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二人の出会い

「はあ、何してるんだろう私」


 ベンチに座り、独りごちるマロン。突然現れた不審者、もとい探偵を自称する少年探護守偵は今、マロンにここで待っていてくれとだけ言ってどっかに行ってしまっている。


(探偵って言ってたけど、探偵が私に一体何の用が)


 最初は新手のナンパか何かかと思ったマロンだが、守偵の瞳からは軽薄なナンパ男には決してない何か強い信念というか強い憧れのようなものを感じた。


 それはとてもまぶしてくて、今のマロンが持ち合わせていないもの……


とにかく、マロンは守偵の話を聞くことにした。


「悪い悪い、思ったより時間がかかっちまった」


 ようやくマロンの元へ戻って両手を塞いだ守偵が戻って来た。


「ほいっ」


「何ですかこれ」


 守偵は両手に持ったうちの一つをマロンの目の前に差し出した。


「見てわかるだろ、クレープだよ、クレープ」


「いや、それはわかるんですけど」


 上機嫌な顔で守偵が持っているのは、クリームをたっぷり乗せた見るからに甘そうな特大クレープだった。


「何だよ、毒でも入ってるって思ってんのか」


「そうじゃないですけど」


 中々クレープを取らないマロンに守偵はもう一方の、自分用に買ったクレープに頭からかぶりついた。


「あっめぇえええ」


「…………」


 顔にクリームを付けながら子供のように笑う守偵を見て、少しだけマロンの中での警戒心のハードルが下がった。


「ちょうどそこにクレープの屋台があったから買ってきたんだ。ほら」


「……いりません」


 それでも守偵のクレープをマロンが受け取ることはなった。


「何でだよ、女子は甘い物が好きなのは常識だろ」


「性差別ですよ。女の子みんなが甘い物好きなわけじゃないです」


「甘い物、嫌いなのか」


 守偵の質問にマロンは目の前のクレープからさっと視線を外した。


「…………はい」


「ちょっと間があった気が」


 それでもマロンは頑なに守偵からクレープを受け取ろうとはしなかった。


「それよりあなたの目的は何なんですか。ちゃんと説明してくれないと警察呼びますよ」


 姿勢を正し、本題を話すよう促すマロン。


「ちゃんと説明してくれたら警察呼ばないでくれるのか」


 それに対し茶化すような笑みを浮かべる守偵にマロンはむっと眉をひそめた。


「……あ、もしもし警察ですか」


「ちょちょ、待って、待って。わかった、説明するから、警察だけは勘弁してください。師匠にめっちゃねちねち嫌味言われる」


 通報のふりをするマロンに守偵は慌てて手に持ったクレープを全て平らげると、マロンの隣に腰を下ろした。


「お前、木ノ宮マロンで間違いないな」


「そうですけど。どこで私の名前を」


 近所や学校では悪い意味で有名なマロンの名前だが、それはあくまでこの辺りでは、の話。所詮はただの女子中学生であるマロンの名前を守偵はどこで知ったのか――


(違う。予め聞いてたんだ)


探偵という職業について人並み程度の知識しかないマロンだが、それでもわかったことがある。


(私の名前を知ってたのはこの人に何かの依頼をした依頼人の方)


 アニメやドラマと違い実際の探偵は警察と同じで自ら能動的に動くわけではなく、依頼人からの依頼に基づいて動く。


(つまりこの人に依頼を出した人は私を知っている身近な人ってこと)


「ふふん、超一流の探偵だから。なんならもっといろんなこと知ってるぜ」


 目の前の少女に探偵にとってはトップシークレットである依頼人の正体につながる情報を掴まれてしまったことにも気づかず、守偵は饒舌に口を動かした。


「この近くの市立有魔中学に通う、現役女子中学生で成績優秀、運動は下の中。少し前まで父親と一緒に海外暮らしをしていたが某国で起こった異人事件をきっかけに両親の母国であるこの国に単身で帰国」


「…………」


 守偵が舌を滑らかに回せば回すほどマロンの目からは温もりが失われていっているのだが、自分が探偵として調査したマロンの個人情報をひけらかすことに熱中してしまっている守偵がそのことに気づくことはなかった。


