過激派異人集団――セイム
守偵と男の話し合いは拍子抜けするほどあっさりまとまった。というのも男が守偵の処遇をすべてセイムのリーダーに丸投げしたからだ。
男は守偵の力量を測りかねた。今までの振る舞いから少なくとも守偵の異人としての能力は戦闘に関わるものであることは容易に類推できるが果たして自分の能力で目の前の男に勝てるのか。異人同士の戦いでは能力の強さ、相性が大きく関わってくる。男の能力も戦闘向きのものではあるのだが、男は危険を冒すのを避けた。
結果、今日の午後九時に工場跡地でセイムの集会があることを守偵に伝えた。
午後八時五十分、工場跡地前。
「ここにセイムの奴らが」
守偵は工場跡地前入り口に立っていた。
「跡地って言う割には建物とか機械とかまんま残ってるね」
その隣には守偵の妹兼助手の如珠。
「とっぱらうにも金が要るからな。この辺りで工業が盛んだったのも昔の話、今じゃ公害の観点から街の近くで工場を稼働させるのは法律で禁止されてるからな」
二人は鉄柵に囲まれる工場を外から眺め、中の様子を伺っていた。
「いつまでもここにいても仕方ないしそろそろ中に入ろうか」
しかし、守偵はすぐに中へ入ろうとしなかった。首を傾げて守偵を見上げる如珠を守偵はじっと見つめた。
「お前は今回の依頼、手を引いてもよかったんだぞ」
探偵社の若き所長としてではなく、兄として守偵は如珠に今回の任務から手を引くよう促した。しかし、
「そんなわけにいかないでしょ。こんな危ない任務、お兄ちゃんだけじゃ危なっかしすぎるよ」
如珠はそれを拒否した。若くして探偵社の看板を背負った守偵の頼れる相棒として、妹として敵地に単身乗り込む危険な任務に一人で行かせるわけにはいかなかったのだ。
(この依頼絶対成功させないと。家賃滞納で大家さんに追い出されちゃう)
「第一、お兄ちゃんの瞳には未来が視えてるんでしょ。だったら、私が危ない目に遭わないこともわかってるんじゃない」
如珠の言う通り、守偵のラプラスの瞳には如珠が危険な目に遭う未来は視えていない。もしそんな未来が視えていたなら絶対連れてこなかった。それは如珠も重々承知している。だが……
「この世にあらかじめ定まっている未来なんて一つもねえよ」
ラプラスの瞳は万能ではない。
「もう心配性なんだから」
それは能力所持者である守偵自身がよくわかっている。
如珠は守偵の踏ん切りがつくのを待つことなく工場の入り口、鉄の門をくぐった。
一拍遅れて守偵も門をくぐった。依頼をこなすとき、未来視の能力を使った後、いつも胸の中に生じる得も言えぬ不安を抱えながら。
「あん、誰だこいつら」「見慣れねぇ顔だな」「女の子小っちゃくて可愛い」
二人が工場の中に入るとすぐ、工場の中がざわついた。
見慣れない二人の姿に他のセイムメンバーは警戒心を露にしていた。
「こいつらがセイムの構成員たち」
「この人たち全員異人、なんだね」
最近よくニュースで取り上げられるせいでセイムを巨大な過激派組織と思い込んでいる者が多い。その実、守偵も如珠もセイムは構成員が軽く千人を超えている大組織と思っていた。
だが工場の中にいたのはせいぜい数十人程度。少なくとも百の半分、五十人もいなかった。
(ぱっと見、職業も年代も全部ばらばらで共通点が全く見当たらないな)
守偵にこの集会の情報を教えたバーに無断で居候していた無精ひげの男は見当たらなかった。面倒ごとに巻き込まれるのを嫌ったのだろう。情報源を明かすなど探偵である守偵がするわけないのだが――
「何だ貴様らは」
扉付近で立ち止まり、中の様子をまじまじ見ていた二人にスーツを着た眼鏡の男が声をかけた。
「あんたは」
「先に質問したのはこっちだ。こちらの質問にまず答えるのが筋じゃないのか」
男の目には明らかに不信感がこもっていた。
(服装から察するにどこかの会社の営業マンか)
男が着ているのは守偵が着る中二病系魔改造スーツとも蟻命が着ていたオーダーメイドスーツとも違う、ありふれた紺色のビジネススーツだった。
(まずいな、見るからに陰険で神経質そうな男だ)
服装は見るからに会社員だが、纏った雰囲気と鋭い視線は明らかに普通の会社員のそれではなかった。
「どうした、私に質問があるならさっさと質問に答えたらどうだ。それとも答えられない理由でもあるのかな」
(下手なことを言って目を付けられると確実に調査がしづらくなる。最悪正体がばれる危険も)
守偵はじっと眼鏡の男を見た。どう答えればこの場を上手く切り抜けられるか、未来を視ようとしたのだ。質問に対するあらゆる答えをシュミレートし一番の最適解を導きだそうとした、しかし――
「お兄ちゃん」
守偵の瞳に未来が映し出されるよりも早く、如珠が大声で叫んだ。
「なっ」
如珠の声に少し遅れて守偵のラプラスの瞳に数秒後の未来が映し出された。
自分めがけて回し蹴りを繰り出す眼鏡の男の姿が。
(まずい。避けられねえ)
未来視の能力発動にはかなりの集中力が必要になる。その間、どうしても注意力が削がれ守偵は無防備になってしまう。
守偵の側頭部、脳震盪による意識喪失を狙った男の回し蹴り。直感的に躱すことは不可能と悟った守偵は直撃だけは避けようと腕でガードを試みる。
男の敵を屠るための蹴りが直撃する直前、守偵は勢いよく突き飛ばされた
「何」
男の蹴りが守偵に直撃する寸前、男の足が空中で止まった。
男の意思で止まったわけではない。無理やり止められたのだ。成人男性より二回り以上小さい拳から放たれた裏拳に勢いを相殺されて。
「お兄ちゃんに、私の家族に何するの」
探護如珠。普段は市内の大学に通い、たまに兄が所長をする探偵社の手伝いをしている彼女もまた兄と同じ、異人である。