第4話『チュートリアルその④スキル選択と異世界への一歩』
「マスターが次の召喚を行えるようになるまでは、まだまだ時間がかかります。ですので、先に洞窟周辺の調査と、最低限の物資を確保しておきたいのです」
「最低限の物資確保っていうと」
「具体的には、木材と食料です。木はガマ吉程度の筋力があれば、時間はかかりますが伐採はできるはずですし、できなくても太めの枝を集めれば武器や作業道具程度は作れます」
ノエルはアインのステータス画面から離れ、洞窟の入り口をちらりと見た後、主へと目線を送る。
「ただ、この洞窟の外に、何があるのかわからない状態で飛び出すのも危険。マスターも外には出ていないのですよね?」
「そうだね。ノエルが来るまではずっと洞窟の中で縮こまっていたから」
「・・・食料とかどうしてたんですか」
「えっと、そういえばこの世界に来てから一回も食べ物を食べてないかも」
「ゲゴ・・・」
[パタパタ・・・]
「うそでしょ・・・」
(こいつ本当は人じゃないんじゃないか?)
「・・・ともかく、マスターは外で活動する動物の音を聞いていたと言っていました。ですが、現状の我々ではその野生動物にすら負けかねない。そこで、各自しっかりとスキルを整えてから、外の探索に行くべきだという事です」
「なるほどね、じゃ皆がどのスキルを取るかはノエルに任せてもいいかな。僕じゃどれが良いかなんてわからないから」
(よし、スキル取得の決定権を得たぞ‼まぁ、他人のスキル選択画面は見ることができないって謎仕様のせいで大変だとは思うが、これで部隊を好きなように作れる)
彼のその言葉に、ノエルは口角が上がるのを堪え、彼を心配するかのように少し困ったような微笑みを浮かべた。
「わからない部分はちゃんと教えますから、マスターも考えてくださいね。ここにいる皆は、マスターに召喚されたもの達なのですから」
「あ、ごめん。君に頼ってばっかりじゃだめだよね」
「いえ、頼ってくださるのは嬉しいです。ただ、私も常にマスターの側にいれる訳ではありませんから」
「ノエル・・・」
「マスター・・・」
どこか儚げにそう笑うノエルに、彼はあるはずの無い、ノエルの覚悟を感じ取ったのか、真剣なまなざしでノエルの目を見つめる。
(飽くまでも献身的に仕えている素振りはしておかないとな。裏切るつもりは無いというかできないが、もし裏切ったとしても、「あいつがそんなことするはずない‼」って言われるレベルまでは好感度を稼いでおきたいよな。って何見てんだクサレクソガエル)
「・・・ゲゴォ」
そのやり取りを胡散臭そうな目で見ていたガマ吉は、いい加減話を進めろと言わんばかりに鳴き声を上げる。
「・・・そもそも私がマスターの側を離れるかもしれない一番の原因を作ったのが自分だと理解してないんですかこのクソガエル。未だに私のHPは1のまんまなんですよ」
「ゲゴ」
「”細かいことを気にすんな”じゃないんですよ‼というなんで私は貴方の言葉が分かるようになってきてるんですか‼」
[パタ‼パタ‼パタ‼パタ‼]
「ごめんなさいアイン、あなたが伝えたいことは未だにわからないです」
[パタァ・・・]
ノエルの一言により、悲しさのあまり羽を閉じ、降下するアインはそのまま、主に抱えられているガマ吉の頭の上へと倒れこむ。
「はぁ、それじゃまずわかりやすい所から行きましょうか。アイン、ステータス画面から空欄のスキルを選んでください」
[パタパタ‼]
その言葉にアインは即座に飛び上がり、先ほどのようにステータス画面表示させ、画面の一点を見つめ始める。すると何かが見えたのだろうか、ピクリと体を揺らし、ノエルへとアピールする。
「いっぱい取得できるスキルが並んでいますね?その中から〈視界共有〉というものを選んでください」
それを聞くと、アインはコクりと頷き、再度一点を見つめ始める。
(・・・なるほどなぁ。指が無いから、目線でステータス画面を操作してるのか。てかそんなことできたんだ)
アインの行動から、ステータス画面の仕様への理解を強める。戦闘での活躍という道が完全に捨て去られた、ノエルにとってどんな些細なことであっても、知識として吸収しておきたかった。
