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60:輝く友情、血で染めて

「おぉ……ここが調理室」


 エナの案内により、マオは調理室に足を踏み入れた。

 天井に吊るされたランプの柔らかな光が、料理に挑戦する二人を迎え入れた。

 マオは初めて見る光景に息を呑み、周囲を物珍しそうに覗いている。


「何か色んな素材があるよ!」


 壁には様々な魔法のハーブや薬草が備え付けられ、下には魔法の火で温められている大釜が配置されている。

 その神秘的な雰囲気に、マオは心躍らせていた。


 マオは壁に吊るされた小瓶を手に取る。中には白い粉が入っていた。

 詳しくない彼女は、当然首を傾げる。


「何だろ、これ。粉?」


 その小瓶を手に持ちながら、マオは次の興味へと目を向ける。

 マオが歩いた先、そこは一角にある本棚だった。

 マオはその中から古ぼけた本を一冊、手に取りペラペラとめくる。

 しかし、彼女には書いてある内容を読むことは出来ても、理解することは出来なかった。


「うーん。何か色んな薬草とか書かれてあるけど、分かんないなぁ……」


「その本にクッキーの作り方は書いてませんわよ」


「え? そうなんだ」


「だって、私とこれから作るのはレイレイさんが作る特別なクッキーですのよ」


 棚から、クッキーに必要な素材を取っていくエナ。

 マオはエナの手際の良さに感心しながら、彼女を手伝う。


「砂糖にバターに粉……まあ、こんなもんですわね」


「これが本当にあのクッキーになるの?」


 素材だけを見ると、あのこんがりサクサクの食感になるクッキーが作れるとは到底思えない。

 マオは料理をまともにしたことすらない。

 そのため、素材を組み合わせて出来上がる料理の想像力に欠けていた。


「ほら、マオさん! これから言う素材を混ぜ混ぜですわ!」


「へっ!? は、はいっ!」


 エナの言葉を受けながら、マオはクッキーを作っていく。

 エナの記憶は完璧かつ、躓いてしまいそうな部分に関してのフォローも上手い。

 マオは迷うことなくエナの言う通りに工程を進めていく。


「いい感じですわね。私、オーブンの様子を見に来ますから、ちょっと待っててくださいませ」


「うん!」


 職人が手掛けた石造りのオーブンは、均一な熱で完璧な料理を生み出すことができる。

 エナはそのオーブンの温まり具合を確かめに行ったのだった。


「――あっ! そう言えば」


 エナがいない間に、マオは一つ思い出したことがあった。

 最初、調理室に入った時に手に取った小瓶。

 マオは、その粉も入れてみようと企む。

 エナから一から十まで聞いて作っては、自分の手作りという感じがしない。

『味付け』で、レイレイに対する自分の感謝の気持ちを表明しよう。


 マオはその小瓶を開けて大きく振る。

 白い粉は生地に染み込んでいく。


(でもこれ、エナっちの言う『砂糖』と何が違うんだろ。……まっ、いいか!)


