59:友か、妹か
エナは今日もアイミーと談笑を重ねている。
まるで最初から妹がクラスの中にいたみたいに。
アイミーは特段、クラス内で目立った動きはしていない。
そのため、エナとアイミーはクラスメートから温かい眼差しを送られていた。
姉と妹が話し、笑い合う。その光景自体は何らおかしいところがない。
だが、エナと仲が良かった者ほど、彼女らのやり取りを不可解に感じてしまう。
心の中で、違和感が渦巻いていた。
休み時間になる。
マオは席を立ち、エナの元に歩いた。
エナは変わらず、アイミーと楽しげな会話を繰り広げている。
マオの姿に気が付き、彼女の方へ顔を向けた。
「あら? マオさん。どうしましたの?」
「……エナっち」
神妙な顔つきのマオ。
エナはそんな彼女に含み笑いをする。
「親友にそんな顔を向けるだなんて、マオさんったら」
アイミーさえ居なければ、そこからマオとエナのふざけつつも愛のある会話へ移行した。
しかし、その会話はアイミーによって遮られてしまうだろう。
マオは意を決して、自分自身の想いと決着をつけるべく口を開いた。
「今日の放課後、空いてる?」
「放課後? うーん――」
「――放課後はアイミーと遊ぶんだよね? エナお姉ちゃん♪」
アイミーは、エナが考えるよりも早く口を出した。
その影響だろうか。
エナはすぐに考えを訂正する。
『予定はあった』それが彼女の事実となった。
「――そう、でしたわ。ごめんなさいマオさん。放課後は空いてませんわ」
(やっぱり、アイミーが大事なんだね)
マオは複雑な感情が宿っている。
話したい。けど、話したくない。
エナから拒否されれば、マオの心に深い闇を落とすことになる。
しかし、それ以上に、マオはエナとの友情を確かめたい。
自分たちは繋がっている。その事実に触れたい。
「私、ね。一つだけ苦手な物があるの」
「苦手?」
「料理、てんでダメでさ。私が何か作ると、いっつも失敗しちゃう」
「ええ。前に言ってましたわよね?」
「そんな私でも、誰かに贈り物をする時に……愛を込めた手作りを贈りたいなって思うんだ」
「マオさん……」
「だから、ね? 私……レイレイに……クッキー作りたい。でも、私一人じゃ、美味しいクッキー作れないの。だから……だからさ……エナっちに……手伝って欲しいなって……」
「です……け……ど」
マオの真剣な言葉。
その言葉に込められた友情の輪。
エナの心は揺れ動く。
「お願いエナっち。今日だけでいい。今日だけ、私の用事に付き合ってほしいの」
今日だけでいい。
親友が懇願しているのに、自分は何をしているのか。
どうして、妹のために自分を犠牲にして親友の頼みを断っているのか。
エナに一つの疑問が浮かぶ。
確かに妹は大事だ。それと同じくらい、目の前のマオも、レイレイやヴァリアも大事だ。
(何かが、おかしい? 私……大事なことを忘れてる?)
記憶の中のアイミーは、いつも姉にくっついており、甘えたがりだ。
それは学園の中でも変わらない。
そして、アイミーはエナにとって唯一の肉親という記憶も『学習』している。
アイミーは幼いながらも辛い境遇だ。
だから、彼女の言うことは全て聞かなければならない。
――本当にそうだろうか?
何故、マオをヴァリアの剣から庇ったのか。
自分が死ねば、アイミーは一人ぼっちになる。そんな選択を今実行できるかというと、エナは心の中で否定してしまった。
「――ちゃん? エナお姉ちゃん。どうしたの?」
エナはハッとして、アイミーを見る。
心を穏やかにする、アイミーの視線が刺さる。
彼女のために。脳内でそう『命令』された。
しかし、エナはその命令に背いた。
「――分かりましたわ。マオさん。今日の放課後、クッキー作りましょう?」
「……いいの? エナっち」
「あなたが私にお願いしてきましたのよ? もっと喜んで欲しいですわね」
「――えへへっ、うんっ!」
弾ける笑顔のマオ。
エナはその顔を見て、心を暖かくさせた。
アイミーも多分、同じ表情は出来る。
だが、エナはその時と比べ物にならないほどの愛を、マオに感じた。
「エナお姉ちゃん。今日の放課後はー?」
「ごめんなさいね、アイミー。今日だけは、マオさんの用事に付き合いたいですの」
「お留守番ってこと?」
「ええ。でも、そんな悲観することありませんわ。明日もありますもの。明日からは、一緒ですわよ」
「……しょうがないなぁ。今日だけだよ!」
(――使えねぇなあ。そろそろ潮時かなぁ?)
マオやエナに聞こえないほど小さな声。
アイミーは笑顔を作りながら、そう呟いた。
その言葉は、彼女の本性を垣間見せるものだった。




