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レンジの目的

 レンジの要求に従い、市議会大広間にいたものはレンジたちを中心に全員床に手を付きしゃがみこんだ。


「俺たちに危害を加える意思はない。おとなしくしていれば無事にここから出すことを約束する。だがもし、少しでも不審な動きをしたときは……」


 レンジは周囲で身をかがめる客たちに語りかけながらゆっくり、手に持つ機関銃を掲げた。


「容赦しない」


 血走る目がレンジの底知れない怒りを表す。


「うぅ、うぅぇぇ」


 その気迫に少女の小さい胸は耐え切れずぼろぼろと大粒の涙をこぼして泣き始めてしまった。大声を上げていたわけではないが少女の声が静まり返った室内に反響する。当然、セイムのメンバーにも少女の声は聞こえており、


「うるせぇぞ、ガキ。ちょっとはおとなしくしてろ」


 見るからに短気そうな顔の男が少女に銃口を向けた。


「ひぐっ、ひぐっ」


 少女は必死に唇を引き結び、声を我慢しようとしていたがそれでも静まり返った室内ではわずかに漏れた声ですら大きく反響してしまう。


「ちっ」


 男は舌打ちすると銃を構えたまま少女へ向かって近づき始めた。すぐに少女の近くにいた母親が我が子を守ろうと覆いかぶさるが、男は足を止めない。


 広間にいる全員が恐怖ですくみ、少女たちのこの先の運命をただ見守ることしかできない中、一人の男が立ちあがった。


「あのう、ちょっといいですか」


 両手を上げて敵意がないことをアピールしながら蟻命は徐々にレンジたちの方へ近づいていった。


「な、なんだてめえ」


 突然の蟻命の行動に少女に近づこうとした男は足を止めその場で蟻命に向かって銃を向けた。


「止まれ、止まれねえとその頭ぶち抜くぞ」


 銃を向けられた蟻命は一瞬だけ足を止めると自らに銃を向ける男に向かってニコッと笑いかけた。そして再びレンジに向かって歩き出した。


「て、てめぇ」


 男の持つ機関銃の銃口が揺れる。男は引き金にかかる指に力を入れた。しかし、


「やめろ」


 間一髪のところでレンジの声が男を止めた。


「お前がこの街の王、蜂王蟻命か」


「そういう君はセイムのリーダー、金剛蓮司(こんごうれんじ)君だね」


 有魔市の王とテロリストのリーダー。相反する二人がこの時初めて互いを視界に認め向かい合った。


「どうしてこんなことを」


「お前に答える義理はない」


 そっけない答えで話し合うつもりはないことを言外に伝えるレンジ。それでも蟻命は苦笑を浮かべながらも引き下がることなく対話する姿勢を見せ続けた。


「目的は何かな」


「………………」


「市議会を占領して君たちがしたいこと。うーん、何かな。社会へインパクトを与えて自分たちの存在をアピールしたい。それともこの状況をネットか何かで中継して何か声明でも出すのかな」


