57:刺客との遭遇戦
ヴァリアは放課後も忙しい。
彼女は今日、司書の仕事を任されていた。
図書室での編纂作業は資料集めに時間がかかる。
そのため、先生の中でやりたがる人は皆無だった。
先生たちは生徒たちの教育で暇はない。
編纂以外の仕事が多すぎる。
その代わりにヴァリアが率先して仕事をする。
先生たちはそんなヴァリアに感謝していた。
「さて、と。今日は遅くなってしまった……」
目標としていた編纂が完了した時は、すでに夜遅くなっていた。
寮に住む生徒は、門限というものが存在する。
しかし、ヴァリアはテント暮らしのため、実質的に門限が存在しない。
(お風呂を借りるのは翌朝にしよう)
彼女も一人の人間。
お風呂だけは寮の施設を借りている。
だが、門限を過ぎてしまえば、寮には入れない。
お風呂は朝から入れるため、ヴァリアはお風呂を翌日へ回そうと考えた。
となれば、次に彼女が考えるのは次の仕事内容。
先生たちから頼まれた仕事は沢山ある。
ヴァリアの学費を工面している都合上、先生たちも気兼ねなく彼女に仕事を頼める。
ヴァリアも気分良く学生生活を送れる。
二つの事情が噛み合っているのもあり、ヴァリアは仕事にやる気を見出していた。
「明日は演習場の掃除と書類の整理。後は……」
ヴァリアは正面を向いた。
すると、奥に潜む影に気がついた。
彼女は目を凝らし、影の正体を突き止める。
それは最近転入してきたアイミーの姿だった。
月明かりの下、アイミーの愛らしい容姿が浮かび上がる。
しかし、その表情には不気味な笑みが浮かんでいた。
「こんばんわ。ヴァリアちゃん!」
「アイミーか……。門限はどうした?」
アイミーは寮で暮らす生徒のはずだ。
そもそも、この学園で寮を使わない生徒はほぼ存在しない。
登校してくる生徒は近隣の村の人間しかいない。
「可愛い私にはね、門限なんて無いんだよ♪」
その場でくるくる体を踊らせて、愛さしさを訴えるアイミー。
ヴァリアは冷ややかな目で見つめている。
彼女はレイレイから相談を受けていた。
アイミーが来てから、エナの様子がおかしくなったこと。
自分の気のせいかもしれないが、気になってしまうのだ。
ヴァリアはレイレイの言葉を受け入れ、アイミーを注意深く観察する。
「こんな時間に何の用だ?」
「それは私もおんなじだよ。ヴァリアちゃんこそ、こんな夜中に何をしてるのかなー?」
「私は仕事があったんだ」
「そっかぁ。ヴァリアちゃんってこの学園で仕事、してるんだ。なんで?」
「先生の手が回らない仕事を行うことで、学費を工面してくれてるんだよ。だから、私は親から勘当されてもここで勉強出来ているんだ」
「……あー。なるほど……。それは『学習』してなかったぁ。うっかりさんだなぁ……」
頭を掻くアイミー。
一瞬。ほんの一瞬だけ、アイミーの表情が固くなった。
それをヴァリアは見逃さない。
レイレイの杞憂は本物になるかもしれない。
だから、ヴァリアは敢えてこの状況でアイミーを問いただすことにした。
「アイミー。お前の目的は何だ?」
「目的? 特に無いよ?」
「いや、それは無いな。エナに近づき、何をしようとしている?」
「エナは私のお姉ちゃんだもん。近づくのは当たり前だよ?」
「アイミーが来てから、エナはおかしくなった。彼女は妹がいるからといって、親友をないがしろにするような子ではない」
「ふーん」
「そして、エナがお前と教室で初めて会った時。確実にエナはお前のことを知らなかった。――エナに何をした?」
ヴァリアはレイレイの杞憂を全て自分が見て聞いたことして説明する。
もしも、アイミーが何かを企んでいるとしたら、レイレイが危険になる。
彼女に危害が及ばないよう、ヴァリアが代わりにレイレイの指摘を自分のことのように説明したのだ。
「……結構鋭いんだねぇ。ヴァリアちゃんは」
「何?」
「私に気づくのは、レイレイちゃんが最初かなって思ったけど、認識改めないとだね。――うん。『学習』した。ヴァリアちゃんはバカじゃない。一応、学はあるんだ」
「何が言いたい?」
「それはね?」
刹那。アイミーが動く。
ヴァリアはその一瞬で、彼女が敵意を持ったことを理解する。
彼女の手に握られていたナイフが見えたからだ。
月明かりに反射して、ナイフの刃が冷たく光る。
