第7話『作戦会議』
地面に長々と書かれたステータス。それはこれからここに攻めてくるであろう敵の詳細。これから何が起こるのかを知らないスケさんを除き、皆不安そうな目でノエルが地面に書いたそれを見下ろしていた。
(さてと、何から話したもんかってうん?)
これから何が行われるのか分からず右往左往としていたスケさんが、救援を求める視線を送っていることにノエルはやっと気が付いた。
(ああ、そういや召喚されてからなんも説明もなしだったもんなぁ)
ノエルはだいぶ慣れてきた優しい笑みを浮かべ、スケさんへと視線を合わす。ノエルが気が付いてくれたことを感じ、彼は嬉しそうに頭を数度下げ、それに対しノエルも了承を伝える為に軽く頭を下げた。
「これについて話す前に、スケさんには今の我々の状況を説明しなければなりませんね。現在この洞窟は数時間後、敵からの襲撃を受けることが確定しているのです。そしてその襲撃者が、こいつらと言う訳ですね」
「ぴゅぃ!?」
「ゲゴォ!?」
そう言いノエルが手に持った棒で地面をたたくと、ガマ吉とアインが驚きの声を上げ目を見開く。それに呆れたようにノエルは大きくため息をつくと、二人を冷たい目で睨みつける。
「なんであなた達が驚いてんですか・・・」
「そういえば二人には襲撃の事伝えてなかったね」
思い出したといった風にそういう彼に、ノエルはそんなはずは無いといった風に首を横に振る。
「いや、話の流れとか雰囲気でわかるでしょ。特にアインは今さっき連中を見てきてたじゃないですか。アレなんだと思ってたんですか?」
そう聞かれたアインは自身の尻尾を地面に落とし、そのまま引きずり回し始める。それはまるで犬の散歩のようであり、ノエルにはアインが連中をペットにでもするつもりであったと理解できた。
[パタパタ・・・]
「・・・んなわけあるか」
「ゲゴォ・・・」
「おまえはただの悪乗りだろうがクソガエル‼」
「カラン・・・」
「貴方は知らなくて当然なんですから無駄に落ち込まないでください、面倒なんで‼」
「ぷっふふふ・・・」
「マスター!?」
そんな彼らの様子を見て、笑みをこぼした彼に非難の目線を送るノエル。それにさらに気を良くしたのか彼は楽しそうな笑みを浮かべノエルへ視線を合わせようとし、ノエルに目線をそらされる。
「いや、ごめん、随分と賑やかになったなって思って」
「・・・賑やかなのは良いですが、全部終わってからにして欲しいものです。これから大切な話をするんですよ?マスターも笑ってないでちゃんとまとめてください」
「ごめん、これからは気を付けるよ」
未だ笑みを絶やさない彼に呆れながらもノエルは一つ咳払いをし、手に持った木の棒で地面に書かれたものをなぞりながら、真剣な表情で語り始めた。
「推定襲撃者はフォレストウルフ1体、ウルフ3体の計4体。スキルやRANKから見ても、フォレストウルフがリーダーで間違いないでしょうね」
「ゲゴォ?」
「ああ、能力値の横の括弧はスキルによる補正です。ですので実際の数値は、元の値と括弧、両方を足した値となります」
「フォレストウルフは筋力も耐久も10以上になるってことだね。本当に倒せるの?」
疑問気にそう口にする彼にノエルは苦笑いを浮かべ乾いた笑みをこぼす。
「まぁ普通にやったところで無理ですね。その状態のフォレストウルフにダメージを与えることも、ダメージを受けることもできるのは戦闘スキルを整えたスケさんぐらいです」
(最初に筋力5以上を求めた理由がこれだ。耐久は最悪低くとも防衛設備で誤魔化しがきくが、筋力が低い場合、RANK2以上の敵が最初の襲撃で来た場合、相手によってはまともにダメージを与えられない。本当にスケさんが来てくれてよかった)
「もっと言うなら、フォレストウルフのスキルの中で最も恐ろしいスキルである、周囲にいる自身以外の対象すべてを麻痺状態にする〈咆哮〉は〈状態異常無効〉持ちのスケさんは効きません。前衛としてこれほど安心できるものは居ませんよ」
[パタパタ?]
