第5話『チュートリアルその⑤加工と魔力』
鬱蒼とした森の中、木々の合間から覗く木漏れ日だけが大地を照らすそこにソレはいた。
薄茶色と緑がかった毛並みを震わせながら、獰猛な牙をむき出しにするその巨大な狼。それは、その深緑に輝く瞳で雲一つない空を見上げていた。その表情は自らの縄張りを害されたことによる怒りと、強い力への渇望に満ちていた。
事の発端は数刻前、彼の縄張りの一角で巨大な魔力の揺らぎを感じた事であった。そのころ、洞窟ではノエルが召喚されていたころであった。
その衝撃的な魔力の波動に、飛び起きた彼は縄張り内の異常事態に怒りを感じながらも、その力に可能性を見出していた。
彼は他に比べれば強力な狼であったが真に森の支配者ではない。森の奥地に住まう巨人種の所為で奥には行けず、森の外では都市を築く人類種の戦士に一度手痛い目にあわされて以降、避けざるを得なくなっていた。
そのため、広大な森林の中でも外側に近い、中途半端なところで巣をつくり、そこを縄張りとしていた。
だが、何度も発生するその揺らぎを感じ彼は思ったのだ。
”あの力を我が物とすればこれ以上惨めな思いをせずに済む”
「・・・」
ノエル達は知らないが、召喚魔方陣はMP、魔力があればだれでも使える代物である。スキルが無くとも簡単な召喚魔術であれば、それこそ同族の下僕を呼び出すだけであれば使用できる。無論対価となる触媒と魔力はスキル持ちに比べれば10~30倍近く必要となるが、それでも自身の従順な部下を増やすことができるというのは強力無比な力であるのに間違いはない。
「グルル・・・」
気が付けば彼の後ろには、数匹の狼が巣穴から出て、彼と同じ方向を見つめていた。それを見、ニヤリと笑った彼はその獰猛な口を大きく開き遠吠えし、その狼たちと共に走り出した。
遠吠えの瞬間、驚き飛び上がった鳥たちの中に、妙に丸い奴がいたことに気が付くこともなく・・・。
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「フォレストウルフですか」
日差しを浴びながら、切り倒された巨大な木に手を置きながら、ノエルはアインに見せられた映像を見、そうつぶやいた。
アインの召喚から約2時間、アインのおかげで、洞窟の入り口周辺の安全確認を終えた一行は、外でそれぞれの活動を行っていた。彼とガマ吉は木々の伐採、アインはそのまま、周辺の敵対的な生物がいないかの調査の為森へ、その間小さく筋力が低いノエルが何をしていたかと言うと、切り倒された切り分けられた木材に対し、魔力を送り込み、木を加工のしやすい形へと変えていた。
それはノエルが木を切り倒す為に、その木に触れたとき理解した事だが、驚いたことにこの世界では、物体の状態はある程度であれば、魔力で操作することができるようであったのだ。そのことを知った彼らは、この現象を利用し、木々を切り、木材へと加工していた。
パキパキという音と共に徐々に水分が抜け、少しずつ繊維に添って裂けていく木を見ながら、額から零れ落ちる汗を袖で拭う。
(やっぱり時間はかかるなぁ、多分ある程度なら道具を使った方が早いんだけど。そもそも道具を扱える体してねぇからな俺は。)
他の二人が木と石を組み合わせて作った石斧を使っているのに対し、ノエルはそれを持つこともできず、この魔力による操作だけで、木材を加工していた。とても繊細で集中力がいる作業であり、生来のガサツさからこの手の作業が苦手であるノエルは、ため息を押し殺しながら作業には励んでいた。それでも
、しっかりと仕事をこなせているのは、彼女自身の器用が3と悪くない数値をしていたためか。
(しっかし不思議な現象だ。確かに、ゲーム時代どうやって素手で木を切り倒したり加工したりしてんだって思ってたが、こういうことか。おそらく〈伐採〉なんかのスキルも、実際に伐採の知識が手に入るスキルではなくて、特定の物体に上手く魔力を浸透させる為の技術なんだろうな。でなければ木が素手で倒れるわけがない。っと、アインに指示を出さねぇと)
「アイン、一旦戻ってきてください」
ノエルは、右人差し指を自身の目の前に掲げる。これは、アインとの間に決めていた”撤退”の合図であった。アインの視界が、狼から外れ、洞窟のある崖の方へと動き始めたのを見てから、ノエルは目の前で石斧を木に振りかぶっている2人の方へと飛んでいく。
「マスター、アインが敵対生物を発見しました。おそらくはそれが今晩、襲撃者となるもの達かと」
「ゲゴォ‼」
「よいっしょ‼ふう、随分早く見つかったね」
大粒の汗を垂らしながら、1人と1匹は手を止め、ノエルの方を見る。ノエルは、二人の注目が集まったのを確かめ、崖の上を指差しながらアインの視点から見てきたことを説明する。
「崖上の森林の奥、対象はRANK2のフォレストウルフ1体、RANK1のウルフが3体です。住処自体は近場ではありますが、崖を挟んでいるため、こちらに来るとしたら相当迂回しなければならないでしょうね」
「ゲゴ?」
「”敵の強さはどのくらいか”ですか、RANK2がいるって言ってるじゃないですか。え、それじゃわからない?そうですね、フォレストウルフ単体でも真っ向勝負となったら確実に全滅する程度の強さです」
「向こうが?」
「いえ、当然こちら側が」
「ゲゴォ・・・」
「そっか・・・」