「――ヴァリアちゃんはこれから死ぬってこと」
ヴァリアは背後に移動したアイミーを察知し、動いて避けた。
「やるね~。勇者の末裔って言っても、やり手なんだぁ」
剣を抜き、ヴァリアも戦闘態勢を整える。
アイミーは自分を殺す気だ。
彼女の愛らしい眼は、殺人鬼の狂気の瞳へと変わっていた。
「ちょうどいいや。私の『学習』成果がどれほどのものか、お姉ちゃんで試させてよ」
「学習成果か……。良いだろう」
「そんな顔しちゃって♪ せめて五秒は保ってよね!」
飛び出すアイミー。
俊足で近づいてくる彼女に、ヴァリアも対抗する。
わざわざ向かってくる相手に、ペースを合わせる必要はない。
ヴァリアの兄のように、敵の攻撃をいなして僅かな隙に斬ればいい。
そして、今のヴァリアには相手の弱点が見える。
どこを斬れば相手に効率よく致命傷を負わせられるか。
それがヴァリアには分かるのだ。
アイミーはナイフで襲うが、ヴァリアは剣で正確に弾いていく。
金属のぶつかり合う音が、静まり返った学園内に鋭く響き渡る。
「ヴァリアちゃん。戦い方変わったんだぁ!」
「お前に言われるまでもない!」
「ヴァリアちゃんは無鉄砲に向かってくる相手には立ち回りを変えられる。うんっ♪ 『学習』したよっ!」
激しい金属音が打ち合い、夜の学園に響き渡る。
寮から離れているのもあり、二人の戦いを止めるものはいない。
どちらかが戦闘不能になるまで、戦いは続く。
「中々、死んでくれないねぇ!」
「死ぬ気はない!」
「ナイフじゃダメか。――じゃこれで死ね」
「――っ!?」
アイミーが懐から取り出したのは、拳銃。
彼女は拳銃をヴァリアの腹部へと向ける。
ナイフに気を取られたヴァリアは拳銃の登場に気が紛れた。
その一瞬の緩みが仇となった。
アイミーが放った魔力の弾丸は、ヴァリアの脇腹を貫いたのだ。
「ぐっ!」
「あれあれ? 痛かったぁ? そこ、あなたの『お兄様』が斬った箇所だもんねぇ!」
「ふざけるな……!」
「痛いって聞いてるんだけど? 今のヴァリアちゃんに残された会話は『はい』か『いいえ』だよ」
「――ちっ!」
ヴァリアは拳銃が破損する箇所を見た。
ちょうど銃口の部分。そこを斬れば拳銃は無効化される。
即座に、ヴァリアは拳銃に向けて剣を斬り上げた。
アイミーも負けずに、銃の引き金を引く。
だが、ヴァリアの動きの方が素早く、引き金が引き切る前に銃口が傷つけられた。
その影響により、銃の照準は狂い、ヴァリアの顔を掠めてしまった。
アイミーはもう一度引き金を引く。
だが、引き金を引いても弾は発射されない。
拳銃はすでに壊れてしまっていた。
「あらら。壊れちゃった。やっぱり骨董品はゴミ性能だねぇ」
ヴァリアは今、死を意識している。
当然、アイミーの致命傷を見極めてもいる。
ここで彼女を斬ってしまえば、彼女が死ぬことになる。
(私を殺そうとしたなら、マオたちにも危険が及ぶのは確実か……。なら、泥は私が被る!)
「アイミー、今ここでお前を殺す」
「殺す? いいの? エナお姉ちゃんが悲しむよぉ?」
「構わない。元々私は彼女に酷いことをしてしまった。マオたちが楽しく暮らせば、私に後悔はない」
「私を簡単に殺せると思ったら大間違――」
ヴァリアはアイミーの急所を斬り捨てた。
アイミーの体に、斜め右の切断跡が現れる。
そこが、ヴァリアが斬った箇所だった。
鮮血が吹き出し、アイミーが地面に倒れる。
「へぇ……ヴァリアちゃん……私の弱いところ知ってたんだぁ……」
「――見えるだけだ。相手の弱点が」
「面白い能力だねぇ……それ、勇者の力ってやつ? へへっ、『学習』したからね。次は……殺しちゃうから……」
「次はないだろう。お前はここで息絶えるのだから」
「……そう、かな?」
「何?」
「明日の朝が……楽しみだねぇ……」
そう言って、アイミーは息絶える。
ヴァリアは呼吸を確認するが、確かにアイミーは死んでいる。
(明日が楽しみだと?)
死人が生き返る。
兄の能力でも無いのに、そんなことが可能なのか。
異様な気味の悪さを感じながら、ヴァリアはアイミーの死体をテントの近くへ運び、監視することにした。
しかし、朝になっても、アイミーが目を覚ますことはなかったのだった。




