入り乱れる思惑
太刀と守偵の衝突から時は流れ、太刀たちが制圧した貨物船が停まる港から離れた場所でレンジは太刀から今日起こった出来事の一部始終を聞いていた。
「そうか、やはり守偵達は裏切り者だったか」
太刀から受けた報告は大きく分けて三つ。一つは今回の人身売買集団襲撃作戦を敵に漏らした裏切り者がいること。その者のせいで太刀たちは敵から奇襲を受けるが、難なく退け、逆に敵のアジトの制圧に成功したこと。そして、その裏切り者は守偵である可能性が極めて高いと言うこと。
「ああ、お前の言った通りだったみたいだな」
レンジは太刀に今回の襲撃作戦とは別に守偵を探る任務も頼んでいた。
「残念だな。せっかくいい同士になれそうだったのに」
「おそらく金で雇われた組織に関係ない部外者だろうな。じゃなきゃ妹を奇襲前に逃がすなんて疑われかねないことはしないだろう」
太刀の言葉にレンジの眉がビクッと上がった。
「妹さんはお前たちと一緒にいなかったのか」
「ああ、作戦当日に能力を使った反動で動けないと取って付けたような理由で待ち合わせ場所に向かったのは俺を含めてジェシィと守偵の三人だ」
「…………」
太刀の言葉を聞き、レンジは押し黙った。顎に手を当て、視線を下に移しうつむいた。傍から見ればどう見ても考え事をしていると言うのが丸わかりのポーズなのだが受話器の先、レンジの顔が見えない太刀は構わず、話を続けた。
「今思えば妹が奇襲の巻き沿いに遭わないようにしたんだろうな。名前は偽名だったかもしれないが、兄妹であることは本当の様だったしな」
「…………」
「予定では俺たちが倉庫に着いた後、自分も逃げるつもりだったんだろう。ジェシィが倉庫の奥で不穏な動きをしていた奴を見たらしいからな。抜け道か何か用意していたんだろう。だが、予定よりも早く奇襲部隊が来てしまったため自分も巻き込まれてしまったようだが…………」
「…………」
太刀の話が終わってもレンジは黙ったまま。不審に思った太刀がレンジに声をかけた。
「レンジ」
「あ、ああ、すまない。ちょっと考え事をな……」
セイム結成時からの付き合いである太刀ならわずかな声音の違いからレンジの様子がおかしいことを察することができたかもしれない。しかし、電話から発せられる音声は話している本人のものではなく、元々登録されている音声の中から似ている音声。
「きっと博人の言った通りだろう」
「そ、そうか」
レンジの異変に太刀が気づくことはなった。
「それだけ暴れればおそらくもう話題になってるだろう。警察もすぐに到着するはずだ」
「こういうときだけは勤勉だからな。警察と言う者は」
最初に会った時から変わらない太刀のとげのある言葉に思わずレンジは口元を緩ませた。
「とりあえず博人はその囚われてた異人の女の子を連れてどこかに隠れておいてくれ」
「言われなくともそうさせてもらう。能力の使い過ぎでもうまともに歩くことすらできないからな」
「はは、しばらくゆっくり休んでおいてくれ。俺たちもあとで向かう」
「わかった。じゃあ――」
ツー、ツー
これから隠れる潜伏場所をどうやってレンジたちに伝えるのか、その方法を話そうとしたのだがレンジは太刀の言葉を最後まで聞かず、電話を切った。
(あいつ、どうやって俺たちのところまで来るつもりなんだ)
一抹の不安が太刀の胸をよぎる。違和感の正体をつきとめようと無意識に太刀の脳が思考を張り巡らせる。しかし、
プーン、プーン、プーン
結論を出す前に、港中をサイレンの音がこだました。
「博人」
慌てて太刀の元へやってきたジェシィがやってきた。
「警察、パトカーがいっぱい来てる」
「ちっ、退くぞ、全員撤退だ」
結局、太刀は違和感の正体を掴めず。問題を先延ばしにした。
***
「すまない、博人」
電話を切ってすぐ、レンジは誰もいない薄暗い部屋でそう呟いた。
(あとは任せた)
「レンジさん」
ダークグリーンのフードを目深にかぶった男がレンジの元へやってきた。レンジは彼の事をよく知っていた。セイム結成初期に加入した古参で昔はよくレンジに代わり妹の面倒を見てくれていた。
妹にとってはレンジよりも兄に近い存在だとレンジは思っていた。
「いくぞ」
レンジの言葉に男は黙って続く。やがて、男と同じダークグリーンのフードを被った者たちがどこからともなく現れ、何も言わずレンジの後に続いた。
総勢十数人。そのすべてがセイム結成初期に加入した古参の者達。
彼らは太刀たちがいる港とは真逆、太刀たちに背を向けレンジたちは歩き出す。振り返る者は誰もいない。
襲撃
有魔市中央にそびえ立つ有魔市議会。西洋のどこかにある宮殿のような出で立ちのこの伏魔殿を根城にしているのがこの街の王、蜂王蟻命である。
「蟻命市長」
突然名前を呼ばれ、振り向くとそこには若い女性二人がインスタントカメラを蟻命に向かって構えていた。
「写真、良いですか」
女性二人は共に大きなリュックを背負っており、服装もおしゃれより歩きやすさや通気性を重視したもの。有魔市の人間ではなく、旅行で訪れた観光客であることが見てわかった。
有魔市議会は政治を行う場所にしては珍しく一般にも開放されている。当然、市長室や議会を行う議場などは立ち入り禁止となっているが、今蟻命がいる大広間、入り口はいってすぐにある簡素だが雄大さを感じる広間はいつも少なくない観光客が見学に来ている。