「………………」


「あ、もしかして、この街の市長である僕を暗殺しにきたのかな」


「………………」


「いやあ、さすがにそれは自惚れが過ぎるか。僕を暗殺するためだけにこんな大げさなことするわけが」


「お前、いい加減に」


 一向に話をやめない蟻命に対しレンジの近くにいたセイム構成員が銃を向ける。続いて他の者も蟻命に向かって銃を向けた。


「黙れっ、と言ったのがわからなかったのか」


 絶体絶命四面楚歌。


「そう連れないことを言うなよ」


 四方八方から銃を向けられてなお蟻命の顔に張り付いた笑顔が剥がれることはなかった。


「目的がわかれば君たちに協力できるかもしれないだろう」


「はあ、何バカなこと言ってるんだよ」


 蟻命の言葉に短気そうな男が呆れた顔をして近づいていく。

目と鼻の先、至近距離まで近づいた短気そうな男は銃を蟻命のお腹に突き付けながら睨みつける。


「なんでお前が俺たちに協力するんだよ」


「そんなの決まってるだろう」


 表情は一切変わらない。ただ唯一、至近距離で蟻命にメンチをきっている男だけがそれを見た。


「王としての務めを全うするためだよ」


 覚悟と使命感を背負う王の瞳を。


 傍から見ればどう見ても短気そうな男の方が恐怖の対象となるのだが、セイム構成員たちは全員なお変わらず笑みを浮かべて見せる蟻命にただならぬ畏怖を覚えていた。


「て、てめぇ」


 思わず、男は蟻命を機関銃のストックで殴りつけた。


「ぐっ」


「市長」


「お兄ちゃん」


 周りにいた客たちが再びざわつき始める。男が蟻命を殴りつけたことで客たちの中で抑圧されていた感情が噴出し始めたのだ。


「うるせぇ、てめら黙りやがれ」


 男が銃口を向けてももう遅い。一度噴出し始めた感情を抑えることは誰にもできない。


「っ、いい加減にしねえと」


 ついに危険を感じた男が銃の引き金に手をかける。同時に他の構成員も客たちに銃口を向けて射撃の準備に入る。このままでは後先も考えずに行動を起こした客たちと衝突し、セイム構成員たちによる一方的な虐殺が起きてしまう。そしてそれは、異人と人間の未来永劫二度と埋まることのない決定的な溝となる。


「よせ」


 レンジの声がセイム構成員と客たちとの衝突を止めた。


「たいした男だ。さすが、この街の王と言われるだけあるな」


 そう言ってレンジは倒れこむ蟻命に向かい手を差し出した。


「それはどうも」


 蟻命は差し出された手を何のためらいもなくとり、立ちあがった。

その光景はほんの一瞬ではあるが蟻命がずっと掲げていた異人と人が共に生きる世界を実現させたといえなくもない光景だった。


「俺たちも無意味な殺生は好まない。いいだろう、俺たちの目的を話そう」


「レンジ……」


「俺たちの目的は…………」


 どんな事情があったとしても実現したその光景がどれだけ尊く貴重であるのかを、この時知る者は誰もいない。


「妹を殺したクソ野郎をぶち殺すことだ」



*********



 レンジたちが太刀たちには内密で有魔市議会襲撃作戦を行っているころ、太刀とのタイマン戦闘を逃走という形でなんとかやり過ごした守偵(さねさだ)は港にいくつかある倉庫の一つに身を隠していた。


「すげえ警察の数だな」


 数十を超えるパトランプが港中を照らし、けたたましいサイレンが辺り一帯にこだまする。普段は誰も寄り付かずしんと静まり返っている港が今や警察と異人テロリスト集団セイムのおかげで今夜限りのワンナイトパーリィ絶賛開催中ナイトクラブである。


「あいつらちゃんとあの船から脱出できたのかよ」


 守偵(さねさだ)が隠れる倉庫は人身売買集団トレイドがアジトにしていた貨物船から離れていたため今はまだそれほど厳重な操作網は敷かれていない。それでも守偵(さねさだ)の隠れる倉庫近くを何度もパトカーが素通りしているのだが……


「こんな状況で人の心配するなんて優しいんだね、お兄さん」


 そう言って声を上げたのは腕と足を縛られ床に転がされている背の小さい少年。

 

 守偵(さねさだ)がトレイドのアジトから逃亡する際、タイムロスとわかっていても寄り道をして一緒に連れてきた、いや無理やり搔っ攫ってきたトレイドの戦闘員、チャイルドである。


「ようやくお目覚めかよ。ずいぶん長い夢物語(ファンタジー)だったな。居眠り姫さん」


「それ、人を無理やり夢の世界に吹き飛ばしたお兄さんが言うセリフ」


 守偵(さねさだ)に裏拳をクリティカルヒットされ今の今までチャイルドはずっと気絶していた。当然、今の状況は全く飲み込めていない。というか理解しようとしすらしていない。