そんな真剣な表情でアインの様子を観察していたノエルに対し、これから何をするのか未だよくわかっていない一人と一匹は、首を傾げその様子を見ていた。
「ノエル、スキルを取得していくのはわかったけど。いきなりアインに取得させるのはなんでかな?」
「アインの役割は先ほど話しましたよね?」
「偵察だったよね。あと攪乱や監視もできるって話してたっけ。」
「正解です。アインは役割が決まっている。それに比べガマ吉はまだ、どんな事をしてもらうかは決まっていません。そのため、先にアインからスキル取得をさせました。
それに、今取ってもらった〈視界共有〉というスキルは、先ほど言っていたその全てにおいて優秀なスキルなんです。まぁイビルアイなら何よりも優先して取るべきスキルってわけなのですが。」
「ゲゴ?」
「”具体的にどんな効果か”ですか、スキル名通りですよ。アイン、ガマ吉とマスターに共有をかけてみてください」
[パタパタ‼]
ノエルの指示を受け、アインの目が怪しく光る。その瞬間、二人の視界にもう一つの視点が映し出された。
「うわ‼」
「ゲゴ‼」
・・・ゲーム時代〈視界共有〉はとても優秀なスキルであった。
スキルLV+1体の任意の味方と視界を共有するという効果は、〈魔眼〉などの射程がそのユニットの視界であるスキルなどを、別のユニットの視界から打つことができ、その汎用性はかなりのものであった。しかし、それはゲーム内での事。ノエルはそれを忘れていた。
「し、視界が‼頭が、だ、だめ酔う」
「ゲ、ゲゴ‼ゴ、ゴゴ‼」
驚き、眼を開けたり閉じたりしながら自身の視界が正常かを確かめる二人。アインの方も、少し苦し気に、ふらふらと飛行が安定していない。苦し気に、息をする三人を見、ノエルは自分の血が引いていくのを感じた。
(あれ?これまずくね)
その様子に、スキル〈視界共有〉がゲーム時代の三人称視点ではわからなかった、本当に視界を共有するという事の欠点を認識し、ノエルは冷や汗を垂らす。しかし、既にスキルは取得させてしまっている。
(・・・ど、どうにか乗り切るしかねぇ!!!!)
「アイン、もういいですよ。とまぁこんな具合に、スキル使用者と他の味方の視界を共有させるというのが、このスキルの特徴です」
スキルが解け、床にうずくまる三人を上から眺めながら、飽くまでも想定通りという体で話を進める。そんなノエルに対し皆、不安そうな顔を見せながら、立ち上がり、彼女の方を向く。
「う、はぁ‼の、ノエル?これ本当に使えるの?」
「ゲゴ‼」
[パタァ・・・]
「使い方次第ですね。瞬時に味方と情報のやり取りができるという一点においてはこれに勝るスキルは有りませんから。それよりアイン、申し訳ありませんでしたね。いきなり二人と視界を共有させるなんて」
[パタパタ‼]
抗議するように、羽を震わせ、ノエルへと軽く体当たりし始めるアイン。その無邪気な行動に、物理的なダメージは無いが、ノエルの心を少しばかり削っていく。
「す、すいません本当に。あなたまでダウンするとは思っていなくて・・・」
[パタパタ‼]
申し訳なさげに謝ったノエルに、許すと言わんばかりに、胸を(目を)張り大きく羽ばたく。
「ありがとうございます。で、ありがとうついでに聞きたいのですが、あなたはそこの二人と違って、複数の視界に驚いただけで、酔っていたわけではないのですよね?」
ノエルは静かに冷や汗を流しながら、ニヤリと怪しく笑いそうアインへと尋ねる。アインはそのノエルの異様な様子に少し戸惑ったように目をぱちくりさせ、静かにうなずいた。
[・・・パタパタ]
「ふふ、そうですか。そうですよね・・・」
「ノエル?」
ノエルは笑みを深くする。彼女には、アインがスキルの影響でダウンしたのではないという確信があった。それは、彼女が初めて〈飛翔〉を使い空を飛んだ時のことだ。自身の意識とは関係なく浮かび上がり、浮遊感に驚きはしたものの、その扱い方はしっかりと体が覚えており、それに不都合を感じることは無かった。
また、ゲーム時代、取得できるスキルは同じ種族のユニットであっても、そのユニットの経験によって変わっていたことから、ノエルは使いこなせるからスキルがあるのであり、使いこなせ無いスキルはそもそも取得できないのではと考えていた。
