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当日

 異人のみを狙う人身売買集団襲撃当日。


 守偵(さねさだ)は他のセイムメンバーとの集合場所である有魔市南東部にある倉庫に太刀たちと来ていた。


「そう、ですか。ありませんでしたか」


「はい。公になっていないものも含めてできる限り隅々まで調べたのですが、あなたの提示した条件に合致するようなイベントは見つかりませんでした」


 自分の体の何倍もあるコンテナに身を隠し、守偵(さねさだ)はいつの間にかポケットに入れられていた携帯からアイズに電話をかけていた。


 守偵(さねさだ)たちが泊まるホテルの名称はアイズに伝えていた。監視役が二人ついていることも。故にこの謎の携帯がアイズの手配した連絡用の携帯であることは容易に分かった。


(考えすぎだったか)


 昨夜守偵(さねさだ)は正体がばれる危険を冒してまでアイズに頼んだ調査は空振りに終わった。


 近くに太刀たちがいる状況で長電話できない。礼を言って電話を切ろうとしたが、そこで電話の向こうから今回の依頼主の声が聞こえた。


「アイズ、今日の井坂議員との約束は何時だったっけ」


(井坂って確か……)


「七時に有魔市議会での予定です」


「あれぇ、珠ちゃんのお兄さん。どこぉ」


 続いて守偵(さねさだ)を探すジェシィの声が倉庫内に響く。その声は携帯を通してアイズにも聞こえていた。


「お互い持ち場に戻ったほうが良いようですね」


「そのみたいですね」


 そう言って二人は同時に電話を切った。


「ああ、お兄さんこんなところにいたんですか」


 携帯をしまった直後、倉庫奥にいる守偵(さねさだ)をジェシィが見つけた。


「こんな倉庫の隅っこで何してたんですか」


「何って、調査だよ。調査、盗聴器とかが仕掛けられてるかもしれないだろ」


 確かに守偵(さねさだ)は盗聴器や盗撮カメラが仕掛けられていないか確認をしていた。だがそれは襲撃作戦が漏洩するのを防ぐためにしたのではなく、アイズへの電話を誰にも知られないためだった。


「……なるほど」


 守偵(さねさだ)の適当に言った言葉にジェシィは納得した。


「さすが珠ちゃんのお兄さん」


「お前たち何してるんだ」


 そこへ太刀も現れた。


「ん、別に。珠ちゃん来れなくて残念だねって、心配だねって話してたの」


 この場に如珠(いたま)は来ていない。来る予定もない。この場にいるのは守偵(さねさだ)と太刀、ジェシィの三人だけである。


「仕方ないだろ。能力を使った反動で動けないのだから」


 如珠(いたま)潜在解放(ディープアウト)は身体能力を飛躍的に向上させる代わりにしばらくすると強烈な筋肉痛に襲われるデメリットがあるのである。


博人(ひろと)が無茶させるから」


 如珠(いたま)は昨日、体から刃物を生やした太刀から守偵(さねさだ)を守るため能力を行使している。


「来れないものは仕方がない」


「ここで今日の作戦会議をするんだよな」


「ああ、夕方までには全員集まる予定だ」


 守偵(さねさだ)たちは今夜、異人のみを狙う謎の人身売買集団を襲撃する。その作戦会議が三人のいるこの倉庫でこれから行われる予定なのである。


「それより気を抜くなよ。今回の作戦、危険なのは当然だが貴様たちのセイム入隊試験も兼ね備えているのだからな」


「ああ、そういえばそんなのあったね」


 今回の人身売買集団襲撃作戦で力を示す。それがレンジから与えられた守偵(もりさだ)たちがセイムに入る条件。


「あ、でも珠ちゃんはどうするの。全身筋肉痛で動けないんでしょ」


(正直、如珠(いたま)はこのまま失格でもいいんだけどな)