「三途の川だったじゃないだけましだろ」


「まあね」


 普通手足を縛られた挙句に目の前に命を取ろうとしていた敵がいたらパニックを起こしてぎゃあぎゃあ騒ぎそうなものなのだが、チャイルドはいたって飄々としている。


「で、お兄さんは僕に何の用かな」


 子供のように透き通った目で守偵(さねさだ)を見上げながらチャイルドは自分をわざわざあの船から助けた理由を尋ねた。あのまま放っておけば十中八九セイムの構成員たちに拷問されなぶり殺しにされていただろう。だが基本的に人を助けること自体にリスクはあってもメリットは少ない。ましてこんな戦場のような状況ならなおの事。


「まさか何の目的もなく僕をたすけてくれたわけじゃないよね」


 故になぜ自分を助けたことには守偵(さねさだ)なりのメリットがあるはずとチャイルドは考えていた。


「そのまさかだよっと言ってやりたいところだが、残念ながらお前を助けたのには理由がある」


 チャイルドは守偵(さねさだ)に気絶させられた後手足を拘束されずっと倉庫の奥、隅に転がされていた。それをわざわざ船から脱出した後すぐ港から脱出するのではなく倉庫によるという追っ手に捕まるかもしれないリスクを負い、小柄だがそれでも小学生高学年ぐらいの重りを抱えながら逃走するという足かせを負ってまでも守偵(さねさだ)にはチャイルドに聞かなければならないことがあった。


「お前たちのボスの名前を教えろ」


 それはこの事件の真相。チャイルドたちを操るトレイドのボスの正体である。


「いくら異人が社会から爪弾きにされてるからってこれだけ大規模な人身売買を警察が見逃してるとは思えない」


「異人は人じゃないけどね」


 口調こそ変わらず飄々としているチャイルドだが明らかに声音が変わった。それを見て、守偵(さねさだ)は確信した。


(こいつは俺のほしい答えを知っている)


「それでもだ。社会へ与えるインパクトが大きすぎる。本当ならこれは水面下で内々に処理したい案件のはずだ。だが今この港には大群のパトカーが押し寄せている。人身売買集団のアジトがあるこの港に、世間の目を一切気にする素振りなく、な。つまり警察は知らないんだ。異人のみを狙う人身売買集団の存在を。誰かが情報を止めているとしか考えようが……」


 ここで早口でまくしたてマシンガントークしていた守偵(さねさだ)が言葉を止めた。


「う、うぉっほぉん」


 顔を少し赤らめて大きく咳ばらいをした。その一連の流れをチャイルドは不思議そうな目で見つめていた。


(危ない、危ない。交渉の時はいつもポーカーフェイス。それが探偵の基本)


 守偵(さねさだ)は目の前にある今回の事件の真相にたどり着くキーとなる情報を前に思わず探偵としての好奇心がくすぐられてしまったのだ。普段探偵活動中はポーカーフェイスを意識している守偵(さねさだ)は気づかぬうちに自分が興奮してしまっていることに気づき少し恥ずかしくなってしまったのだ。


(だが俺の推理は当たっているはずだ。そうじゃなきゃ、あの正義漢(おやじ)がこんな非道を見逃しているわけがない)


 一拍置き、守偵(さねさだ)は呼吸を整えた。急ぐ心を押さえつけもう一度チャイルドに向き直った。


「もう一度聞く。お前たちのボスは誰だ。お前たちのバッグには相当大きな後ろ盾がいるはずだ。それこそ、国家権力に多大な影響を与えるほどの強力な力を持つ人物が」


「僕みたいな使い捨ての下っ端がそんなこと知ってると思う」


 チャイルドは人の気持ちや感情を推し量るのが苦手だ。だからいつも戦闘になれば独断専行で周りの事など気にせず突き進む。協調などしたところでむしろ自分の足手まといにしかならないことをよく知っているからだ。


 実際、先ほどの一連の守偵(さねさだ)の様子を見ていてもチャイルドには守偵(さねさだ)の心の動きや感情の起伏は一切わからなかった。それでも一つだけチャイルドにも分かったことがある。


