被検体一〇二――フロッグ
すでに運転を停止した有魔ごみ焼却場で行われている過激派異人集団セイムの集会に突如、全身水膨れしている巨漢のスキンヘッドが乱入してきた
「なんだてめぇは」
ガラの悪そうな男がメンチを切りながら巨漢の男に近づいた。
「なんだお、君たち。ぼくちゃん雑魚には用ないだお。さっさと失せるだお」
ぱっと見気の弱そうないわゆる陰キャ、引きこもりを絵に描いたような巨漢の男。普通なら見るからにチンピラの強面男に睨まれたらすぐに目線を外して身を縮こませそうなものだが、男は身をかがめるはおろか馬鹿にするような目でガラの悪そうな男にあっちいけと手を振った。
「な、なんだと、てめぇ」
「君が市長の言ってた探護如珠たんだお」
「ええ、そうよ」
額に青筋を浮かべる男を無視し、巨漢の男は如珠の全身を上から下へ舐めるように視線を動かした。
その様子に視線に敏感なジェシィは思わず身をよじった。
「ちっちゃくてかわいいお、僕ちゃんのタイプだお。」
「そう、それはどうも」
ちっちゃくてという言葉に一瞬眉をぴくっと動かした謎の不審者を前に堂々を立つ如珠。
この頭つるつるのだるまのような巨漢の男は自身の事を被検体一〇二、フロッグと自称した。
(被検体一〇二)
如珠の脳裏に悪魔のような角を生やした灰色の肌をした男の姿が浮かぶ。
(確かあの筋肉お化けも自分の事を被検体って……)
被検体一〇一――バイソン
(つまり目の前のこいつもあのバイソンと同じ――)
強化異人。
「おいてめぇ、無視してんじゃねぇぞ」
「もう、うるさいだお」
詰め寄ってきたチンピラ風男の方へ向くと突然フロッグにたぷたぷの喉が目いっぱいに膨れ上がった。
「げぶぉっ、うええええええええええ」
そして見るからに気色の悪い黄色のスライム状の液体をがらの悪い男に頭からぶっかけた。
「うえっ」
吐しゃ物を頭からぶちまけられるというあまりにも怖気の走る光景にセイムのメンバー(特に女性のメンバー)は全員ドン引きしていた。
「……」
当のがらの悪そうな男はしばらく無言で突っ立っていた。あまりの出来事に思考が追い付いていないのだろうと誰もが思っていた。しかし、しばらく無言だった男が最初に放った第一声はその場の全員の鼓膜を突き破るほどの悲痛な叫びだった。
「ぎゃああああああああああああああああああああ」
「なっ」
「うそっ」
「っ」
太刀、ジェシィ、如珠、その他セイムの全メンバーが見守る中、男は叫び声を上げたままその体を跡形もなく黄色いスライムに溶かされていった。
男の叫び声が止んだ時、そこにあったのフロッグが吐き出した黄色いゼリー状廃棄物のみ。男の骨はおろか、身に着けていたまで無くなっていた。まるでそのスライムに全て食べられ消化されてしまったように。
残っていたのは腰に付けたチェーンや腕時計と言った金属類のみ。
「「「「…………」」」」
目の前で起こった出来事に言葉を失うセイムの面々。
「てめぇ」
近くにいた男が懐から包丁を取り出しフロッグに突貫した。
「やめなさい」
如珠の静止が届くことなく、男の持った包丁の切っ先がフロッグのぶよぶよの腹に触れた瞬間――
ツルっ
「何っ」
包丁はフロッグの腹に突き刺さることなく、腹の上を滑った。
フロッグは再び喉を水風船のように膨らませた。
「ひっ」
「げぼぉえええええええええええ」
包丁を持った男の全身に黄色いスライムが吐き出される。
「るわあああああああああああ」
後の顛末はがらの悪い男と同じ。悲痛な断末魔を上げながら男はフロッグの黄色い吐しゃ物に全身を骨すら残さずすべて溶かされてしまった。
「「「…………」」」
再び目の前の光景にセイムの残党たちが言葉を失う中、如珠は顎目掛けフロッグを勢いよく蹴り上げた。
「がぼっ」
蹴り上げられたフロッグが天井の、暗闇の中に飲み込まれた。
手ごたえはあったが、強化異人がこの程度で倒せるわけがない。すでに同じ強化異人バイソンと死闘を交えた如珠はそのことを重々わかっていた。
故に、如珠はこの場で最善と思う選択を他のセイムメンバー達へ向けて指示を出した。
「撤退。今すぐ全員この場から逃げなさい」
撤退。それが如珠の判断だった。
如珠の指示を聞き、セイムの残党たちはすぐその場から逃走を図った。
「ひどいお、どうしてそんなことするんだお」
頭上の暗闇から青い眼が如珠たちを見下ろしてくる、
(天井に張り付いているっ。本当にカエルみたいな能力ね)
如珠は急いで撤退するセイム残党たちとは逆、この焼却炉がある部屋のさらに奥へ向け走った。
フロッグもまた如珠の後を追い暗闇の中へ飛び込んでいった。




