55:不在中の転入生! アイミー登場!
四人の小冒険はひとまずの終わりを迎えた。
無事に学園へとたどり着いた四人に待ち受けるのは、いつも通りの日常。
しかし、マオはそんな日常の到来を待ちわびていた。
今度こそ、親友たちと楽しい日々が送れる。
ベルカナンの存在がマオの心に引っかかっていたが、四人で立ち向かえば大丈夫だ。
そう思えば、マオの心は軽くなった。
学園には夜中に到着したため、一旦別れて朝を迎える。
マオは授業で使用する本を鞄に詰め込み、勢いよく寮を出ていく。
寮の出口で待つレイレイと共に、マオは教室へと歩いていた。
マオの足取りは軽く、ツインテールも快活に動く。
表情も嬉しさがこみ上げてくるのを抑えられないくらい、傍目でも分かるものだった。
「んーっ!! 久々の学園生活だー!」
そんなマオに、レイレイはクスクスと笑う。
いつも以上に元気な彼女を見て、レイレイも元気を貰う。
「元気だね、マオちゃん」
「だって、レイレイが魔法使えるようになったんだよ! そりゃ、これからの学園生活はもっと楽しくなるに決まってるよ!」
鼻息を粗くしながら、マオはレイレイに力説する。
魔法が使えるようになったことを自分のことのように喜んでくれる友人。
そんな彼女に、レイレイは心の底から感謝する。
「ふふっ、そうだね」
教室までの廊下であっても、マオの元気は消えない。
ルンルン気分の彼女は、思わずもう一人の親友の名前を口ずさむ。
「あー! この有り余った元気をエナっちにも分けてあげたいくらい!」
「聞こえてますわよ。マオさん」
親しみある声が聞こえて、エナは後ろを振り返る。
そして、マオに向かって手を軽く振っていた。
「あ、エナっち! おはよう!」
「おはようございますわ。マオさん、レイレイさん」
マオとレイレイが駆け足でエナに合流する。
三人が話すのはこれからのこと。新しい日常のこと。
そんな他愛もない会話が、三人にとって大切で、守りたい日常なのだ。
マオが先導して、教室のドアを開け放つ。
クラスメートたちと会話するのも久々だ。
きっと、レイレイの魔法について色々聞かれるのだろう。
(レイレイが疲れない程度に、私が間に入って話さなきゃね)
レイレイのフォローをする決意を固め、彼女は教室全体に聞こえるように大きな声で久方ぶりの挨拶をクラスメートに向けた。
「みんなおはよう! 私たち無事に帰ってきましたよー……っと?」
教室を見回すマオ。
しかし、見慣れない顔が一人いた。
マオたちより身長は一回り小さい少女。
その少女は癖っ毛のある栗毛のボブスタイルをなびかせながら、マオたちに近づいた。
無邪気な笑顔。見るものに癒やしを与えるかの如く、少女は愛らしい表情をしていた。
大きな瞳は輝きに満ち、頬は僅かに上気している。
まるで、待ちに待った人物との再会を果たしたかのような、喜びに満ちた表情だった。
「おはよっ! あなたがマオちゃん!? わーっ!会えて嬉しいなっ♪」
少女はマオの手を取り、元気いっぱいな笑顔を煌めかせる。
少女の愛らしさに困惑しながらも、無碍に出来ないマオ。
とりあえず、彼女は名前を尋ねることにした。
「あ、あの……どなた?」
少女は舌をペロッと出して、頭を掻く。
その仕草は、まるで小動物のような無邪気さに溢れていた。
「えへへっ♪ 紹介が遅れちゃった! ごめんねっ! 私はアイミー! ちょうどあなた達が旅に出た時に転入してきたんだー」
なるほど、とマオは納得する。
クラスメートなら仲良くしないわけがない。
マオはアイミーの転入を心から歓迎する。
「そっかー。よろしくねアイミー!」
「うんっ! ――あっ!!」
マオと挨拶を交わした後、アイミーはエナを見た。
すると、アイミーの表情が数倍にも輝く。
まるで、長年会えていなかった人と感動的な再会を果たしたかのように。
「な、なんですの?」
一方、エナはアイミーに対して疑問を感じている。
明らかに元気が良すぎる彼女に対して、妙な気味の悪さが胸の中に巣食っているのだ。
それは、アイミーが放った次の言葉により確信へと変わっていく。
「……お姉ちゃん」
「――は?」
どういうことだと言わんばかりに、エナは眉をひそめる。
「お姉ちゃんだよねっ!? エナお姉ちゃん!」