 実のところ、それは『塩』なのだが、偶然にもクッキーという料理がマオを救う。

 少量の塩であれば、甘さが引き立ち、味わい深くする効果があるからだ。

 別の料理で同じ方法を取った時の失望は計り知れないだろう。


 その後、生地を一つ一つ形にしていき、オーブンで焼く。

 焼き上がりまでに時間が掛かることを、マオは初めて知った。


「クッキーって、作るの大変なんだね」


「そうですわね。そう思ったのなら、レイレイさんのクッキーをもう少し有り難く食べることですわ」


「うん。そうする」


 マオはすんなりとエナの言葉を受け入れる。

 そんな彼女に、エナは笑みがこぼれた。


「むー、笑うなよーエナっちー」


「ごめんなさいマオさん。でも……こういうやり取り、久しぶりな気がして、つい」


 アイミーから離れて、友人と語らう時間を過ごす。

 エナは何故アイミーに固執してしまったのだろうと思い直していた。

 確かに、アイミーには辛い境遇がある。

 だが、たまには自分の用事を優先してもいいはずだ。

 そして、アイミーは何故か自分以外との接触を拒んでいる。

 マオと一緒に演習をすれば、きっと面白いのに。


「不思議ですわね。さっきまではアイミーのことしか考えられなかったのに、今は違いますの」


「エナっち……」


「私、妹のことで少し緊張してたのかもしれませんわね」


 数十分後、オーブンから取り出されたのはこんがりと焼かれたクッキーだった。

 食欲を唆る匂い、それだけで美味しいと分かる焦げ目。

 そして、何より自分で作ったという実感と達成感。

 他人から見れば取るに足りない物かもしれない。

 しかし、マオにとってはかけがえのない、唯一無二のクッキーだった。


 最後に袋詰をし、完成。

 マオだけのクッキーが今、出来上がった。


「ありがとう、エナっち」


「レイレイさんに渡すまで、その感謝は取っといて下さいな」


「うんっ。レイレイに渡して、初めて私の目的達成だからね!」


 二人は共に笑い合う。

 二人の姿は、窓から差し込む夕日の彩りも相まって芸術的だった。


 そんな二人の雰囲気を壊すかのごとく、アイミーが調理室のドアを開けた。


「――エナお姉ちゃん。用事は終わった?」


 アイミーの登場に、マオは目を見開く。

 ヴァリアとレイレイがアイミーへ接触しているはずだ。

 それなのに、何故彼女がこの場所に?


「ア、アイミー? どうしてここに?」


「だって、つまんないんだもん。エナお姉ちゃんが居ないとさー」


 鼻をくんくんと動かしながら、クッキーの存在に気がつくアイミー。

 アイミーはオーブンに残っているクッキーを発見した。


「へぇ、これがクッキーなんだ。マオちゃんが作ったの?」


「う、うん」


「意外と美味しそうだし、食べちゃおうかな♪ いいよね?」


「え? あっ……うん。別に大丈夫だよ!」


 クッキーに手を伸ばすアイミー。

 しかし、エナがその手を叩いた。


「エナお姉ちゃん? どうしたの?」


「はしたないですわよ、アイミー」


「マオちゃんが良いって言ってたんだよ?」


「……だったら、もう少しマオさんやレイレイさんと仲良くして下さいな。私ばかりに頼ってもダメですわよ」


「――今の、結構痛かったんだけど?」


「当然ですわ。姉として、妹の将来を案じて注意しましたのよ」


「……はぁー、そっかー」


 エナに叩かれた手を擦りながら、アイミーは大きなため息をつく。


「もう潮時ってやつかな。飽きちゃった」


「何を言ってますの?」


「ねぇ、エナお姉ちゃん。『マオを殺せ』」


「――っ!?」


 アイミーの言葉は、到底受け入れられない。

 しかし、エナの意思を無視して、体はアイミーの命令を実行に移す。

 手が勝手に動き、懐にある拳銃を取り出す。


「エ……エナっち。何かの冗談……だよね?」


 エナの行動に、マオは乾いた笑いで受け流そうとする。


「こんなの……冗談でも怒るのが普通ですわよ……! マオさん……! くっ! どうして勝手に……!」


「やっぱりアイミーのことが好きなんだねぇ、エナお姉ちゃんは! 私の言う事、ちゃんとやってくれるんだもん!」


「アイミー! や、止めて! 早くエナっちを助け――」


「止めるわけ無いじゃん。マオちゃんを殺すのが『私たち』の役目なんだからさ」


「私たち? 意味がわかりませんわよ!」


「今に分かるよ。目の前のマオちゃんを殺したらね♪」


 止められない動き。

 とうとう、エナの体はマオに拳銃の照準を合わせてしまった。


「逃げて……! マオ……さん!」


「エナっち……」


 何故こんなことに。

 エナとクッキーを作り、少しだけエナの気持ちを聞けた。

 アイミーはヴァリアとレイレイで呼び止めるから、ここに居ないはず。

 日常に侵食してくるアイミーという存在。


 マオはこの光景が夢であると願いたかった。

 しかし、エナの発砲によって撃たれた肩の痛みは、夢の可能性を否定していた。

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