84:光の中へ
聖剣リボルカリバーの光が、マオの体を包み込んでいく。
その光は、破壊を目的としたものではなく、救済のための温かな輝き。
ヴァリアの想い、仲間たちの祈り、そしてドラシアとイクスの魂が一つとなった希望の光だった。
光は次第にマオの心の奥深くへと染み込んでいき、やがてヴァリアの意識も、その光と共に心象世界へと導かれていく。
意識が遠のき、現実世界が霞んでいく中で、彼女は確かな手応えを感じていた。
目を開けると、そこは懐かしい学園の教室。
夕陽が窓から差し込み、オレンジ色の光が机や椅子を優しく照らしている。
放課後の静けさの中、一人の少女が机に伏せて眠っていた。
黒い長髪が夕陽に照らされ、穏やかな寝息を立てる少女。
それは紛れもなく、マオの姿だった。
魔王としての禍々しい角も、漆黒の魔力のドレスもない。
ただの女子学生として、疲れて眠り込んでしまった、かつての親友の姿。
「おーい、起きて、起きてよ」
明るく朗らかな声が響く。
マオの机の前には、二人の少女が立っていた。
「もう、こんな所で寝ちゃダメですわ。風邪を引いてしまいますわよ」
優雅な物腰の少女が、優しく諭すように声をかける。
マオはゆっくりと目を開け、二人を見上げる。
瞳には混乱の色が浮かんでいたが、どこか懐かしさも感じているようだった。
「あなたたち、誰……?」
「えー? 私のこと忘れちゃったの? スレインだよ、スレイン!」
「まあ、私のことも分からないのですの?エナですわ」
二人の名前を聞いた瞬間、マオの瞳に光が戻る。
心の奥底で、何かが震えるように蘇っていく。
「レイ……レイ?エナっ……ち?」
記憶が、少しずつ紡ぎ直されていく。
演習場で共に戦った日々。
放課後のティータイム。
クッキーを分け合って笑い合った時間。
模擬戦で競い合い、励まし合った瞬間。
「そう、その通りですわ」
エナが優しく微笑む。
その笑顔には、これまでの全ての想い出が込められているかのようだった。
「私たち、いつも一緒だったじゃない?」
レイレイが元気よく言う。
その声には、マオへの変わらぬ友情が溢れていた。
教室に差し込む夕陽が、より鮮やかさを増していく。
まるで、マオの心が少しずつ温かさを取り戻しているかのように。
その中で、少しずつ記憶の欠片が浮かび上がってくる。
演習での成功を喜び合った時の、レイレイの弾けるような笑顔。
エナと競い合いながら、互いを高め合った真剣な眼差し。
そして、いつも温かく見守ってくれていたヴァリアの優しさ。
「みんな……私、ずっと……」
マオは言葉を詰まらせる。
あの日々は、ベルカナンに記憶を封印されたものだとばかり思っていた。でも、違う。
確かにきっかけは偽りだったかもしれない。
でも、その後に紡いできた絆は、決して偽りなんかじゃなかった。
「そうだ……私、みんなと……」
マオの目から、大粒の涙が零れ落ちる。
それは魔王としての力や、封印された記憶の重みではない。
ただ純粋な、仲間との絆を思い出した喜びの涙。
その時、教室の扉が開く音が響いた。
「随分と待たせたな」
声の主は、ヴァリアだった。
勇者の末裔としての威厳を纏いながらも、その表情には先輩としての優しさが溢れている。
「ヴァリア……先輩」
マオの声が震える。目の前の光景が、徐々に鮮明になっていく。
「さあ、帰ろう。みんなが待っている」
ヴァリアが差し出す手には、温かな光が宿っていた。
その光は、マオの心の闇を押し返すように、強く、そして優しく輝いている。
「で、でも私は……魔王の記憶を取り戻して……あんなことを……」
「構わない。お前は、私たちの大切な仲間だ」
ヴァリアの言葉が、マオの心に深く響く。
「そうだよ! マオちゃんは、マオちゃんのままでいいの!」
レイレイが力強く頷く。
「私たちは、あなたの味方ですわ」
エナの声には、揺るぎない信頼が込められていた。
三人の言葉が、マオの心を包み込んでいく。
魔王の力も、封印された記憶の重みも、全てを超えて響く温かな言葉。
(そうだ。私は、まだ……)
マオはゆっくりと立ち上がる。
夕陽に照らされた教室で、彼女の瞳が強い意志の光を取り戻していく。
過去も未来も、全てを受け入れる覚悟が、その瞳に宿っていた。
「私……帰りたい。みんなと一緒に、また笑い合いたい」
その言葉には、もう迷いはなかった。
たとえ辛い記憶を持っていても、たとえ魔王の力を宿していても、それでも前に進もうとする強い意志があった。
(みんなと一緒にいたい)
ヴァリアの差し出した手を、マオは強く握り返した。
その瞬間、眩い光が教室を包み込む。
それは希望の光。魔王の闇を押し返し、本来のマオを取り戻す救いの光だった。
現実世界。
魔王となったマオの体が、まぶしい光に包まれる。
その中から、一つの形が浮かび上がってくる。
漆黒の角も、魔力のドレスもない。
ただの少女の姿。本来の、みんなが知っているマオの姿。
ヴァリアは駆け寄り、倒れかけるマオを優しく受け止める。
その腕の中で、マオはゆっくりと目を開いた。
「ヴァリア……先輩」
「おかえり、マオ」
ヴァリアの腕の中で、マオは静かに涙を流した。
それは後悔の涙でも、悲しみの涙でもない。仲間の元に帰ってこられた、純粋な喜びの涙だった。




