しっそう2
「被検体一〇三、オストリーグ」
下半身をハイテク三輪車に埋め時速百キロはでてるだろうマロンの愛車に並び走るモヒカンは自分の事をそう自称した。あのバイソンと同じ、強化異人であると。そして恐らくこいつは守偵を捕らえるために蟻命が差し向けた尖兵である。
「バイソンだけじゃなかったのか」
バイソンの事は蟻命たちから逃げた日の夜、異次元町のホテルで如珠から聞いていた。セイムに所属する戦闘系の能力を持つ異人が束になっても相手にならないほど強力な力を持った異人。井坂次王たちにより非人道的な能力強化改造手術を受けさせられた悲しき生物兵器。
如珠から聞いた話だと強化異人はバイソンだけのようだったが……
「しゃしゃしゃ、確かにバイソンは俺たちの中で一番伸びしろがあったが、井坂のクソじじぃの手術を受けたのは別にバイソン一人だけじゃないぜ」
オストリーグの言葉を聞いた瞬間、如珠から聞いた井坂の言葉が蘇る。
『被検体一〇一バイソン。長年異人の能力を研究してきた我々が技術の粋をかけてその能力を極限まで引き出させた最高傑作(改造異人)』
確かに井坂は一言も強化異人がバイソンしかいないと言っていない。
「っ……」
初めて強化異人と対峙し同族同士にしかわからない格の違いに、気圧される守偵。
守偵の額から冷汗がこぼれる中、守偵が突然身を寄せたせいで乱れた運転をなんとか安定期に戻したマロンがオストリーグに話しかけた。
「あなたもそのバイソン、と同じ異人の能力を底上げする手術を受けた強化異人なの」
「ああ、そうだぜ。おかげで俺様は最速の足を手に入れた、俺様にスピードで敵う者は誰もいねぇ」
そう言って自慢げにハイテク三輪車に飲み込まれた下半身を見せるオストリーグ。少しだけ、オストリーグのスピードが落ちる。
「へえ、すごぉい」
「だろ」
マロンのあからさまな媚び売りに気分を良くしたオストリーグは槍を背中に回しえっへんと胸を張った。
機嫌のよさを表すようにハイテク三輪車から子気味の良い駆動音が鳴る。
そんなオストリーグを見てマロンはいたずらっぽくニヤッと笑った。
「本当にすごいです、その……強化手術を開発した井坂次王って人」
「ああん」
マロンの言葉にオストリーグの目が血走る。
わずかに下がっていたオストリーグだが、ここで再びスピードを上がった。
「まあ、やってたことは確かに倫理的にどうなのっ、とは思うけど、あなたみたいな失敗作でもそれだけすごい力を得られるんだから」
「失敗作、だと。この俺様が」
オストリーグの額に太い血管が浮かび上がった。
「お、おいマロン」
異人同士でなくともわかる、全身から並々ならぬ怒りのオーラをあふれ出すオストリーグを見て守偵はマロンの挑発を止めようとした。
しかし、マロンは止まらず。それどころかより一層ににこやかな笑みを浮かべて舌を回転させた。
「だってそうでしょ。バイソンは一人で市議会を襲撃した異人をみんな倒しちゃったのに、あなたはたかだか時速百キロで走る車と並走するのが精一杯なんでしょ。しかも、機械の力を借りて、それじゃどこからどう見ても君――」
「…………」
全身を小刻みに振るわせながら歯を食いしばり必死に何かを押さえつけようとしているオストリーグを見て、マロンは今日一番の笑顔を見せ、言った。
「バイソンの劣化版でしょ」
「っ、てめぇ」
マロンのおしとやかな胸を狙いオストリーグが槍を構えた、瞬間オストリーグの速さがガクンっと落ちた。
その一瞬を見逃さず、マロンはアクセルペダルを一気に踏み込んだ。
「うぉっ」
「っ、待ちやがれ」
オストリーグの声が届くよりも早く、守偵の体が勢いよく後ろに傾くと同時にマロンの愛車は唸るような轟音を上げ、オストリーグとの距離をあっという間に開いてしまった。
「ちっ」
オストリーグの意図しない減速に合わせたマロンの急加速にオストリーグは槍を振るう隙も、マロンの急加速に合わせて加速する間もなく、ただスピードを落とさないよう必死になりながら離れていくマロンの愛車の背中を睨みつけることしかできなかった。
「ぜってぇ、ころぉぉぉぉぉす」
そう言うと、オストリーグの下半身を飲み込むハイテク三輪車が発光、甲高い悲鳴を上げ、守偵たちを追いかけ疾走した。