「お、お姉ちゃん……他人の空似では? 私、あなたのような妹なんて知りませんわよ?」
自分に妹はいない。エナの記憶ではそれが真実だ。
だが、目の前の少女は自分のことを『姉』と言う。
自分は一人っ子だ。姉妹などいない。記憶を何度も巡らせても、結論は一つだった。
「え? ……お姉ちゃん。アイミーのこと忘れちゃったの?」
涙目になりながら、アイミーはエナに飛びついた。
その一瞬、エナの頭に触れるアイミー。
「え、ええ。残念ながら、私の記憶には――っ!?」
その瞬間、エナの記憶に新たな情報が書き込まれた。
自分には年の離れた妹がいて、自分だけ先に学園に入ったこと。
そして、妹の存在は絶対であること。
何者にも優先しなければならない、大事な家族であること。
「……お姉ちゃん。私の目を見てよ。こんな可愛い妹、本当に忘れちゃったの?」
キラキラした目を見て、エナの心は締め付けられる。
今の今まで、妹を忘れてしまっていた事実。
学園生活が楽しすぎて、大事な妹を忘れてしまったのか。
途端、エナは元気を無くし、目の前の愛おしい妹の存在に支配される。
「…………そう、でしたわ」
今までの忘失を塗り替えるかのように、エナはアイミーの小さな体を抱きしめた。
その暖かさが感じられる抱きしめ方に、アイミーもうるうると瞳を震わせる。
二人の再会を見守る周りの生徒たちもまた、感動的な光景に心を打たれていた。
「ごめんなさい。私、どうかしてましたわ。アイミーのこと忘れるだなんて……私の妹なのに」
「うん。大丈夫だよお姉ちゃん。私ね……寂しかったけど、今まで泣かなかったんだから」
「そうですの。でも、もう心配要りませんわ。私がずっとついてますから」
「ありがとう! やっぱりお姉ちゃん大好きだよ!」
(エナは扱いやすくて……本当、ね)
突然挟まれた感動的な再会。
マオは目を丸くすることしかできない。
いや、それよりもエナに関する新たな事実に驚くばかりだった。
「え!? エナっち妹いたんだ!」
「ええ。居ますわよ。というか、ここに居ますもの」
マオに対して、先程から少しだけ冷たく変わって言い放つエナ。
エナの中の優先順位が、一人の少女によって歪められた証拠だった。
「あれ? 前に聞いた時って確か……」
レイレイが疑問を持つ。
前に聞いた時は『居ない』と言っていたことを、レイレイは記憶している。
そして、それはレイレイが聞いた分には、当時のエナは真実を話す誠実さがあった。
だが、エナはレイレイの疑問にも当然のように答える。
「何かの聞き間違いではなくて? 私、最初から妹がいるって言いましたわよ?」
きっぱりと答えるエナ。
隠し事もなく、友人に対して、誠実に回答するエナ。
そう。あの日と同じ様に、エナは誠実に回答していた。
今の彼女には妹が居るという記憶があるのだから。
「……うーん、そっかあ。聞き間違いかなぁ……」
他愛ない会話だったため、マオも詳細を覚えていない。
妹の前でいるいないを論争するのは失礼だ。
悲しき結末を迎えたヴァリアとデサイスという兄妹。
そんな直近の出来事もあり、マオはそれ以上の追求は止めた。
それに、マオが見る限り、エナとアイミーに険悪な雰囲気は感じられない。
むしろ、お互いを好いている雰囲気だった。
その仲をわざわざ引き裂く必要を、マオは感じなかった。
(……エナちゃん。何か、おかしい……)
しかし、レイレイは確かな違和感を抱いていた。
エナの様子は、明らかに以前と違う。
まるで、別人のようだ。
それでも、目の前で繰り広げられる姉妹の再会に水を差すわけにもいかない。
レイレイは心の中で疑問を飲み込み、笑顔を作り上げた。
「そっか! エナちゃんの妹さんなんだね。よろしくね、アイミーちゃん」
「うんっ! よろしくねレイレイちゃん! お姉ちゃんのお友達は私のお友達だよ!」
無邪気に笑うアイミー。
その笑顔に、教室内は和やかな空気に包まれていく。
だが、レイレイの心には晴れない雲が残っていた。
アイミーという少女が、何者なのか。
そして、エナに何をしたのか。
レイレイは笑顔を保ちながら、アイミーを観察し続ける。
真相を掴むまでは、彼女から目を離すわけにはいかないのだ。




