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85:彼女にしかない取り柄

 夜明けの光が、荒廃した大地を照らしていた。


 マオの体から漆黒の靄が剥がれ落ち、それは彼女の傍らで渦を巻きながら一つの形を成していく。

 瞳を開いたマオは、ヴァリアの腕の中で小さく息を吐いた。

 その横顔には、もはや魔王の禍々しさは見られず、ただの少女としての柔らかさだけが残されていた。


「ヴァリア……先輩」


 その声には、かつての明るさが戻っていた。

 しかし、その安堵の瞬間は長くは続かなかった。


 漆黒の靄が凝縮され、そこから一つの存在が姿を現す。

 マオから分離した魔王の意識、それは人の形を模しながらも、どこか得体の知れない恐ろしさを纏っていた。

 禍々しい角は月光を吸い込み、紅い瞳からは金色の輝きが漏れ出している。


「我から逃れられると思ったか」


 魔王の声が、大気を震わせる。

 その一言と共に、周囲の空気が凍りつくように冷たくなった。


「くっ……!」


 ヴァリアは咄嗟にマオを抱えたまま後退する。

 リボルカリバーを握る手に力を込めながら、魔王との距離を取ろうとした。


「お前はもう、マオの心を支配できない!」


 ヴァリアの声には強い意志が込められていたが、魔王はそれを嘲笑うように冷たく笑った。


「確かに、心は奪えぬ。されど――」


 言葉の途中で、魔王の姿が一瞬で消失する。

 次の瞬間、ヴァリアの背後から声が響いた。


「力までは失っておらぬ」


「な――」


 振り向く間もなく、漆黒の魔力の波がヴァリアとマオを襲う。

 辛うじてリボルカリバーで受け止めるが、その衝撃で二人は吹き飛ばされる。


「ヴァリア先輩!」


 マオが必死にヴァリアの名を呼ぶ。

 地面を転がりながらも、ヴァリアは咄嗟にマオを抱きしめ、自分の体で衝撃から守った。


「大丈夫か、マオ?」


「うん、でも……!」


 返事をする間もなく、次の攻撃が放たれる。

 漆黒の魔力弾が幾つも降り注ぎ、大地を抉っていく。

 一撃ごとに、クレーターが広がっていった。


「くっ! こんなものっ!」


 ヴァリアは歯を食いしばりながら、リボルカリバーで魔力弾を払い除けていく。

 しかし、その数があまりにも多すぎる。

 一つを防ぐ間に、別の攻撃が死角から迫ってくる。


「魔王の力が……全然衰えていない!」


 確かにマオは救出できた。

 しかし、魔王そのものの力は、ほとんど減衰していないように見えた。

 むしろ、人間らしい感情に縛られることのない今の方が、その力は純粋な破壊性を増しているようにも感じられた。


「当然よ」


 魔王は優雅に空中に浮かびながら、冷笑を浮かべる。


「人の心など、我が力の足枷でしかなかった。今や純粋なる破壊の意思のみが、我が全てを支配する」


 その言葉通り、放たれる魔力の波は、これまで以上の威力を帯びていた。

 人の心を持たない存在だからこそ、躊躇いのない破壊の力を振るえる。

 それが、今の魔王の姿だった。


「でも、私には分かるよ」


 マオが震える声で言う。

 魔王から解放された今、彼女には相手の本質が見えていた。


「あなたは……寂しいんだ。だから、全てを壊そうとする。誰かとつながることを、恐れているから」


「戯言を」


 魔王の声が低く唸る。

 その瞬間、これまでにない規模の魔力が解き放たれる。

 漆黒の靄が渦を巻き、まるで竜巻のように天へと伸びていく。


「我に人の感情など不要! ただ全てを壊すのみ! それこそが我が存在理由!」


 荒れ狂う魔力の嵐の中、ヴァリアはマオを庇いながら、必死に踏みとどまる。

 しかし、その威力は尋常ではなかった。


「うっ……!」


 リボルカリバーに亀裂が走る。