(マジで危なかった、全く無駄なスキルを取得させたとなったら俺の信頼は地に落ちる。だが、アインが複数の視界に驚いただけだってんなら、本来の使い方に持って行ける)
「いえ、お二人がダウンするのはわかっていた事なので良いのですが、アインまでダウンしてしまうと、次に移れなくなってしまいますから。ですが、よかったです。ただ単に二人分の視界に驚いただけだったようでしたので。」
「次?」
「〈視界共有〉の素晴らしい所は、スキル使用者が他者の視界から〈魔眼〉等の視界を射程とするスキルを使用できるという点。ですが、最も素晴らしい所は、その逆もできるという点なのです。
未探索エリアに踏み込んだ際、視界共有持ちがいれば、アイテムの質や用途が分かる〈鑑定〉やユニット情報見ることができる〈識別〉などの探索向けのスキルを本人が所持していなくとも、視界を共有している味方がスキルを所持していれば、状況を判断することができるのです」
「いや、そもそも〈視界共有〉がきつくて僕らは倒れたのだけど・・・」
「アイン、私にスキルを使用してくれますか?」
[パタパタ‼]
ノエルの言葉にアインは「任せろ‼」と言わんばかりに羽ばたくと、その目を怪しく光らせる。瞬間ノエルの視界に、自身のものではない視界が映し出される。それは、彼女の視界の右を四分の一ほどを侵蝕し、その境界はあいまいで、繋がっているようにも離れているようにも見えた。
(うぉ、思った以上にヤバいなこれ。右の眼球を半分に割って別のモノをくっつけられたみたいだ。意識すればするほど違和感がやばい。だが)
「・・・問題はなさそうですね。」
「え、本当に‼」
「ゲゴ‼」
[パタパタ‼]
無論半分はやせ我慢だ。だが、彼女は前の二人ほど酷い酔いを感じていた訳ではなく、その理由もノエルには見当がついていた。
「おそらく、マスターとガマ吉が駄目だったのは、アインが飛んでいたからでしょうね。ただでさえ、脳が複数の視界の存在を受け入れないのに、その映像が、ゆらゆらと延々と不規則に揺れていたら、酔ってしまっても仕方がないというものです」
「・・・なるほどね、ノエルはずっと飛んでるからその視点にも慣れていたと。てことは、さっき言っていた、探索のスキルはノエルが取得するのかな?」
「はい、元からそのつもりでアインにこのスキルを取ってもらっていたので。・・・まぁ本当は全員で視界を共有していた方がいいとは思っていましたが」
「流石にあれで生活したくはないよ」
[パタァ・・・]
「ゲゴ」
羽を落として落ち込むアインを慰めるように、アインの頭にポンと手を置くガマ吉。それに気を良くしたのか、眼を輝かせながら羽を揺らし振り向いたアインは、期待のまなざしをガマ吉に向ける。
[パタ‼]
「・・・ゲゴォ」
「ぴぃぃぃぃ‼」
それに対し「勘弁してくれ」と両手を上げるガマ吉に、アインは大粒の涙を浮かべホイッスルのような高音を発しながらノエルへと飛びついた。
「・・・あなた達何やってんですか。というアインはどこからそんな音だしてるんですか」
「それで、ノエルは〈鑑定〉と〈識別〉どっちを取得するつもりなのかな?」
「マスター無視しないで少しはこの状況にツッコんでくださいよ。それで、〈鑑定〉と〈識別〉ですか?正直私も悩んでます」
この状況、採取しやすい木々や食べられる食料の判別などを調べるのであれば〈鑑定〉があった方がいい。ただ、序盤に必要な最低限の資源では、鑑定が無くとも知力がある程度あれば何かはわかる。
そのためノエルとしては、敵ユニット情報を知るの事のできる〈識別〉を優先したかった。が、ここはゲームではない。”知力が高ければ何でもわかる”というゲームの常識は通用しない可能性もある。そのため、安全な食料の確保の為にも〈鑑定〉を取っておきたいという考えが、ノエル中で渦巻いていた。
(だが、〈鑑定〉〈識別〉も所詮、知力での鑑定判定と識別判定の確率を上げるためのスキルだ。取ったところでどっちも意味がない可能性も・・・)
「悩んでるのなら〈識別〉でいいじゃないかな?」
「マスター?」
頭を抱えるノエルに対しての彼のその発言は彼女にとっては予想だにしていないものであった。驚き固まるノエルに彼は言葉を続ける。
