第2話『アイサツとナマエ』
『AbyssGate』における召喚師が召喚するユニット、プレイヤー達から下僕と称されるそれは、同じ陣営の仲間ではあるがプレイヤーキャラクターと対等ではない。
召喚ユニットはプレイヤーキャラクター、延いてはそれを操作するプレイヤーの命令は絶対であり、他の陣営から引き抜いたユニットとは違い、自陣営に不満を持つことはあっても、決定的な裏切りに発展することは無い。
また、死亡したとしても替えとなるユニットは、触媒とMPさえあればいくらでも召喚が可能なため、不満が溜まり暴れだせば、殺して、その死体を触媒に新しいユニットを作ればいい。
さらに言ってしまえば、このゲームのユニットにはRANKと呼ばれる強さの指標があり、召喚師は『召喚魔方陣』の研究を進めていくことで、上位のユニットを召喚可能になるため、最初期に召喚された下位RANKのユニットは基本、上位の対象の素材確保のための生贄になることがほぼ決定しているようなものだ。
まさしく下僕。使い捨ての道具。
プレイヤーの中には召喚した者たちに愛着を持ち、下位の者たちであっても育て上げるものもいる。が、下位連中を生かしておくという事は、拠点内のユニット数が増えるという事であり、それだけ無駄に食料と寝床が必要になるという事でもある。
そのため、効率を求めれば求めるほど、邪魔な存在となってくる。
というよりは人道や人情に添ったプレイングはただの縛りプレイだと言わざるを得ない。
このゲームの基本は、殺して、奪う。それは味方であろうと例外ではないことを忘れてはならない。
そして今、彼女はその使い捨ての下僕として、この世界に生を受けたのだった。
(ヤバいヤバいヤバいヤバい‼どうすんだよこれ!?下僕ってだけでもヤバい上に、最低RANKの、それもフェアリー種とか死ねって言ってるようなもんじゃねぇか‼俺が何したってんだよ神様!?)
強いて言えば、何もしなかったからか。何もせず惰性で生きてきたことへの罪なのかと、何を信仰しているわけでもないのに、普段祈りもしない神に対して、恨み言を心の中で喚き散らす。
しかし、それで何かが変わるわけでもない。今度こそ、現実を見なければならない。でなければ、無惨な死を迎えることは彼女の小さな脳味噌でも理解できた。
(まだ、まだ生き残る道が・・・)
「あ、あの・・・」
冷や汗を垂らしながら俯き、助かる術を探っていた彼女は、その声にハッとし顔を上げた。
目の前にいた青年は、あまりにこちらが無反応だったからだろう、気まずそうにこちらを見つめている。
(あ、まずい‼)
その様子に彼女は、生存の為の術を模索する為、黙りこくっていたのが最大のピンチを生んでいた事に遅ればせながら気が付いた。
人間関係の構築で最も大切なのは第一印象。それが良いか悪いかでこれからの付き合い方が変わってくる。
普段の人間関係であっても重要なことだが、生殺与奪を握られている現状であれば猶更、相手からの印象は良くしていかなければならない。そんな中で、生き延びる手段を考える前に、やらなければならない、最低限の礼儀を彼女は忘れていた。
ここを失敗したら、そのあとにどんな説得(命乞い)をしようと効果は見込めない。少なくとも今の彼女にとって、元々低い生存率を下げるようなことは避けなければならない。
(一刻も早く、返事を返さなければ、なるべく好印象を持たれるように、妖精らしく、かわいらしく・・・。)
「あ、えと、ンん。わ、わたしはレッサーイビルフェアリーの・・・えっと、レッサーイビルフェアリーです!」
咄嗟に名前を言おうとして、自身の名前がわからないことに気が付き、言葉が詰まった。だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。不自然に種族を二回行ってしまったが、仕方ないと割り切り、思考を切り替え、言葉を続ける。
「貴方様の呼びかけに応じ参上いたしました‼
これから一緒に頑張っていきましょうね、マイマスター‼」
どことなくぎこちなく、恥じらいも隠せていない。徐々に恥辱に顔が赤らんでいくのを感じながら、気合で満面の笑みを作りそう答えた。
「あ、うん‼よろしくね‼でもマスターか、ちょっと気恥しいなぁ」
青年から笑顔がこぼれたのを見、心の底から安堵する。
(しゃおらぁ‼決まった‼そらそうよ、個人的には100点満点中50点ぐらいのセリフだが、それでも女の子に、それもこんな美少女(未確定)に「君に呼ばれたからやってきた」なんて言われて嫌な顔する男はいねぇ‼)
「えっと、それでレッサー、イビルフェアリー、が名前かな?ちょっと長いね」
「え、あ、それは種族名ですね。名前は・・・」
(・・・やっぱり思い出せない)
前世の記憶はある。自身がどう生きてきたかは覚えているのだが、確かにあったはずの名前だけが思い出せない。何より彼女自身この事に関して考えることに対し、本能的な忌避感を感じていた。
最近名前を呼んでもらってなかったからかと、そんなはずは無いとわかっていても、適当な理由で片付けてしまいたくなる。
(おかしいのはわかってる、でも、いや、今はいったん忘れよう。そのうち、きっと思い出す・・・)
「名前は、無いみたいですね・・・」
絞り出すようにそうつぶやいき、そっと目を伏せる。名前が無い、思い出せないのではなく”無い”という、自身の言葉がどうしようもなくしっくりきてしまったのだ。
彼女自身、自分の名前が特別好きであったわけではないのに、それを認めれば前世の自分なんて初めからいないのではと思えてしまい、怖くなったのだ。
「・・・そっか。じゃ僕がつけてあげようか?」
「え?」
(は?何を言ってんだこいつ?)
