67:決して諦めない者
無事だったことを喜び合う四人に水を差すかの如く、突如突風が吹き荒れる。
そこから出現したのは、ベルカナンだった。
ヴァリアは剣を引き抜く。
彼女は明らかに敵だったため、ヴァリアの覚悟もすでに決まっている。
彼女の妖艶なる笑みに薄ら寒さを覚えながらも、彼女に悪態の一つも言いたくなった。
「何しに来た。ベルカナン」
「マオさんの魔王診断ですよ。結果は……上々ですねー。良い兆候です」
「貴様が魔王復活など望まなければ、マオも兄様も!!」
「私に怒りをぶつけてもいいですけど……あなたのお兄さんはどの道、闇落ちしますよ。あなたのお家事情、魔咏師団は何ら関与してませんから」
「戯言を!」
ヴァリアはベルカナンに斬りかかる。
ベルカナンにも当然、弱点となる部分が見える。
もしかしたら、この弱点を斬り伏せればベルカナンは死ぬかもしれない。
ある種の賭けで、ヴァリアはベルカナンの首を切り落とした。
頭を胴体が離れ、地面に倒れるベルカナン。
しかし、彼女の体が動き、離れた頭を強引に首元へくっつけた。
「びっくりしましたねぇ。いきなり首を取るのは、勇者として如何なものと思いますよ?」
「貴様は特別だ」
「まぁ、特別待遇。素晴らしい言葉ですよね。私大好きです。でも、マオが魔王に覚醒するまで、私は死にませんから」
ベルカナンは肩を鳴らし、アイミーの死体を眺める。
愛らしい表情を学習し、ベルカナンにも見せつけていたアイミー。
そんな彼女が、恐怖に引きつった表情で絶命している。
ベルカナンは心の中で笑う。
しかし、同時にアイミーの教育のやり直しにため息をついた。
「あーあ。せっかく育てたのに、また育て直しですか」
エナは彼女を警戒しつつも、一歩前へ出る。
ベルカナンはエナの目を見つめた。その目は、まるでエナの心の奥底まで見通すかのように、鋭く光っていた。
「ベルカナン。あなた、アイミーをどこで入手しましたの?まさか、魔咏師団は魔導人形を作った国と繋がりが――」
「ありませんよ?魔導人形は横流し品です。あの国も一枚岩じゃないそうで」
「そう……」
「安心しました?セレスティアさん」
「――っ!?どうしてそれを!」
エナの手が震える。
自分をそう呼称する。
つまり、自分と父親である魔術師の関係を知っている。
その可能性が高いのだ。
「さあ。どうしてでしょうねぇ。長年生きていると、色んな情報が耳に入ってきますので……」
ベルカナンは、薄い唇を歪ませ、嘲るような笑みを浮かべた。
その笑い方は、まるで相手を見下しているかのようで、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「さてと、魔王様。あともう少しですね、お会いになれる日を心待ちにしてますよ」
ベルカナンはうやうやしく、マオに向かってお辞儀する。
その行為も、マオを挑発する行為でしかない。
マオはベルカナンの行動を吐き捨てるかのように失笑する。
「私はあなたに会いたくないけど」
「ふふっ。良いんです。私の一方的な愛情ですから」
「……で、あなたも戦うの?」
「いいえ。私は戦闘専門じゃないですから。だから、これからも強敵を送ります。あなたが魔王に覚醒するまで、永遠に」
「ふざけるな! マオを魔王に覚醒などさせない!」
ヴァリアが剣を構える。
ベルカナンを倒すには至らないが、自分の強い意志を示したかった。
「ふふっ。確かにあなた方はそれぞれに素質があり、有望株であることは確かですねえ」
レイレイ、エナ、ヴァリアを順番に見る。
「ですが、あなた方が成長する暇なんてありませんよ?魔王の力を使わなければ勝てない相手を、次々送り込んじゃいますからね」
ベルカナンは再びマオを見る。
「魔王に覚醒するために、お友達の方に強敵を送り込んだ方が良いでしょうか?それもまた面白そうですよね?」
「勝手にして。私が力を使えば、どんな奴も殺せるから」
「そうなれば、私の計画が進んじゃいますけど?」
「私は……魔王にはならない」
マオは一瞬言い淀む。
「その言葉、期待しないでおきますね」
再び突風が吹き荒れる。
その風に包まれたベルカナン。
風が止むと、彼女は消え去っていた。
「クッ! ベルカナンは諦めないのか……!」
ヴァリアは拳を握る。
その拳は怒りで震えていた。
「――大丈夫だよ」
ヴァリアとは逆に、マオは冷静だった。
「自分が魔王の力を使って、みんなを守る。だから安心して。これからは『私』がみんなを守るから」
振り返るマオ。あの快活で元気だったマオの姿は無い。
「だって、みんなは私の『モノ』なんだからね」




