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53:《クリティカル》

「っ――!」


 デサイスの剣が、マオの腕をかすめる。

 その隙を突くように、デサイスの手から氷の雫が放たれ、容赦なくマオを襲う。


「ガハッ……!!」


 雫が次々とマオの体を傷つけていく。

 鋭い突起が肉に突き刺さり、激痛が全身を駆け巡る。

 フラフラと後ろに下がりながらも、マオは必死に魔力を集中させ、突き刺さった氷片をはじき飛ばす。

 呼吸が激しくなる。

 目の前の強敵を倒すには、あまりにも力不足だった。


「貴公では我に勝てぬ」


 デサイスは冷たく告げる。


「くっ!! やっぱり強い……!」


 エナは無事だろうか。

 危機的状況の中でも、マオは仲間のことを案じずにはいられない。


 一方、レイレイとユクトは泉の水を携え、橋のたもとまでたどり着いていた。

 しかし、橋が崩れているため、マオたちの元へ行くことができない。

 レイレイたちの目には、必死に戦うマオの姿が映る。


「マオちゃん!」


「橋が崩れてますです! どうやって向こうへ渡れば……!」


(マオちゃんを助けたいのに……! どうすれば……!!)


 レイレイは歯がゆさを感じていた。

 橋が崩れた時に使った精霊魔法では、滑空するだけで、端から端までは届かない。


「これで貴公も余の仲間入りだ」


「まだ……! まだ……だよ!」


 口では強気だが、すでに膝が笑っている。

 長期間の戦闘で、マオの体力は限界に近づいていた。


 その時、新たな人物が割り込んできた。

 ヴァリアを担いだドラシアだ。

 彼女はヴァリアを下ろすと、デサイスを冷ややかな目で見据える。


「まさか、おぬしが居たとはの。デサイス」


「龍族に……ヴァリーか」


 ヴァリアはマオに近づき、その体を労わる。

 そして、デサイスを睨みつけた。


「兄様……これ以上は……止めて下さい」


「出来ぬ。それが魔咏師団の余の役割だからだ」


 マオのために戦いたい。

 しかし、ヴァリアの体調はまだ万全ではない。

 彼女の中に残る闇の魔力が、体に作用しているのだ。


「――分かった。ありがとう、精霊さん」


 レイレイは、精霊に言われたたった一つの方法を決意する。

 今、この状況で橋の向こうにいるマオたちに貢献できる唯一の手段なのだ。


「ししょー! そっちに泉の水届けますです!!」


 大きな声で、ドラシアへ向けて叫ぶユクト。

 その声を聞いたドラシアは、彼らの方を見やる。


 レイレイは目を閉じ、精霊に教わった呪文を唱え始める。

 ユクトが持つ水筒。泉の水が入った水筒を、ヴァリアの元へ届けるのだ。


「時を超え、座標の定めし地点へ転移せよ! カテルノルディ――」


 水筒を思い浮かべたレイレイ。

 次に、ドラシアの魔力を捉える。

 目を閉じて、彼女の体内に持つ『魔力』だけを感じ取る。


(――あった! ドラシアさんの魔力!)


「――フォンストラン!!」


 呪文が完成すると、ユクトの手の水筒が光り輝く。

 そして、その水筒はレイレイたちの前から消え、ドラシアの近くに転移した。


「っと! さすがは精霊魔法じゃな!」


 ドラシアは素早く水筒を掴むと、駆け足でヴァリアの元へ向かう。


「マオ。これで貴公も死ぬ。そして、余に従え」


「そんなこと……嫌だ!」


「待って! マオを傷つけないで!」


「邪魔だ、ヴァリー」


 ヴァリアがマオを庇おうとするが、デサイスは容赦なく彼女を突き飛ばす。

 地面を転がるヴァリア。


「終わりだ。マオ。結局、魔王の力が発現することなく、終わったか」


「私は……!」


 魔王の力を使わざるを得ない状況に追い込まれるマオ。

 観念するしかないのか。マオは目を閉じ、覚悟を決める。


(――もう、ダメ……!)


 デサイスが剣を振り上げ、マオに叩きつけようとする。

 しかし、その前に重い金属音が響いた。

 ヴァリアがマオを守るため、剣で受け止めたのだ。


「ヴァリー……」


「先……輩……!」


「ありがとう、マオ。ここまで頑張ってくれて。後は私に任せてくれ」


 ヴァリアは違和感を覚えた。

 前とは違い、デサイスの剣に重さを感じない。

 彼が手加減しているのか。

 いや、ヴァリア自身の力が上がっているのだ。


(この湧き上がる力……。泉の水の効果、なのか……?)


