしをのせて飛びつづけてくれたフラミンゴは、くたくたにつかれていました。

 太陽と月のようにおいかけっこをしていたわたしたちと怪獣かいじゅうでしたが、ついにはおいつかれて、のみこまれようとしていました。

 フラミンゴにしがみつきながら、くびをまげてふりかえると、怪獣かいじゅう鼻息はないきがわたしの顔にふきつけられました。わたしは目をほそめながら怪獣かいじゅうのうしろにひろがる空をみました。

 たまごのからがわれたように、ひびわれた空。

 そこにはふわふわしたものがかんでいました。

 くもではありません。

 空にあいたすきまから、ふわふわしたものが空を泳いでやってきます。

 三角形さんかっけいの目。三角形のきば。三角形のヒレ。

 それはわたざめでした。

 わたざめはとても、とても、おこっていました。

 わたざめには声がありませんでしたが、わたしには、わたざめがなぜおこっているのか、よくわかりました。

 フラミンゴをなくしたからです。自分のフラミンゴを怪獣かいじゅうに食べられてしまったからです。わたあめちゃんが、わたざめのフラミンゴだったのです。

 わたしのフラミンゴは、わたしのすきなチェスのナイトや、はちみつや、わたあめや、そのほかのいろいろな”すき”を食べた、わたしのすきの結晶けっしょうです。そんなフラミンゴを食べられてしまったとしたら、すきをうばわれてしまったとしたら、かなしいなんて言葉ことばではいいあらわせないぐらいにかなしくなって、くらい夜にひとりぼっちで、月といっしょに地平線ちへいせんにしずんでいくような気持きもちになるにちがいないとおもいました。

 わたしはわたざめのことがかわいそうでしょうがなくなりました。いきがつまり、耳には風の音すらきこえなくなりました。それから、あんなすがたになってしまったフラミンゴ、怪獣かいじゅうのことも、かわいそうだとおもえてきました。

 わたざめと怪獣かいじゅうのけんかがはじまりました。

 わたのきばでかみつかれた怪獣かいじゅうは、かみなりが落ちたときのようなうなり声をあげました。怪獣かいじゅうにたいあたりされたわたざめはくるしそうに三角形のヒレをふりまわしました。

 わたしはふたりのけんかをとめなければいけないとおもいました。

「どうやったらけんかをとめられるだろう?」

 フラミンゴにたずねます。するとフラミンゴは草原くさはらにむかってはばたいて、くちばしのさきっぽで、わたしがほうりげたぼうひろいあげました。

 わたしがロボットからりたさびついたぼうです。ロボットがヘビのがらを銀色のたまごに変身させるのに使っていたふしぎなぼう

 フラミンゴがぼうをのみこんでしまいました。羽のさび色がひろがって、首がピンとのびてぼうのようになります。

 わたしのフラミンゴが、また変わっていってしまいます。

 ぼうになったフラミンゴは、ロケットがうちあげられるみたいにいきおいよく空を飛びました。

 そうして、怪獣かいじゅうの背中に着地ちゃくちすると、すこしまるくなったくちばしで、怪獣かいじゅうをくすぐりはじめたのです。

 シャラララとうつくしい音がひびきました。わたしがあんなにたたいても、どうにもならなかったのに、フラミンゴのくちばしの演奏えんそうによって、セミのがらみたいな怪獣かいじゅうくも色をしたおおきなたまごに変わりました。

 くも色のたまごが草原くさはらにおちると、それはぱっかりとれました。するとそこからなんと、フラミンゴのあかちゃんが生まれたのです。

 わたしとフラミンゴ、それからわたざめは、あかちゃんのそばの草原くさはらにふわりとおりました。

 わたしがあかちゃんをきあげようとすると、わたしのフラミンゴがくちばしをさしだして、私の手をとめました。

 わたざめが、においをかぐようにあかちゃんに鼻先はなさきをちかづけます。もしかしたらあかちゃんをかんでしまうのではないかとおもいましたが、わたざめはそんなことはしませんでした。わたざめのフラミンゴだったわたあめちゃんはとってもやさしい子でした。さっきまではおこっていましたが、わたざめもふだんはやさしい子のはずなのです。だから、そんなことをするはずがありません。