ノエルの言葉に何か疑問に思ったのか、アインが体を傾け羽を震わせる。その様子にノエルは呆れたように頭に手を当て、ため息をこぼす。
「なんで自分のスキルの効果を把握していないんですか、あなたは・・・」
「えっとアインはなんて?」
「”麻痺って何?”と、まぁいいでしょう。丁度いいので状態異常について軽く説明しときます。スキルの中には相手に特定の効果を与えるものがあり、それによってなる通常ではない状態が状態異常というものです」
「状態異常を与えるスキルは、魔力が高ければ高いほど相手を状態異常にしやすく、耐久が高ければ高いほど相手からの状態異常効果をレジスト、無効化する確率が上がります。ですが、我々RANK1の紙耐久では、RANK2のフォレストウルフの持つ麻痺効果のある〈咆哮〉をレジストすることは困難です」
「ゲゴ、ゲゴゲゴォ」
その話を聞き、ガマ吉が青い顔で疑問を口にする。それに対しノエルは小さくそれを肯定するようにうなずき話を続ける。
「そうですね、言葉のニュアンスからわかる通り、麻痺はスキルの能動的な使用と移動、身体の自由を奪う状態異常。喰らえばひとたまりもない。そのくせして、〈咆哮〉のスキルは味方を巻き込むという欠点はあれど、効果範囲が広い厄介なスキルです」
「じゃぁ、もしその〈咆哮〉で全員が麻痺状態になりでもしたら・・・」
「まぁ一人二人ぐらいは死ぬでしょうね」
その言葉に皆息を飲み押し黙る。誰かが死ぬかもしれない、今まで漠然とこれから起こる戦闘による死を自覚してはいたが、この戦闘における具体的な死までのプロセスを理解している者は誰もいなかった。何が起き、どうなれば死ぬのかそれを再度明確に理解したことで生まれた恐怖を、ノエル以外の全員が感じていた。
そんなことも露知らず、妙に青い顔をし始めた周囲に対し、未だゲーム感覚の抜けきらないノエルは不思議に思いながらも話を続ける。
「そうならない為のスケさんです。もしも〈咆哮〉が飛んでこようとも麻痺の効かないスケさんが前衛で引き付けていれば、我々は麻痺が解けるまで安全に休んでいられる。スケさんが来てくれて本当に良かった」
ノエルが心の底からそう安堵し、ふと顔を上げると、自身の重要性に気が付いたのだろう、肩を震わせ、不安そうに彼女の方を見るスケさんと目が合った。そんな彼に対しノエルは、心配はいらないといった風に微笑みかける。
「ですがフォレストウルフの能力値の高さは〈環境適応:森林〉の効果によるところが大きい。このスキルは特定の環境にいることで、全ての能力値をLV分上昇させる効果があります。ですので、うまいことこの洞窟内に誘い込んで戦えばスケさん以外でも攻撃は通りますし、みんなで殴れば勝機はあります」
その言葉に彼は胸に手を当ててホッと息をつく。実際は〈環境適応〉が無いとしても、ダメージを与えられるようになるのはガマ吉だけであり、そのダメージも微々たるもの。その状況でHP20を削り切る為には、結局のところスケさんの頑張り次第であることに変わりはない。
(だがまぁそいつは言わぬが仏ってやつだろうな)
「ゲゴォ・・・」
ノエルの微笑みの中にある邪悪さに感づいたのか、白い目で彼女を見上げるガマ吉。そんなガマ吉に一瞬、何も言うなと言わんばかりに睨みつけたのちノエルは、再び笑みを浮かべた。そんなことをしてる横でスケさんは、小首をかしげながら、ウルフたちの情報が書かれている方へと指を差していた。
「カラン?」
「ああ、他のウルフたちはあまり心配はいりませんよ。集団で襲われたのならともかく、しっかり1対1で戦える場をさえ整えればガマ吉でも倒せる相手です」
「でも、フォレストウルフが持つ〈号令〉は、これ字面的に味方を支援するスキルなんじゃないかな?」
「このレベル帯で使う〈号令〉ってそこまで強くないんですよ。〈号令〉自体は、スキルのLV×10%味方全体の能力値を上げるという優秀なものなのですが、肝心な味方の能力値が低いので恩恵が最低保証の1しかない。まぁ1上がるってだけでも十分脅威なので、使われない方がいいのに変わりないですが。それに、」
そう一呼吸置くと、不本意そうにノエルはガマ吉を見下ろした。
「・・・例え〈号令〉込みでもウルフ単体がガマ吉を倒せるとは思えないんですよね。もちろん戦闘系のスキルを取るならの話ですが」
「ゲゴ・・・」
ガマ吉は目を丸くし、ノエルの方を見る。彼女が自身をそこまで買っているとは思っていなかったのだろう。それに対し、ノエルは苦虫を嚙み潰したような顔で、ガマ吉の方を睨むと諦めたようにため息をついた。
「・・・悔しいですがガマ吉って別に弱い訳じゃないんですよねぇ。環境適応込みのフォレストウルフの最高火力程度なら一撃は耐えたうえで状況次第では〈跳躍〉で逃げることができるぐらいには優秀です。まさに高耐久高機動、火力が無いのが欠点ですがそれ以外は割とおかしな性能してるんですよ」
「へぇそうなんだ」
「ゲゴ‼」
渾身のドヤ顔を披露するガマ吉、その周りをパタパタとアインが尊敬のまなざしを向けながら飛び回る。同じ貧弱な耐久をもつアインに自分を重ねていたノエルは、アインのその行動に少しむっとし、引きつった表情で話を続ける。