「奴はすでに力を示した。あとは貴様だけだ」


「そうなるよな」


 元々この危険な依頼に如珠を関わらせる気がなかった守偵(さねさだ)。このまま失格でもよかったのだが、そうは問屋が卸さないらしい。


「それにしても全然来る気配ないね」


「まだ三時だもんな」


 待ち合わせ時間は午後四時。一時間も早い。当然、三人以外誰もいない。


「来るの早すぎたんじゃない」


 じとっと太刀を見るジェシィ。明らかに何か言いたげな様子だが、


「遅れてくるよりいいだろう」


太刀がそれに気づくことはなかった。


 ジェシィにとってはいつものことなのか、ただため息を吐くのみで太刀に何か文句をつけることはなかった。


(あと一時間か)


「なあ、今日襲撃するその人身売買集団について教えてくれないか。昨日はドタバタしてて何も聞けてなかったからな」


 ずっとセイムの調査をしていた守偵(さねさだ)は今回襲撃する人身売買集団について、集会で聞いたこと以上の情報を持ってはいなかった。昨夜アイズに電話した際ついでにその組織の情報も調べてもらおうかとも考えたが、結局することはなかった。


 異人は社会の目の上のたんこぶ。人も商品として扱っているならまだしも、異人のみを専門にしているなら警察も本腰を入れて捜査しない。大した情報はつかんでいないだろうと考えたのである。


(異人のみを狙う人身売買集団……)


 異人を専門に狙う裏組織があるのは守偵(さねさだ)も知っていたが、今回太刀たちと襲撃する組織についてはある程度裏社会の情報にも精通しているはずの守偵(さねさだ)も聞いたことがなかった。


「実は私たちもよくわかってないんだよね」


「えっ……」


 咄嗟に太刀の方を見るが、守偵(さねさだ)の視線に答えることなく静かに瞼を閉じた。


「じゃあなんでそいつらのアジトがこの近くにあるってわかったんだよ」


「情報を持ってきてくれた人がいるんだよ」


「情報を。内通者ってことか」


「うーん、どうだろう。今回の襲撃作戦、最初に話を持ってきたのはレンジだったよね」


 そう言ってジェシィは太刀を見た。


「ああ、奴がその人身売買集団の情報を掴んだと言ってきて、それで俺が今回の作戦を立てたんだ。奴に計画だの策略だのそんな器用な芸当できるわけないからな」


「レンジの口ぶりからしてスパイとかそういうのじゃないような」


「じゃあ、誰が」


 体温が下がり、血の気が引いていく。


「じゃあ、たまたま私たちの活動とか理念に賛同してくれた人が情報を持ってきてくれたってことかな」


じわぁと背中が湿っていくのを守偵(さねさだ)は感じた。


(たまたま……そんなことあるか。相手はセイムと同じ、公には活動できない裏組織だぞ。法に縛られない無法者たちの集団。そんな奴らの情報を何のメリットも対価もなく漏らすわけがない。ばれたら必ず、死ぬよりつらい報復が……)


 そこまで考えて守偵(さねさだ)は能力を、ラプラスの瞳を発動させた。


「っ」


 瞳に映すのは一分後の未来。ラプラスの瞳は現在から一時間先までの未来を視ることができるが、未来は大樹の幹のようにいくつも枝分かれしている。数秒先までなら百パーセント確実な未来を視ることができるが……


「ふせろ」

「ふせて」


 守偵(さねさだ)とジェシィ、二人の声がちょうど重なる。直後、倉庫入口から大きな爆音が響き渡る。


「なんだ」


 巻き上がる粉塵が倉庫内を満たし、視界すべてが灰色に覆われる。その寸前、守偵(もりさだ)の瞳にはある光景が映っていた。


 ドタドタドタドタドタ


「足音」


「入口の方から人がいっぱい流れ込んでくるよ」


「隠れろ」


 守偵(もりさだ)の声に従い、三人は近くのコンテナに隠れた。


「おとなしくしろ」


 しばらくして巻き上がった塵や埃が落ち視界が戻った時、そこには守偵(さねさだ)が一分前に視たものと全く同じ光景が広がっていた。


 「いねえ、どこいったんだ」


 ついさっきまで三人がいた所に機関銃を持った明らかに堅気ではない男達十数人がそこにいた。


 守偵(さねさだ)達は何者かに嵌められたのだ。

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