 わたざめは、ふわふわとしたわたの鼻先はなさきであかちゃんをちあげました。そしてあかちゃんをれて、自分のゆめ、わたのゆめへとかえっていきました。

 わたしはわたざめをみおくって、それからわたしのフラミンゴをながめました。わたしをみつめかえすフラミンゴのひとみには、わたしとおなじ感情かんじょうがたっぷりとみたされていました。

かえろう」

 こうして、わたしと、わたしのフラミンゴは、わたしのゆめにかえったのです。



✨わたしのゆめ


 いろんなことがありましたが、わたしは、わたしのフラミンゴといっしょに、自分のゆめにかえることができました。

 わたしはそれからも、ゆめをみるたびにみずうみでわたしのフラミンゴといます。

 ひとはこにおさめられたクレヨンの色では足りないぐらいに、たくさんの色にそまったフラミンゴをみると、その色のひとつひとつにおもいでがよみがえります。

 つるつるした白はおかあさんとのチェスのおもいで。

 ゆめだけでなく、いつか本当におかあさんにかつために、わたしはチェスの勉強べんきょうをしています。

 黒と黄色。これはおとうさんのはちみつのおもいで。

 おいしいはちみつ。わたしのだいすきなもの。あれからもっともっともはちみつがすきになりました。そして、そんなおいしいはちみつをわけてくれるハチのことも、もっとすきになりました。

 ふわふわした白はわたのゆめのおもいで。

 あれからしばらくして、わたしは、わたのゆめにいってみました。

 そこではわたざめがフラミンゴのあかちゃんをそだてていました。フラミンゴのあかちゃんは、わたのゆめのわたをいっぱい食べて、ふわふわのもこもこになっていました。いつかあのフラミンゴもわたあめちゃんになるのかもしれません。わたしのおともだちのわたあめちゃんではないけれど、おおきくなったら、あのフラミンゴとまたおともだちになりたいとおもいます。

 さびはロボットのゆめのおもいで。みずうみの水でフラミンゴの羽をあらってみたのですが、さびをとりのぞくことはできませんでした。これをみると、わたしはげたたまごやきを食べたときのような気分になります。

 ロボットのゆめには、借りていたぼうをわたしのフラミンゴが食べてしまったことをあやまりにいきました。びついたロボットたちはなにもいいませんでしたが、おこってもいないようでした。

 そして、わたしは、怪獣かいじゅうがいたゆめにもいきました。

 そこにはもうなにもいませんでした。なにもありませんでした。

 フラミンゴがいなくなってしまったゆめはしんでしまうのかもしれません。

 わたしはこれからもずっとゆめをみたいとおもっています。

 だから、わたしのフラミンゴをずっとずっと大切にしようとおもいました。


 これでわたしのおはなしはおわりです。

 あなたのゆめにも、あなたのフラミンゴがいます。

 そのフラミンゴをどうか大切にしてあげてください。

 そして、もしも、わたしと、わたしのフラミンゴと、ゆめのなかでうことがあったなら、きっとおともだちになってくださいね。

 それでは、おやすみなさい。

 よいゆめを。

ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

読んで下さった皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。

評価やコメントなどをもらえれば嬉しく思います。

よろしければ是非お願いいたします。

あとがきを活動報告に投稿していますので、こちら私のマイページから2023/12/15付けのものをご確認ください。

それではまた別の作品でも出会えることを心より願っております。

2023/12/15の井ぴエetcでした。

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― 新着の感想 ―
[一言] いっぱいいろんな夢がありましたねー。 大冒険でした。 フラミンゴといつまでも仲良くして欲しいです!
2024/01/04 22:56 退会済み
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