差
太刀が一人で人身売買集団たちに奇襲を仕掛ける中、倉庫の奥にコンテナに隠れていたジェシィの前に一人の少年が現れた。
「君かぁ、異人の女の子は」
「あ、あんたは」
突然現れた少年に敵意をむき出しにするジェシィ。見た目こそかわいらしいが手に持っているのは誰がどう見てもわかる現代においてもっともポピュラーな武器である銃。
(どう考えても、っていうか考えなくてもわかる。こいつは私たちを襲ってきてる奴らの仲間、敵)
「結構、っていうかかなりかわいいね君。僕のタイプだよ」
そう言いながら少年はジェシィに銃口を向けた。
「あ、あんたは」
「僕の名前はチャイルド。トレイドの戦闘員」
「トレイド、戦闘員」
聞いたことのない単語にジェシィは首を傾ける。そんなジェシィの姿をチャイルドは屈託のない笑みで見ていた。
「要するに君たちの敵、自分たちの都合で君たちの尊厳とか命をもてあそんでる悪い人たちのお仲間」
「あんまり自分で自分の事を悪い人って言う人はいないと思うんだけど」
とんでもないことを言っているはずなのに、少年の態度はあっけらかんとしている。まるでそんなことにちっとも興味がないと言わんばかりの態度。
ジェシィの背中から冷たい汗が流れる。
(こいつ、やばいかも)
「君は戦闘系の能力を持った異人じゃないよね。もしそうなら、こんな奥に隠れてないでお仲間と一緒に突撃してるはずだしね。異人の持つ能力っていろいろだけど、戦闘系の奴はだいだい銃を持った大人ぐらいじゃ全然相手にならないぐらいすごいからね」
チャイルドの推察は正しい。ジェシィの能力、超敏感肌はその名の通り常軌を逸した鋭い触角。それは相手が自分に向ける視線だけで相手が自分をどのように思っているか、さらに言えば相手が今どのような気持ちか何かやましいことを隠していないかわかるほどである。
その敏感すぎる肌感覚のせいでジェシィは年の割に肌の露出ができず、シャツは長そで、お気に入りの黒ストッキングは手放せないのだが、今目の前にいる少年の容姿をした男チャイルドの視線からは何の感情も感じていなかった。
男としての欲情も嗜虐心も何も。恐怖心すら感じ取ることができない。
「でもそれは悪魔で戦闘系の能力を持った異人の場合。異人の能力は戦闘系だけじゃなくていろいろある。つまり……」
チャイルドの目がキラッと星のように輝いた。
「戦闘系の能力を持った異人でなければ僕一人でも簡単に捕まえることができちゃうってことだよね」
やはり、チャイルドの視線からは何の感情も感じ取ることができなった。
「君を人質にすれば僕たちの仲間を攻撃してる異人もおとなしくしてくれるよね。そしたら君たちはぼくのおもちゃ確定だ。ああ、どうしてあそぼうかな。前捕まえた子は簡単に壊れちゃって、みんなにすっごくおこられちゃったんだ。だから今度はじっくりことことと……」
(この子は感情がないんじゃない。この子は……これが、普通なんだ)
ジェシィの超敏感肌で感じるのは心の揺らぎ。何か隠し事をしていればばれるのではないかという恐怖、そして相手に嘘を吐く罪悪感が生じる。それが心を揺らがせ視線にも伝わっていく。それをジェシィは感じ取っているのだ。それは相手が殺人犯でも変わらない。何人も殺してきた殺人鬼でもある一定の揺らぎ、罪悪感や恐怖心は生じる。なぜなら殺人鬼にも常識があり人を殺す恐怖はなくともいつか誰かにばれ自分が殺されるのでは、自分が今までしたことを誰かに返されるのではと言う想像の恐怖があるからである。
だが目の前のチャイルドからはそれを感じない。つまり、チャイルドは無邪気なのだ。常識がなければ、想像力もない。動物に近い。今さえよければそれでよく、過去にも未来にも興味はない。こういう人間の視線から何も感じない。無である。
「とりあえず逃げられないように足、撃っちゃおうか。逃げられないくらいぐちゃぐちゃになるまで」
ジェシィの瞳が揺れた。
ジェシィに向けた機関銃の引き金を引く寸前、チャイルドの背後から守偵が取り押さえようと襲い掛かった。
「うわっ、いつの間に」
突然現れた守偵に驚いたチャイルドは全身が硬直。身動き取れないチャイルドの小柄な体に守偵の手が触れ
「なーんてね」
る寸前チャイルドは体をひねり守偵の手をかわした。
「倉庫内にいるのは三人。一人が奇襲、一人が身を隠してるならもう一人はその身を隠してる仲間のボディガードをしてる可能性があるよね」
素早く守偵の奇襲を避けたチャイルドは地面を強く蹴り、身を宙に投げ出す。
「お兄さんっ」
「ちっ」
ジェシィが叫ぶ中、チャイルドは空中で器用に体をひねり守偵の真上、守偵の頭に銃口を突き付けた。
「まずは一匹」
子供のような満面な笑みを浮かべて引き金を引こうとするチャイルド。しかし、
「がはっ」
チャイルドが引き金を引くよりも早く、守偵の裏拳がチャイルドにクリーンヒット。
「あがっ、が………………」
勢い良く吹き飛ばされたチャイルドは近くのコンテナに全身を強打。意識を粉々に砕かれた。
「悪いな、俺に不意打ちはあまり効かないんだ」
このすぐあと、大きな爆発音がするのだが離れていた守偵たちが何かしら傷を負うことはなかった。
トレイドの誘拐部隊、スコードロン。その中で随一の戦闘センスを持つチャイルドであっても守偵の持つラプラスの瞳の前では無力だった。
百パーセント現実になる三秒後の未来を視た守偵は三秒後の未来にチャイルドいるはずのその位置に全力をの拳を、正確には裏拳を全力で放った。ただそれだけ。駆け引きも計算もない。ただそれだけで、守偵はチャイルドを気絶、無力化することに成功した。
これが人と異人にある埋めようのない圧倒的な力の差である。