その言葉に顔を上げ、青年の顔を見る。そのどこか共感的で、楽しげな顔が目に入った途端、彼女の脳内は先ほどまで抱いていた名前の無いことへの不安感が、そんな内心を無視した態度に対する怒りに代わっていった。
(下僕には自分の名前を考える権利すらねぇって言いてぇのかゴラァ!!!こちとら自分の名前も思い出せなくて気分が沈んでるってのに、ペットの名前を決めるみたいなテンションで話しかけてきてんじゃねぇよクソが!!!!)
特段彼女は自身の名前というものに執着は無かった。無いのだが、だからと言って赤の他人に勝手に決められるのは腹が立つ。
その上、先ほどまでの不安感で精神が不安定であったこともあり、その青年の言葉に対し過剰に反応し、必要以上に頭が温まる。
だが、召喚された下僕であるという手前、青年の前でそれを表情に出すこともできず、それがさらに、彼女のストレスを加速させていた。
そんな彼女の心情を知る由もない青年は、問いかけに対し答えることもせず鉄仮面を貫く彼女の顔を不安げに覗き込む。
「・・・だめ、かな?」
「え、あ、いえ、嬉しいです。とても。」
まるで捨て犬のように寂しそな瞳で見つめてくる青年に内心イラつきつつも、棒読みでそう答える。すると彼は柔らかな笑みを浮かべ顔を上げた。
「そう?よかった」
(クソが‼こっちに拒否権なんてねぇってわかって言ってんだろこいつ‼)
彼が完全な善意での行動であったとしても、両者の関係性は何も変わらない。
不満は有れど、この状況で下手に相手の反感を買うべきでないと、考えることができるだけの理性は彼女にも残っていた。
溜息をつきたくなるのを必死に抑え、作りものの笑みで、いかにも嬉しそうな青年を見やる。
「何がいいかな、そうだ‼”ノエル”なんてどうかな?」
(あ~はいはい、もうどうでもいいですよ。好きに決めろや。)
どれだけ、脳内で罵詈雑言を浴びせたところで現実は何も変わらない。受け入れざるを得ない以上、適当に”それでいい”と了承しようと口をひらき、
【ユニットの名前を『ノエル』に設定しますか?】
➡【YES】
【NO】
➡【YES】
「・・・あれ?」
ノエルは自分の中の何かが変わったのを感じた。それが何だったのかはわからない。ただ一点、彼女が理解できたことは、先ほどまで感じていた自身の名前に対する不安や恐怖はもう感じないという事だった。
「・・・えっと、気に入らなかった?」
「・・・!いえ、とっても気にいりました。ステキなお名前、ありがとうございます。」
多少ぎこちなさの抜けた笑みを自らの主に向けながら、ノエルは先ほどの不思議な感覚の正体に対しての疑問を思考の外へと追いやる。
「ほ、本当?よかった、実はこの名前「そんなことよりマスター、見たところまだこの拠点も完成していない様子。早く作成に移らないと日が暮れてしまいますよ?」え、うん」
(名前一つに設定盛りだくさんとか、面倒くせぇことしてんじゃねぇ‼お前以外誰も興味ねぇんだよそんなの‼ったく)
ノエルはそう心の中でつぶやきながら、主の元へと近づき、いやがらせのつもりで、先ほどまで地面に立っていた脚でその頭の上に飛び乗り、胡坐をかくのだった。
▼レッサーイビルフェアリーの名前が『ノエル』に設定されました。
【ステータス情報が更新されました】
▼ユニット情報
名前:ノエル ←(new‼)
種族:レッサーイビルフェアリー
属性:▼邪悪 (悪)
〈迫害対象:LV——〉〈善属性特攻:LV——〉
LV:1
RANK:1
HP:3
MP:10
筋力:1
耐久:1
器用:3
敏捷:2(+1)
魔力:4
精神:2
魅力:4
知力:4
【スキル】
〈飛翔:LV1〉〈妖精魔法:LV1〉〈〉
キャラクター事のステータスは変化があり次第、後書きに書いていこうと思います。
え、ステータスについての詳細な説明が無いからどう見ればいいかわからない?
・・・次々回ぐらいで多分説明できると思いますので、それまでご容赦を。