「僕なりに考えたんだ。今一番怖いのは、あと数時間したら来るかもしれない襲撃。なら、物にしか効果のない〈鑑定〉より、相手のステータスの見える〈識別〉の方が役に立つと思うんだ」
そう言いながら、彼はノエルから目線を外しアインの頭を優しくなでる。アインはそれに目を細めながらも、不思議そうに体を傾げ、彼をみていた。
「〈識別〉なら、少し危険だけどその素早さと〈魔眼〉による妨害で離脱が容易なアインに、周囲の状況確認もついでに怪しい奴を探してもらえば、情報を集めることができる。」
[パタパタ‼]
アインは任せろと言わんばかりに羽を震わせ、彼の周りをぐるぐると飛び回る。
「アインが見た情報をノエルがまとめて、僕とガマ吉でバリケードとかに使えそうな木とかを集める。となるとガマ吉が取るべきスキルはなにかな、ノエル?」
そういうと彼は笑顔でノエルの方を向いた。
「・・・〈伐採〉ですね」
「ゲゴ‼」
ガマ吉はそう鳴くと自身のステータス画面をから、〈伐採〉のスキルを取得する。その様子を確認し彼は、再度ノエルへと問いかけた。
「あと一枠ガマ吉は余ってるけどどうする?」
「それは取っておきましょう。まだ、メンバーはこれだけだと確定したわけではないのですから」
それを聞き、彼は腕に抱えていたガマ吉を下ろし、洞窟の出口を見る。白い光が漏れるそこは、洞窟の奥までは届いてくれないが、それでもこの暗がりの光源として周囲を照らしている。
彼は一呼吸置くと、ノエルや他のものたちの方を向き、笑顔で宣言する。
「じゃ、スキルも決まったし、外の探索に出かけよう‼」
「ゲゴォ‼」
[パタパタ‼]
彼らの返事を聞き、彼は外へと歩き始める。それを見るようにガマ吉とアインも彼の後ろを追随し、光の方へと進んでいく。
「・・・」
ノエルはそれを後ろから見つめていた。彼の宣言時に声も出せず、その場で立ち尽くしていた。それは未熟で無知ながら立派なリーダーになろうと奮い立つその気概を羨ましいと、寂しいと思ってしまったからだった。初め会った時、自分では何も決められなさそうな情けない彼の姿に、過去の自身を重ねていた為か、その成長がとても憎らしかった。
(ッチ、くだらない。何を考えてるんだ俺は。アレは俺とは違う、それだけだろうが)
「ノエル?どうしたの」
光の差す方から彼が呼ぶ。逆光になり、暗く影の落ちたその顔に目線を合わせ、ノエルはいつものように微笑んだ。
「何でもないですよ。さぁ行きましょうか」
背中の翅を羽ばたかせ彼らの元へと追いついたノエルに、ガマ吉が声を上ようと口を開くが瞬間、ノエルの蹴りにより、その口はとざれる。
「ゲ!?」
「・・・余計なこと言ったら刺身にしますよクソガエル」
「・・・ゲゴ」
「また二人とも喧嘩して、ほらもう外出るよ」
そんなやり取りをしながら、彼らは洞窟の外へと踏み出した。
暗闇から出てきた一行を、太陽の光が襲う。暖かな日差しに目を慣らしながら周囲を見渡すと、目の前には生い茂る木々とそこから漏れる木漏れ日だけが辺りを照らす鬱蒼とした森が広がっていた。耳を澄ませば、木々を抜ける風の音や、虫の音、何かの鳴き声が聞こえてくる。
ふと後ろから何かが転がる音がし後ろを振り返る。そこは切り立った崖の下であり、洞窟は崖の壁に開いているものであったのだと一行は理解する。
日本にいた頃は余り見ることもなかった大自然。その片鱗を感じ、ノエル達は身震いしながらも、興奮を感じていた。
「よし、じゃあ行動開始‼」
「ゲゴォ‼」[パタパタ]
こうして彼らは異世界での一歩を踏み出したの・・・
「あのマスター、我々誰も戦闘用のスキルを持っていないのですが。アインが周囲の安全確認をしてくれる前に、外に飛び出してよかったんですか?」
「あ・・・」
「ゲ・・・」
[パタ・・・]
「・・・一旦洞窟に戻りましょうか」
「はい・・・」
「ゲゴ・・・」
「あ、アインは〈視界共有〉をしたまま安全確認を、大体周囲15m程を見て回ってきてくれますか?」
[パタパタ]
項垂れながら洞窟へと帰っていく一行を、アインは不憫そうに見送ったのち、ノエルの指示通り森へと飛び立った。