「知らなくても、察しはついてるんだろ」


 守偵(さねさだ)が自分の持つ推理に確信に近い絶対的な自信があること。それだけはチャイルドにも読み取ることができた。


「国家権力に影響を与えるほどの力じゃない」


 チャイルドは口を開いた。理由は探そうと思えばいくらでもある。ここでは話さなければ用済みと言うことで警察に突き出されるかもしれないし、ひどい拷問を受けるかもしれない。下手をすればここで殺されて魚の餌にされる可能性も……最後のは守偵(さねさだ)の様子を見る限りだいぶ希薄な可能性なのだが……


 理由は探せばいくらでもあるが、チャイルドが口を割った最大の理由は……


「僕たちを使っている奴が持っているのは国家権力そのものだよ」


「国家権力そのもの……」


「そう僕たちみたいな社会のはみ出し者を顎で動かして汚い仕事に手を染めさせて、使い物にならなくなったらすぐ切り捨てる。そんな懐深く慈愛に満ち溢れた僕たちのクソ大将は」


 チャイルドがそいつのことを心の底から快く思っていなかったからだ。要するに嫌いなのだ。嫌いだから、嫌がらせをしてやりたかった。



*********



「君の妹を殺した犯人」


 蟻命の言葉にレンジは静かにうなずいた。


「ああ、そうだ妹は昔ある事件で異人に殺された。対外的には異人同士の小競り合いが発展した不幸な事件として処理されたが事実は違う、妹はそいつに、そのクソ野郎に悪意を持って殺されたんだ」


「証拠はあるのか」


「妹は当時よくある団体と接触していた。異人の脳や細胞、遺伝子なんかを調べて異人と言う存在を解明しようとする団体だ。あの日あいつはその団体のトップと会う約束をしていたらしい。だが、事件の調書や事件関係者の名簿にそいつの名前はなかった。そんなことあると思うか、妹はそいつに会うために事件に遭った場所に行ったんだぞ」


「…………」


「もみ消したんだ。自分がそこにいると知られたら都合が悪かったから。妹はきっとそいつにはめられて……」


 握り締めたこぶしからは血があふれ出していた。拳を強く握っているせいで爪がくいこんでしまったのだろう。レンジの当時の強い後悔が蟻命には伝わった。


「その団体のトップの名前は」


 蟻命の言葉に、レンジは静かに確かな憎しみと怒りを込めてその首謀者の名前を答えた。


井坂次王(いさかつぐきみ)


 その名を聞いた瞬間、蟻命は後ろを振り向いた。

 

 そこには今まさにアイズに連れられ広間奥にある部屋へ身を隠そうとする井坂の姿があった。



***



井坂次王(いさかつぐきみ)……」


 それがチャイルドの言った人身売買集団のボスの名だった。井坂の名は守偵(さねさだ)もよく知っていた。総理の懐刀で日本のナンバーツー。だが守偵(さねさだ)はその名を今日、もっと言えばほんの少し前に聞いていた。


「アイズ、今日の井坂議員との約束は何時だったっけ」

「七時に有魔市議会での予定です」


 守偵(さねさだ)の脳裏に、携帯から漏れ聞こえた蟻命とアイズの会話が蘇る。


「そいつが権力の横暴で僕たちを馬車馬のように働かせてるクソ野郎の名前だよ」


「っ」


 チャイルドの話が終わると同時に守偵(さねさだ)は倉庫から飛び出した。


 もし勢いよく倉庫から出てくる姿を警察に見られれば間違いなく事情聴取のため任意同行を迫られれていただろうが、幸い近くを見回っているパトカーはおらず、守偵(さねさだ)は誰にも見られることなく港から出ることができた。


(まずい)


 今の守偵(さねさだ)に余裕はない。頭の中でばらばらだったピースが部分的につながって焦っている。まだパズルの全体像は見えていない。つながったピースもあやふやではっきりとその像がみえているわけではない。それでも彼は足を動かした。全身を言葉にできない不安に包まれ、反射的にそれを振り払おうと体が勝手に動いている状態である。


(蟻命たちが危ない)


 この時守偵(さねさだ)はこの一連の事件、その全ての真相にたどり着くことができる唯一の立場にいたのだが、彼がそのことに気づけるのは事件が取り返しのつかなくなる後の事だった。


 未来を視ることができても未来を変えるほどの力は彼には宿らなかった……

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