新たな始まりを告げる鉛の音
フロッグの相手を太刀に任せ如珠は先に逃がしたジェシィ達の元へ急いだ。
強化異人の脅威は先のバイソンとの戦いで如珠も身に染みて痛感している。それでも如珠はフロッグの相手を太刀一人に任せることを選んだ。
理由は大きく分けて二つある。一つは単純に能力の相性の問題。如珠の能力である潜在解放はフロッグの能力と相性が悪すぎる。フロッグを殴ったり蹴ったりすれば反射的に相手に向かって腹の中で濃縮した酸を吐き出す。その酸をよけながらフロッグを攻撃するのはまさに至難の業だ。
フロッグの能力はまさに近接戦闘を得意とする異人には天敵と言っても過言ではない。定石は遠距離系の能力を持つ異人に相手をさせることだが、今のセイムにそんな能力を持ったメンバーはいない。だが唯一太刀だけが今いるセイムの中で一人フロッグと正面から戦うことができる。
(あの強化異人の酸は金属を溶かせない。それは前にあの酸を受けて溶かされた二人が身に着けてた金属製品が溶かされずに残ってたことでわかってる)
太刀の能力、血鉄は体内の鉄を利用して体から刃物を生やしたり、プレートを生成したりすることができる。
実際、フロッグの吐き出した酸の塊に閉じこまれた如珠を助け出すため太刀は全身を覆う鉄のプレートを生成、プレートアーマーを着て太刀は酸の塊の中を突破した。
(あの蛙異人は太刀に任せる)
太刀の能力は近接戦闘系の能力の中で数少ないフロッグと相性がいい能力である。
(太刀ならしばらくあの蛙異人の相手をした後、この場から逃げるのも難しくないはず。それより今心配なのは……)
如珠があの場から離れたもう一つの理由――
(ジェシィっ)
フロッグが襲撃してきた際、逃がしたジェシィたちの存在である。
「無事に逃げきれてるといいけど」
有魔市議会襲撃事件で今セイムには戦闘系の能力を持った異人がほとんどいない。太刀の事も当然心配だが、もしフロッグの目的が如珠ではなく満身創痍のセイムの壊滅だったら、フロッグの襲撃が陽動でジェシィたちから遠ざけることが目的なら……
有魔ごみ焼却場を出るとすぐに如珠は森の中へ飛び込んだ。
「確か南東は……こっち」
森の中を南東に向かって一直線に駆け抜ける如珠。
今回の集会、如珠たちは事前に不測の事態に備えてそれぞれの役割を決めていた。
如珠は襲撃者を惹きつけるためのエサ、太刀は襲撃者を惹きつけている如珠のサポート、そしてジェシィは他のメンバーを連れて有魔ごみ焼却場近くの森南東にある灰色の木の群生地へ行くこと。
そこが如珠たちがあらかじめ決めておいた非常時散り散りになった際に落ち合う集合場所だった。
「はあ、はあ、着いたここがっ」
森の中を全力疾走した如珠は灰色の木だけが生える、少し開けた空間に辿り着いた。
「ジェシィ、どこ、ジェシィ」
何度もジェシィの名前を呼ぶ如珠だが、誰もその声に応える者はいない。
如珠の声が空しく灰色に変色した木々に吸い込まれていく中、
「みんな、どこ、っ」
音もなく迫る鉛の弾が如珠の腹を抉り、貫いた。
「か、はっ」
如珠はその場に倒れこんだ。
意識を失う寸前、如珠は隣の山の山頂付近、ここから三千メートル以上離れた場所で何か明らかに自然ではない反射した光を見た。
***
有魔ホテル最上階、スイートルーム。
携帯を片手に男はホテルの窓から有魔市の街を見下ろしていた。
「ターゲット狙撃完了」
シックな雰囲気のあるオーダーメイドスーツに身を包む金髪の男は今、有魔ホテルから遠く離れた山でライフルを構える銀髪の女から作戦成功の知らせを聞いた。
「ご苦労様。回収はフロッグに任せて、アイズは早くその場から離脱して僕の所に戻ってきてくれ。書類がたまりすぎて今にも潰されちゃいそうだ」
「了解」
そう言って蟻命とアイズの通話は切れた。
部屋には蟻命の他にもう一人、くせっ毛が特徴的な小柄な少女がいた。
「すべて君の作戦通り。さすが世界を股にかける超一流の探偵さんだ」
「いえいえ、この程度、私にとっては朝飯前ですよ」
高級ソファに座る少女は机の上に置かれたルームサービスの一杯千二百円のホットココアを一口飲んだ。
「それより、これで私の実力認めてもらえました」
「ええ、十二分に」
「じゃあ早速、依頼の、ビジネスの話をしましょうか」
少女がそう言うと蟻命は少女の対面、机を挟んで向かいにあるソファに腰を下ろした。
「あなたに受けていただきたい依頼は人探し。ある人を見つけ出して僕の元へ連れてきてほしいんです。生死は問いません」
「物騒な話ね。私、そういう手合いじゃないんですけど」
「ははは、わかってますよ。冗談です」
(どうだか)
蟻命の薄っぺらい笑みに少女も薄笑いで返した。
「で、この街の王とも言われているあなたにそこまで想われている哀れでかわいそうな人は一体どこの誰なのかしら。まさか初恋の相手とかじゃないでしょ」
「僕の身も心も焦がす数少ない特別な人、という意味では同じかもしれませんね」
少女の皮肉を本気か冗談かわからない言葉であっさりと受け流し、蟻命は胸ポケットから一人の男の写真を取り出し机の上に置いた。
「これがあなたに探してほしい男の写真です」
「……」
男の写真を見て少女は言葉を失った。
黒い背景をバックにシルクハットをかぶった男がこれでもかとかっこつけた見る方が恥ずかしくなってしまうほどに痛すぎる宣材写真。
よく見ると右端に男の名前がラメ入りのローマ字で入っており、どうみても企業ではなくホストの宣材写真である。
撮った本人ですらその存在を忘れてしまっている恥ずかしい黒歴史写真が時を超え、本人の知らない所で場を凍てつかせていた。
「元ラプラス探偵社所長、探護守偵。この前セイムの有魔市議会襲撃事件で名誉の殉職をされた探護重信の息子で父親殺しの重要参考人です」
その後、話は淡々と進み探偵の少女は蟻命からの依頼を引き受けた。
話がまとまり少女が部屋を後にする直前、守偵の恥ずかしい(見る方が)写真を守偵の見つけ出した時の確認用として蟻命からもらいコートの胸ポケットにしまった。




