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遺された者(人)たち

 過去の遺物、有魔ごみ焼却場。


 都心からはるか遠く離れた森の奥深くに作られた一見テーマ―パークに見えなくもない鉄の城。


 一世代前は有魔市を代表する施設だった有魔ごみ焼却場も工場から垂れ流される排ガスが環境保護の観点から問題視されるようになる。さらに工場に働く職員の人体にも影響が出ているのではと一部報道機関で取りざたされたこともあり、現市長蜂王蟻命により運転停止させられた今は亡き過去の遺物である。


 物言わぬ張りぼての城にセイムの残党は全員、レンジの後継ニューリーダー号令の元、工場最奥、焼却炉がある薄暗い空間に集まっていた。


「博人」


 制服を着たまま学校が終わってすぐこの新リーダーになって初の集会へ直行して来たジェシィが心配そうな瞳で太刀を見た。


「…………」


 太刀は静かにまっすぐ前を見ていた。


「全員集まったみたいね」


 鈴のような凛と冷たい声に集まったセイムの異人たちは全員黒いフードを目深に被る少女を見た。


 小柄で幼さの残る、きれいな赤髪の少女。


 今にも倒れてしまいそうなほどふらふらしながら立ちあがる少女の目は大きな隈ができており見るからにやつれていた。


「話は聞いてると思うけど私が新しいあなたちのリーダー、探護如珠よ」


 有魔ごみ焼却場、ごみの城最奥で如珠は自分がレンジのいなくなった後のセイムの新たなリーダーとなることを残ったセイム構成員たちに宣言した。


「え、新リーダーってどういうこと、聞いていないんだけど」

「こんな小さい()が、俺たちのリーダー」

「レンジさんの後を継ぐのは太刀さんじゃないのかよ」

「なんでつい最近入ってきた奴が俺たちのリーダーなんだよ」

「しかも、探護って、佐藤じゃなったのかよ」

「一体何がどうなっってんだ」


 レンジが有魔市議会を襲撃して一月以上が経過。過激派異人集団セイムによる市議会襲撃事件はニュースで連日取り上げられた。リーダー、レンジの訃報と共に。


 この場に集まったものは全員この集会の目的についてある程度、察しがついていた。レンジに代わるセイムの新しいリーダーの発表とその就任。だが、太刀とジェシィを含め新リーダーの情報は一部のメンバーにしか知らされていなかった。


「パニック、か……まあ、そりゃ、そうだよね」


 突然の如珠の新リーダー表明に困惑するセイムのメンバー達。


 事前に如珠がセイムの新しいリーダーとなることを了解していた太刀は困惑する仲間たちに声をかけず静かに目を閉じた。


 圧倒的なカリスマ性でセイムをまとめていたレンジの後継者をこの前セイムに入ったばかりの新入りが名乗ったことに対する動揺はこうなることを知っていた太刀たちの想像をはるかに超えるものだった。


 完全にパニックへ陥るセイム残党。そんな彼らを前にセイムの新たなリーダー如珠は――


「さて今回あなたたちに集まってもらった理由なんだけど」


 自分のペースを貫いた。


「ちょっ」


 まだ状況が呑み込めていない仲間たちを無視して話を進めようとする新リーダー如珠にチンピラのような見た目の男が声を上げた。


「待てよ、まだ俺たちはてめぇをリーダーとは認め――」


 ガンッ


「なっ……」


 如珠は男の言葉をかき消した。今はもう動かぬ焼却炉の鋼鉄の壁にその小さな拳をめり込ませて……


「がたがたうるさいわよ。一番強い奴がみんなをまとめる当然の事でしょ。文句があるなら今すぐ全員かかってきなさい。もちろん、命がけでね」


 疲弊しきった目元とは裏腹に如珠の瞳がギラッと輝いた。


「「「「「…………」」」」」


 如珠の肉食獣のように獰猛な視線に射すくめられ騒然としていたセイムの残党たちは全員言葉を失った。


 たった一人のかわいらしい少女の恫喝にここのいる全員が気圧されたのだ。


「決まりね」


 沈黙と言う名の黙認。


 もう誰も、如珠がセイムの新しいリーダーとなることに異論を唱えられる者はいなかった。


「これで私のリーダー襲名式は終わり。これから新しくなったニューセイム最初の作戦を話すわよ」


 レンジがいた時とはまた違う緊張感が体にまとわりつく。


 一見、飄々とした感じのレンジが作戦を発表する時も全員の体に鋭い緊張感が走っていた。だが、それはあくまで自らが自分に気を抜くなと戒めるため自分自身で作った緊張感であった。それに対して、今全員を襲っているのは目の前の少女から発せられる底知れぬ強い執念に心が無理やり臨戦態勢にさせられて生じているものだった。