 そして、もう一つの変化があった。

 ヴァリアの目に、デサイスの鎧の『綻び』が見えたのだ。


(――これは何だ?)


 その綻びに従い、ヴァリアは剣を薙ぎ払う。

 すると、硬さを誇っていた鎧の一部が呆気なく砕け散った。


「何?」


「鎧が砕けた! 凄いよ先輩!」


「この力は……一体……!?」


 自分の力に驚くヴァリア。

 今までとは異なる能力に目覚めたのだ。


 その光景を見ていたドラシアは、ヴァリアの戸惑いに感心する。


「ほう……」


(相手の弱点、そこを的確に突けば致命傷を負わすことができる。

 勇者の伴侶はそれを『クリティカル』と名付けておったか。

 力の名前などどうでもいいのに、あやつは命名に熱心だったからのう……)


「面白いのう、イクス。あの姿、かつての勇者を思い出さぬか?」


『そうだな……』


 思わずエクスカリバーに呼びかけるドラシア。

 エクスカリバーは在りし日の勇者を回想しながら、同意した。


「兄様の罪は、私が裁きます……!」


 ヴァリアは決意する。

 この役目をドラシアやマオに押し付けるわけにはいかない。

 自分が、兄の想いを受け止めて前に進まねばならないのだ。


「先輩! エクスカリバーを!」


「いや、大丈夫だマオ」


(きっと、古の勇者もそうだったはずだ。最初からエクスカリバーを使っていたわけじゃない。自分自身の力で、未来を切り開いたはずだ!)


「来い、ヴァリー。これで全てを終わらせよう」


「行きます……兄様!!」


 デサイスの弱点が見える。

 ヴァリアの視界に、彼の致命傷となる部分が浮かび上がる。


 まっすぐ走るヴァリア。

 デサイスが真っ向から攻撃を受け止めようとするが、彼女は予想外の動きを見せる。

 背後に回り込み、一気に距離を詰めたヴァリアは、全身の力を込めて剣を振り下ろす。


 剣は鎧の裏側、背中の中央に叩きつけられた。

 鎧は軋む音を立てて歪み、亀裂が走る。


「……!?」


 さらに剣を突き立て、ヴァリアは鎧を貫通させる。

 鋭利な刃が肉体に食い込み、鮮血が吹き出した。


「ぐ……が……」


 ヴァリアが剣を引き抜くと、デサイスは崩れるように倒れ込む。

 背中の鎧は大きく裂け、傷口からは血が滲んでいる。


「ヴァ……リー……」


 血を吐きながら、デサイスはヴァリアへと話しかける。


「兄様!」


 ヴァリアはデサイスを抱きしめ、顔を近づけた。

 鎧を外すと、そこには優しい兄の面影があった。


「……お前に、こんな役目を押し付けてしまったな……すまない」


 デサイスの手を握るヴァリア。

 その手は、次第に冷たくなっていく。


「いいえ……! 私こそ……申し訳ございません……兄様を一人にしてしまったのは私のせいで――」


「自分を責めるな。お前は頑張った。だから……あんなに素晴らしい仲間がいるんだろ?」


 闇に堕ちたとは思えない程のデサイスの顔。

 ヴァリアによって、魔が払われたのだ。


「……兄、様」


「せめてもの手向けだ……これからは……勇者の肩書を気にせず……自由に生きろ……」


「――お兄ちゃん!」


「こんな……俺を慕って……ありが……」


 デサイスの声が弱々しく途切れ、静かに目を閉じる。

 その唇に微かな笑みを浮かべたまま、彼は息を引き取った。


 荘厳な沈黙が辺りを包む中、ヴァリアはデサイスを抱きしめ、涙を流し続けた。

 兄を失った悲しみと、彼を解放できた安堵が入り混じる。


 マオはそっとヴァリアの肩に手を置き、共に兄を見送る。


 ドラシアは、ヴァリアたちを見守りながら、エクスカリバーに語りかける。


「イクス、あの娘もきっと立派な勇者になる。そう思わぬか?」


『そうだな。今は悲しみに暮れているが、彼女なら乗り越えられる。そして、新たな時代を切り拓くだろう』


「うむ。わしも楽しみじゃ」


 ドラシアの言葉に、エクスカリバーは静かに頷いた。

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