当然、有魔市の市長である蟻命にとって他の街から来た観光客に愛想を振り回しても票には結びつかないのだが……
緊張した顔でお願いする二人組に蟻命は、
「もちろん」
笑顔で快諾した。
陽も落ちかけているが、それでも有魔市議会はそこそこの数の見学人で賑わっている。
「ありがとうございますっ」
写真を撮り終え去っていく二人に蟻命が笑顔で手を振っていると
「あ、テレビでいつもニコニコしてる人だ」
五歳くらいの少女が蟻命を指さし大声でそう言った。少女のよく通る高い声は大広間中に反響し、見物人のおしゃべりで騒然としていた市議会内がシンッと静まり返った。
「こら、市長に失礼でしょ」
穏やかな雰囲気が一転、全員の視線が声を出した少女に集まる。
慌てて少女の親が青ざめた顔で少女の頭を押さえつけ一緒に蟻命に向かってすいませんと頭を下げる。
そんな親子の姿に蟻命は困惑し、苦笑した。
「いえいえ、今の今まで僕が市長としてやってこれたのはすべて皆さんのおかげですよ。僕にできることなんて何も――」
そこで周りにいたこの街の市民、選挙で蟻命を市長に選んだ人々が声を上げた。
「そ、そんなことないですよ。市長のおかげでこの街は平和なんです」
「市長のおかげで異人のやつらが多いこの街でも安心して暮らせるんだ」
「蟻命市長最高」
一転して、「蟻命最高」コールが議会内に響き渡った。
「あはは、まいったな。かいかぶりすぎですよ」
特段自分を卑下したわけでも遠慮したわけでもなかったが、予想だにしなかった市民からの高い評価に蟻命は思わず頬をかいて喜びをごまかした。
「愛想を振りまいて少しでも皆さんの不安を取り除けるなら僕はいくらでも愛想を振りまくよ。笑顔は誰かを元気にする魔法がかかっているからね。君も元気になってほしい誰かがいたときは君のとびっきりの笑顔を見せてあげるといいよ。そうすればきっと元気になると思うよ」
「ほんとに」
「もちろん、女の子の笑顔は何よりも元気がでる魔法がかかってるよ」
そう言って蟻命は少女の頭をそっと撫でた。
「すごい人気だね。さすがは最年少市長さんだ。」
そこへ蟻命の秘書アイズに連れられ、白髪の老人が現れた。
「あなたは」
ただならぬ雰囲気を纏った老人の登場に思わず周りにいた見学人たちは一歩足を後ろに引いた。
「井坂議員」
蟻命が口にした老人の正体に広間にいる全員に緊張が走った。
(井坂って、あの)
(総理の懐刀
(日本のナンバーツー)
井坂次王。代々国会議員を排出する名家井坂家の長男として生まれ、祖父は八代前の内閣総理大臣。三十という若さで国会議員選挙に勝利するとそこから三十年以上国会議員を続ける重鎮。目立つことを嫌い、世間的にはそれほど活躍を知られていなかったが長らく総理の懐刀として現政権を支えてきた。今では政界内での影響力は副総理を超え井坂が認めたものが次の総理になると噂されるほど、正真正銘この国の影の支配者である。
井坂の登場により和やかだった空気が一転して重くなる。
「お待ちしておりましたよ。井坂議員。わざわざこんなところまでご足労いただきありがとうございます」
見物客たちが口を堅く閉ざす中、井坂の登場でがらっと空気が変わってもなお蟻命の口調は変わらない。
「ここではなんですから、ささ、どうぞ奥の僕の部屋に」
そのよく回る舌を使い井坂と共に市議会奥にある市長室へ向かおうとした――
その時、
ドカドカドカドカドカドカ
幾つもの慌ただしい足音と共にフードを深くかぶった十人ほどの謎の集団が大広間になだれ込んできた。
「え、何」
突如大広間に現れた謎の集団は一切迷いのない動きで広間中央に陣取ると周辺にいた人たちへ手に持った黒い塊を向けた。
「あれって、もしかして銃」
見物客の一人が気づいた。
「うそ、本物じゃないよね」
「映画かなにかの撮影」
不安になった客たちがざわつきはじめ、大広間は騒然となる。
「市長」
「アイズ、井坂議員を奥へ」
いつパニックが起こってもおかしくない状況の中、蟻命はアイズに井坂を奥の部屋へ逃がすよう指示を出した。
客の中にもただならぬ雰囲気を感じ、こっそり外へ逃げようと試みる者がいた。
謎の集団はしばらくあたりを見回し誰かを探しているようだったが、しばらくして集団の一人が蟻命たちのいる方へ指を差した。すると一際大柄な恰幅の良い男が一歩前に出ると手を上にあげた。瞬間――
ババババババババババババ
激しい銃声が広間全体に響き渡る。
男は手に持った機関銃を上空へ向け威嚇射撃を行った。
「きゃああああああああああああああああああ」
客の悲鳴がこだまする中、男はフードをとり広間の中央で高らかに宣言した。
「今、この場所は俺たちセイムが制圧した。危害を加えられたくなければ全員床に跪け」
男の顔を見た瞬間、広間にいた全員が息をのんだ。全員、その男の顔を知っていたのだ。赤い短髪に鍛え上げられた筋骨隆々の肉体。最近よくニュースで報道されている異人過激派収集団のリーダー……
セイムの創設者にして集団の統率者、金剛蓮司はこの日、初めてセイムを、組織を私的理由で動かし有魔市議会を制圧した。
このレンジの突発的な行動を太刀たちが知るのは、襲撃のすべてが終わった後のことだった。