「まぁ火力と耐久を兼ね備えたスケさんがいる以上ガマ吉の出番はあまりないですが、最悪はガマ吉を盾にすることも視野に入れて行動していきましょう」
「ゲゴ!?」
そんな二人のやり取りの横で、口元に手を添えながら、ノエルの言葉を反芻していた主が口を開いた。
「まとめると、フォレストウルフを倒すには洞窟内におびき出す必要があるっていうのと、ウルフは集団では相手にしないっていうのであってるかな。ってなると、防衛戦はある程度洞窟内に相手を入れてやるんだね?」
「そうなりますね、ですのでこういったものを作りたいのです」
そういうと、ノエルは手に持っていた木の棒で再び地面に何かを書き始める。それは洞窟の入り口付近を書いたもののようであった。ただ、現実と違うのは、その入り口が狭められており、そこから一直線に通路が伸ばされている点であった。
「ノエル、ただ一本道が通っているだけに見えるけど」
「はい、それだけです」
「これでどうにかなるの?」
ノエルに全幅の信頼を置いている彼は笑顔でそう彼女に問いかけた。しかしその笑みをすぐに崩れ去ることになる。
「というより、あいにく私はこれ以外の防衛方法を知らないのですよ」
「それは・・・」
「ゲゴォ」
不安げな声を上げる主に、「こいつ大丈夫か」といった白い目でノエルを見上げるガマ吉。今までの会話をあまり理解できていなかったアインでさえも、周囲の空気からその不審感を感じ取り、ジト目でノエルを覗き込んでいる。
「まぁ安心してくださいよ。ちゃんと説明してあげますから。これがただの一本道じゃない、侵入者を嬲り殺すための歴としたキルゾーンだって」
一同の様子にあわあわし始めたスケさんをよそ目に、ノエルはそう言うと不敵な笑みを浮かべた。
~ 数分後 ~
「納得していただけましたか?」
「すごいよノエル‼これなら絶対にいけるよ‼」
(まぁこの防衛戦術って俺が考えたもんじゃなくて、実況動画で見たものまんまなんだがな。いやぁ他人の知恵を自分のものみたいにひけらかすのは気持ちいなぁ‼)
当時見ていた『AbyssGate』のゲーム実況のことを思い出し、懐かしみながらも、尊敬のまなざしでこちらを見ているアインと主に気を良くして渾身のドヤ顔で胸を張るノエル。
「ふふふ、そうでしょうそうでしょう。もっと褒めてくれてもいいんですよ?」
「すごい‼流石‼天才‼」
[パタパタ‼]
「カラン‼」
「ゲゴ‼」
「あまりふざけたこと抜かすとマジでひき肉にするぞクソガエル」
賞賛の中に混じった暴言に反応し、頭に血が上りかけたことで逆に冷静さを取り戻したノエルは、先ほどの調子に乗っていた事への気恥しさから少し頬を赤らめつつも、一つ息払いをし、改めて皆の方へと目を向けた。
「さて、それぞれやることは理解しましたね。確認しますよ、ガマ吉は新しく召喚されるカエルと共に、木材を集める。アインは狼の一団の監視。私とマスターで防衛のための通路作り。スケさんは訓練用の案山子を作るのでそれで、武器系スキルのレベル上げをお願いします。」
「そういえば、スケさんのスキルまだ決めてなかったね。どうする?」
「〈槍術〉〈盾術〉〈HP増加〉でいいと思います。最前線で戦い続けるので〈吸血〉みたいな攻撃しながらHPを回復する手段も欲しいのですが・・・」
そう言いつつスケさんの方を見るノエルに対し、彼は自身のステータス画面を確認するとノエルの方を向き静かに首を振る。
「カラン・・・」
「まぁ無いですよね。では〈HP増加〉でいいと思います。それとガマ吉もスキル取っといてくださいね」
「ゲゴ‼」
「じゃアインは敵の監視を頼むよ。何かあったらノエルの指示に従ってね」
そう言い彼は、アインの頭を軽くなでる。ノエルも近づいていき、念を指す。
「絶対に敵には近づかないでくださいね。遠目から見るだけです。あと先ほどは言い忘れましたけど空にも敵対的な相手がいる可能性があるのでそれにも注意してください」
[パタパタ]
「それじゃ・・・」
そこまで言うと、ノエルはちらりと何かを期待するように主の方へと目をやる。だが、その行動の意図が分からない彼は不思議そうに小首をかしげると、ノエルは呆れたように肩を落とす。
「・・・ノエルどうしたの?」
「どうしたのじゃないですよ、マスターが仕切らないでどうするんですか・・・・」
「あ、え、そういう事‼じゃ、じゃぁ総員行動開始‼」
「ゲッゲゴ‼」[ぴゅぃぃ‼]「カラン‼」
焦ったように目を泳がせながら、腕を突き上げる彼に続くように皆バラバラに拳や羽を振り上げる。一歩離れたところからそれを見ていたノエルはそっとため息をつきながら小さくつぶやいた。
「・・・しまらねぇ」
投稿遅れて申し訳ありません。
毎日投稿できるかなと言っておきながら大分不定期になってしまってますね。申し訳ない。
一応、次回投稿は明日の予定です。よろしくお願いいたします。
それと本編でノエルが書いた防衛用の陣地なのですが、わかりやすいように下に置いておきます。
右が現在の洞窟前の様子。左がノエルの書いた完成図です。
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