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81:破壊されたエクスカリバー

 北東の山々の方角から、不吉な暗雲が城下町の空を覆い始めていた。

 青空が灰色に染まっていく様は、まるで世界そのものが色を失っていくかのようだ。

 普段なら賑わいを見せる市場も、今日は異様な静けさに包まれている。

 露店の商人たちは商売を中断し、不安げに空を見上げていた。


 パン屋の店先では、いつもなら笑顔で焼きたてパンを売る少女が、今日は震える手で店の戸締りをしている。

 肉屋の主人は商品を慌てて片付け、魔法道具店では客が品物を投げ出して逃げ出していく。

 賑やかだったはずの商店街が、恐怖に支配されていく。


「あの方角……マオ殿の故郷があった場所です」


 ユクトが震える声で呟く。

 彼のキツネ耳が不安げにピクピクと動く様子からも、ただならぬ事態が起きていることが窺えた。

 尻尾も力なく下がり、普段の元気な様子は微塵も感じられない。


 城壁の上で警備に当たっていた兵士たちも、表情を強張らせている。

 時折、冷たい風が吹き抜け、物見櫓の旗がバタバタと音を立てる。


「私の魔力が……反応していますわ」


 エナが空を見上げながら言う。

 その瞳には深い憂いの色が浮かんでいた。

 彼女の手の中で、拳銃が小刻みに震えている。


「この魔力は……尋常なものじゃありません。精霊さんも、怯えているみたいです」


 レイレイの声が震える。

 精霊魔法を扱う彼女には、異常な魔力の奔流が肌で感じられるようだ。

 それは単なる魔力の乱れではなく、より禍々しい何かが目覚めたことを示していた。


「マオが魔王の記憶を取り戻し、その力に飲まれてしまったのか……」


 ヴァリアが重々しく言う。

 彼女の手には、粉々に砕け散った聖剣エクスカリバーの柄が握られていた。

 かつて魔王と戦い、世界を救った伝説の剣。

 その剣がマオの魔力によって破壊されてしまったという事実が、状況の深刻さを物語っている。


 突然、市場の方から悲鳴が響き渡る。


「黒い、黒い雲が広がってる!」

「あれを見ろ! 雲の中で何かが蠢いてる!」

「子供たちを逃がすんだ!」

「街の方に来るぞ!」

「早く、早く逃げるんだ!」


 パニックに陥った群衆が、我先にと走り出す。

 子供を抱きかかえた母親、老人の手を引く若者、荷物を放り出して逃げ出す商人たち。

 混乱の渦が、街全体を飲み込んでいく。


「馬車が! 私の馬車をどかしてくれ!」

「この先は通れないぞ!」

「他の道を探せ!急げ!」


 街道は大渋滞となり、馬車の列が延々と続いている。

 馬たちは不安げに嘶き、荷車を引く獣たちも落ち着きを失っていた。


「私たちも……一旦退くしかありませんわ」


 エナの提案に、レイレイが必死に首を振る。


「でも! マオちゃんを、このまま見捨てるわけには……!」


「今は退くべきだ」


 ヴァリアが冷静な声で言う。

 その表情には深い悔恨の色が浮かんでいたが、それでも理性的な判断を下そうとしていた。


「このままでは、私たちも飲み込まれてしまう。エクスカリバーが無ければ……」


「そうですわね。まずは態勢を立て直さないと。レイレイさん、お気持ちは分かりますけれど」


 エナがレイレイの肩に優しく手を置く。

 レイレイは歯を食いしばりながら、涙をこらえる。


「だって……私たち、約束したじゃないですか。マオちゃんのこと、必ず救うって……」


 レイレイの声が掠れる。

 その言葉に、全員が胸を痛める。


 四人は急いで城下町の中心部へと移動する。

 ユクトは獣人特有の嗅覚で、安全な道を探りながら先導する。


「この路地を通れば、人混みは避けられますです!」


「ありがとう、ユクト君」


 レイレイが感謝を述べる。

 しかし、その声には力が無かった。


 城壁の内側、石造りの建物が立ち並ぶ一角で、四人は足を止めた。

 遠くから聞こえてくる悲鳴も、ここまでくると幾分か和らいで聞こえる。


「くっ……私たちには、何もできないのか」


 ヴァリアが拳を握りしめる。

