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58:愛想を振りまく少女は奇怪で

 翌朝まで、ヴァリアはアイミーの亡骸を見守っていた。

 当然のごとく、アイミーの息は吹き替えらない。


(あれはアイミーなりの脅しだったのか?)


 アイミーの幼い表情から放たれた不気味な笑み。

 ヴァリアは薄気味悪さを感じながらも、お風呂を借りた後、いつも通り学園へと登校する。


(アイミーのことより、どうやってエナに説明すればいいだろうか……)


 アイミーが居なくなれば、エナは必ず動揺してしまうだろう。

 その時、自分は真実を伝えることができるだろうか。


 ヴァリアは彼女と過ごした日々のことを思い返す。

 ようやくわだかまりも解けてきたのに、エナとの関係を白紙に戻す。

 ヴァリアは首を横に振る。マオ、レイレイ、エナの三人が楽しく日常を過ごせれば、それでいい。

 自分は彼女たちの日常を守る戦士だ。


 ヴァリアは教室のドア前で立ち尽くす。

 意を決して、ドアを開いた。


「おはよう、ヴァリアちゃん!」


「……な、何?」


 ヴァリアに挨拶を交わした少女。

 それは、紛れもないアイミー本人だった。


 アイミーは昨夜の傷など知らないといった様子だった。

 いつものように、クラスメートに振りまく愛想の良い笑顔。

 何一つ違わない。昨日と同じアイミーが教室にいた。


「ん? どうしたのかなぁ?」


 ヴァリアは、アイミーのまんまるの瞳に見透かされる感覚を覚える。


「貴様……どうしてここに」


「えー? 私はここの生徒だからだよ。ヴァリアちゃんったらおもしろーい」


 アイミーは、相手を馬鹿にするかのように、一つ高い声でヴァリアと話す。

 ヴァリアのうろたえる様を見て、彼女の不自然な挙動に含み笑いまでしている。


 すぐにヴァリアは教室を出る。

 目的はテントの近くにあった亡骸だ。

 亡骸が復活して教室に来ている。

 全速力で息も切れ切れで、ヴァリアはテントに到着する。

 亡骸のあった場所を見る。


「どういうことだ……?」


 亡骸はあった。

 切断跡がくっきりと残っているため、昨夜に戦ったアイミーであることは確かだ。


(アイミーは双子だったのか?)


 ヴァリアは亡骸を調べるために近づいた。

 まず、心臓の音を確認する。

 当然のごとく、心臓は停止していた。肌の温度も確認する。

 亡骸の手は冷たく、硬直している。


「やはり双子の可能性が……ん?」


 アイミーに近づいて、初めて分かる音。

 何かを定期的に刻む音。まるで時計のようだった。


(――まさかっ!)


 ヴァリアは即座に亡骸から距離を取る。

 その瞬間、亡骸は大きな音と共に爆発する。

 爆風を受けつつも、ヴァリアは亡骸の存在を確認しようと目を開けていた。

 だが、爆発が収まった後に残ったのは、破壊されたテントと、爆風を受けたヴァリアだけだった。

 亡骸は木っ端微塵に破壊され、証拠すら残らない状態となっていた。


 ****


 エナとアイミーは、どの休み時間も二人でいる。

 ヴァリアは何とかしてアイミーと話そうと努力するが、必ずエナが邪魔をしてしまう。

 アイミーを守るために、エナが率先して阻止してしまうのだ。

 アイミーと接触することは難しい。


 そう考えたヴァリアは、協力者を集うことに決めた。


「――ということがあったんだ」


 ヴァリアは授業と授業の合間という僅かな時間を用いる。

 マオとレイレイを図書館に呼び出し、ヴァリアは昨夜から今朝の出来事を話した。


「うん。やっぱりアイミーちゃんは怪しい……!」


 レイレイは、アイミーを最初から訝しげに見ていた。

 そのため、ヴァリアの話を疑いもなく信じている。

 一方、マオは未だに困惑していた。

 ヴァリアが戦ったのは別の何かではないのか。


「先輩もレイレイも……どうしてアイミーを疑ってるの?」


 マオは、エナと楽しそうに話しているアイミーの姿を回想する。

 アイミーがエナに振りまく笑顔。あれが嘘とは思えない。


「前も言ったけど、エナちゃんの変わり様はやっぱりおかしいと思う。」


「見間違いではないんだ。確かに私はアイミーと戦い、そしてこの手で一度は殺した」


「ねぇ、先輩」


「何だい?」


「エナっちとアイミーの関係、私は大事にしたいって思うんだ。この前の、先輩とお兄さんの戦いがあったから尚更……」


「マオ……」


 記憶の隅に存在する嫌悪感と憧れ。

 エナとアイミーの関係性を大事にしたい。二人が仲違いしてはいけない。

 マオの中で、飲み込めない『何か』がしこりとして残り続けている。

 それが何なのか、マオには分からない。

 二人が仲良くあってほしいという『願い』が、マオの判断を鈍らせていた。


「ごめん。多分、今の私が変に意固地なだけ、なんだよね」


「マオちゃん……」


「えへへ、何だろうねこの感情。二人が……あのまま姉妹として過ごして欲しいって、思っちゃうんだ」


 マオは胸の辺りに手を当てる。その手は震えていた。


「私、自分の感情が分からないよ」


「え?」


「エナっちは私の大事な親友。だからこそ、妹のアイミーといつまでも仲良くなってほしいって気持ちがある。けどね? エナっち、どうしていきなりアイミーのことしか考えられなくなったの? って。私たちのこともちゃんと見てよって……。何か、ぐちゃぐちゃになって分かんなくなって――」


「マオちゃん……」


 レイレイはマオに近づく。

 そして、彼女を優しく抱きしめた。

 頭をゆっくり撫で、幼子をあやすかのように背中を優しく叩く。


「辛かったんだね、マオちゃん」


「レイレイ……」


「その気持ち、エナちゃんに直接言ってみようよ。ねっ?」


「……うん。ありがとう、レイレイ」


 今だけは、レイレイに甘えたい。

 マオは彼女の胸の温もりに甘え、そしてそっと目を閉じた。


(エナっちは私とレイレイを親友だと言ってくれてる。だったら、方法が一つある。その方法でダメなら……私たちはもう……エナっちとは……)


 エナの心を動かす方法が一つだけある。

 マオはその方法に賭けるしかない。

 しかし、この方法はエナとマオの友情を確認するものでもあった。

 友情がアイミーより軽い場合、方法は失敗に終わる。


 一か八か。

 マオは自分自身の感情に決着をつける意味でも、この方法を採用することを決めた。

 三人の友情の絆が、アイミーの存在よりも強ければいい。

 そう願いながら、マオはレイレイの腕の中で静かに目を閉じるのだった。

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