木ノ宮マロンは人である
校舎を出たマロンはとぼとぼと家への帰り道を歩いていたが、途中で猛烈な吐き気に襲われて、近くの公園に置かれたベンチに腰を下ろしていた。
「うっ」
(動悸がどんどん早くなってる)
なんとか吐き気を抑えようと口元をハンカチで押さえるマロンだが、効果は全くない。むしろ、腰を落ち着かせたことでマロンの頭の中を嫌な記憶が駆け巡っていく。
(木ノ宮さんって異人なの)
(ちがうっ)
木ノ宮マロンは人である。それは間違いない。ただ、少しだけ普通と違っていた。
木ノ宮マロンには卓越した記憶能力、絶対記憶と瞬間記憶がある。
絶対記憶は一度覚えた記憶は死ぬまでずっと覚えていることができる能力で、瞬間記憶は一度見た人の顔や景色、はたまた全く意味のない文字列ですら写真を撮ったように鮮明に覚えることができる能力である。
これらはあくまで人という枠組みを超えた、異人のような人知を超越した能力ではない。
木ノ宮マロンは人である。それは確かである。
だが、彼女の周囲にいた人は彼女を自分と同じ、ただの人だとは認識しなかった。
(不気味な子)
(木ノ宮さんって気持ち悪いよね)
(あんまりマロンちゃんと関わらないほうがいいよ)
(あれが化け物のメスか)
(なんで一緒の教室にいるの)
(怪物ならさっさっと退治してよ)
(気持ち悪い)(触れたくない)(関わりたくない) (なんでまだいるの) (早くいなくなっちゃえばいいのに) (死んでも誰も困らないよ)(死んで)(ねえ、死んでよ) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで) (死んで)
(ねえ、なんでまだ生きてるの)
「っ――」
(ちがう、私は異人じゃない。ただの人。化け物なんかじゃない)
マロンの心の叫びに共鳴するかのように体の中の臓器がのたうち回る。
「っ――ぐ、ぐす」
あまりにも凄まじい痛みと恐怖に思わずマロンの目から涙がこぼれ始める。
「ぐす、ぐす、うえぇ」
耐えたい、泣きたくない、負けたくない、そう思っていてもマロンの瞳から溢れる涙が止まることはなかった。
普段から人気のない公園。
このままマロンはベンチで一人、体を丸めたまま苦しみと不安に耐えて、涙を流し続ける、はずだつた――
「おっじょうさん」
「……」
声を押し殺しながら涙を流し続けるマロンの元に一人の若い男が声をかけてきた。
「レディに涙は似合いませんよ。特にあなたのような素敵な女性にはね」
歯の浮くようなセリフを最高にかっこつけた顔で言う若い男は、セリフもそうだが着ているスーツも、スーツを着ているというよりスーツに着られているようで、すべてが半端、何一つマッチしておらず自分の物にできていないまだ芽を出したばかり若木のように見えた。
「さあ、これでその瞳からこぼれる涙という宝石の雫をお拭きください。私でよければぜひあなたのお力になりますから」
そう言って頭の痛い青年はハンカチをポケットから取り出しマロンに向け差し出した。
「…………」
青年の差し出したハンカチをマロンは何も言わずじっと見つめて、言った
「……変質者」
「誰が変質者だ」
マロンの言葉にかっこつけていた青年は間髪入れず高校生がするようなツッコみを入れた。
マロンはこれが青年の素なのだと確信した。
「俺の名前は探護守偵、ラプラス探偵社っていう異人事件を専門に扱っている探偵社にいる超一流の探偵だ」
「探偵……」
これがマロンと守偵の本当の、最初の出会いだった。




