48:試される心
レイレイとユクトは泉へと駆け抜ける。
マオとエナから託された大切な役目。
ヴァリアを救うため、泉の聖水を入手することだ。
「ユクト君! あとどれくらいかかるの!?」
レイレイが息を切らしながら尋ねる。
「あともうちょっとなのです!」
ユクトの声は力強い。
「分かった!」
自分でも誰かの役に立てる喜び。
精霊魔法が使えるようになって、レイレイの自信は大きく膨らんでいた。
今まで、自分はほとんど傍観者だった。
魔法が使えない自分は、ずっとマオに頼り切ることになるのだろうかと、大きな不安と小さな焦燥に苛まれていた。
だが、もう怯える必要はない。自分には力があるのだから。
「……着いたのです!」
レイレイとユクトの眼前に、神秘的な泉が広がる。
深い森の奥、苔むした岩肌から湧き出るその水面は鏡のように澄んでいるが、底は見えない。
泉の周りには色とりどりの花々が咲き乱れ、甘い香りが漂っている。
近づくと、肌に心地よい風が吹きつけた。
その光景に息を呑むレイレイ。
だが、彼女はすぐに我に返り、ユクトに向き合う。
「ユクト君! 早く水を汲もう」
「はいです!」
ユクトはドラシアから託された革製の水筒を取り出す。
水筒の表面には複雑な模様が刻まれており、魔法の呪文が込められている。
彼はそれを泉に沈め、澄んだ水を汲み上げた。
不思議なことに、水は水筒に入れた瞬間から一層輝きを増す。
水筒を引き上げたユクト。
レイレイは静かに目を閉じ、祈りを捧げた。
「神々よ、この泉の恵みに感謝します」
『――スレイン。君は本当に精霊魔法を使う資格があるのかな?』
「……え? ユクト君、何か言った?」
イレイが目を開ける。
しかし、ユクトは首を傾げるばかりだ。
「? 何も言ってないですよ?」
「そう……もしかして、また精霊の声なのかな……」
レイレイの脳裏に、見知らぬ声が響く。
精霊魔法を使いたいと願った時、その声に導かれ、状況に応じた魔法を使えるようになった。
ユクトとの戦いでは土の魔法が、崩れる橋では風の魔法が彼女を助けた。
だが今、聞こえたのは疑問の言葉だ。
「精霊魔法……扱う資格……」
レイレイがぼんやりと呟く。
「レイレイ殿は資格ありですよ! ボクが保証しますです!」
ユクトが力強く言い放つ。
「うん。ありがとう、ユクト君」
微笑むレイレイ。
「……べ、別に礼を言われるようなことはしてないのです」
そう言いながら、ユクトは顔を赤らめて目を逸らした。
その優しさに心打たれつつ、レイレイは立ち上がる。
「じゃあ、戻ろうか」
「はいです!」
二人は急ぎ足で泉を後にする。
この水筒を、一刻も早くヴァリアに届けなければ。
しかし、その瞬間、レイレイの足元がぐらりと歪んだ。
(――えっ?)
視界が歪み、立ち眩みに襲われるレイレイ。
思わず目を瞑ると、彼女の意識は遠のいていく。
やがて気分が落ち着き、再び目を開けた時、そこは学園の外にある演習場だった。
「――レイレイ! 今日は演習だねっ!」
はしゃぐマオの声が耳に飛び込んでくる。
「……あ、あれ?」
レイレイは戸惑いを隠せない。
「うーん……今回はどんな魔物が出てくるのかなあ! 楽しみだねっ!」
いつも通り、ツインテールを揺らして元気なマオ。
「まったく……マオさん! レイレイさんが困ってますわよ!」
呆れたようにマオを諫めるエナ。
いつもの光景なのに、レイレイには違和感がある。
「マオちゃん……エナちゃん……?」
「ん?」
二人が同時にレイレイを見る。
「私たち……ヴァリア先輩を助けるために森にいたんじゃ……?」
当然の疑問を口にするレイレイ。
しかし、マオとエナは笑うばかりだ。
「あははっ! そんなわけないじゃん!! 先輩を助けるだなんて、逆に私が助けられちゃうよ!」
「それ、夢ですわね。なるほど。いつも以上にぽやぽやしてた原因はそれでしたのね」
「夢……?」
いや、違う。
レイレイは必死に否定する。
しかし、学園の空気、二人の雰囲気。
全てが、今ここが現実だと力説しているかのようだ。
レイレイの常識が、ゆっくりと歪んでいく。
「ほらレイレイ! レイレイが居なきゃ私たち何にも出来ないんだから!」
「そうですわ。レイレイさんが居るから、私たちは魔物と戦えますのよ?」
「え、えっ?」
背中を押されるレイレイ。
困惑しつつも、彼女は課外授業へと向かう。
そこで待ち受けていたのは、魔物の群れ。
マオは剣を取り出し、エナは拳銃を構える。
「よし! 今日こそ仕留めてやるんだから!」
「レイレイさんは何もしませんの?」
構えもせず佇むレイレイに、エナが疑問を投げかける。
「いや、これは私たちを試してるんだよ!」
「――なるほど。レイレイさんなら、あんな魔物一撃ですものね」
「そういうこと! じゃあ見ててねレイレイ!」
意気揚々と魔物に向かうマオ。
しかし、彼女の剣捌きは鈍い。
いつもの鋭さが感じられない。
エナの照準も外れまくり、発砲しても当たらない。
「くっ! もう一度ですわ!」
「今日の敵は動きが素早いよ!」
違う。レイレイは首を振る。
いつものマオなら、あの程度の魔物はすぐに倒せるはず。
だが、目の前のマオは明らかに戦闘力が低下している。
「きゃっ!?」
後ろを取られ、背中を蹴られるマオ。
あっさりと剣を手放し、彼女は地面に突っ伏す。
エナも同様だ。魔法を使わず拳銃にこだわり、魔物に近づかれ、
武器を奪われて倒れてしまう。
「マオちゃん! エナちゃん!」
二人がやられ、次の標的をレイレイに定める魔物。
狙われていると悟ったレイレイは、咄嗟に魔法を放とうと手をかざした。
「アロウファメル!」
唱えた瞬間、レイレイの手のひらから無数の炎の矢が放たれる。
初級の呪文のはずが、その威力は桁違いだった。
「え!? う、嘘……!」
灼熱の矢は魔物を一瞬で貫き、炭へと変えてしまう。
あまりの光景に、レイレイは言葉を失った。
「……いやぁ~、やっぱりレイレイは凄いなぁ!」
恥ずかしそうに頭をかくマオ。
「本当ですわね。初級用の呪文であれほど力強い魔法に出来ますもの。将来はきっと、大魔法使いですわね」
肩をすくめて力不足を嘆くエナ。
「私……こんなに強かったの?」
「レイレイ、それって嫌味? もー! 今日のレイレイは何か変だなー」




