61:音を立てて崩れる日常
放課後となり、エナはマオと共に調理室へと向かっていった。
アイミーは放課後になる前まで、ずっとエナと一緒にいた。
まるで、エナを監視するかの如く。
そのエナが居なくなったことで、手持ち無沙汰となる。
特にやることが消え、学園の庭でぶらぶらと歩くアイミー。
そんなアイミーを遠くで見ているのは、ヴァリアとレイレイだった。
アイミーに気づかれないよう、壁に身を隠す。
レイレイはアイミーの挙動を一つ一つ注意深く観察している。
「今のところ、怪しい動きは無し、ですね」
「ああ。だが、あのアイミーが本物かが分からない」
「ヴァリア先輩が倒したたアイミーのこと、ですか?」
ヴァリアは頷く。
爆発して亡骸が消え去ったが、確かにアイミーを殺した。
ヴァリアは自分の手を見る。あの時の感触は忘れるわけがない。
「やっぱり、直接問いただすしかないでしょうか?」
「その役目は私に任せてくれないか?」
「……分かりました。私はここで見てます。何かあれば、助けますから」
「頼んだぞ、レイレイ」
マオのチャンスを無駄にはしない。
ヴァリアは身を乗り出し、アイミーに近づく。
「――アイミー」
「……ヴァリアちゃん」
アイミーは振り返り、ヴァリアを見る。
彼女はヴァリアにも愛想を振りまいている。
しかし、その愛嬌はどこか影を帯びていた。
まるで、悪意を隠し持っているかのような、不気味な雰囲気が漂っている。
「お前に聞きたいことがある」
「何かな?」
「お前は……本当にアイミーなのか?」
「そうだよー♪ 可愛いアイミーだよっ!」
アイミーはウインクをして笑顔を見せる。
その笑顔は、裏に隠された秘密を被せるためのベールに過ぎない。
ヴァリアには、少なくともそう見えている。
「昨日の夜、私と戦ったな?」
「昨日? 夜? んー、何のことかな?」
「とぼけるな。私をナイフと拳銃で襲っただろう?」
応急処置で何とかなっているが、昨夜の傷はまだ癒えない。
ヴァリアは無意識に腹部に手を当てていた。
一瞬、アイミーはヴァリアの手に視線を向ける。
すぐにヴァリアの顔を見たが、ヴァリアの怪我を見ても、彼女の表情に変化はない。
「襲ってないよ? そこ、ヴァリアちゃん怪我したのかな?」
「……お前にやられたんだ」
「へー。でもさ、こんな身なりの私がヴァリアちゃんを襲って何かメリットあるのかなぁ?」
アイミーは、あくまでしらを切る。
首を傾げつつ、猫なで声で相手の油断を誘おうとしている。
昨夜の戦いから、ヴァリアは完全に彼女を疑っている。
だからこそ、彼女は昨夜と同じ質問を投げかけることにした。
「目的は何だ?」
「目的? 特に無いよ?」
「エナに近づく理由は何だ?」
「エナは私のお姉ちゃんだもん。近づくのは当たり前だよ?」
ヴァリアは既視感を覚える。
自分自身がアイミーに投げかけた言葉は、一語一句同じではない。
その自覚はある。
逆にアイミーの返答に、何となくの気味の悪さを感じていた。
昨夜と同じ会話が繰り広げられている。
普通の人間であれば、内容が同じでも言葉が異なるはずだ。
しかし、アイミーから出てくる言葉は、昨夜も聞いた単語が多くヴァリアの耳に入ってきていた。
「エナに近づ――」
「エナは私のお姉ちゃんだもん近づくのは当たり前だよ? ふーん……結構鋭いんだねぇヴァリアちゃんは私に気づくのはレイレイちゃんが最初かなって思ったけど認識改めないとだねうん『学習』したヴァリアちゃんはバカじゃない一応学はあるんだ」
アイミーは笑顔のまま、早口でまくし立てる。
ヴァリアが口を開く前に、アイミーは自らの口から答えを引き出す。
まるで、ヴァリアの詰問が分かっていたかの如く。
「……な、何を言いたい」
「聞きたいこと、全部言ったんだよ♪ ヴァリアちゃん、こういうこと聞きたかったんでしょ?」
ヴァリアは、体が震えるのを感じた。
これは恐怖だ。得体のしれない存在に出くわした時の悪寒。
アイミーの雰囲気が変わる。
彼女が一歩踏み出した瞬間、ヴァリアの眼前へと侵入した。
「――っ!?」
ヴァリアの首を、片手で握るアイミー。
小さな少女からは考えられないほどの力。
普段のヴァリアならば回避できる速度だった。
だが、目の前の存在は人間なのか?
異様な雰囲気を醸し出したアイミーに、ヴァリアは気後れしてしまった。
「ガッ……ハッ……!」
「苦しい? 苦しいよね? ハイかイイエで答えてね?」
首を握りしめられたまま、ヴァリアは壁に叩きつけられる。
背中を打ち付けながら、ヴァリアはレイレイの方向を見る。
レイレイは、すぐにでもヴァリアを助けようと踏み込み始めている。
しかし、ヴァリアはレイレイに目で訴えた。
(――ダメだっ。まだ出てはいけない!)
「答えないと死んじゃうよ?さーて、ヴァリアちゃんは死ぬまでに答えられるでしょうかー?」
(だが、このままでは死ぬ……! くっ! 私もまだまだか……!)
心を乱さなければ、簡単に対処できたこと。
それだけに、ヴァリアは自分の力でこの危機的状況を退けようとする。
色々体を動かしたりして、拘束を抜けようとする。
だが、アイミーの手はヴァリアの首に吸着したかの如く、離れない。
「――これなら、弱点見えても抵抗できないよね?」
(くそっ! やはり彼女は……!)
