表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/90

68:魔王の生まれ変わりを見出した日

 永い探索の日々だった。

 教会が焼き落とされてから、既に幾年が経過している。

 不死の呪いを受けたベルカナンの姿は、あの日から少しも変わっていない。

 しかし、その心は確実に歪んでいた。


 真夜中、彼女は山道を歩いていた。

 月明かりだけを頼りに足を進める。

 これまでにどれほどの道のりを歩いただろう。

 魔王の痕跡を求めて、国から国へ。街から街へ。


「私の人生も、こんな道のりだったわね」


 幼い頃、ベルカナンは教会で育てられた。

 戦乱で両親を失った孤児の一人として。

 当時の教会は、そういった子供たちの避難所となっていた。

 魔王軍との戦いで、多くの子供たちが親を失い、教会は彼らを受け入れ続けた。


「まだ、あの頃は希望があったのに」


 優しかった司祭たちの顔が、記憶の中でぼやける。

 シスターになることを決意した日。人々を癒やすことに喜びを見出した瞬間。

 そして、勇者と出会い、共に戦った日々。


 記憶は次第に暗い色に染まっていく。

 魔王が倒され、平和が訪れたはずの世界。

 しかし、その平和は皮肉にも多くの人々から居場所を奪った。

 戦士たちは職を失い、憎しみを募らせていく。

 そして、ついには教会に火を放った。


「魔王様の魂は、必ず誰かの中に転生しているはず……」


 情報を集め、痕跡を追い、魔力の残滓を探る。

 時には古い魔術書を読み漁り、時には噂を追いかけ、時には魔物の巣窟に足を踏み入れた。

 その全てが、魔王を探すための手がかり集めだった。


 そんな中で、彼女は一つの村に辿り着いた。

 北東の山々の向こう、小さな谷間の村。

 一見すれば、どこにでもあるような貧しい村に過ぎない。

 しかし、この村に近づくにつれ、ベルカナンの体は奇妙な反応を示していた。


「ここでも無かったのなら、次は――」


 その時だった。

 村はずれの路地で、一人の幼い少女と出会う。

 黒髪の少女は、道端に咲く花を眺めていた。

 その瞬間、ベルカナンの体が激しく反応する。


「まさか……!」


 胸の奥が疼き、血が逆流するような感覚。

 不死の呪いを受けた体が、本能的に魔王の気配を感知したのだ。

 幾年の探索が、ついに実を結ぶ時が来た。


「あの子が……魔王様の……?」


 村で暮らす、至って普通の少女。

 マオと呼ばれ、伐採師の父と共に暮らしている。

 母は幼い頃に亡くしたという。

 調べれば調べるほど、そこには特別な点など見当たらなかった。


 ベルカナンは密かに村に潜入し、マオの素性を探る。

 昼間は真面目に働き、夜は本を読みふける少女。

 治癒魔法に興味があるらしく、行商人から本を買い集めている。

 父親思いで、村人たちからの評判も良い。


「こんな、平和な暮らしを……」


 ベルカナンは数日間、マオを観察し続けた。

 本を読むことを好み、父親の世話を焼き、村人たちにも優しく接する少女。

 その姿に、かつての自分を重ねてしまう自分がいた。


(私も、あんな風だった)


 教会で過ごした日々が、不意によみがえる。

 傷ついた人々を癒やし、困っている人に手を差し伸べる。

 そんな当たり前の日常が、どれほど尊いものだったか。

 今なら分かる。


 しかし、同時に憎しみも込み上げてくる。

 そんな尊い日常を、人々は簡単に壊してしまった。

 教会を焼き、仲間たちを殺し、全てを奪い去った。

 その怒りが、マオを見る目にも影を落とす。


「違う。今の私には使命がある」


 魔王を復活させ、世界を元に戻す。

 そのためには、この少女の穏やかな日常を打ち砕かなければならない。

 魔王の器として目覚めさせるために。

 それは、自分の過去を否定することでもあった。


「でも、このままでは……」


 マオの性格は、魔王の器には相応しくない。

 争いを好まず、むしろ人を癒やすことに喜びを見出している。

 このままでは魔王の力に目覚めることなど、永遠にないだろう。

 彼女の優しさは、むしろ邪魔になる。


 ベルカナンの脳裏に、焼け落ちる教会の光景が蘇る。

 人の優しさなど、この世界では無力だ。

 それを身を持って知った者として、マオにもその事実を教えなければならない。


「なら……作り変えるしかない」


 ベルカナンの中で、一つの計画が形作られていく。

 まず、この村を焼き払う。

 そして記憶を封印し、学園で新たな人格を育てる。

 戦いの中で、少しずつ魔王の力に目覚めさせていく。


「完璧な計画になるわ」


 黒いローブの下で、ベルカナンは冷たく微笑む。

 シスターに化けて近づき、マオの信頼を得る。

 そして、最も痛みを感じる瞬間を選んで裏切る。

 その衝撃と共に記憶を封印すれば、より確実に性格を作り変えられるはず。


 自分もかつて受けた裏切りを、今度は与える側となる。

 その皮肉に、ベルカナンは小さく笑った。

 世界の歯車は、確実に狂い始めている。


「ごめんなさいね。でも――」


 遠くで遊ぶマオの姿を見つめながら、ベルカナンは独白する。


「これも全て、魔王様の復活のため。世界を正しい形に戻すため」


 かつて自分が失ったように、マオからも全てを奪い去る。

 それが、魔王復活への第一歩となる。

 ベルカナンの目には、もう迷いの色は残っていなかった。


 夕暮れの空が赤く染まっていく。

 それは、まもなく流される血の色のようにも見えた。

 ベルカナンは、シスターとしての仮面を被る準備を始める。

 優しく、慈愛に満ちた表情を作り、聖女のように振る舞う。

 その全てが、長年磨き上げてきた演技。


「さあ、芝居の幕開けよ」


 彼女は静かに立ち上がる。

 黒いローブの裾が風に揺れ、銀の十字架が夕陽に輝く。

 魔王を復活させるための、長い計画の第一歩が、今始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