「今は母方の祖父が残した一軒家で一人暮らしをしている。この情報に何か間違いはあるかね、お嬢さん」


「……ストーカーじゃん」


 マロンは冷えた体を温めるように自分の体をぎゅっと抱きしめた。


「だからちげえぇって、俺はれっきとした探偵だ。ちゃんと事務所にも所属してる」


 そう言って、守偵は着ているスーツの懐から一枚の名刺を取り出した。


「ラプラス探偵社、異人関連の事件を専門に扱う探偵社」


 しかし、マロンは名刺を受け取る前に守偵の所属する探偵社の名前と、その特徴を言ってのけた。


「ほお、さすがは瞬間記憶と絶対記憶を持つお嬢さんだな」


「っ――」


 守偵の言葉を聞いた瞬間、マロン顔から血の色が消えうせた。


「どうした、顔色が悪いぞ」


「私は異人じゃありません」


「わかってるよ、んなこと」


 マロンは自分の体を抱きしめたまま、話を続けた。


「っ……よくあんな化け物と関わろうと思えますね」


 マロンにとって異人は疫病神以外の何でもない。異人と言う存在が世界中に知られたあの日からマロンの日常は大きく変わった。後ろ指で刺されることも言葉の刃で心を切り刻まれることも、石を投げられたことだってある。異人と言う存在がマロンの人生を完膚なきまでに破壊したのだ。


「私には理解できません」


「本当にな」


 てっきり怒るか窘められるかすると思っていたマロンだが、マロンの言葉を聞いた守偵はふっと笑いながらマロンの言葉に同意するようにうなずいてみせた。


 この話を深く掘り下げるつもりは守偵にも、マロンにもなく、話を本題へ戻した。


「お前があの生物進化学の権威、木ノ宮博士の一人娘なのは本当か」


 守偵の言葉を聞き、マロンは視線を地に落とした。


「…………」


「木ノ宮博士は今離れて海外で暮らしてるんだよな」


「…………」


 質問に一切答えないマロンにそれでも守偵は質問を投げかける。


「つい最近博士から何か、荷物のようなものが送られてこなかったか。手紙とかじゃなくてこうちょっとした小包みたいなやつ」


「……りません」


 ようやく視線を落としたままマロンが口を開いた。


「えっ」


 あまりにもか細い声だったため聞き返した守偵にマロンは悲痛な声を上げた。


「知りません」


 突然大声を上げるマロンに守偵は困惑した。


「それはつまり親父さんから何も受け取ってないってことか」


「そんな人、私知りません」


「知りませんって……」


 泣きじゃくる子供から名前を聞き出す迷子センターの人のように困った顔をしながら守偵は頭を掻いた。


「木ノ宮博士はお前の親父さんだろ。ついちょっと前まで一緒に海外で暮らしてた」


「あんな人、私のお父さんじゃありません」


「…………」


 守偵の言う通りマロンの父親は生物進化学の権威、異人についての論文も数多く執筆している木ノ宮博士、その人である。


 だが、守偵は知らなかった。マロンと父親の間には溝があることを。


(あの人は研究を続けるために私を捨てた。この国に厄介払いした)


 某国で起こった世界中に異人という存在を知らしめるきっかけとなった大事件。あの事件以降、異人は人類の敵であるという考えが世界中に拡散。人々の異人に対するヘイトがすさまじいスピードで高まった。


 当然、猛烈な勢いで高まる人々のヘイトはその異人の家族、友人、恋人へも向けられることになった。


 マロンの父は自らの保身と研究者としての権威を保持するため、そして自分の研究を滞りなく続けるためマロン一人をこの国に寄越したのだ。


「私に、お父さんはいません」


 それだけ言ってマロンは勢いよくベンチから立ち上がると乱暴に置いていたカバンを引っ掴んだ。


「それじゃ」


「お、おい」


 呼び止める守偵の声に応じず、すたすたと歩いて行ってしまうマロン。


 突然のマロンの行動に守偵は動けずベンチに座ったままただ茫然としていた。すると、急にマロンは立ち止まって守偵の方へ振り返った。


「もう二度と、私の前に現れないでください」


 それだけ守偵に言い残し、マロンは再び歩いて行ってしまった。


 最後の一言、マロンは守偵との決別のつもりで放った言葉だった。


 しかし、必死に平静を装おうと気丈に振舞って見せた少女のそれでも抑えきれずに揺れてしまっていた瞳が守偵の決意を確固たるものにした。


 必ずこの少女を助けて見せると。

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