ヴァリアはアイミーを睨みつけ、敵意を示す。
それに対して、アイミーは歪んだ笑顔で返事をした。
その時、予期をしていない人物が登場した。
レイレイやヴァリアのクラスの担任である先生だった。
「お前たち、何をしてるんだ?」
「ん? あぁ、先生かぁ。これはね、ヴァリアちゃんと遊んでいるんだよ♪」
「遊び? ヴァリアが苦しそうじゃないか。離すんだ、アイミー」
「どうしても?」
「どうしても、だ」
「――じゃあ、しょうがないねぇ」
ヴァリアの首を締めている方とは別の手が、懐へと伸びる。
そこからは一瞬だった。
アイミーは銃口を先生に向けるやいなや、ためらいなく引き金を引いた。
「――死ね」
「なっ――!?」
魔力の弾丸が先生を襲う。
間一髪、最大限に体をひねることで、左腕を掠める程度で致命傷は免れた。
だが、二発目の弾丸は右の太ももに被弾してしまった。
アイミーは感情を失ったかのように、何度も引き金を引く。
アイミーの魔力が無くなるまで、永遠と銃口からは弾丸が発射され続ける。
先生は手から魔力の壁を出現させ、その弾丸を防ぐことは成功している。
しかし、アイミーの狙いは正確だった。
同じ箇所のみを被弾させることで、魔力の壁はその箇所から放射線にヒビが入っていく。
この壁が破壊され、先生の命が失われるのも時間の問題だった。
「いやあスッキリするねぇ♪ 先生ってやっぱり邪魔だったから!」
「アイミー! 止めるんだ!!」
「止めないよぉ♪ 先生も運がないねぇ。ただ見過ごしてれば、死ぬのがもうちょっと後になってたのにさ!」
ヴァリアは、窒息状態となっているため、次第に視界が薄暗くなっていく。
その状態であっても、彼女は周りを見渡して状況を確認していた。
アイミー以外に敵はいない。先生を襲っているのも、自分を殺そうとしているのも、目の前のアイミーだ。
(――今だ! レイレイ!)
薄れゆく意識の中、ヴァリアはレイレイに視線を送る。
すぐにでも駆け出したい。ヴァリアと先生を助けたい。
その想いを歯を食いしばって耐えていたレイレイ。
彼女はヴァリアの合図を見て、即座に雷の呪文を唱えた。
指定した対象に集中的な電撃を放つ呪文。
対象はアイミーの拳銃だった。
「ロヴァクステレス!」
レイレイは手から雷撃を走らせる。
雷はまっすぐアイミーの拳銃へと当たり、放電する。
魔法によって内部を狂わされた拳銃は、引き金を引いても弾丸が排出されなくなる。つまり、相手を殺める役目を終えた。
「……ふーん。レイレイちゃんもいたんだね」
「ヴァリア先輩を離して!」
レイレイは迷いなく、精霊魔法を使う。
「砂よ土よ、敵の動きを奪え! グリンビューネ!!」
彼女の呪文とともに、アイミーが踏みしめている地面が唸る。
地面は形を変え、アイミーの足を捕らえる。
すぐに硬化する地面。アイミーはその場から動けなくなった。
「よし、いいぞレイレイ!」
好機と取ったのは先生だった。
彼は左腕と右太ももの痛みに耐えながら、アイミーへ駆け出し、彼女に体当たりする。
大人の男性の体重を乗せて放った体当たりには、さすがのアイミーもバランスを崩す。
ようやく、アイミーはヴァリアの首を掴んだ手を離したのだった。
「ガハッ!」
ヴァリアは、ほぼ死ぬ寸前で空気を吸うことを許可された。
地面に倒れる痛みより、少しでも体内に新鮮な空気を吸うことを優先する。
「ヴァリア先輩!」
駆け寄るレイレイ。
彼女はヴァリアに肩を貸し、アイミーから離れようとする。
「先生も早く逃げて!」
「くっ!」
レイレイの言葉にうろたえる先生。
だが、太ももを撃ち抜かれてしまっている状況では、却って足手まといになる。
「――分かった。今、援護を呼んでくるからな! レイレイたちも逃げるんだ!」
その場から立ち去る先生。
まだ調子を取り戻していないが、ヴァリアは自ら立って歩く程度には回復した。
レイレイを守るように、ヴァリアがレイレイの前に出る。
足を封じられ、二対一の状況の中、アイミーは依然として笑顔を絶やさない。
「ねぇ、ヴァリアちゃん♪ レイレイちゃんって切り札をなるべく温存した理由って、『これ』を警戒してたのかな?」
足を拘束されたアイミーが言う。
その瞬間、物陰から別のアイミーが出現した。
彼女も同じく、相手に愛着を抱かせるために口角を上げていた。
「……なっ!」
「驚かないでよ。可愛いアイミーちゃんがいっぱい居れば、みんな嬉しいと思うんだけどなー♪」
物陰から出現したアイミーとは別の彼女も出現する。
そして、二人は銃口をヴァリアとレイレイに向ける。
「どういう……こと? アイミーちゃんって種族だったりするの?」
「種族? ううん、違うよ。私たちはそんなのよりもっとスゴいんだよ」
「種族でないなら、何故同じ顔がここまで存在している!?」
「それはね――魔導人形だから」
ヴァリアとレイレイを狙う二人。
二人は同じタイミングで引き金を引く。
正確な狙いの弾丸が、ヴァリアとレイレイを襲った。