 その手に握られた聖剣の破片が、かすかに光を放つ。

 しかし、もはやそこからエクスカリバーの声が聞こえることはなかった。


「あ!」


 突然、レイレイが声を上げる。

 その瞳に、希望の光が宿っていた。


「エクスカリバーを直せばいいんじゃないでしょうか?」


「修復、ですの? でもこれだけ粉々になってしまったものを……」


 エナが懸念を示す。


「あの鍛冶屋の方なら、きっと! ヴァリア先輩が信頼している職人さんなら、きっと何か……!」


 レイレイの言葉に、ヴァリアの表情が変わる。

 ガルド――かつて家出中のヴァリアを温かく迎え入れ、世話をしてくれた鍛冶屋の親方。

 彼の技術なら、何か方法があるかもしれない。


「そうだ……ガルドなら!」


 ヴァリアの声に力が戻る。

 彼女は立ち上がると、仲間たちに向き直った。


「私が鍛冶屋に行ってくる。エクスカリバーを修復できるか、ガルドに相談してみる」


「私たちも一緒に参りましょう」


 エナが即座に言う。

 レイレイとユクトも強く頷く。


 四人は急いで、ガルドの鍛冶屋へと向かった。

 店の前には、いつものように鍛冶の音が響いている。

 炎と硝煙の匂いが漂う店内に、懐かしい空気を感じる。

 武器や鎧が整然と並ぶ店内で、ガルドは相変わらずの無骨な姿で仕事をしていた。


「おや、ヴァリア」


 ガルドは手を止め、温かな笑みを浮かべる。

 日に焼けた顔に、心配そうな表情が浮かぶ。


「何があった? お前の表情を見てると、良くないことが起きたのは分かるが……」


「親父さん、お願いがあります」


 ヴァリアは聖剣の破片をガルドに差し出す。

 職人は厳しい目付きで、その破片を詳しく観察する。

 太い指で破片を一つ一つ確かめながら、時折唸り声を上げる。


「この剣には、並外れた魔力が込められている。しかも……」


「修復は、可能でしょうか?」


 エナが期待を込めて尋ねる。

 しかし――。


「すまない、ヴァリア」


 ガルドの声が重い。

 その表情には、深い後悔の色が浮かんでいた。


「この剣は、もう修復できない。聖剣の性質上、通常の鍛冶では直せないんだ。それに、これほどまでに破壊されては……私の技術では、手に負えん」


 ガルドの言葉に、部屋の空気が凍りつく。

 レイレイの肩が落ち、エナは俯く。

 ユクトの耳が垂れ下がり、悲しげな表情を浮かべる。


「そんな……」


 ヴァリアの声が震える。

 最後の望みだと思った道が、ここで途切れてしまう。

 エクスカリバーなしでは、マオを救うことはできない。

 その事実が、彼女の心を深く抉っていく。


「でも……」


 レイレイが小さな声で言う。

 全員の視線が、彼女に向けられる。


「諦めたくありません。マオちゃんを、このまま闇に落としたくない」


 彼女の瞳に、決意の色が宿る。

 その声は次第に力強さを増していった。


「きっと方法はあるはず。みんなで力を合わせれば、必ず見つかるはずです!」


「レイレイさん……」


 エナが親友の名を呼ぶ。

 その表情には、かすかな希望の光が戻っていた。


「そうですわね。私たちの力を合わせれば……」


 ユクトも尻尾を振り、元気を取り戻したように見える。


「そうです! みんなで協力すれば、きっとマオ殿を救えますです!」


 ヴァリアは仲間たちの言葉に、静かに頷く。

 確かにエクスカリバーは修復できない。

 しかし、それは終わりではない。

 むしろ、新たな戦いの始まりなのだ。


「マオ……必ず、お前を取り戻す」


 ヴァリアの声には、強い決意が込められていた。

 エクスカリバーを修復する方法を見つけ出し、魔王と化した親友を救い出す。

 その決意が、四人の心を一つに結び付けていく。


 外では依然として不穏な空模様が続いていた。

 黒い雲は更に広がりを増し、街全体を不安で包み込んでいく。

 しかし、その暗雲の下で、新たな希望の灯火が灯されようとしていた。

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