 聖剣が放つ光が、徐々に弱まっていく。


「先輩!」


 マオが心配そうにヴァリアを見上げる。

 その瞳には、自分のせいで仲間を危険な目に遭わせてしまったという後悔の色が浮かんでいた。


「大丈夫だ、まだ……!」


 しかし、その言葉とは裏腹に、リボルカリバーの輝きは次第に失われていく。

 マオを魔王から解放するために使った力が、聖剣の限界を超えていたのだ。


「見よ! その聖剣も、もはや我には及ばぬ!」


 魔王の声と共に、更なる魔力の波が襲いかかる。

 リボルカリバーの光が、ついに消え去った瞬間。


「くっ……!」


 衝撃波がヴァリアを直撃。

 彼女の体が、大きく吹き飛ばされる。


「ヴァリア先輩!」


 マオが必死に声を上げるが、ヴァリアはもう立ち上がれない。

 全身が傷つき、息も絶え絶えだった。

 リボルカリバーは完全にその輝きを失い、ただの金属の塊と化していた。


「さらば、愚かなる者どもよ」


 魔王が両手を広げ、とどめの一撃を放とうとする。その瞬間。


「させませんわ!」


 透き通るような声が響き渡る。

 魔王の放った魔力弾が、何者かによって弾き返された。


「エナっち!」


 マオが歓喜の声を上げる。

 彼女の前に立っていたのは、確かにエナの姿だった。

 青白い光の粒子が宙を舞い、その中からエナの姿が浮かび上がる様は、まるで舞台の上で演じられる幻想的な一場面のようだった。


「お久しぶりですわ、マオさん」


 エナは振り返ることなく、前を向いたまま言う。

 その声には、親友を取り戻せた喜びと、戦いに向かう覚悟が混ざっていた。


「ほう……転移魔法か」


 魔王が低い声で呟く。

 その声音には、僅かな困惑が混ざっていた。


「だが、それは不可能なはず。人の魂を持つ者を、転移魔法で送ることなど」


 確かに、人間の持つ魂は不安定で複雑すぎる。

 転移魔法で安全に転送することなど、到底できないはずだった。

 それは魔法の大原則、誰もが知る絶対の掟。


 しかし、エナは優雅に一礼すると、魔王に向かって静かに告げた。


「ご指摘の通りですわ。人間であれば、確かに転移は不可能」


 その声には、どこか切なさを含んだ覚悟が滲んでいた。


「でも、私には人間の魂はございません。ただの魔導人形ですもの」


 その告白に、マオの瞳が驚きで広がる。

 エナは相変わらずの優雅な立ち振る舞いで、レイレイの魔法によって送り込まれたその姿は、これまでにない決意に満ちていた。


「エナっち! あの魔王は……!」


「分かっていますわ」


 エナは静かに頷く。


「私の役目は直接戦うことではございませんもの」


「何?」


 魔王が僅かに眉を寄せる。


 エナは魔王との距離を保ちながら、はるか後方に倒れているヴァリアに向かって声を上げた。

 その声には、どこか密やかな期待が込められていた。

 マオは二人の中間地点で膝をつき、戸惑いの表情を浮かべている。

 三人の位置関係は、まるで大きな三角を描くようだった。


「ヴァリアさん!」


 エナの声が、荒れ果てた戦場を響き渡る。

 爆発で抉られたクレーターの向こう、かなりの距離を置いて横たわるヴァリアの姿が見える。


「私、届け物がございますの。レイレイさんからお預かりした、大切な物を」


 声が届くか不安なほどの距離。

 しかし、エナの声には必ず届くという確信が込められていた。

 魔王の前に立ち、マオの後ろで、そしてヴァリアへと声を届ける。

 その位置取りには、彼女なりの計算が隠されているようだった。


 そして、彼女の手の中で、小さな光が揺らめいた。

 それは、まさにリボルカリバーの予備弾。

 仲間たちが最後の望みを託した切り札だった。

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