準備しなければ死ぬ、そうノエルから聞かされていた彼は、その報告に驚きこそしなかったが、その不安からか嫌な汗が背中を伝うのを感じる。
「詳しくはアインが帰ってきてから説明しますよ。対策含め色々話したいので」
「それで本当に来るのかな?」
「周囲に他の敵対生物はおりませんし、まず間違いないかと。いたとしても、今日中に来るものではないでしょう」
「・・・次の召喚の前にイビルアイをもう一体召喚してもう少し周囲を探索させるべきかな?襲撃後弱ったところに何か来られても厄介だし」
「心配性ですね。でもその判断は正しいですよ。アイン一人では、ここら周辺すべての敵対勢力を調べることをなんてできませんから。
ですが、今一番足りていないのは労働力です。マスターもわかったとは思いますが、木を一本切り倒すのにもかなりの時間がかかっています。その上、それを使えるように加工し、道具を作るのにもね」
彼はその言葉を聞き、自身が手に持つ簡素な石斧に目を落とす。その作りは、木の柄に洞窟内に落ちていた大き目の石を植物の蔦で巻き付けただけのモノであったが、それを作るのにも、日が傾いていくのを実感できるほどの時間をかけていた。
「そうだね。ガマ吉が結構簡単に作ってたから、僕もできるかなって思ってたけど、結局これを作るのに夢中で、気が付いたらMPが4になっていたぐらいだし。」
「本当はMPが溜まったら速召喚が良いですが、二人してあまりに熱中していたので声を掛けずらくて・・・」
「ゲゴォ」
「道具作りも器用の高いガマ吉にやらせたいのですがね。木材調達ができる者が来てくれればいいのですが」
「その為に召喚はさっさとやっておこう」
「ですね」
「ゲゴ‼」
そういうと一行は洞窟の中へと戻り、魔方陣のある奥へと進んでいく。外とは違い、冷たい空気が彼らの火照った身体を冷やす。
改めてどこまでも闇が続く洞窟を眺めながら、ノエルは気になっていた疑問を口にした。
「そういえば、魔方陣よりも奥って何があるのですか?」
「えっと、行き止まりなんだけど水が湧いてて、ちょっとした池みたいになってるんだ」
「ゲゴォ‼」
池と聞き、眼を輝かせながら飛び跳ねるガマ吉。それを見て微笑ましそうに笑う彼の横で、ノエルは深刻そうに口に手を当てる。
(・・・ここは崖、上からの水が染み出ているだけならいいが。地下の水路なんかと繋がっていたりしたらまずいかもしれない)
ゲーム時代、地下に掘られた水道からの侵略は、水中での行動を得意とするNPC・PCどちらも行っていた戦術であった。そのため、地下水を生活水とし利用するのは、上から様子を確認できる川を利用するのと違い、リスクが大きく、あまり推奨はできない。だが、現状アインによる周辺の調査では生活に利用できそうな川を見つけられてはいない為、そこの水を利用するしかないのも確かであった。
「ノエル、何か気になる事でもあった?」
「え、ああ、少し喉が渇いたなと思いまして」
「外暑かったもんね。召喚が終わったら案内するから、そこで少し休憩にしようか」
そう言いながら、魔方陣を回り、祭壇の方へと彼は歩いていく。ガマ吉もそれに続き、そこが自分の定位置だと言わんばかりに、祭壇によじ登りそこへ座った。そして、彼が召喚を始めると、前と同じように風が吹き始め魔方陣から出た光が周囲を照らし始める。
(・・・言うべきか?いや、最初の襲撃に地中・水辺・空からの襲撃は無かったはず。今は変に意識させずに、フォレストウルフの対策をした方がいい、のか?)
ノエルは迷っていた。それは、物資も少なく労働力も乏しい現状で、フォレストウルフと水辺の脅威を同時に対策することができない為だ。
(フォレストウルフは、森林にいる限り自身の能力値を全て上昇させるスキルを持っている。だから、戦うなら絶対に洞窟内に誘い込まなければならない。だが、水辺の脅威の対策をするなら、なるべく水辺から離し、外でたたくのがベスト。今後予想されるであろう召喚の結果が最高の結果であっても両方守ることはできない。なら、可能性の低い水辺からの強襲は捨てるべきか・・・)
深い思考の後、そう結論付けたノエルは、魔方陣から放たれる光が高まるのを感じ眼をつぶろうとし、頭をひっぱたかれる。
「ゲゴ‼」
「あた、な、なにすんですかこの・・・あ‼」
頭を叩かれ、咄嗟に目を開けてしまったノエルは、再度その強烈な光にさらされた。
「ふ、っざけんなぁぁぁぁぁぁぁクソガエルぅうぅぅぅぅううぅぅぅぅ!!!!!!!」
「ゲッガッガッガッ♪」
目を押さえ転げまわるノエルを手を叩きながら笑うガマ吉。それを明らかにあきれた様子で見ていた彼は、ため息を一つつくと。優しくノエルを掬い上げ召喚陣へと歩き出す。
「二人とも遊んでないで、ほら新しい子に挨拶しに行くよ」
「勘弁してくださいよほんと。ああ、目が痛い」
「グゲゲ♪」
召喚陣の前に立た、彼はその人型へと手を差し出し、いつものようにこういった。
「初めまして僕が君を呼んだ召喚師だよ、これからよろしくね」
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一方そのころ、
「ぴゅぃぃぃぃぃぃ‼」
共有していた視界からの光に目がくらんだアインは、地面に墜落していた。
新人の目を潰すのが恒例と化し始めていることに恐怖を感じる・・・。
それと申し訳ないのですが次回の更新は明後日の金曜日となります。ご了承を。