「今から十日後の午後三時、有魔市議会跡地で有魔市市長から重大発表を行うと有魔市の公式ホームページで発表があった……」


 全員が如珠の一挙手一投足に息を飲みながら注目した。


「そこで、私たちは有魔市市長蜂王蟻命を襲撃する」


 如珠から告げられた新生セイム初の作戦を聞き、その場にいた全員が言葉を失った。


「それって……」


 それは亡き前リーダー、レンジが命を落とすこととなった作戦と同じだった。


「蜂王蟻命は私達ニューセイムにとって避けては通れない相手。むしろあの忌々しい王様気取りの独裁者を屠ってこそ私たちの生まれ変わった新しいセイムの第一歩を踏み出すことができる」


「で、でも――」


「前リーダー、レンジさんの仇を討ちたくないの」


「「「「「っ…………」」」」」


 如珠の挑発ともとれる言葉に全員目を血走らせた。中には喉を引き裂いて暴れ出そうになる心の叫びを必死に押し殺すため拳を血が滲み出るほど握りしめる者もいた。


「レンジさんを殺したのはその蜂王蟻命なのよ」


 如珠から初めて知らされる、あの日、レンジたちが太刀たちに黙って有魔市議会を襲撃した日に起こった真実にこの場にいた者全員誰も驚かなかった。


 結果としてこの事件、勇敢な警察官探護重信が命を賭して解決した美談として巷では広まっているが、詳しい詳細は明らかにされていない。だが蜂王蟻命が裏で手を引いていたということは残されたセイムメンバー全員の共通認識であった。


「…………」


 当然、皆、レンジの仇は討ちたい。レンジを殺した蜂王蟻命に同じ報いを受けさせたいと思っている。だが――


「討ちてぇよ……そりゃ、そうだろ、レンジさんは俺たちの、大切な恩人なんだぞ、けど……」


 先ほど如珠に噛みついてきたガラの悪そうな男が絞り出すように現在(いま)の、あの日からずっと抱えて込んでいた思いをすべて吐き出そうとしたが、男は途中で俯いてしまった。他の者も皆何かに耐えるように全員下を向いた。


その姿に太刀は息をこぼした。


(あの事件で失ったのはセイムが失ったのは組織の支柱だけではない)


 市議会襲撃事件でセイムに所属していた戦闘系能力を持った異人の大半が井坂の造った強化異人バイソンによって殺された。太刀を除き、残ったセイムの残党のほとんどが非戦闘系の能力者だった。


(俺の見立てが間違っていなければ、お前が本当にレンジの後継にふさわしいなら、お前がセイムの新たな柱になれ)


 自分の無力さに打ちひしがれている彼らに如珠は語り掛けた。


「戦いはただ、力の強さで決まるわけじゃない。俯くのはやめなさい。下を向いたってそこに答えはないわ」


 如珠の言葉に俯いていたセイムの異人たちは顔を上げた。


「悔しいなら、成し遂げたい想いがあるなら、必死でどうすればいいか考えなさい。あなた達の力だってうまく使えば百人、いえ千人力の活躍だって可能なはずよ」


「俺たちが――」「私たちが――」


 一瞬、彼らの目に小柄でかわいらしい少女が懐かしい笑顔のよく似合うタンクトップマッチョと重なった。


 レンジが死んだあの日から失っていた希望の光が再び彼らに灯ろうとしていた。


(やり遂げたか)


 だがそれは大きなかがり火となる前にいともたやすくかき消された。


「君たちじゃ、無理だお」


「っ、誰だ」


 太刀のみならずその場にいた全員が声のした方、頭上、五メートル以上先にある天井に目を凝らした。すでに運転が停止し電気の通っていない有魔ゴミ処理場の内部は薄暗い。天井は目を凝らしても見えないほど暗闇が一面に広がっている。そこに怪しく光る二つの青い目玉があった。


「ち、敵かっ」


 太刀はすかさずナイフほどの刀身を生成し天井付近で妖しく光る二つの目玉目掛けて投げつけた。


 青い目玉にナイフが当たる寸前、青い目玉は如珠たちに向かって落下した。


 ナイフが天井の壁に弾かれる音が響く。


 如珠たちの目の前に現れた巨大な大玉。


「もお、やばんだなぁ、ぼくちゃんいたいのいやなんだお」


 塊はごそごそと蠢くとその形を手と足が生えただるまのような姿にフォームチェンジさせた。


「あんた、誰」


 オーバーオールを着る頭つるつるの巨漢の男は一通り辺りを見回すと自分を指さし、こう言った。


「僕、僕は被検体一〇二のフロッグだお。市長さんの命令でここにいる赤髪の女の子を捕まえに来たんだお」


 被検体一〇二。今は亡き井坂次王主導で行われていた異人を兵器として運用するための改造手術により異人としての能力を飛躍的にレベルアップさせたバイソンと同じ強化異人である。


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